(どうしよう・・。)  
お昼休み、信子は家庭科室でまり子を待ちながら一人考えていた。  
彰が戻ってきて三ヶ月。相変わらず信子と彰は屋上で、まるで修二がいるかのように、毎日他愛もないことを話していた。  
放送部のない日は、彰は必ず家まで送ってくれて、二人で過ごす時間は日に日に長くなっている。  
彰と一緒にいるのはとても自然で、修二がいないだけでなにも昔と変わらないような気がした。  
でも前とは一つだけ違う事がある。それはあたしが彰の家に行かなくなった事だ。  
"初えっちは彼の家で・・。"信子は彰の言葉を思い出していた。  
(えっちって・・。)あの時は勢いでついあんな事をしてしまったが、今となっては恥ずかしくてあんなことできそうにない。つい彰の家から遠ざかってしまう。  
彰はといえば、信子が家に行かなくなって、少し寂しそうな顔をしたが、別に合う時間が少なくなったわけではないので、それはそれで満足なようだった。  
(でっでも・・。)いつまでも行かないのは不自然だ、頭では分かっている。でもやっぱり決心がつかない。  
思いおこせば二日前、急に彰が、"おいちゃんが寂しがってるから、たまには家に遊びにきて"と言い出した。  
(夏休みの予定も決めなきゃいけないのよん。)ともいうので、つい、今日の放課後、彰の家に行く約束をしてしまった。  
(はあ・・あんなことやこんなこともするんだ・・。)  
信子がそっとかばんを見やる。彰の家に行くと決まった後、信子は本屋の前を10往復して、疾風のように雑誌を一冊買った。  
えっちの内容やら体験談やら、そういう類が特集されている女の子向けの雑誌だったが、家に置いとくのも親に見つけられそうで、肌身離さず持ち歩いてしまっていた。  
その内容は信子には過激すぎて頭から離れず、午前中の授業も上の空だった。  
「小谷さん、小谷さ〜ん?」  
少し自分の世界に入りすぎてしまったみたいだ、まり子はとっくに来ていて、信子に何度も呼びかけていた。  
「あっ・・まり子さん・・。」  
(まり子さんに相談してみようかな・・。)あの日以来、悩みがあるときはまり子に相談するようになっていた。さしずめ、まり子のお悩み相談室だ。  
彰も戻ってきてから3人で一緒に食べたいと騒いだが、いると普通の話もややこしくなることが多いので、丁重にお断りした。  
 
「ふふっまたなにか悩んでるの?」  
信子の態度は、まり子にとっては日常茶飯事みたいだ。信子の気持ちを察知したかのように聞く。  
「まっまり子さん!!」  
「はいっ!」  
信子が急に大声を上げたのでまり子がびっくりする。  
「そっその・・まり子さんは・・・とかした事ある・・?」  
恥ずかしさで小さな声になる。  
「えっ?なにを?」  
まり子もきょとんとしている。  
「その・・しゅっ修二と・・。」  
(おっ大人の関係・・。)信子の顔が真っ赤になる。  
「大人の・・関係・・?」  
思いついたのか、まり子も赤くなる。  
「小谷さんもそういうの気にするんだ・・。」  
信子の突拍子もない質問に、まり子が面食らう。  
「どっどうだった??」  
(どうって・・。)まり子が恥ずかしさで口ごもる。  
「・・痛かった・・かな・・?」  
まり子が答えにくそうに口を開く。  
「やっぱり痛いんだ・・。」  
「あっでも何回かすればそのうち痛くなくなるから大丈夫。」  
