「目の悪い人って、目が綺麗、なんだって」
「…初耳。そーなの?ドゥーなの?」
「お母さんが言ってた…だけかも」
そういえば信子の義理の父親は眼鏡だった。
思い出して、今はどうでもいいことだと彰は首を振った。
「……でも、彰、綺麗だよね」
呟いて信子が目を細める。
彼女のシャツのボタンを外していた手を止めて、彰は目を瞬かせた。
「真っ黒で、きらきらしてて…綺麗」
「そっ、そー、かな?」
正面から褒められることに慣れていない彰はあやふやに笑う。
信子は手を伸ばして、彰の頬に触れた。
「…綺麗で、好き。彰」
目も、光を透かす髪も、通った鼻筋も、優しい曲線を持った口唇も、全部。
綺麗なのに柔らかくて、それが彰で、不思議と温かい気持ちになる。
「なななんか今日の野ブタ、おしゃべりさんなぬー?」
目に見えて狼狽している彰がおかしくて、愛しくなって、その肩口に頭を寄せた。
彰は更にうろたえて、それからいつものようにドゥーした、と訊ねた。
「……伝えたい、な、って思って」
例えば、笑ってくれれば心が軽くなること。
苦しくて泣きたいくらい幸せな胸の痛み。
「でも私は、言葉にするの、苦手だから」
二文字だけではとても伝わらない。
伝わらないから、もどかしくて、寂しい。
「……みんなさ。そうなんじゃないの」
彰の声に顔を上げれば、どこか遠くを見ている横顔が目に入った。
いつも子供のような彰はふとした瞬間に大人びた表情を見せる。
「言葉じゃ足りなくてー、でも伝えたくて、知りたくてさ。こういうこと、すんじゃないの」
「……こういうこと?」
「こういうこと」
ぎゅう、と二本の腕が信子の身体を抱き締めた。
「カラダで確かめるっていうかー、こうしてるとなんか、伝わりそうな気が、しない?」
俺のココロ。
耳元で響いた声は低く柔らかく、信子は触れた素肌の熱に意識を巡らす。
「…なんか。あったかくて、熱くて、安心して、落ち着かない」
矛盾する言葉を並べた信子に彰は静かに身体を離して、軽く触れるだけのキスをした。
「そいつは俺のー、ラブ!が届いてるからー、ですかね?」
ラブ、と指でハートの形を作る。
おずおずと信子もそれを真似た。
「そう、だと、いい…な」
それならきっと、自分の心も届くだろう。
自然と浮かんできた微笑に、しかし彼女は気付くことなく、胸元に顔を埋めた彰も知ることはなかった。
「だといいね」
赤色を散らして楽しそうに彰が言う。
信子は自分の肌の白と、重なる日に焼けた健康的な肌色のコントラストに目を奪われた。
細身に見えて意外に鍛えられている彰の身体は、極限まで無駄の省かれた獣のようで綺麗だ、と思う。
「っ、」
小さな痛みに信子が我に返ると、歯形付きのキスマークを作った彰が恨めしげに見上げていた。
「なんか上の空ー?」
「……そんなこと、」
ない、と続くはずだった言葉は短い悲鳴に変わった。
多少乱暴な仕草で信子の胸の形を歪めて彰は呟く。
「こういうときぐらい俺だけ見てくんなきゃ、やだ」
子供のように彰は言い、更に刺激を加えていった。
意思とは無関係に洩れていく声と吐息紛れに信子は名前を呼ぶ。
「や、ぁ…、彰…っ」
その響きに彰が少し表情を緩めた。
耳朶に軽く噛み付いて、そのまま囁く。
「……もっと呼んで」
掠れた声に信子は小さく身を震わせた。
柔らかな肌の上をゆるりと長い指が滑る。
「……っ、ん…あき、ら」
「もっと」
「ふ…あ…っ彰、ぁ」
熱を帯びてきた呼び声に満足したように息を吐くと、彰は信子を軽く抱き上げた。
自分を跨ぐように座り直させて、既に用をなしていない衣服を脱がせていく。
「、ぅ…ん、ひ、あ…っ」
昂ぶった心は神経系にも異常をきたすのか、布が擦れる感覚にさえ過敏に反応する。
それを知ってわざと時間をかけて太腿を撫で上げると、遠慮がちに首に回されていた腕に力が加わった。
「…やっ…だ、あ、き…らっ」
「なーにが」
意地悪く口角を持ち上げると短く息を詰まらせる音が聞こえた。
