きっかけは彰の一言にすぎなかった
「はあ野ブタがきれた・・」
屋上の柵によりかかって空を見上げながら彰がため息をついている。
「はっ?」
野ブタがおこっているってわけじゃないよな
「だぁかぁらぁ野ブタに野ブタパワー、ちゅう、にゅう!ってしてもらえなきゃ3年になれないのよん。」
力なげにポーズを決めるとまたがっくりと肩を落とす。
「ふぅん・・。」
俺はまた赤点でも取って上がれないのかと思ったよ、なんて心ない事をこっそり思う。
しかしすぐ、俺が転校しなきゃずっと近くにいれたのにな、そう思い直す。
「じゃ、会いにいきゃいいんじゃないの?もうすぐ春休みなんだし・・。」
どうってことないだろ?お前金あんだしさ・・
「そっかっ!!!」
修二の言葉に彰が目を輝かせて立ち上がる。
「しゅーじ、テンサイッ!!」
「つーか普通思いつくだろ・・?」
そんなことも気づかなかったのか、修二が呆れる。
「よし、そうときまったら早速準備をしないとなのよ〜ん。春休みになったらすぐいくのよ〜ん。」
(修二もちゃんと準備しといてネッ。)修二の肩に手をやって、同意を求めた。
「俺も・・?」
「しゅーじも。二人で行かなきゃ意味ないジャン♪」
(俺たちは二人で一つなんだぜ!)そういって彰がにやりと笑う。
二人で一つだ、だから彰は俺の隣にいるんだった。
律儀な奴だ、一人で行けばその分野ブタを独り占めできるだろうに。
「そうだな・・。」
彰の気持ちに応えようと修二は頷いた。
「野ブタ〜まってるのよ〜ん。」
彰が叫ぶと♪逢えない時間が愛育てるのさ〜目をつぶれば君がいるぅぅぅ〜♪と歌いながらスキップで出口に向かう。
「愛なんて育ってるのか?」
修二が苦笑する。
このとき俺はただ、久しぶりの野ブタは元気なんだろうか、とはしゃぐ彰を横目にぼんやり考えていただけだった、んだ・・。
「とう・・きょう・・か・・。」
ベッドの中で修二が物思いにふけると、なんとなく学校で最後に見た風景が蘇る。
野ブタとまり子は今でも仲よくやってんだろうか・・。
「まり子・・か・・。」
修二は転校してから、メールをくれたりする元クラスメイトとしか連絡をとっていなかった。
なんとなくまり子と信子と連絡とるのは、過去にとらわれてすがってしまいそうで気が進まなかった
修二が携帯をちらっとみた。連絡をとろうと思えばとれる。春休み、そっちにいくんだとメールをすればいいだけだ。
「まり子に会いたい、会いたいよ」
なんとなく修二が駄々をこねてみる。なんかしっくり来ない。
ってことはまだ俺はそんなにまり子との再会を望んじゃいないんだよな。修二が考え込む。
果して俺は再会できるくらいましな人間になってるんだろうか。
なんであの時あんな事言ったんだろうな、それに対してのまり子の返事はなかった。声が届いてたかも分からない。
こっちの学校にきて、誰かを好きになって、また新しい人生がはじまるって思ってたけど、なんだかまり子とくらべちゃうんだ。
(まり子は今俺の事をどう思ってるんだろう・・。)
会ってこの自分の気持ちが何なのかはっきりさせたい。
でもきっと彰の事だから律儀に野ブタとしか連絡をとらないだろう
会う自信もないし、会えなかったら会えなかったでそれは仕方ない。
でもなんとなくまり子にあえたら次に進める気がする。
そう考えながら修二は深い眠りに落ちていった。
「ほんとおまえ屋上好きな。」
野ブタとの待ち合わせも学校の屋上だ。慣れ親しんだ学校も三ヶ月も離れるとまた違って見える。
「だぁ〜て、俺としゅーじと野ブタっていえば屋上なのよ〜ん。」
かちゃっ、ドアを開く音と共に軽い足音が聞こえてくる。修二と彰が視線を向けると、信子が走りこんできた。
「しゅっ修二!!彰っ!!」
彰、の呼ぶ声に力が入るのも変わらずだ。
「久しぶり!コンッ」
「よぉ。」
修二たちも歩き出して信子に歩み寄った。
「ひっひさしぶり・・。」
よっぽどだったんだろう、もう信子はすでに目にいっぱい涙をためていた。
「どぅーした?野ブタ。」
彰の信子に対して微笑む顔は相変わらず優しい。
「あっ会いたかった・・。」
信子が修二を見ると、そう言って涙をこぼす。