「・・何回もしてるんだ・・。」  
信子を慰めるつもりが、反対に墓穴を掘ってしまい、まり子が慌てる。  
「ちっちがっ。すぐ転校しちゃったし、そんな何度もして・・ない・・。」  
これ以上話すとどんどん墓穴を掘ってしまいそうだ。まり子が口を押さえる。  
「はっ早くない?」  
でも、信子は自分の事でいっぱいいっぱいだった。矢継ぎ早に次の質問をかぶせる。  
「早いって?」  
「その・・・そういう関係になったりとか・・。」  
「草野くんとそうなりそうなの?」  
「今日家に行くんだけど・・前に初えっちは彼の家でって言われたから・・。」  
信子の顔は終始真剣で、笑みもない。  
まっすぐだからきっと恥ずかしげもなくこういう事をきけるんだろうな、うらやましい。まり子は信子の純粋さがなんだか可愛くなってできる限り協力してあげたいと思った。  
「付き合ってるんだったらいいじゃないかな?いつかは通る道なんだし?」  
「付き合ってるのかな・・?」  
信子が首をかしげる。  
「えっ?」  
「好きとか言われたことないんだけど・・。」  
(どう見ても草野くんは小谷さんの事好きと思うけど・・。)あれで違ったら犯罪、まり子が目を丸くする。  
 
「なんでだろうね?」  
みるからにしつこいくらい毎日好き好きいいそうなタイプなのに。  
「すっ好きじゃないのに、キスとかできるのかな・・?」  
「・・キスしたんだ・・。」  
彰も信子も知ってるから、体験談は生々しくて恥ずかしい。  
「うん・・2回くらい・・?」  
二回目のキスのあと、信子があまりに怒ってしまったから、今は手を握ることも、彰は躊躇していた。  
そのせいか最近はあまり触れ合っていなく、信子はちょっと距離を感じて不安だった。  
「う〜ん・・どう見ても草野くんは小谷さんを弄ぶタイプとは思えないんだけど・・。」  
(小谷さんもそう思わない?)まり子が笑顔で問いかける。  
「・・うん・・。」  
「なら、小谷さんは自分の気持ちを信じていればいいんじゃない?」  
少し気が楽になる。その事はずっと胸の奥に引っかかっていて、彰を信じたい気持ちを誰かに一緒に肯定して欲しかったのだ。  
「でも、草野くんって一人暮らしじゃないよね?じゃそんなつもりじゃないんじゃないかな??だって二人じゃないと、ねえ??」  
「あっそっか・・。」  
(なっなら平気なのか。)信子ががっかりする。あれっ?なんでがっかり?信子が自分の気持ちの変化に眉を寄せる。  
「いいな〜小谷さん、草野くんと毎日いろいろあって。」  
(なんか毎日楽しそう・・。)信子の反応を見て、まり子が微笑む。  
そうだった、修二はいなかったんだ・・。  
「しゅっ修二は元気?」  
「元気・・なのかね・・?」  
その時のまり子さんはなんともいえない表情で、あたしはその時まり子さんがなんでそんな顔をしたのかまったく理解できなかった。  
ただ単純にまり子さんの気持ちを考えずにいつも彰との事を話して申し訳ないと思っていた。  
「いっいつもあたしの相談ばっかでゴメン・・。」  
なんとなくいたたまれない気持ちになって、信子が謝る。しかし返ってきた言葉は予想外だった。  
「なんで?私は頼ってもらえて嬉しいけど。だって、私たち親友じゃん?」  
そう言ってまり子は声を立てて笑う。信子の顔は晴れ晴れとした。  
 
(彰はどう思ってるんだろう・・。)  
