「もう、修二置いてくのよーん。」
ドアによりかかりながら、(はーやーくぅー)と彰がじれる。
「ああ・・。」
そう返事して洗面所にいた修二が出て行く。
「ではしゅぱぁーつしんこう〜。」
修二の姿を確認すると彰はドアを開けた。
こんなはずじゃなかった。
なんで俺は彰と一緒にいるんだ。修二が納得いかなそうにあとに続いた。
俺がふてくされてるのにはわけがある。それは昨日の事だ。
「しゅっ、しゅーじ!!」
俺たちが校庭の真ん中で愛を叫んでいると、彰が野ブタの手を引いて走りこんできた。
「なっなに・・?」
見られていいと思っていたが俺は急に恥ずかしくなって、まり子に回していた手を外した。
「お邪魔するのよ〜ん。」
彰の顔がニヤニヤして何か言いたげなのが伝わってきてむかつく。
「邪魔って・・なあ?」
「うん・・。」
恥ずかしさをごまかすためにちょっとかっこつけてまり子に同意を求めた。まり子は少しほほを染めて頷いた。かわいい。いや、見とれてる場合じゃなかった。
「で、どうしたの?」
「いいとこに気づいた!」
(さすが修二!)彰が指をぱちんと鳴らす。
いや、だからお前そのためにきたんだろ
「絶対修二びっくりするのよーん。」
彰が野ブタの背中を押す。
「では野ブタ、どぅーぞ。」
「ふっふふ・・。」
彰の得意満面な顔と裏腹に、野ブタの笑いがひきつる。
「えっ?何、おまえ、これ見せるために走ってきたの?」
何を言い出すかと思えば、俺は拍子抜けした。
「あれ?どぅーした、野ブタ、さっきのしゅうじにどぉーんとみせちゃうのよーん。」
「きゅっ急にはできない。」
野ブタが下を見て首を振った。
「そっか!じゃ俺が面白い事をいうのよーん。修二が習字する。グハハハ。」
しーん、彰の声だけ校庭に響く。俺も野ブタもまり子も冷たい視線を投げかける。当然の反応だ。
「あれ?だめ、だっちゃ?」
「つーか、いまどき小学生でもいわねえよ。俺の名前がつまらないみたいじゃんか。どーしようもないな、おまえ。」
「そっか。最悪だな、俺・・。」
(彰が飽きら、れた〜。)と嘆いた。性懲りもなく、彰めっ。でも反応した俺も負け組だ。
「はははっ・・。」
俺でも彰でもまり子でもない笑い声が聞こえた。俺は声の主を見て、心臓が止まるかと思った。
「野ブタ・・。」
「ごっごめん。前に戻ったみたいで、つっついおかしくて。」
修二のびっくりした顔に信子が謝る。
「ねっしゅうじもびっくりしたっしょ?」
「ああ・・。」
びっくりどころか、驚きすぎて声も出ねえよ。
「修二も草野くんも、小谷さんが笑えるのが珍しいの?」
「珍しくないの?」
「うん、いっつも笑ってるよ、ねっ?」
まり子が笑顔で信子を見たので、信子も笑顔で頷いた。自然な笑いだ。
ほんと、俺たちがいなくても大丈夫なのな、すげー嬉しいんだけどなんか変な気分だ。
なんとなく彰を見たら、横を向いて凄く切なそうな顔をした気がしたけど、顔を上げたときは笑顔だったので気のせいかもしれない。
「でねっ、野ブタ笑えてよかったねっパーティーをしようと思うんですけどどぅーですか?」
「えっ?!いつ?」
なんでか一番野ブタが驚いてた。
「うーん今日だと急だからぁ明日?」
「ちょっちょっ、明日はダメだよ、明日は。」
野ブタを祝ってやりたいけど、明日はまり子と一緒にいたい。
「ぬぁんで?」
