彰が修二のいる網五高校に転校してから3ヶ月。  
春休みを利用して、彰は帰省した。  
今回はちゃんと列車を使った。本当は自家用ヘリで飛んで帰りたかった。  
信子に一秒でも早く逢いたかったから。でも、こう言われたのだ。  
「お父さんが一生懸命働いたお金だから、大事に使って欲しい」  
小さい頃から裕福な育ちをしていた彰には、最初は実感がわかない言葉だった。  
でも、それは彰の父が夢を捨てて会社を継いだ上に成り立っている生活。  
信子はいつも、自分が気づかないような所から、直球でココロを投げてくる。  
列車に揺られながら、彰はいろいろなことを思い出していた。  
 
 
野ブタが転校してきた日のこと。噂では矢田亜希子だったけど、全然違った。  
あれはなんていうか、貞子だったね。ごめん野ブタ。  
でも貞子役の女優ってみんな美人だよ。矢田亜希子だって貞子役やってたし。  
…全然フォローになってぬぇっ!けど、髪切って私服着たら、本当に可愛かった。  
もしかしたら、もうあの時から好きだったのかもしれない。  
 
文化祭の準備。修二は他の雑用がいっぱいあって、ふたりでいる時間が多くなった。  
一緒にススキ取りに行った時。夕焼けの中の空気があったかかった。  
野ブタといると、空気だけでしあわせになれる。  
文化祭の日、野ブタのパパしゃんと挨拶した時、なんか俺、訳もなく緊張した。  
子供の頃からとうちゃんの部下とかで、大人には慣れてたはずなのに。  
もしかして「お嬢さんを俺に下さい!」とか言いたかったのかな、俺の中の無意識の彰は。  
 
114の日。ミラクルだったけど、実は今でもちょっと不満。  
なんで坂東なの?普通あそこは俺指名でしょ!  
でも、あの夜ほんとおじさんに遭遇するまで、俺は自分の気持ちに気づいてなかった。  
だから、前日に修二の家に瓦持って脅しに行くのだって、全然悩まないでできた。  
よく考えたら、修二が花を降らせたら、俺必然的に失恋決定じゃん?お人よしすぎ。  
まあ、もし気づいてても、悩んだ挙句同じことしたと思うけど。  
 
自分の気持ちに気づいてからの俺は、本当言うとけっこうきつかった。  
写真と一緒に気持ちも糠床につけて、墓場まで持って行こうと誓ったけど。  
いつも野ブタは一生懸命で、でもどこかポイントがずれてて、一緒にいるほどに好きになる。  
一枚しかないお札を捨てて、三人でバチ当たろうと言った時、野ブタも俺と同じだって嬉しくなった。  
三人でいる時が一番好きなんだなって。永遠の三角関係バンザーイって感じだった。  
でも、修二が転校して、心は三人でひとつでも、物理的には俺と野ブタの二人になって。  
野ブタを泣かせちゃいけないと思いながらも、我慢できずに、俺は自分の気持ちを伝えてしまった。  
野ブタは驚いていたけど「ありがとう、すごく嬉しい」と言ってくれた。  
「でも、修二がいなくなって、そばにいるのが彰っ、だから、っていうのは違うと思う」  
好きになってくれるから、じゃなくて。ちゃんと好きになれる自分になりたい。  
「だから、私は一人で大丈夫。彰っ、は修二の所に行ってあげて」  
ええっ?その展開はないよ普通!  
でも、俺はその時、無駄に男前なことを考えてしまった。  
確かに、今すぐに付き合うって、なんか俺が弱みにつけこんだみたいで嫌だな。  
よし、こうなったら「ラヴは距離を超える」を俺が全世界に証明しちゃる!  
…帰り道ですでに後悔した。でも男に二言はない。ありたいけど、ない!  
 
