几帳面で派手過ぎない、まるで彼女のように包装された小箱を突きつけられて彰は軽く二、三秒固まった。
「なに、これ」
「……チョコレート」
「チョコレート?へー……って、ええぇ痛ぇ!!」
大袈裟に飛び退いて足をテーブルにぶつけて騒ぐ彰に軽く溜息を吐いて、信子は箱を積んでいく。
「こっちは修二の分で、これはまり子さんから、修二に。これは、まり子さんが、彰にって」
一つ一つ説明していると、彰が手を挙げた。
「ハイ」
「…なに?」
「ひょっとして、手作り、だったりしちゃったりしますか!」
その勢いに気圧されつつも信子が頷く。
彰はガッツポーズをして今度は手をぶつけた。
「まり子さんがね、一緒に作ろうって、言ってくれたの」
でも、まり子さんのほうが、全然すごいんだけど。
言われて修二宛まり子作の箱を見る。
一目見ただけでラッピングにまで凝っているのがわかった。
「すっげー気合入ってんじゃん。でもって俺の分は見るからに義理じゃん。まり子ー!」
うひゃひゃと高い声で彰が笑う。
実際に義理なんだから仕方ないじゃないかと信子は思ったのだが、重要なのはそこではなかったらしい。
「でさ、野ブタの作ったほうは、俺と修二の分、同じ?」
「同じだけど……どうか、した?」
答えた途端に彰は床に倒れこんだ。
見るからに落ち込んでますといった風情だ。
「彰ショーック」
「…なんで」
「愛が足りなーい」
そのままごろごろと転がっていって、壁にぶつかって止まる。
まるっきり子供の拗ね方に信子は苦笑した。
ふと思い付いて、彰の分の箱を手に取ってポーズをつける。
「………、注入」
「えっなに?」
突然彰が起き上がって聞いてきたので思わず身構えてしまった。
「…野ブタパワー」
「うっそだ今なんか絶対違うこと言ってた!」
ねえねえ、としつこく顔を覗き込んでくる。
それから逃げながら「なんでもない」と言うと、信じたわけでもないだろうに引き下がった。
「野ブター」
背を向けたままでいる信子に声をかける。
信子は肩越しに少しだけ振り返って、彰は子供のような笑顔を見せた。
「ちょー、好き!」
直球ど真ん中の告白に信子が絶句していると、その隙に手に持っていた箱をひったくられた。
「というわけでー、野ブタの愛情パワー、いただいちゃいマス!」
「きっ、聞こえてっ、」
一人慌てる信子をよそに彰は包装を剥がしている。
行儀よく並んでいた小さなチョコレートの一つを摘んで口に入れた。
「なにこれすっげーうめえー!」
「…ほ、ほんと、に?」
「なんで信じないぬー」
頬を軽く引っ張ってみても信子の不安そうな表情は晴れない。
彰は少し考えて、また一つチョコレートを放った。
「野ブタ野ブタ」
俯きかけた信子の肩を叩く。
顔を上げたところで唐突に口唇を合わせた。
「……うまいっしょ?」
僅かな時間触れていった体温と口の中に残った甘味に信子は呆然としていた。
さりげなく目を逸らしつつ彰がなにやら歌いだす。
「バレンタインデイ・キーッス」
それが何の歌なのかはわからなかったが、その詞の内容に信子の顔が爆発した。
シャラララ、と陽気に歌い続けていた彰もその反応を見て戸惑った。
「えっ、ちょっ…そ、そーゆー反応やめない?ねえ!俺も恥ずかスィーんだから!」
「……だっ、だって、」
「あーもう流して!軽く!すいませんでした俺が考えなしでした!」
勢いよく頭を下げる。
それを見て信子が恐る恐るといった感じで口を開いた。
「………驚いた、だけ、だから。いっ、嫌じゃ、ない…よ」
彰が今度は勢いよく頭を上げた。
「ほんとに?」
「ほんと、に」
「じゃあもっかいしていい?」
ようやく落ち着いてきた頬にまた熱が戻る。
それでもぎこちなく信子が頷いたので、彰はよしきたと手を叩いた。
「………………あのさぁ、」
「…な、に?」
「目はー、閉じてほスィー、のよん」
「ごっ、ごめっ」
慌てて目を伏せる。
途端に軽く口唇に触れて離れた感触があった。
小さな風圧を感じて目を開けたら、彰が床に転がっていた。
「うあーなんか知んないけどチョー照れる!死にそう!死にたい!」
何故か悶えている彰を見ていたら冷静になってきて信子は呟く。
「……レモンじゃ、なかった、な」
「えっなんか言った!?」
「…なんでもない」
ファーストキスはチョコレートの味がした。
ビターチョコレートだったはずなのに、なんだかひどく甘かった。