「なんでって・・。」
修二が言いにくそうに髪をかきあげる。
「まさか、まり子と・・・?友情より恋なんてひどいのよーん!彰しょっーーーーーーーーく。」
彰がうなだれる。
「じゃ、明日俺一人でどぅーすんの?さびしいジャン。」
どうしたもんか、まり子と一緒にいたい、でも彰と野ブタも大切にしたい、修二が心の中で葛藤する
「修二、私のことなら気にしなくていいよ。別に二人じゃなくても。草野くんも小谷さんも。」
そんな修二に助け舟を出したのはまり子だった。
「さすがまり子、いい事言う。」
彰が復活した。
「と言う事なのよん。」
彰が肩を組んでくる。ちっとはおまえ遠慮しろよ。
「わかったわかった、明日な。」
まるで俺が悪者じゃんか、どうも納得いかないが野ブタをチラッと見たら、とても嬉しそうな顔をしていたのでこれもアリかと思いなおした。
「ねえ、修二。」
彰が(楽しみなのぅ〜。)と信子に近寄って行ったので、代わりにまり子が修二の傍に寄ると、声を潜めて修二に耳打ちする。
「明日は悪い女をやらなくていいんだよね??」
そう言うとまり子がちょこっと舌を出す。
「ああ・・。」
そっか、あの時は野ブタのためにデートをしたんだ、いつになってもちゃんと二人でデートできなくてごめんな。
二人だけのデートには程遠いかも知れないけど、まり子が一緒なら俺は充分満足、なはずだった。
つーわけで今、彰と二人で待ち合わせ場所に向かっているわけだが。
「これってもしかしてWデート?ぐふ〜。」
「かもなっ。」
はしゃぐ彰が憎たらしい。
「まだ怒ってるぅ。もういいじゃん。」
(根にもつって事は、さてはしゅーじ、A型だな〜。)彰がいぶかしがる。
いやお前それA型に対する偏見だから、いますぐA型の人に謝れ。
「だからお前ちょっとは〜。」
「修二っ!!」
修二が彰に文句を言おうとすると、名前を呼ばれる。まり子と信子がこっちを見て手を振っていた。
「こんっ!」
「よっ。」
今日もまり子はかわいい。ショート丈のコートから見えるミニスカートの裾がゆれている。ミニスカートからすらっと伸びた綺麗な足に目を奪われる。やべっ、彰が気づいて茶々入れてくる前に目をそらさないと。
今度は信子を見る。
今日は野ブタもかわいい。春っぽいワンピースに、ジャケットを羽織っている。片方だけ髪を耳にかけてるのも、表情がよく見えて、いつもと少し雰囲気が違ってたまらない。やべっ、彰が気づいて妙な誤解される前に目をそらさないと。
「今日ね、小谷さんと一緒にお弁当作ってきたんだ。朝からうちに来てもらって、すっごい頑張っちゃったんだ!ねっ?」
(久々だし。)
「えっ野ブタも作ったのぉ?」
「ちょっ、ちょっと・・でもほとんど詰めただけ。」
久しぶりにまり子の弁当が食べれる、それも感激だが、二人が互いの家に行くほど仲良くなってるのが修二は何よりも嬉しかった。
「じゃ、すぐ食べるのよ〜ん。お腹が減ったのぉ〜。」
「はっ?」
まだ昼まで時間あんだろ、何その自由人振り、さてはおまえB型だな?って彰みたいな事思っちまったよ、B型の皆さん、ごめんなさい。
彰の言葉に3人で顔を見合わせる。気持ちは一緒だったようで、とりあえず彰は無視して歩き出した。
「ちょっ、ちょっと、修二くん!ねえ、野ブタ?おい、まり子っ!昨日から皆して俺に冷たくない?」