(だっだからなんで俺見て泣くんだよ・・。)ほら誤解されてんじゃんか、体の左半分に痛いほど彰の視線が刺さり、修二は顔を動かす事もできない。
「しゅっ修二だけ?」
「二人に・・。」
信子が彰を見て付け加えたので、彰は満足げな顔をした。安い満足だが、彰にとっては精一杯の満足だ。
「元気だった?」
「そうでもないのよん〜野ブタ、俺にパワーをくれっ!」
「うん。」
信子がうなずくと深呼吸をして、野ブタパワー注入!!とポーズを決めた。
「げっ元気でた?」
「出た、だっちゃ!!」
嬉しそうに彰が微笑むと、急に野ブタの今までが気になった。
「野ブタはどぅーだった?俺(たち)がいなくてだいじょぶだった?」
「うっうん・・。」
「いなくて平気なのかっっ。」
がくっーと彰が肩を落とす。
「向こうの学校はどうだった?」
相変わらず彰の態度は軽くスルーで、信子はそう尋ねた。
「どぅーって・・修二のお守りは大変なのよん。」
彰も気にせず、そう信子に答え、肩をすくめる。
「いや、それはこっちのセリフだろ。」
黙って聞いていれば彰めっ!!修二が軽く笑った。
彰が離れていた三ヶ月に起きた事を、大げさに信子に説明する。彰が言葉を切るたびに信子は驚いたり、感動したり、目を大きく見開いて聞き入った。
(懐かしいな、この感じ。)二人を見ていると、嬉しいようで切なくなる。
彰といるのは楽しい。でもノブタと離した罪悪感で苦しい。3人でいると実感する。胸苦しくなってこの場を離れたくなる。修二はなんとなく空を見上げた。
彰を見て人を思う気持ちの強さを知った。
ノブタと接して人を好きになりたくなった。
人を好きになりたくなって浮かんだのは、まり子の笑顔だった。
(やっぱまり子にちょっとだけ会いたい。)
離れるとわかったら今までの時間がとてももったいなくて大事なものだったって気付いた。なら今日の一日も大切にしなきゃいけない。
「学校をぐるっとまわってくる。」
修二は信子と彰をおいて屋上をでる。どこかにまり子がいるんじゃないかと思いながら。
体育館にいけばバスケ部が練習していてさ、あのドアからボールが転がってきて、まり子が取りにくんじゃないかとかさ・・
期待してたんだ、心のどこかでミラクルを。
「!」
ボールが本当にドアから飛んでくる。(まさか・・。)修二は立ち止まってドアから目が離せない。
「すいませ〜ん。」
全然知らない子が出てきた。
しかも制服だし、バスケ部自体いないじゃんか。
解放された体育館を在校生が遊びで使っていただけみたいだ。
「そんな夢みたいなことあるわけないか・・。」
(まり子がいるわけないか・・。)そうだよな、まりこはもてたんだ、こんなに天気のいい日なら誰かとデートでもしてるんだろう、修二は少し微笑んでまた歩き出した。
グランドをとおって昇降口へと足早に向うと、視界に物影が入り、修二は顔を上げた。
「しゅう・・じ・・?」
制服姿のまり子が目を丸くして立っていた。昇降口から帰り支度をしてでてきたまり子とグランドの真ん中で出くわしたのだ。
「本物・・?だよね?」
信じられないという面持ちで、まり子が修二をまじまじと見る。
「うん、本物。」
突然の出来事に修二の心拍数も上がる。
「どうして?」
「彰がさ、こっち来たいっていうからさ、ついでに?みたいな?たまには都会の空気もすいたいっつうかさ・・・。」
まり子に会えるかも、なんて思っていたが、実際目の前にするとなかなか本音で話せない。
「そう、なんだ・・。草野くんもいるの?」
「今、野ブタと屋上・・。」
修二が屋上を指差すと、まり子もちらっと屋上を見上げる。
「元気だった?」
「うん、修二は?」
「うん、なんとか・・。」
またすぐに沈黙になってしまう。
「そっか。よかった。新しい学校はなれた?」
「まあ、彰もいるし、なんとか。」
どうしても言葉が続かない。
「なんか三ヶ月くらいしか経ってないのに凄い昔のような気がするね・・。」
「うん・・。」
やべえ、緊張で落ち着かない。心臓の音で周りの音がよく聞こえなくなってきた。
「修二、今楽しい?」
「えっ?」