とうとう放課後が来てしまった。一平がいるから大丈夫、そう言い聞かせながら、自転車を押して歩く彰のそばを、少し遅れて歩いている。  
(今まであの手に抱きしめられてたんだ・・。)  
たくましい手・・、制服の袖口から、いい具合に引き締まった腕が見え隠れする。  
あまり意識していなかったが、雑誌のせいでフィルターがかかり、彰を見る目が変わってしまった。  
一度意識してしまうと、勝手にいろんな妄想が広がり、どきどきして落ち着かない。  
「野ブタっのぶ・・ノブ・・ノブノブ・・ノブカキクケコって誰だよ、おい、ばかやろう。」  
信子が家に来るからかどうかは分からないが、さっきから彰は隣ではしゃいでる。どうやら信子と呼ぶ練習らしい。  
信子が、だいぶ上手に彰と呼ぶようになったので、そのお返しにいつまでも野ブタとは呼べないのだ〜と最近練習し始めた。しかしなかなか信子と呼べない。  
(・・こ・・だから・・こ・・。)彰がノブを連発するたびに、律儀に心の中でコを付け足す信子。  
「野ブタ、でいいと思う・・。」  
「それじゃ意味がないのよん。」  
何の意味がないのか、(野ブタってさんざん呼んでたくせに・・。)そう思いつつも、信子は少し嬉しかった。  
「もうすぐ夏休みだネッ。修二に会うのは楽しみなのよん。」  
彰の話題はもう変わっていた  
「夏休みの予定決めないと、って今日決めるんだった。グハハハ。毎日会えたらいいのにね。ノブタの毎日を俺っちにください。」  
彰が仰々しく頭を下げる。  
「むっ無理・・。」  
(こんな気持ちで毎日あってたら、どきどきしすぎて息できない。)私死んじゃうかも、信子が首を振る。  
「彰、ショ〜〜〜〜〜〜〜〜〜クッ!!」  
彰はちがう意味でとったのか、がっくりと肩を落とす。  
「じゃ、半分っ!じゃ少ない・・3分の2くらい?」  
「・・よっよくわからないけど・・。」  
信子は答えずに前を向いて早歩きで歩き出す。  
「じゃじゃじゃ4分の3!これでどぅ?」  
彰が追いついてねばる。(ふっ増えてるし・・。)わかんないわかんない、信子が笑いながらかわす。  
「つっ着いたけど・・。」  
彰が騒いでいる間に家に着いていた。  
 
「あれ?開かないのよん。」  
彰が信子を見て、首をかしげるが、すぐに鍵を開けて中に入っていった。  
「ただいま、だっちゃ!いないのぉ〜?」  
彰がお膳の上の手紙を手に取る。  
「さっ探さないで下さいって書いてあるけど・・。」  
(さっ探さなきゃ!)信子が慌てて外へ出て行こうとする。  
「あっ野ブタ。」  
彰が腕を掴む。(ちっ力が強い・・。)ぎゅっと掴まれ、ドキッとする信子。  
この力で抱き寄せられたら絶対逃げられない・・信子がどきどきしながら振り向くと、いつもの事だからと言わんばかりに彰は笑顔だった。  
「買いものの事よん。すぐ帰ってくるっしょ。二階にあがってて。」  
頷くと信子は階段をあがって行った。(ふっ二人になっちゃった・・。)一平がいるから大丈夫と思ったが、急な展開に気持ちがついていかない。  
(こっこんな部屋だったっけ?)相変わらず雑然とした部屋だったが、半年振りの彰の部屋はとても新鮮だった。  
(おっ落ち着かない・・。)部屋の入り口で立ち止ってしまう。  
「野ブタ、暑くない?」  
「うわっ!?」  
急に後ろから声をかけられ、びくっとして振り返る。  
