(やっぱりおうちまで迎えに行くべきだったのよん。)
彰は寒そうにマフラーに顔をうずめながら信子を待っていた。
ほんとはタキシードでびしっと決めて、薔薇を持って迎えに行きたいところだが、なんとなく嫌な予感がしたのか、信子に動物園の前で待ち合わせと言われてしまった。
今日の彰は早起きだった。なんせ初デートだ。タキシードがダメでも勝負服に身を包まなきゃいけない。昨日の夜だけじゃ決められず、今日も朝からファッションショーだ。
(帰ったら片付けるのよーん。)信子に早く会いたくて、待ち合わせより1時間も早く到着してしまった。
でも野ブタが来るって分かってるんなら待つのも悪くない・・彰がぼーと考えていると、(おっおはよ。)と後ろから声をかけられた。
「もしかしてあたし時間間違えた?さむいよね、ごめん。」
信子も待ち合わせより少し早い時間に来たつもりだったので、すでに彰がいる事に驚いていた。
「今きたとこなのぅ〜。」
恋愛ドラマのように、彰は信子に嘘をついた。信子の気づかいが嬉しかった。(野ブタを見てると心があったか〜くなるから寒くない。)そう思って彰は微笑んだ。
「野ブタ、ハイ!」
彰は動物園のチケットを手渡した。
「おっお金!」
信子がかばんの中から財布を取り出そうとする。
「いいのよ〜ん。俺っち金持ちだから。つーか俺っちが誘ったんだし。それにデートは男の子が払うもんでしょ?」
彰が信子を制した。今日のデートは彰が本物のブタを見たいと突然言い出して決まったものだ。
「さてと、ブタを見に行くのよ〜ん。」
彰は信子の背中を押して、歩き出した。
「ゾウだぞう。」
「ラクダは楽だ。なぁんちゃって。がっはっは。」
キリン、ライオン、ゴリラ、ヤギ、ヒツジ・・探せど探せどブタはいなかった。
しかし、彰はそんな事はおくびにも出さず、動物の檻の前に立つたびにくだらない親父ギャグを連発していた。その様子を見て、信子も楽しそうに微笑んでいた。
思えば彰は動物園にきた記憶がない。動物たちをみて彰は考えていた。一生檻の中に閉じ込められるってどんな気持ちなんだろう。つらいかもしれない。
でも人間に大切に育てられて、お客さんからの拍手を浴びて、人々の心に残るならそれも悪くないかもしれない。
少なくとも野ブタとの思い出と共に俺の記憶に残るんだから。彰は信子を見た。
(きょっ今日の野ブタは、可愛すぎなんですけどぅ〜。)
彰は緊張のあまり、信子を直視する事がなかなかできず、今やっと今日の信子を確認した。もしかしたら俺っちのためにおしゃれしてきたのかも?彰は小さくガッツポーズした。
「なっなんか変?」
彰の視線に信子が気づいて服を押さえる。
「ううん・・いいと思う・・。」
(俺が買ってあげた服じゃないのぅ・・。)彰たちのセンスとはまた違って、今日の信子は新鮮だった。
「蒼井さんと買いに行ったの・・。」
(友達できてヨカッタネ。)彰は前とは違う穏やかな気持ちだった。
「それ可愛いんじゃないの・・・って思うんじゃないの・・・。」
彰の声はたどたどしい。信子を好きになってから、信子にだけは平気で言えていた事も言えなくなってしまったのを感じてた。
「あっありがと・・。」
信子も恥ずかしそうに微笑む。彰は思わず抱きしめたくなった。
(でも、順番は守らないといけないのぅ〜。)そう、まずは手をつなぐ事、それが今日の目標だ。シッタカ越えはしなくては、彰は心で頷く。
もうとっくにシッタカ以上の事はしているんだが、彰にそんな事関係ない。彰は信子の手を掴もうと、おずおずと手を差し出した。
「きっ桐谷くん・・?」
(ぬぁんで修二くんなの。俺っち、草野くん。)彰が心で突っ込みながら、少しへこむ。
「きっきっ桐谷くん!」
信子が彰の袖を掴んで、向こうを指差したので、それはすぐに思い違いだと分かった。
(えっ修二とまり子?えっ?えっ?ちがっ修二と蒼井ジャン?つーかなんで蒼井?)いつもと異なる組み合わせに彰は動揺する。
「まじのすけ?」
彰がつぶやいた。カスミが笑顔で近づいてくる。心なしか信子の顔もこわばっているように見える。きっと蒼井がいる事に動揺しているんだろう。
「コンッ!コンッ!」
動揺を隠すように彰はとりあえず挨拶した。
(そういや俺っち修二くんに言うの忘れてた・・。)ここ最近はずっと夢うつつで、転落した修二に避けられていたのも手伝って、信子との事をつい修二に言いそびれていた。
(きっとめっちゃ怒ってる・・。)彰は修二の様子を伺った
「二股はいけないのよ〜ん。」
彰は修二の隣にまり子がいないのが寂しかった。彰が切なそうに修二を見た。
「そんなんじゃないよ・・。」