「ちゃんと言わないとわかんねーでしょーが。何が嫌なの。ドゥーしてほしいの」
さぞ性格の悪そうな顔をしているだろうと思いながら顔を上げる。
涙目の彼女は小さく首を振った。
「もしもーし」
「……な…で」
普段から声の小さい信子の消えそうなほど小さな声に彰が首を傾げる。
「……焦らさっ…ない、で」
それが精一杯だったようで、信子は彰の目から逃げるように深く俯いた。
「………かしこまりー」
呟いて可愛らしい要求に応えるために指を伸ばす。
言うだけあってそこは大分熱く濡れていた。
「あっ、ぁ…っ!」
びくん、と信子の身体が大きく震えた。
指に絡んでくる粘着質の液体ごと突起を擦り上げて彰は笑った。
「なんかすっげーことになってるー。やらしー」
「ん、あっ、ああぁっ!」
強い刺激とそれに伴う快感に信子の口から嬌声が洩れる。
愛液の溢れるそこに指を挿し入れれば、淫猥な水音がした。
「あぁっ、ふ…っ、ぁ、ぁん……!」
「ねー、欲しいって言って」
高い声で啼く彼女の中を掻き回して、熱に浮かされながらも冷静な頭で彰が言う。
「俺が欲しいってさー、言ってみてよ」
そんな三流小説のような台詞を思い付いたのも、彼女に言わせてみたいと思ったのも、きっとたいした意味はない。
冷静なようでいてやっぱりもうどこかおかしいんだ、と冷静に考える。
「ふっ…ぁ、彰、がっ、欲し……っ」
途切れ途切れに言葉を乗せた口唇に噛み付くようにキスをした。
「俺も野ブタが欲しい」
全部俺にちょうだい。
信子は頷いたように見えた。気のせいだったとしても、構いはしなかった。
「……っ、あ、あぁぁあっ!」
屹立を入口にあてがって腰を引き寄せれば、重力が手伝って一気に奥まで到達する。
耐えるように爪を立てられた背中に痛みを感じたけれど、そんなものはすぐに熱で打ち消された。
「ん、ぁ、あっ、あ」
抱えた腰を揺さぶれば甘い声が零れて落ちた。
それを無理やり口唇で塞ぐ。
「…っん……ぅ、ふ、ぁ」
口腔内を侵していくと信子が戸惑いながらもそれに応えた。
乱暴なくらいに舌を絡めて、その合間に彰は面白そうに言う。
「…野ブタ、自分から動いてるっしょ」
すけべー。
朦朧としている信子には言葉の意味を理解するのに多少の時間を要した。
「………っ!ぁ、あぁ、んっ」
気付いたところでその感覚には抗い難く、自らそれを求めて動く身体は止まることはない。
そんな自分に愕然としながら信子は快感に身を任せた。
「あっ…ぁん、は…っ、あき、ら…!」
白に染まっていく意識下で縋るように名前を呼んだ。
それに応えた彰の声も幾許かの熱を持っていて、終わりがそう遠くはないことを示していた。
「……野ブタ…っ」
めちゃくちゃにキスをして、力任せに掻き抱く。
動きに合わせるように最奥まで突き上げると、信子が弓なりに背を反らせた。
「――あ、やっ…あぁあ…ッ!!」
「……息抜き、禁止」
まだ半分以上残る手の着いていないプリントを見て信子が言う。
結局一度きりでは収まらず、二人が服を着たときにはもう日が暮れていた。
「えぇっ何それヒドイ!」
嘆く彰の前にプリントの山を置く。
そこから数歩下がって、厳かに言い放った。
「それ終わるまで、半径一メートル以内、立ち入り禁止」
「うえっ!?ちょっ、ええ!?」
彰が慌てて立ち上がって近寄ろうとする。
それを教科書を突きつけて制す。
「立ち入り禁止」
「……まじのすけー?」
本気で落ち込む彰の姿は大型犬か何かのようで笑いを誘ったが、それを噛み殺して信子は言った。
「それが嫌なら、早く終わらせる」
しばらく未練の残る顔で信子を見つめていた彰も、やがてわざとらしく特大の溜息を吐いてから頷いた。
「……はい。」
机の前に座り直して、筆記具を手にする。
それからしばらく考え込んで、思い付いて彰は顔を上げた。
「んじゃさ、全部終わらせたらご褒美ちょーだい」
信子は無表情のまま、不思議と強制力のある声を出した。
「さっさと、やる」
「………すいません」