「どぅーした?」  
(クーラー入れるのよん。)彰がリモコンに手を伸ばす。  
「くっクーラーあるんだ・・。」  
なんとなくイメージで、彰の家には絶対クーラーがないと思ってたので、ぼそっと言ってしまう。  
「ぬぁにそれ?」  
(クーラーぐらい余裕で買えるんですけど。)心外と言わんばかりに彰が口を尖らす。  
「だってなんか扇風機が似合いそうだし・・。」  
信子がフォローにならないフォローにする。  
「そうでもないのよん。まっ扇風機もあるんだけど・・。」  
彰が扇風機のスイッチを入れて、あ〜っと楽しそうに声を震わせる。(褒めてないんだけど・・。)信子が顔をしかめる。  
「でさ〜夏休みどこいく?」  
彰が山積みの旅行情報誌とかをごそっと信子の横に置く。  
(こんなに・・?)夏休みだけじゃ足りない・・信子が呆気にとられる。  
「これが修二のいるとこネッ!」  
彰が一冊の本を手渡したので信子がぱらぱらとめくる。  
「まぁ修二のとこ行くのはもちろんだけどぉ〜浴衣とか来てお祭りにも行きたいしぃ〜水着着て海とかプールとかも行きたいしぃ〜。」  
(野ブタの水着姿とか見てみたいしぃ〜。)彰がクッションを抱きしめながら、いろいろ想像する。  
「野ブタの水着も買いに行かなきゃネッ、グフフ。」  
彰が信子の水着姿を妄想したのか変な笑い声を立てる。  
 
(はぁ〜くらくらする・・。)部屋はクーラーがきいてきて涼しくなってるはずなのに、信子はなんだか火照って仕方なかった。本をめくっていても全然頭に入ってこない。  
(まつげ長い・・こんなにかっこよかったっけ・・。)彰の顔をまじまじと観察する。  
「う〜ん・・ビキニもいいけど〜でも皆には見せられないから、プール借り切るしかないっしょ!あっでも修二とかと海に行くんだった。」  
(じゃ、スクール水着しか着せれないジャン!)よっぽど信子の肌を人に見せたくないのか、彰がひとりじたばたする。  
「つーか野ブタ聞いてる??」  
信子の目の前で彰が手をひらひらさせる。  
「えっ??」  
彰の盛り上がりは、信子の耳には全然届いていなかった。  
「どぁ〜かぁ〜らぁ〜水着を買いに行く話。」  
「まっまり子さんと買いに行く・・。」  
彰が不審そうなので、信子はごまかした。  
「ぬぁんで?」  
彰は明らかに不満そうだ。  
「もうやっ約束してるし・・。」  
明日にでも早速まり子と約束しなきゃ、なんとなく彰と買いに行くと面倒くさい事になりそうな気がして、信子はそう固く決意した。  
「ふうん・・。」  
まり子に好みを伝えとかなきゃ、彰が渋々納得する。(楽しみは後にとっとくネッ。)そうつぶやくと彰は信子を見た。  
「あっ野ブタ、ゴミついてる。」  
彰が髪についたゴミを取ろうとして、手を伸ばす。  
「うわ〜〜〜〜〜。」  
凄い勢いで信子が後ずさりする。ばさっ、その拍子に何かが隣の部屋に倒れていった。  
「彰、しょ〜〜〜〜〜〜〜っくっっ。」  
(今日、二回目・・。)がっくりと肩を落とすと、まめちち取って来ると力なく階下に降りて行った。  
(あたし、ダメかもしれない・・。)絶対おかしい、彰と二人でいるそれだけで思考回路が覚束ない。なんとなく顔を上げると隣の部屋が目に入る。  
(あそこで寝てるんだ・・あそこで・・。)あたしも・・他の事を考えようにもその事ばかり頭の中を占領する。  
「どぅーした?」  