「じゃ、ぬぁんで〜?」
「それはまだいえない。いつか話す・・。」
彰ははぐらかされているのが、わかっていた。でもきっと修二のことだからなにかあっての事だろう、(気持ちを話せないってつらいのよん。)彰はそれ以上追及するのをやめた。
「いつかは遠いのよん。でも待ってるの。」
大好きな修二がそう言ってるんだ、いつまでも修二を待っていよう、彰が修二の不安を少しでもかき消してあげたくて、肩にもたれかかる。
「で、お前は?」
(あっ・・。)彰が感傷に浸っていると現実に引き戻された。
「彰ナノぅ〜。」
(苦しすぎ・・。)彰は自分に苦笑する。案の定、修二はごまかされず、さらに細かく質問してくる。
「ソレハマダイエナイ。イツカハナス。」
とりあえずまねで返してみる。(修二くん、ごめん。ゆえなかったのよん。かっこいいこといっちゃったし、あきらめるっていっちゃったし、実は未練たらたらでした〜ぬぁんてさ。)
言ったって修二は彰をばかになんてしたりない、そう思いながらも伝える勇気が出なかった。
「プロデュースは続けるの〜。」
それはもう決めた事だ。あきらめるのをやめたって覆される事じゃない。
野ブタをみんなのものにするのは、まだちょっと寂しいけど、なによりも俺は野ブタと修二といることが大好きなんだから、そのつながりがプロデュースなら俺は俺の手で終わらせる事はできない。
野ブタと修二の笑顔で俺の心は報われるんだから。
「いいの、それで。」
彰が頷く。大切なものは独り占めしちゃいけないんだ。今の俺じゃまだダメなんだ。
俺だけのものにならなくても、何十年たって野ブタの隣でわらっていられればいい、そう思えるだけで俺は幸せなんだから。彰はここ数日間で悟っていた。
「おまえ野ブタを泣かすなよ?」
「泣かさないの〜。次野ブタが泣くときは・・・。」
彰が途中で言葉を切った。
だいじょぶよん、修二くん。花嫁姿の野ブタはきっと泣いちゃうかもしれないけど、もう悲しみの涙は流させないよ。約束する。
「んでもってプロデュース第二弾なのよ〜ん。修二くんは専務ナノ〜。」
修二があきれているのがわかる。
修二くん、たぶんきっと俺は会社を継ぐだろう。もし俺の隣に野ブタがいてくれるなら、修二くんも一緒だよ。だって三人一緒じゃなきゃ、意味がないのよん。
「覚えとくよ。」
きっと全ていわなくても彰の気持ちは修二に届いてる。彰は修二との関係が誇らしかった。
「で、告って上手くいって動物園にきてるんだ?」
(告る・・・。)彰の動きがとまった。かけがえのない親友の一言が彰の心に重く突き刺さって、うつつに返った。
(俺は野ブタに・・・。)信子が彰たちの元にかけ戻ってきた。
(修二くん、ドウシヨウ・・・。)
彰がはしゃいでいる間に修二はどこかに行ってしまった。
(俺はまだ野ブタに告ってない・・。)
彰が物悲しげに信子の顔をみつめた。何をしてもつまらなかった。どんなものでも手に入ったし、何かを欲しいなんて思いつきもしなかった。信子に出会うまでの彰は死んだ魚のような目でうつろいでた。
しかし、信子を好きになってから、彰は人を慈しむ気持ちを覚えた。自分より大切な誰かができるなんて思ってもみなかった。
実は俺っちが野ブタにプロデュースされてたのかも・・今日は考える事が多い。
「草野くん・・?」
急に彰が黙ってしまったので、信子が心配そうに顔を覗きこむ。
「修二くん、遅いのぅ〜。」
彰は心の中を見られたくなくて、立ち上がった。
「うん、蒼井さんと桐谷くん、どうしちゃったんだろうね・・。」
信子も立ち上がったので、彰は信子に背を向けた。
「あのね、野ブタ、その、あの・・その・・すっ。」
彰は自分の気持ちを伝えようと試みた。
「すっ?」
彰がまた口ごもったので、信子が繰り返した。
「すっ・・。」
カシャーン。(き。)彰の次の言葉を飲み込むように、物音が響き渡る。
(なっなに?)彰が振り向くと修二が走り去っていくのが見えたような気がした。
「修二?」
なんともいえない不安が心をよぎる。
「蒼井さん!」
信子が何かに気づいて走り出したので彰も後を追う。
「蒼井さん!大丈夫」
何がおきたか分からないが蒼井が倒れてた。
「桐谷くんに突き飛ばされちゃった・・。」
(修二が・・?)修二が女に手を上げるような奴だとは思えない。信じられない面持ちで、彰が蒼井をみつめる。
蒼井の口元が緩んだ気がした。(う〜ん?)いまいち彰には理解できない。(笑うところじゃないのだ・・。)
「どうかした?」
彰が蒼井から視線を動かさないので信子は気になる。
「う〜〜〜〜〜ん・・木の精なの〜〜〜。」
彰は釈然としないままそういった。