「修二連絡くれないから毎日楽しいのかな、と思って・・。」
修二がまり子を見つめると、まり子はどこかぎこちない笑顔を見せた。
「あっ私も連絡してないし、責めてるとかじゃなくて、前の修二となんか雰囲気が違うような気がしたから・・。」
「ごっごめん。なんか連絡しづらかったっていうか。連絡していいのかよくわかんなかったっていうか。」
なんでそんな顔するんだよ、まり子の顔は泣きそうにも見える。
「なんていうかまだまり子と連絡できるような人間じゃないんじゃないかなって・・。」
でも本当はまり子に会いたいと思わないように、まり子に連絡を取らなかったのかもしれない。
「私の事少しは考えてくれてたんだ・・。」
「最後、ほんとにちょっとの時間しかまり子と過ごせなくて、あんな海しか用意できなかったのもなんていうか俺としては心残りでさ・・。」
まり子に何を伝えたいのか、言葉がうまくまとまらない。思っている事が次から次へと口をつくだけだ。
「そんな事ないよ、あの日の海もあの日のお弁当も忘れられないよ。楽しかったし、なんか初めてほんとの修二と過ごせた気がした。だから・・」
「だから?」
「だから・・忘れないと思うよ。一生大事にしていきたい思い出だから。」
まり子が微笑んだ。そうだ、俺はまり子に会ってこの笑顔が見たかったんだ。
わかったよ、今度会うときはもっとましな人間になってるつもりだから、ってなんで言ったのか。
だから俺の事待っててくれないかって続けたかったんだった。
「・・今の学校さ、学校から海が見えるんだ。今年の夏はさ、ほんとにいかない?」
(案内するからさ・・。)そういってから修二は自分の中ではかなり大胆な誘いに、気恥ずかしくなる。
「修二のとこへってこと?」
「遠いからさ無理にとはいわないんだけど、まり子に見せたいんだ・・。」
まり子の反応が気になる。まり子は小首をかしげながら少し考え込んでいた。
「うん、見たいよね、本当の海。見たい、二人で。」
まり子が修二を見て頷いた。俺の気持ちは決まった、修二は深く息をすって気持ちを落ち着かせた。
「でさ、向こうで誰かに会ったら、俺の彼女ですって紹介したいんだけど・・。」
(まり子さえよければ?)素直に好きって言葉が出てこない。
「それは今から誰かに会ったら、私の彼ですって紹介していい、って事?」
でもまり子にはちゃんと伝わっていた。まり子のいたずらっ子のような微笑に、気持ちがYESなのは確かめなくても修二にだけは分かった。
「いままで連絡できなくてごめんね。」
「ううん、連絡よりもこうやってあえた事が嬉しいから・・。」
まり子と修二が距離を縮める。
「再会っていいよね。会いたいって思いは叶うんだって希望が持てるから・・。」
まり子の温かい言葉は全部自分に向けられた言葉だ。修二は嬉しくてたまらない。
「でもそれじゃ俺の気がすまないから、なんか俺にしてもらいたい事とかない?付き合った記念に、みたいな?」
「なんか修二やさしい・・・。」
(夢見てるんじゃないよね?)まり子がはにかむ。まり子の笑顔はワンパターンじゃない。修二が気づいたのは最近だ。なんてもったいない事をしていたんだろう。
「夢?」
「こんな夢何度もみたから夢のような気がして・・。」
ちょっと離れただけで女の子はこんなに可愛くなるんだろうか。
「夢、じゃないよ。」
まり子の夢にでてきた事が嬉しくて愛おしくて、ついだきよせた。
「修二、恥ずかしいよ。」
校庭には二人だけど、誰か出てくるかもしれない。
「俺は全然恥ずかしくないよ、まり子と一緒なら。」
って恥ずかしげもなく恥ずかしいことをいってみたりして。修二がまり子の長い髪をなでる。
今まで隠してきて、まり子につらい思いさせてたのがわかったよ。
今俺皆に言いたいからさ、俺はまり子が好きだって。
こうやって皆に知らしめるようにさ。
「で、なんかないの?」
「そうだな〜やっぱりもっとメールが欲しいかな〜?それでたまに、修二の声がききたい。」
「わかった。」
(俺は毎日でもいいけど。)離れた三ヶ月はすぐに取り戻すよ、修二が心に誓う。
「それで次はいつ会えるの?夏休みとか?」