彰がいつの間にかまめちちの瓶を片手に戻ってきていた。(今日の野ブタなんか変なのよん。)まあ一杯、と彰がまめちちを差し出す。  
 
「こっこっちははいったことないな〜っておもって・・。」  
「ぬぁんで?眠いの?」  
(寝室なのぉ〜。)と彰がまめちちをおいて、ずかずか入っていく。  
「ここで寝てるの?」  
もしかしたらあのことなんて忘れちゃってるのかも・・彰の調子はいつもと変わらずだったので、少し信子は馬鹿らしくなる。  
「そう、ここで寝てんの。」  
(おいで、ノブタ、ぬぁんちって。)彰がごろんと横になる。  
「うっうん。」  
信子も彰の横に寝転ぶ。追い詰められた子は突拍子もない行動に出てしまうものだ。  
「ぬぁ、ぬぁにしてんの??」  
目の前に信子が横たわる現実が受け入れられない。  
「おっおいでっていうから・・。」  
信子は無意識のうちにとってしまった自分の大胆な行動が少し恥ずかしくなった。  
「ふぅ・・。」  
彰が気持ちを落ち着かせるかのように起き上がると、信子を起こす。  
「彰・・?」  
「おいでって言われたからって、すぐ鵜呑みにしちゃダメなのよん。」  
彰のまなざしはなんだか悲しそうで、真剣だった。なんだかえっちに踊らされてる自分が軽率に思えてくる。  
「ごっごめん・・。」  
信子が頭を下げて謝ると、前髪の隙間から上目遣いで彰の様子を伺う。  
「その上目遣いも俺以外にしちゃダメよん。」  
(俺だから無事なんだゼッ!)彰は信子の頭をぽんぽんとたたいて、♪男は狼なのよ〜気をつけなさい〜♪と歌いながら部屋の外に出て行こうとした。  
「野ブタ、散らかすのはだめ、だっちゃ!」  
彰の部屋だって片付いてないのにいっちょうまえに注意する。  
信子が先ほど彰をよけた時に自分のかばんにあたったらしく、彰の足元にはかばんの中身が半分広がっていた。  
「野ブタ・・これ・・。」  
彰が一冊の雑誌を手に取り、動きが止まる。  
「あっ。」  
信子がすばやく彰から奪い返す。  
「それ・・どぅーしたの?」  
あまりに信子のイメージからかけ離れていて、彰は戸惑いを隠せない。  
「だって・・。」  
穴があったら入りたい・・恥ずかしさでもうどうしていいかわからない。  
「だって?」  
(ちゃんと言わなきゃ・・。)彰が言い訳を待っている、  
「・・初えっちは彼の家でって・・むっ昔の人は言うんでしょ・・?」  
信子は彰の反応が怖くて、ぎゅっと目をつむって、本を抱きかかえたまま、彰の前に立ち尽くしている。  
 
「そう、なのよん・・。」  
(すっストライク・・ど真ん中・・。)彰がよろけた。彰の何気ない一言をちゃんと覚えていて、それに一生懸命な信子に、嬉しさと安心のあまり体の力が抜けたのだ。  
今日野ブタが変だったのもすべて自分のせいだ、納得がいきすぎて大笑いしたくなる。  
(すっごい子を好きになっちゃった・・。)野ブタ、いつまでもそのままでいて、彰が信子に近づいた。  
「大丈夫、嫌がる野ブタに無理強いしたりしないのよん。」  
野ブタの頭を優しくなでる。  
「・・いっ嫌じゃない・・。」  
信子が首を振る。  
「えっ?」  
彰が驚きで目を見張る。(あっあたし、はしたない・・。)これじゃまるで誘ってるみたいだ、でも体の火照りはとめられない。  
「いいの?だって今から野ブタを泣かしちゃうかもしれないんだよ?  