「木の精?」
信子は小首をかしげた
「かわいい〜かわいいね?」
信子とカスミは笑顔でウサギと戯れている、
修二がいなくなったあとカスミに引っ張られるように、3人で動物園を回っていた。どうして好きっていえないんだろう、彰は少し離れたところから二人を眺めていた。野ブタは俺っちの事どうおもってるんだろう・・。
「なんだかお前も一人ぼっちなのぅ〜。」
群れから離れていたウサギの頭を彰はなでた。
「デート、邪魔しちゃったかな?」
信子を残してカスミが近づいてきた。
「そう、でもないのぅ・・。」
さっきの事もあってか、彰が本能的に身構える。
「ほんとは怒ってるんじゃないの?」
カスミの笑顔がなんだか怖い。なんとなく彰は認めちゃいけない、と思った。
「ぬぁんで?怒ってるわけないのよん!野ブタの笑顔が見れたから。」
彰が手でハートマークをつくる。決して嘘ではなかった。信子と二人のデートじゃなくなっちゃったけど、友達と楽しそうにはしゃぐ信子で彰は充分だった。
またチャンスはあるさ・・彰がつなぐはずだった左手を見る。
「強がっちゃって・・・。」
カスミが笑顔で言う。信子が近づいてきたので、彰は聞こえてない振りをした。(蒼井は野ブタの友達・・ジャン・・か。)しかし、彰の中のくすぶり始めた猜疑心は払拭しようにもしきれない。
「うさぎは寂しいと死んじゃうのよ〜ん。」
信子が微妙な空気に戸惑っているので、彰ははぐれていたウサギを抱き上げ、信子に手渡した。
強がり?そうかもしれないな。まだまだ彰はかすかに残る独占欲といつも戦っていた。
(彰くんもさみしいとしんじゃうのぅ〜。)ちょっとだけ心の中でやきもちをやいてみた。
カスミにやっと解放されたのは帰宅時だった。
「ブタいなくて残念だったね・・。」
「残念なのぅ〜。」
彰たちは信子の家に向かっていた。(デートは女の子の家に着くまでがデートなの〜。)断ろうとする信子に、そう言って彰は言い聞かせた。
「桐谷くん・・どうしたんだろうね・・」
ずっと気になってたんだろう、彰と二人になってすぐ話題に出した。(やっぱり野ブタはまだ・・。)彰の心がきゅんと音を立てた。
でも野ブタが誰を思おうと、俺が野ブタを好きなのは幻なんかじゃない。彰が自分の心に負けないよう強く思いなおした。
「蒼井さんに、ほんとにあんなことしたのかな?」
信子の顔に迷いがあった。疑いたくない人を疑いそうで不安なんだろう。野ブタを安心させなくちゃ、それが彰が信子のそばにいる理由だ、彰は3人の中の自分の役割を感じていた。
「野ブタはぁ〜修二くんがぁ〜そんな事するやつとおもいますか〜?」
「おっ思いたくない。」
信子が首を振る。
「じゃ、いいんじゃにゃいのぅ〜俺たちはしゅーじくんが真実だと思っていれば。」
ねえ野ブタ、例えば俺たちの誰かが鯨が空飛んだのみたとか本当にありえないことをいったって、俺たちの中ではそれが真実になるんだよ、人から見れば取るに足らない些細なことでも、俺たち3人にとってはとっても意味のある事なんだ。
「俺っちは世界中の皆が嘘だって言ったって、修二と野ブタがほんとだっていえば、そっちを信じるよ。」
彰が信子を見て頷いたので、信子も頷いて肯定した。
「あと・・。」
「ぬぁに?」
「くっ草野くんはあのときなにいいかけたの?すって・・。」
(ああ・・。)やっぱり野ブタだ、俺っちの事もちゃんと忘れないでいてくれてる。そんな野ブタが大好きだ。彰の心は晴れ晴れとしていた。
「わすれちった。」
彰は今がその時じゃないと思っていた。
簡単に好きって言えるほど、好きって言う気持ちが簡単じゃない事に彰は気づいてしまったから。
いつか自然に好きっていえる日まで待とう。きっとその日は遠くないから。
少し満足げに微笑むと彰は道端に視線を落とした
「ブタだ。」
「うん、ブタだ。」
どっかの子供が置き忘れていったんだろう、小さなブタのぬいぐるみが置いてあった。
「ブッブタも・・さみしいと・・死んじゃうよね・・。」
信子が拾い上げて、埃をはらう。
(ブタは寂しくないのよーん。いつでもそばにいるから寂しくないのよーん。)彰が信子からブタを取り上げ片手でくるくるまわす。
「こっこうしたら・・寂しくないかも・・。」
急に信子が彰の開いてる片方の手を握ってきた。
(えっ?え〜〜〜〜〜〜〜〜〜?)彰は驚いて声を出す事ができない。信子も自分の大胆な行動に恥ずかしくなったのか、うつむいてた。
(やっぱりチューしたいのぅ〜。)彰が信子の小さな手をぎゅっと握りしめた。
(でもあと2回だ。)信子の家はもうすぐだ。お別れのちゅうができるまで、デートはあと2回。