(ぬぁにそれ?ねっ、ねっ、新しいお遊び?仲間に入れて欲しいのよ〜ん。)彰が追いかけてくる。
「冷たい・・かな・・?」
信子が振り向いて彰を気にして立ち止まったので、修二も彰がちょっとかわいそうになって、お詫びに信子に彰を任す事にした。
修二たちはでかい公園内にあるちっぽけなはったり遊園地みたいなアミューズメント施設だが、修二たちが半日遊ぶのにはまあ充分楽しめる程度のものだった。
「とりあえずジェットコースターに乗るのよん♪」
「ジェットコースターなんてあるのか?」
ちょっとしかめっ面した修二の声もきゃあ〜と言う叫び声にかき消された。
「あった・・。」
「もしかして修二、ジェットコースター嫌い!とか?」
まり子が顔を覗いてきた。
「いやそうはいってないけど、最初っからってどうなのかなっておもって。」
乗れない事はない、が正直苦手だ、けど、乗る気満々のまり子の前で否定はできない。
「修二クン、そんな細かいことは気にしないのよん。さあENJOYなのよ〜ん。」
「えっおっおい!!」
彰が修二の手を引っ張って乗り場へと走り出す。
「いこっ!小谷さん。」
まり子も信子の手を引くが、信子もちょっと怖くて足がすくんでいるようだ。
「大丈夫、小谷さんは修二と草野くんがいれば怖いもんなんてないから。ねっ?」
まり子の言葉はいつも思いやりが溢れてて安心する。
「うん。」
信子が笑顔で頷くとまり子と一緒に走りだした。
午前中いっぱい、修二たちは笑い疲れるかと思うくらい満喫してた。
観覧車のなかで下を見るのが怖いっていってずっと目をつぶってる信子とか、
ゲーセンのパンチングマシーンで誰よりも男らしかったまり子とか、
お化け屋敷で修二とまり子、彰と信子に分かれて入ったはずが、なぜか修二と彰が手をつないででてきたりとか
ほんのちょっとでも笑える事が見付かれば、いたるところで顔を見合わせて笑ってた。
普通の女の子のように笑う信子が嬉しくて、修二と彰はさらに笑った。
「4人ではしゃげるのって嬉しい。」
お昼を食べようと適当な場所を探す途中、まり子と修二は並んで歩いていた。
「仲間に入れてもらえてるようで嬉しい。」
「えっ?」
「3人の仲は永遠で、私は中に入っていく事ができないって思ってたから。」
まり子の目の伏せ加減が寂しそうでなんともいえない。
「そっか・・。」
そういう思いをさせてたのは俺なんだよな・・・まり子といるよりあいつらといる方がほんとの俺でいられたあの頃の俺が。
「まり子はもう立派な仲間じゃん。」
「えっ?」
「俺の彼女だし、野ブタの友達だし、彰・・・は別にいいとして。」
修二がまり子の手を握る。
「こうやってさ、手も気持ちも俺とつながってるんだから、俺の仲間はおまえの仲間じゃん?」
「やっぱ修二かっこいい・・。」
本当に心の底から嬉しそうに微笑む。
かっこいい?ならついでに後ろにもかっこいい事してやるか、修二の気分は最高潮で、後ろをチラッと見ながらつないだ手をアピールした。
「えっ?」
彰が左手にぬくもりを感じて声を上げる。修二のアピールを見ていたのは信子の方だった。
「てっ手を繋いでるから。」
信子が修二たちを指差す。
「手を繋いだら、繋がなきゃ。」
なんか複雑、でも信子の意志でするとは思えないので、まあしゃあない、このまま繋いどきましょう。
