修二の出て行った扉に向かって紙飛行機を飛ばすと手前の棚に当たってすぐに墜落した。
どうしたものかと信子を見ても、薄暗い部屋の唯一の光源である窓を背にされては表情が見えない。
「……ごめんね」
「えっ!?」
その信子が突然口を開いて、彰は内心飛び上がりそうなほど驚いた。
「庇って、くれたん…だよね。さっき」
小さな声で呟いて、また俯く。
彰は気付かれないような溜息を吐くと信子の顔を覗き込んだ。
「謝るとこじゃないよ」
「でも、」
「野ブタは間違ったこと言ってないじゃんか。さっきのはドゥー考えても修二が悪いっしょ!」
勢いに気圧されて信子は数回瞬き、また表情を曇らせた。
「……期待…裏切っちゃうのは、間違って…ないの?」
信子の表情に既視感を覚えて彰は軽く目を瞠った。
その正体に思い当たって、僅かに顔を顰める。
「期待するのは人の勝手でしょ。裏切られたっつって騒ぐのも人の勝手なの」
それはいつか嫌というほど鏡の中に見た顔だ。
生憎そこまで繊細に出来ていなかった自分は、吹っ切ってしまって随分経つけれど。
「でもって、期待に応えるかドゥーかは野ブタの自由、なワケ」
だからしたいようにすればいいよ。
計画の一端を担っている彰のそんな言葉に信子は困惑した。
「……私、は、」
例えここで何を言ったとしても彰は何も否定しないのだろう。
自分がどの方向を向いていても背中を押してくれる人だと、信子はそう感じていた。
それは無責任な優しさで、けれど決して自分を裏切ることはないのだと。
「…私っは、二人の期待、に、応えたい」
彰はちょっと呆れたような顔をして、それから笑った。
「んじゃー修二君のことは俺が何とかしちゃおう!」
「…あ、ありがと、」
「お礼言うとこでもないぬー。これは俺の勝手!」
信子が顔を上げると、コン、と右手の狐が鳴いた。
少しだけ表情を緩めた信子に、ふと彰は真顔になる。
「走れないときはさ、歩けばいいんだよ」
「………え、」
「そーいうときのためにー、修二だけじゃなくて俺がいんのね。多分」
それは励ましではなく、慰めでもない。
目を瞬かせた隙に見慣れた笑顔に摩り替わっていた。
「頑張りすぎは体に良くないのよーん」
へらりと笑って、じゃあね、と手を振る。
信子は慌てて何か言いかけて、けれど何も出てこなくて、無言で彰の後姿を見送った。
「共に倒れてやるのが愛情!って言うんだけどねー」
大きな独り言を呟きながら彰は修二の行きそうな場所へ足を向ける。
数分前のやり取りを思い浮かべながら、修二は引き摺ってでも歩かせるのかな、と思う。
だとすれば倒れないように支えてやるのが自分の役目なのだろう。
「そのためにはー、まず修二をドゥーにかしなきゃだーよね」
よし、と気合を入れ直して、役目を果たすべく彰は足を速めた。