「よし・・・・・。」  
ごくっと唾を飲んで、修二は手に弁当箱を持ちながら家庭科室のドアに手をかける。  
あの日、まりこが修二の後ろに置いていって以来、修二はどうやって返そうか、ずっと考えていた。  
親にも弟にも気づかれないように夜中にこっそり弁当箱を洗い、ずっとかばんの中に入れて持ち歩いている。  
あんなにひどいことをいったにもかかわらず、修二のために弁当を作ってきたまりこ。  
いつもとかわらずおいしいまり子の弁当。  
(憎まれたって仕方ないのに・・)弁当を食べながら涙が出た。  
ちゃんと手渡しで返さなきゃいけないと思ったが今日まで決心がつかなかった。  
(なんであんな言い方しちまったんだろ・・・俺・・・)今までまり子の事をこんなに思ったことはあるだろうか。  
今日まで返せないということは今日まで考える時間がいっぱいあったということだ。まり子の事が頭から離れない。  
(まりこは俺に会いたくないかもしれないよな・・)  
人気者でなくなった今の俺といたら、まり子も巻き添えをくうかもしれない。きっと俺といるのは嫌だろう、そう修二は思った。  
(それに彰がそこにいたらどうしよう・・・)彰とまり子がご飯を食べている映像が思い出される。  
皆についた嘘がばれた気まずさよりも、修二のいた場所に彰が、いや修二以外の誰かがいたことに凄くショックを受けたのだ。  
修二には理解できない今まで感じたことのないショックだった。そして、その気持ちはまだ解決出来てない。  
(いや、嫌な顔をされたら逃げればいい。弁当置いて礼言って走って帰ればいい。)  
意を決して、でもまり子の顔を見るのが怖くてぎゅっと目をつぶってドアを勢いよく開ける。  
「しゅ・・修二・・・・?」  
まり子の驚いた声が頭の中に鳴り響く。恐る恐る修二が目を開ける。  
 
しかしそこには、大きく目を見開いたまり子が、箸をもって立っているだけだった。  
「あっ・・いや・・これ返そうと思ってさ・・・。」  
弁当箱を見せながら、ついくせで小刻みにうなずきながら言う。修二が修二を演じているときの癖だ。  
まり子の大きな目に心の中をのぞかれてしまいそうで、視線を落とす修二。  
視界の端にまり子のお弁当箱ともう一つナプキンでしっかり包んだ四角い箱が目に入る。  
「・・・それ・・・?」  
「うん・・・。」  
まり子も下を向いてどう答えようか悩む。  
「修二さ・・とりあえずそんなとこいないでこっちきなよ・・」  
まり子に言われて気づく。家庭科室に一歩も入れず、立ちすくんでいたのだ。  
(カッコわりぃ・・俺)学園のアイドルの前ではいつもかっこいい修二でいたかった。  
こんなに余裕がない日がくるとは思ってもみなかった。  
修二がしばらく座っていなかったいつもの場所に腰掛ける。  
「・・修二も知ってると思うけど私どっちかっていうとあきらめないタイプなのよね・・だから・・。」  
泣き出しそうなのを気丈に頑張っている声だ。  
まり子が目にたまった涙を隠すかのように窓の外に視線をやる。  
「俺、お前にあんなにひどい事言ったのに・・普通嫌いになるもんじゃね?それに俺はその・・もう・・皆に・・嫌われてるし・・・」  
消え入りそうな声で修二が言う。恋をしたことのない修二には到底まり子の気持は理解できない。  
「・・何それ?皆に嫌われてるから修二を嫌いになるって事?」  
今度はまり子が修二の気持が理解できない。修二がうなずく。  
「・・嫌いになんかなるわけないじゃん・・確かに好きになれないって言われてすごいつらかったし・・うん・・正直すっごい泣いた・・・だけどそれは私が修二をあきらめる理由にはならないよ・・。」  
(・・そうおもうんだけど・・?)まり子が修二の様子を伺う。  
修二にだけ信じてもらえればいい、かつてまり子が自分にむけて言ったあのときの記憶が蘇る。  
まり子が人の意見に左右されて人を判断するような子じゃないのはもうとっくにわかってたことじゃないか、馬鹿なこといったなと修二は思う。  
 