「それならこっちのほうがいい、だっちゃ。」
彰が指を交互に絡める。
「これのほうがはぐれないっしょ。」
彰がもっともらしい理由をつける。
「うん。」
信子がこくっと頷いた。
(なんかデートっぽいのぉ〜。)あの時は隣りに並びたくてたまらなかった。なのに離れたところで見守る事しか許されなかった。
他の男と手をつなぐ姿をやきもきしながら見つめる、そんな事しかできなかった。
でもそんな幸せも長くは続かず、すぐお昼となってしまった。
「じゃーん。」
4人掛けのテーブルにお弁当を広げ、まり子がふたを開ける。
「すっごい豪勢じゃねぇ?」。
「だって小谷さんのお祝いも兼ねてるからね。」
そうだった。野ブタが笑えるようになったパーティーだ。でも今日の野ブタの顔を見てたら、笑えてなかった日なんてほんとにあったんだろうか、そう思うよ。修二が信子を見て頷く。
「いただきまーす。」
(これはなに?)(このおかずはねぇ〜。)とか話しながら、皆が思い思いのものをつついて箸をすすめる。
「この卵焼きはね、小谷さんに作ってもらったんだよ!」
「へえ、すごいじゃん、野ブタ。」
修二が箸を伸ばす。
「STOP!」
案の定、彰に止められた。
「俺が先に食べるのよ〜ん。」
彰がほおばる。まり子に比べると明らかに不恰好な形の卵焼きだが、二人に食べさせようと頑張った信子の気持ちが現れていて、輝いている。
「うっ。」
胸を押さえてそのまま後ろに倒れこむ。
「彰っ!?」
信子が大きな声をだして、どうしよう、みっ水と慌てる。
「うっ美味すぎて死んじゃう。」
どうせそんなこったろうとは思ったよ、ほんとおまえ昭和の匂いがするギャグ満載なっ
「彰っ?」
信子が凄く心配しただけに不機嫌そうだ。
「怒らないで欲しいのよ〜ん。はい、野ブタも、あ〜ん。」
彰が卵焼きをつまんで野ブタの口に放り込む。
「お味はどぅーですか?」
「まっまずいっ。」
信子がしゃもじを持ってる振りをして、まずそうな顔をする。
「出ました、去年の流行語大賞!」
「いや、ノミネートすらされてないから!!」
馬鹿馬鹿しくて突っ込む事さえやめてた修二だがつい突っ込んでしまうと、4人は顔を見合わせて笑った。
こうやって4人で笑いあえる日がくるなんて半年前の俺には想像もつかなかった。
ほんのちょっと人との距離を縮めただけでこんなに人生が楽しくなるなんて思ってもみなかった。
大切な奴らと話しているだけで、心が満たされるような、そんな毎日を避けてたなんて、ほんと人生損してたな。
皆の笑顔を焼き付けながら、修二はそう実感してた。
「修二はどこに泊まってるの?」
お腹もいっぱいになって、腹ごなしに修二たちはとりあえず歩き出した。
「ほらあの海沿いのなんつったっけ。新しくできたホテル。」
俺はてっきり彰の事だから豆腐屋に泊まるもんだと思ってたので、ホテルを用意したと聞いた時にはちょっと驚いた。
(豆腐やには泊まらないの?)とそれとなく聞いたら、(そうそう都合よくおいちゃんちを使ったら失礼なのよーん。)と彰に似つかわしくないことを言ったので、俺は納得、つーか正直ウケた。
かわりに用意されていたホテルは、高校生の俺がどう転んでも泊まれそうにないすげーいい部屋で、ホテル側の彰へのVIP扱いに、俺はかなりひいた。
こいつの親父はいったい何をしているんだ?
