「野ブタってさ、キス好きだーよね」
呼吸と心拍数が正常値に戻りかけた頃、思い出したように彰が言った。
とりとめのないことばかり囁いていた低い声を聞くでもなく聞いていた信子も思わず目を開けた。
「……なんで、そう思うの」
「あれ、違った?」
いつもの高い笑い声でなく掠れた吐息で笑った彰は信子の髪を撫でる。
信子は否定も肯定もせず、気怠く甘い時間に身を任せていた。
「してる最中とかー、ちゅーするとキュンキュンってなんの。野ブタん中」
「そっ、そういう説明は、いらない」
「で、俺の胸もキュンキュンってなんのよーん」
きーみーにーむーねきゅんっ、慌てた信子を尻目に彰は歌う。
小さな息を吐いたきり黙っていると髪を梳いていた指が口唇をなぞった。
目線を合わせれば、まだ微かな熱に濡れている瞳が微笑んだ。
「……キス、してるとき、は」
「うん」
「彰、静かだから」
「うえっ!?」
間抜けな声を上げて彰が間抜けな顔をする。
「おおお俺ってそんなうるさかった、っちゃ?」
修二が聞いたら「今頃気付くなよ馬鹿」とでも言ったかもしれない。
そんなことを考えて信子は少し口元を緩めた。
「……彰の言うことは、時々、軽すぎて…怖い、から」
ふざけているように見えてもいつだって彰は真剣だということは知っているけれど。
それでも不安で仕方ないときがある。
あまりに奔放で掴みどころのない彰は、いつか自分の本気さえ軽く躱してどこかへ行ってしまいそうで。
「キスしてるとき、だけは…私のこと、考えてくれてるのかなって、思えて」
だから、好き。
呟いた信子に彰は複雑な表情で答えた。
「…そんな心配しなくてもー、俺の頭ん中はほとんど野ブタで埋まっちゃってる、のよん?」
信子が曖昧に笑う。
――繋ぎ止めておかないと消えてしまいそうなのはそっちのくせに。
途端に生じた焦燥に突き動かされて口唇を重ねた。
「………んじゃあ、信じるまでやめてあーげない」
軽く目を瞠った彼女が何か言いかけるのさえ塞いで。
何度も啄ばむようなキスをして、その柔らかな感触に酔う。
身体を起こして覆い被されば珍しく信子の方から手を伸ばしてきて呆れたように笑った。
もう理由なんてどうでもよくて、ただ飽きるまで口接けを交わしていた。