「・・泣く・・ようなこと・・なの・・?。」  
もしあたしが泣くとしたら、たぶんきっとそれはうれし泣きだから。  
「もう・・とめられないよ・・。」  
(ずっと・・我慢してきたんだから・・ずっと・・。)彰が手で信子のほほを包む。  
「・・あっあたしも・・。」  
(がっ我慢できない・・。)この体の火照りを沈めて欲しい。いつかは訪れる事なら今でも変わらない。  
避けては通れない道なら彰がいい、きっと彰でないとあたしのどきどきを抑える事はできない。。  
「・・・。」  
彰がそっと唇を重ね合わせる。  
「かっ帰ってきちゃうかな?」  
唇をあわすと急に怖くなって、少しこれから起きる事が怖くなって、一平を気にかけるそぶりをして逃げたくなる。  
「大丈夫・・これは俺と野ブタのために神様がくれた時間なのよん・・。」  
信子の体がふわっと宙に浮いた。彰が抱き上げたのだ。そのまま信子を布団の上におろす。  
「少し狭いけど我慢してネッ。」  
彰が覆いかぶさって、信子と視線をあわせてそう言うと、またキスをする。  
しかし今度は息継ぎも許されぬような体の奥へ奥へと彰のぬくもりが流れ込むような熱い熱いキス。  
(きっ気を失いそう・・。)なんで彰のキスはこんなにあたしをとろけさせるほど甘いんだろう、信子の体の芯まで熱くさせる。  
彰が唇を離し、手でブラウスのボタンをゆっくり外しながら、耳元や首筋に唇を這わせる。  
「あっ・・。」  
彰が信子の耳を甘噛みする。少しくすぐったい。  
 
(黙らないで・・)いつもと違ってあまりにも彰が無口だから、息遣いや彰の体の熱が伝わってきて緊張する。  
彰がボタンをすべてあけ、(はい、ちょっと起っきして。)と信子を抱き起こす。優しくブラウスを脱がすと、信子の上半身は胸を覆い隠すブラジャーだけとなった。  
彰がブラジャーの上から胸をなでる。(うっ動けない・・。)金縛りにあったように彰にされるがままに、彰の手の動きをぼーと見つめていた。  
「ふふっ・・。」  
そんな信子に気づいたのか、彰が優しく微笑みかけると信子にキスをする。そのまま後ろに手を回すとブラジャーのホックを外して、すぅーっと両腕から外した。  
信子の大きくはないが、形のいい張りのある胸があらわになる。隆起した先端が彰の服にこすれて、少し痛みを伴った心地よさを感じる。  
この唇が離れたら胸を見られてしまう・・。  
「はっ恥ずかしい・・。」  
唇が離れると、信子が横に追いやっていた掛け布団で胸を隠す。  
「そっか・・恥ずかしいよね・・。」  
(やっやめちゃう・・?)彰の声が少し沈んだので、信子が様子を伺う。  
「じゃ俺も脱ぐのよん・・。」  
彰が身に着けているものを次々脱ぎ、パンツ一つの姿になる。  
「ノブタと一緒!おあいこジャン!」  
(一人だけ恥ずかしいのはだめ、だっちゃ!)彰がそのまま信子を倒すとスカートもとっちゃうのよん、と掛け布団の中に手をいれ、スカートだけ器用に脱がす。  
(ぱっパンツだけだ・・。)彰との間を隔てるものは掛け布団だけだ。  
彰が何をいいだすかと少し心配して見守っていたが、彰はやっぱり彰だった。笑う場面じゃないのに、信子はおかしくてたまらなくなり吹き出す。  
あたしこの人を好きになれてよかった、彰はずっとあたしの視線で考えてくれる、一緒に生きてるって感じがする、掛け布団を掴む手が緩む。  
「笑ってる場合じゃないのよん。」  
(とっていい?)信子が頷くと、掛け布団と彰が入れ替わる。  
肌と肌が触れ合う。クーラーのきいた部屋なのに、彰の背中はうっすら汗をかいている。彰も緊張しているのかもしれない。  
「あっ・・。」  
信子の声に吐息が混じる。彰が胸を愛撫していた。彰が優しくなでるように揉むと、胸が手の動きに合わせてふるふると揺れた。  