「夏休みか〜。四ヵ月って長いよな?」
いまさらながら転校した事が恨めしい。
「大丈夫。約束のある四ヵ月は早いから。」
(たしかな約束なら大丈夫、私は平気。)まり子が修二の腕の中で微笑む。
キスしちゃおっかな、笑顔も言動も修二を喜ばせる事ばかりで離れがたい。
「まり子、明日はなにしてるの?」
「明日?」
「とりあえず明日も会いたいんだけど・・。」
(明日って彰と約束してたような?まっいっか。)うららかな春の日差しのように、修二はまり子を抱く手に優しく力をこめた。
「ラブラブなのぅ〜。」
「まり子さん嬉しそう・・。」
屋上から二人の様子を信子と彰は並んで眺めていた。もちろん話している声は聞こえないが、幸せそうな二人は見て取れる。
「つらくないの?」
「えっ?」
野ブタは修二の事が好きじゃないの?言葉がのどまで出掛かる。
確かめたい、確かめたいけど・・野ブタが修二を好きだっていったら、俺はきっともうそばにいる事さえできないんだろうな・・
「遠距離恋愛ってつらくないのかなって思ったのよん。」
「うん、寂しいのかも・・。」
それはまり子の気持ちなのか、自分の気持ちなのか、どっちを言ってるのか、彰には分からなかった。
「修二と離れてるのは寂しい?」
彰の気持ちもぎりぎりに、そう問いかける。
「彰、と離れてるのも寂しい。」
(二人で一つだから。)信子は隙があるようで隙がない。思ったとおりの答えだ。
「ほんとにそう思ってる?」
二人で一つ。全部そう誤魔化されているみたいだ。
「うん・・・・。」
「ぬぁんて冗談よん!」
信子が凄く戸惑って彰を見つめたので、ちょっと意地悪だったかなーと思う。
「恋愛ってむつかしいネッ。」
「彰、はいるの?」
彰がポツリとつぶやくと、信子が反応した。
「う〜〜〜〜ん。」
それは野ブタだよ、そう伝えられたら野ブタはどんな顔をして、俺はどんなに楽になるんだろう。
でも、きっとノブタは凄く困った顔をして、俺はもっと苦しくなるんだろうな。
でもそれを選んだんだからしゃあないじゃん、彰はそれ以上答えずに話題を変えた。
「まだ抱き合ってんのぉ〜。」
彰がごそごそかばんの中から双眼鏡を出して覗こうとする。
「覗き見はよくないと思う。」
(なっなんで双眼鏡持ってんの?)信子がびっくりする。
「俺のマストアイテムなのよ〜ん。」
「もっ持ち歩いてるの?」
「YES!」
おもいよ、信子が笑う。
「・・・。」
彰が信子を凝視して眉間にしわを寄せる。
「なっなに?」
彰があまりにも見つめたので、信子も同じように眉間にしわを寄せる。
「まぼろし?」
彰がゆっくり首をかしげる。
「今の顔もいっかいやって。」
「今の顔ってなに?」
(どの顔かわからないんだけど。)信子が笑う。
笑ってる!野ブタが笑ってる!!
「しゅ、修二に報告しに行くのよん。」
どさくさに紛れて信子の手を取る。放送室に置いていった気持ちを伝える日はきっとこないだろうけど、
今ほんの少し手を握るくらいは、許されない事じゃないだろう。
だからお願い野ブタ、どうかこの手を振りほどかないで。
屋上からグランドまでほんのちょこっと恋人みたいにさせて。
そしたらまた当分野ブタに会えなくても頑張れるのよん。彰が信子の手を引いて、走り出した。
でも、やっぱりこの気持ちはいつか伝えたい。
「あのね、俺、野ブタにお願いがあんだけど。」
信子の手を引いたまま、彰が立ち止まって振り返る。
「俺といてね、野ブタがずっとずっと笑っていれたら、その時は教えて欲しいのよん。」
手を引っ張られて不恰好な信子は、理解ができないようだ。
「彰っといて楽しいけど・・。」
「だめだっちゃ。笑いすぎて死んじゃうってくらい、涙とか忘れちゃうってくらい笑えなきゃ。」
「なっなんで?」
不思議そうに瞬きを繰り返す。
「ぬぁんで、じゃないのぉ、ハイ、でしょ?ハイ!」
「はっはい。」
つい信子が頷いてしまう。
「いい子なのぉ〜。」
彰が頷いて自分に納得すると、また前を向いて歩き出した。
(そしたら俺さ、そのときはぜったいぜったい野ブタに好きっていうからネッ!)満面に笑みを浮かべた彰が信子を握る手に力をこめた。