少しでも時間を置いたら気持ちが揺れてしまいそうで、俺はすぐにとうちゃんの所に行った。  
転校させて欲しいこと。将来会社はちゃんと継ぐつもりだということ。  
予想よりあっさりと、とうちゃんは俺の願いを聞き入れてくれた。  
「世の中は広いということをしっかり学んで来い」と言って。  
それで間髪いれずにヘリで修二のいる所へ飛んだ。あっという間だった。  
だから、今度野ブタに逢いに行く時もヘリで飛ぶね、と言ったら、最初の言葉を言われたのだった。  
 
思い出しながらうとうとしていたらしく、列車は思ったよりも早く駅に着いた。  
ホームでは私服を着た野ブタが待っていた。ひらひらした少し長めのスカートに短めの丈のGジャンが似合う。  
コン、といつものポーズを作って、ひさしぶりの挨拶。  
本当は抱きついてウハウハしたいけど、好きすぎて触れない。  
「やっぱ、野ブタの言うとおり、列車で来てよかったっちゃ」  
「疲れなかった?」  
「全然!ずっと野ブタのこと考えてた。逢う前から、いっぱい逢ってる気持ちになった。  
 それで実物の野ブタに逢えて、なんか飛んでくるより得した気分!」  
信子は彰の言っている意味がいまいちつかめなかったのか、首をかしげている。  
でも、久しぶりに見る彰の笑顔が嬉しくて、自分も笑顔になった。  
 
照れながらもなんとか手はつないで、駅から出て商店街を歩くと、たいやき屋があった。  
「なんか肌寒いから、食べよ。俺、買ってくる!」  
なぜか彰はたいやきを一個だけ買ってきた。  
私がお金は大事に使えって言ったから?と、信子はまた少し的外れな心配をする。  
彰はまったく気にしない様子で、たいやきを半分に分け、頭の方を信子に渡した。  
「えっ、彰、頭の方が好きなんじゃなかったの?」  
「覚えててくれたの?彰うれすいっ!でも、これは野ブタに」  
「どうして?」  
「野ブタが俺の宝物だから、だっちゃ」  
子供の頃、とうちゃんが自分にたいやきの頭をくれた気持ちが、少しだけ分かった気がした。  
「ありがとう」  
そう言ってたいやきを一口食べると、信子はこう言った。  
「…なったよ」  
「ん?なにに?」  
「しあわせな、気持ち。彰だけじゃ、ないよ」  
そんなことまで、覚えててくれたんだ。俺今の言葉でごはん1升軽くいけます。  
「俺、大学行こうと思ってるんだ」  
信子は意外な顔で彰を見た。進路のことなんて考えてない様子だったのに。  
「将来シャッチョーさんになるためには、やっぱ知識も必要だと思ったんよね。  
 自分の大切な人、ちゃんと幸せにできる男になりたいって。だから、ちゃんと勉強します」  
彰の顔はすっきりとしていた。選択肢が結果的に同じでも、自分で考えて選ぶことが大事だと知ったからだ。  
信子はそんな彰を見て、深呼吸してから、言葉を発した。  
「私も、決めたことが、ある」  
彰は急にドキドキしてきた。やっぱり、断られるのかな?  
実は転校してからも、電話やメールで日常的なやりとりはしていたのだが、告白の返事はもらっていなかった。  
一度糠床から出した恋を、また漬けることになるのが怖い。  
「修二と彰から離れて、一人になって、考えました。私は、彰のこと、ちゃんと好きです。  
 修二はきっと、たいやきを自分は食べないで全部私にくれる。いろんなこと、全部自分で背負う。  
 それはとても守られてる幸せで、一生感謝し続けても足りない位。  
 でも、彰は私に『半分このしあわせ』を教えてくれたから」  
守るとか、守られるとかじゃなくて。ひとつのものを分け合える人がいつも隣にいてくれるしあわせ。  
いつも一緒にいた時は気づかなかったことを、離れていた時間が気づかせてくれた。  
「だから…あの…私と…」  
「うわ〜っ!そこから先は、男の台詞だっちゃ!」  
嬉しすぎて、でもその言葉は絶対に自分が言いたくて、彰は信子の言葉を遮る。  
「末永くお付き合い、よろしくお願いします!」  
「こちらこそ、よろしくお願いします!」  
たいやきを片手に最敬礼する二人は、周りから見たら滑稽に見えただろう。  
あたたかいオレンジの夕焼けの空気が、恋に気づく前の二人と同じように、恋人になったばかりの二人を包んでいた。  
 

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