「えっ?あそこ、なかなか予約とれないんだよ。修二、すごい!!」
(いいな、私も泊まってみたい。)まり子が目を輝かせながら小さくつぶやく。
「じゃさ、行ってみる?」
修二は聞き逃さなかった。
「えっ?」
「いや、深い意味はなくて、どんな部屋か見てみるかな、とか思って、さっ。」
深い意味といってる時点で下心みえみえだ。しかし、変な意味に誤解されて、敬遠されてもいけない。様子を見ながら言葉を区切る。
「行っていいの?」
「あっうん。じゃ、今から行く?」
「今から?」
まり子が後ろを振り返る。信子と彰が楽しそうに会話しながら後をついてくるのが見える。
「うん。とりあえずまくか。」
「えっ。」
小谷さんたちはどうするの?まり子が言いたげなのは表情で見て取れる。でもそんなのは気にしない。
「まり子。」
修二がまり子の手を引いて少し足を速める。
「あの角曲がったら、ダッシュ、なっ?」
修二がまり子を見て楽しそうに微笑んだ。
「あれ?修二たちがいないのよん。」
前を歩いているはずの修二たちがいつの間にか消えている。
「はぐれたのかな?」
信子が心配そうに前を見つめる。
「カモネッ!」
人出は意外に多かった。一度見失ったら見つかりにくい。
「さっ探そう。」
信子が慌てて走り出そうとする。
「いいじゃん。」
彰が手を掴む
「でも探さなきゃ。」
彰をまっすぐ見る信子の顔は真剣で心苦しい。無言のまま、彰が手を離した。
「・・・・。」
信子は少しじっとしていたが、きびすを返して走り出した。
掴んだ野ブタの手を離したのは二回目だ、彰は離した手を見ながら、そばのベンチに腰掛けた。
(そんなに修二といたいのかっ・・。)
野ブタの視線の先にはいつも修二がいて、いつも俺はおまけなんじゃないかと思う。
誰を視線がおってるかなんて好きな子をずっと見てれば気付くのなんてたやすい事だ。
あの日きっぱりあきらめたはずなのに、いつまでたっても灯った恋の炎はくすぶったまま消えそうにない。
今でもいつも考えるんだ。俺はこの先野ブタ以外の子を好きになんてなれるんだろうかって。
でもいつも出る答えは決まってる。それは必ずNOなんだ。
「さっさがさないの?」
背中から声が聞こえる。彰が追い掛けてこないので、信子が戻ってきたのだ。
「探さない。」
彰のほんの少しの抵抗のつもりだった。
「・・探さない・・。」
言い聞かせるようにもう一度言う。しかし、その気持ちは口に出すと悲しすぎて、彰はきゅっと唇を噛み締め、信子に顔を見られないように俯いて首を振った。
ぎゅっ、急に背中にぬくもりを感じる。
「野ブタ?」
彰の背中が小さく見えて信子はついだきしめていた。なんだかつかまえないと消えてしまいそうで不安で思わず抱きしめていた。抱きしめると彰の背中は大きくて、腕が全部まわらなかった。
「ぬぁに・・して・・んの・・?」
突然の出来事に彰が動揺する。
「背中が泣いてるから。」
信子が背中によりかかって、顔をうずめてるのがわかる。
「・・・相手が違うのよん。」
皮肉な事にこのシチュエーションは一枚の静止画像を思い出す他なかった。
(知ってたんだ。)鈍感な信子でも自分でした事は覚えてる。
「俺は修二の代わりじゃないんだぜっ。」
我慢して隠してきた思いは溢れだすと止められない。信子を傷つける言葉ならいくらでも出てくる。
「ちっ違わないと思う。」
彰の言いたいことはわかった。でも口をついた言葉はそれだった。
「野ブタの優しさはわかったよ。」
悲しくてそれを言うのが精一杯だった。
(なんでだよ、なんで俺を突き放さないの?どうしてそうやって野ブタは俺に居場所を与えるの?)好きすぎて切な過ぎてもどかしすぎて、信子の態度は耐えられない。
彰は背中がじわっとあたたかくなった気がした。なんとなく野ブタが泣いてるんだな、と思った。
泣くのはずるいよ、野ブタを諦められないじゃんか。
「だめだなー俺は。」
「えっ?」