「野ブタの胸はやわらかいのぉ・・。」  
彰が信子に軽くキスをすると、首筋をとおり、胸元まで身体をなぞる。まだなにも知らない薄いピンクの突起を口に含む。  
 
「んんっ。」  
信子が彰の舌を感じて身をよじる。彰が信子を軽く押さながら、片手で片方の胸を揉みしだき、もう片方の胸を舌で優しく乳首を転がす。  
(きっ気が遠くなりそう・・。)彰は舌で優しくなぞったり、力強く吸ってみたり、甘く噛んでみたり、緩急をつけて信子の胸を責める。彰に触れられている、そう思うだけでうまく息ができない。  
「きゃっ!」  
急にパンツの上から秘部をなでられ、信子がびっくりして上げる。  
「汚れちゃうのよん。」  
彰が一気にパンツを引き下げて外す。薄い毛に覆われた秘部があらわになる。  
「こんなに濡れるものなんだネッ。」  
彰が手ですくう。一昨日からの妄想と、彰にほぐされた緊張、SEXをしている現実が入り乱れて、必要以上に信子の体は高ぶり、それが体現として秘部から滴り落ちていた。  
(あっあたし、スケベ、かもしれない・・。)あまりの量に信子が恥ずかしくなる。  
「ここらへん・・?」  
ぁあんっ、そんな考えも打ち消されるかのごとく、信子の体がびくっとはねた。彰があそこを探り当て、指でくちゃくちゃとかき混ぜたのだ。  
「ひっ・・ぁあっ・・んんっ・・あふっ・・。」  
彰の手の動きに合わせて、信子がびくびく身体を震わす。信子の反応を見て、彰が顔をうずめて、一番大事な部分を舌で愛撫し始めた。  
「やっやめって・・きっ汚いから・・。」  
信子が必死で足を閉じようとする。いてもたってもいられず、昨日はお風呂に2回も入った。今朝も1回入った。  
でも、する前にシャワーは浴びるべきだったんじゃ・・いまさらながら信子は思う。  
「汚いわけないジャンか・・野ブタのものなら何でもいい・・。」  
(野ブタを感じられるものなら・・。)彰のかすれた声に信子の身体が熱くなり、足の力が緩む。と同時に彰に両膝を立てさせられた。  
「あぁぁ・・。」  
彰の愛撫の再開に、信子が声にならない声を上げる。(きっ気持ち・・いい・・。)彰が与える刺激は、ますます信子の蜜をあふれさせた。  
「気持ちいいなら気持ちいいっていって。」  
(お願い・・。)彰の声が脳裏に響く。  
「野ブタの気持ちいいとこは全部知ってたいし・・。」  
彰が熱っぽい視線を信子に向ける。  
「あたしも彰の・・・全部・・知りたい・・。」  
(あたしも彰に何かしたい・・なにができるの・・?)雑誌にはなんて書いてあったっけ・・彰の気持ちに信子は応えたくてたまらなかった。  
 
「俺は野ブタとこうして抱き合えてるだけで幸せだから・・。」  
彰の顔が信子の顔に近づく。(あたしだって・・。)涙が出てきそうだ。彰に気づかれてはいけない、信子は少し顔を横に向ける。  
「でも・・。」  
「ならそれは次ね。今日で終わりたくなんかないから。」  
(だから今日は俺にさせて欲しいのよん・・。)チュッ、信子のおでこに彰がキスをする。  
それを皮切りにまた身体中にキスを落としていく。  
(どっどうしよう。)信子の胸に熱いものがこみ上げ、涙が一筋流れる。彰に気づかれたら泣かしちゃったって、また切なそうな顔をするだろう。  
うれし泣きなんてきっと通用しない、彰の愛を全身に感じ、信子の感情は爆発寸前だった。  
(彰・・。)あたしは彰とずっとこうしたかったんだ、あたしはずっと彰と触れ合いたかった。でもえっちをすると今までと変わってしまう様な気がして怖かった。  
彰が変わるわけなんかないのに。でも、もし彰に裏切られたら、あたしはもう絶対立ち直れない。  
愛を信じはじめたあたしが一番手放したくない愛だったから。  
「そろそろ入れてもいいデスカ?」  
