潮の香りがする。一人暮らしをしているアパートは海に近いところにあるのだ。
相も変わらず散らかった部屋で彰は、もぞもぞと毛布に包まった。
(もう、3ヶ月になるんだ。)
あの街を出てから。親友を追いかけてこんな遠い街まで来てしまってから。
あの娘を。誰よりも大好きなあの娘を置いて。
不器用に喋るあのこ。不器用に歩くあのこ。不器用に、でも真っ直ぐに生きてる。
――野ブタ
「会いたい…のよーん」
寂しさと恋しさが綯い交ぜになって搾り出した声は、
誰にも届かずに春の陽気に消えていくのだとセンチメンタル決め込んで、
毛布から伸ばした腕を、誰かが、掴んだ。
「だ、誰に?」
ピキ、
音がしたかのように、彰のすべての機能が一瞬フリーズ。
この腕を掴むのは、この声 は
「野、ブタ…?」
「ひ、…久しぶり」
反対の手でゆっくりと毛布を引き剥がした。
クリアになる視界。朝日を背負って、彼女はあまりに眩しく目に焼きつく。
「嘘ぉーん…」
とは言ったものの、その手の感触は現実。
光に慣れた目で捉えた彼女は、あのころよりずっと、綺麗な笑顔を浮かべていた。