「こうやってさ、野ブタを傷つける為に帰ってきたんじゃなくて、野ブタと馬鹿みたいに騒ぐ為に帰ってきたのにさ。」
(ごめんね、野ブタ。)信子の顔が見て取れないのが幸いだ。彰が言葉を続ける。
「あのね、俺ね、野ブタにはね、ずっと笑っててもらいたかったのね。でも野ブタを笑わせてあげるようなことは全然一つも言えなくて、こうやって悲しませることならいくらでもできるなんてさ・・。」
(すげーやな奴じゃん・・。)彰が自分にため息をつく。
「ううん。」
信子が首を振ったので、彰の背中が揺れる。
「やな奴なのっ!だってさ、俺、修二にだけじゃなく、まり子にだってやきもちやいちゃうんだぜ?野ブタの友達なのに。」
彰がぎゅっと目をつぶって、意を決してゆっくり口を開いた。
「俺ね、野ブタといるのがすげー楽しくて、ずっとね、野ブタがいつか恋がしたいって思ったとき、その相手が俺だったらいいなって思ってたんだ。そしたらさ、ずーとずーと一緒に入れんのになってさ。」
昨日までは彰は自分の気持ちを言う事はないと思っていた。今だって、言ったところで信子に振り向いてもらいたいとか、別にそんなつもりではない。ただ、言葉を止めることができないだけだ。
「そうすればさ、野ブタの笑顔だって真っ先に気づけたのにさ。なのに、野ブタの初めての笑顔の相手がまり子だって、あんなに待ち望んでた俺でも修二でもなくまり子だなんて、すげー悔しいんですけど。」
彰の目から涙がこぼれて、信子の指先をかすった、気がした。
「野ブタの笑顔も素直に喜んでやれないんだぜ?」
信子は首を振って彰の背中を揺らすことしかできない。
「だからこんな俺に気を使う必要はないのよん。」
もう手を離していいよ、肩に回した信子の手に手をかける。
「はっ離したくないんだけど・・。」
彰の力に負けないようにぎゅっと信子が力をこめる。今自分がどうしたらいいのか、どう返事したら正解なのか、信子にはもうわからなかった。ただこの手を離したらもう彰とは元に戻れない事だけは痛いほどわかった。
「こんなときはどーすればいい?」
どうしたら彰っとまた笑えるの?教えてよ、彰っ気持ちが伝わるように抱きしめる手に力をこめる。
(それを俺に聞くかっ。)信子の手に手を置いたまま、彰は身体をねじって振り向いた。顔を上げた信子の顔が近い。
どぅ−したらいいって・・そんなときは・・・そんなときはKissできるくらい近づいて―――
見つめるたびに恋〜♪って違うかっ。なんだか体の力が抜ける。
(キスなんてまだ無理なのよん。)少し口を突き出せば、信子の唇に触れられる。でも彰にはそんな勇気はなかった。なんだかこのままキスしちゃうのは、雰囲気に流されているようで卑怯だって思った。
「そんな時はぁ〜修二を探すのよん。」
彰がそう言っていつものように微笑むと、信子の手を優しく外し、立ち上がって歩き出そうとする。
「まっ待って、彰っ。」
信子が彰を呼び止めた、と同時に彰の指に指を絡めた。彰は声も出ず、ただつないだ手だけを見てる。
「あっ彰っ、とはぐれたら困るから。」
どんだけ勇気がいったのだろう、信子は小刻みに肩を震わせていた。
はぐれないってこの道で?それとも人生で?そう彰は問いたいところだがそれは高望みっていうものだ。
「うん、こうしたら絶対はぐれないのよん。」
俺ははぐれないよ、この道でもこの先の人生でも。絶対はぐれないかんネッ。これはつかの間の幸せってやつかもしれない。でも今日が幸せなら明日も明後日も絶対HAPPYだ。
「んっ?」
ズボンの後ろポケット当りに振動を感じる。彰の携帯が鳴っていた。彰が取り出して開くと、メールが着信している。修二からだ
“とりあえず夜まで帰ってこないで。”
「マジノスケ!?」
彰がそうつぶやいて、信子を見て画面を見せた。
(よっ夜って何時〜〜〜〜〜〜〜〜??)まだまだ夜まで程遠い。彰の幸せは少しは長く続きそうだ。信子との時間を考えながら、握った手を大きく揺らして歩き出した。