「・・・それにね、修二に言われて思ったけど・・私も修二にかわいいと思ってもらいたくて・・思われるような事言ってみたり・・  
いい子だなって思われたくて一生懸命お弁当作ったり・・私も修二の前で作ってた部分があったんだと思う。  
だから修二に好きになってもらえなかったんだって、そう思ったの・・・。」  
(まり子・・・)まり子は学園のアイドルにふさわしく、いつも完璧で、それがまり子にとって普通だと思っていた修二は、衝撃をうける。  
「・・こないだ草野君がお弁当食べた時おいしいって言ってくれたんだけど・・やっぱり修二じゃないと嬉しくないんだよね・・  
修二がおいしいって言ってくれた時の笑顔は本当だったって信じていたいから・・  
修二のためだけにお弁当を作りたい・・だから・・まだ・・・・あきらめられない・・・・。」  
まり子が顔を上げて、修二をしっかり見る。  
「・・ダメ・・かな・・・?」  
泣きそうな顔で精一杯微笑む。  
(かわいい・・。)ドキッとする修二。  
不謹慎かもと思いながら修二は初めて心のそこからまり子をかわいいと思った。  
自分の気持の変化に戸惑いながら、まり子の気持をかみしめながら、必死に修二は考えていた。  
(なんで俺は今までまり子を見ようとしなかったんだろう・・。)数日前の自分を激しく後悔する。  
「・・・俺ね・・今まで人を好きになった事なんてなかったから・・人を好きになるって気持ちがどんなだか分からなくて・・  
いまだにそれはよく分からないんだけど・・まり子が彰と一緒にいんの見て・・その・・俺が食べてた弁当をあいつが食べてんのをみて・・  
すげーショックだったし・・すげーむかついた・・。」  
(こんな事いおうと思ってなかったのに・・弁当返しに来ただけなのに・・)  
しかし、本音で接したまり子に嘘はかえせない。いったん吐露した自分の思いも途中で止める事は出来ない。気持ちとは裏腹に次から次へと言葉が続く。  
「その時思ったんだ・・まり子の弁当を誰かに食べられたくないって・・ここにまり子と向かい合って座っているのは俺でいたいって・・俺以外の誰かがいるのはいやだって・・・  
いや・・勝手なんだよ・・勝手なんだけどさ・・好きってこういうことなのかな・・?」  
まりこの反応が怖い。  
(でももう顔を背けちゃいけないんだ。)修二が顔を上げてまりこの顔色を伺う。  
 
「・・それはよくわかんないけど・・。」  
まり子が答える。  
(だよな。そうだよな。何言っちゃってんだよ、俺。やべっまじ穴があったら入りたい。うわっはずかしい。おれどうしよう。)  
最近ようやくほんとの自分デビューしたばかりの修二にとってまだ本音を話すのはなれない。  
自分の言葉に動揺する。でもそれも長くは続かなかった。  
「・・けど・・そうならすっごい嬉しい・・。」  
まり子の笑顔でいっぱいな顔に修二が目を見張る。  
(まり子はこんな風に笑ってたんだっけ・・?)修二はまり子から目が離せなかった。  
とても長い時間見つめていた気がする。修二の胸の高鳴りがとまらない。  
まり子を愛しいって思った。  
この笑顔を俺だけのものにしたいって思った。  
プロデュースをやめたいっていった彰の気持ちがはじめてわかった。  
クサイんだけど、上から花がふってきた気がした。  
人を好きになるって気持ちはこういんもんなんだって実感した。  
「・・修二!?」  
修二は無意識の内にまり子を抱き寄せていた。修二はもう自分が止められなかった。  
夢中でまり子にキスをする。いままでキスをしたいともしようとも思わなかった。  
学校一の人気者がキスが下手とか言われるのが怖かった。  
雑誌やビデオを見て、初キスはこう初Hはこうっていろいろ計画を練ってやらなきゃと思っていた。  
しかしそんな事にかまっていられない。もうかっこいい人気者の桐谷修二はいないんだ。そんな事どうだってよかった。ただまり子が欲しかった。  
まり子の唇をむさぼる様に激しくキスをする。首筋にも耳たぶにもキスを落とす。  
「あっ・・・」  
まり子が声を出す。ブレザーの中に手を入れ、ブラウスの上から胸をなでる。  
修二がまた吸い付くように唇を重ね合わせる。  
「・・ん・・・。」  
修二がブラウスのボタンを外す。ブラジャーに手をかけようとしたその時まり子がばっと身体を離す。  
 
「・・かっ家庭科室だから・・。」  
はだけた胸を両手で覆いながら、やっとの思いでまり子はそういった。  
「あ・・ごめん・・。」  
自分がこんなに熱い人間だったんだって初めて気づいた。一方的な自分の気持を押し付けてしまった事に自責の念にとわれる。  
「・・うん・・びっくりした・・けど嬉しかったかな・・?」  
まり子が恥ずかしそうに微笑む。  
「まり子・・・。」  
「修二・・とりあえずお弁当食べない?・・お昼まだだよね?」  
まり子もよほど緊張してたんだろう、お箸を持ったままだった。  
「食べていいの・・?」  
「え〜修二のために作ったお弁当を修二の他に誰が食べるの?」  
もういつものまり子に戻っていた。修二が軽く微笑んで弁当をあける。  
「うわっうまそう・・!」  
(俺のための弁当はすげーうまそうだ・・。)身勝手な自分をすべて受け止めてくれるまり子と出会えて幸せだと思った。  
「ねえ・・修二・・もう一回聞いてもいい?」  
まり子が姿勢を正してまっすぐ修二を見たので、修二もつられて姿勢を正す。  
「この先あたしを好きになってくれる可能性は・・?」  
本気とも冗談とも取れる顔でまり子はそう尋ねた。  
「えっ・・・。」  
返す言葉に詰まる修二。この間とは絶対違う答えになる、それは修二もわかっていた。  
(とりあえず明日も明後日も昼休みはここに来よう・・。)そう思いながら、修二はなんて答えようか考えを張り巡らせていた。  
 
 

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