彰がパンツを脱ぐ。彰の大きくなったそれが目にはいる。はじめて見る男性のそこは信子の想像を超えていた。  
(あれをあたしに・・?)はっはいるの?少し怖くなって身体をこわばらせる。ビクッ、信子の入り口に彰の固いものが触れる。  
「あっ忘れてた。ちょっと待つのよん。」  
彰が枕もとの奥の方から、がさごそと四角い箱を取り出した。  
(好きな女は泣かすな。これは男のエチケットだ。)と一平が温泉から戻ってきた晩に譲り受けたものだ。大きくなったら開けてみろと言われたが、気になってすぐ開けてしまった。  
ぬかみそに漬けるのも惜しかったんだろう、コンドームの入った箱だった。彰が取り出してたどたどしい手つきでつける。  
「お待たせなのよん。」  
(練習したんだけど時間がかかっちゃった。)彰が恥ずかしげもなくいう  
「練習?」  
「そう野ブタとこうなるために一人で練習してた。」  
(練習って・・するものなの・・?)男の子はわからない、でもあたしがしたように彰もいろいろ準備をしていたのだろう、  
「いい?」  
そうだ、入れるんだ、凄い痛いときいている、だがどんな痛みか想像しようもない。実体験が目の前に迫ってきて、シーツを握る信子の手に力が入る。  
(怖い・・。)信子がぎゅっと目をつむる。  
咥えこむのに充分なほどそこは潤っているが、処女のそれは男の侵入を拒むかのように締め上げるほどきつく、彰はゆっくりゆっくり奥へと進めていった。  
 
「いたっ。」  
信子が小さく悲鳴を上げる。彰がごめんとでも言うかのように信子の頭を優しく包んだ。  
「大丈夫。俺だから大丈夫。」  
のぶこ・・彰が耳元で囁いた  
(なっなんだ、呼べるんだ。)信子は嬉しくて安心した。体の力がすっと抜ける。その瞬間に体の奥まで彰のそれが飲み込まれる。  
「はっ入った・・。」  
「はいった・・。」  
二人同時につぶやくと、おかしくなって、顔を見合わせて笑う。(超かんどぉ〜。)彰がぎゅっと信子を抱きしめる。  
「もう少しこのままでいさせて・・。」  
彰が喜びをかみしめている。  
この顔をあたし以外の誰にも見せたくない、彰の幸せ溢れる顔に触れて、信子の胸が激しく高ぶる。  
あたしはすごくわがままかもしれない、信子は思っていた。  
少し前までは皆が幸せになればいい、と本気でそう思っていた。でも今は誰よりも幸せになりたい。この世界に彰とあたしがいればいい、そう思うほど信子は周りが見えなくなっていた。  
彰の手も目も声もすべて好きだ、たぶんきっとものすごーく好きだ。  
彰の唇があたしの体を伝うならあたしの体さえ愛おしい。  
ずっと彰の特別でいたい。ずっと彰のぬくもりを感じていたい。  
ずっとずっと独り占めしたい。  
ひたすら押さえていた感情が体のいたるところで噴出する。  
ほんとはすっごく怖かった。日を追うごとに、彰にはまっていってしまうのが。好きになりすぎて彰がいないと生きていけなくなりそうで、つながってしまうのが怖くて仕方なった。  
でももうだめだ、あたしはこんなに彰が好きだ。  
「あきらっあきらっ!!」  
気がつくと信子は彰にしがみつきながら夢中で彰の名前を叫んでいた。  
彰の体の動きにあわせ、痛みと快楽が交互に襲い、気が狂いそうになる。肌と肌がぶつかりあって、小刻みなリズムを奏で、体の芯までとろけそうだった。  
「信子ん中・・すっごいきもちいい・・」  
恥ずかしい、そんなこと言わないで、しかし信子の身体は正直だ。お構い無しに彰の突き上げに小気味よい痙攣をおこす。  
「ひっ・・あん・・もっもうだっめっ・・きっ気が狂いそう・・。」  
彰の動きがますます激しくなる。汗ばむ身体と身体が至る箇所で音を立てる。  
「狂っても俺の事は忘れないでネ。」  
(くっ狂う事はいいんだ・・。)この期に及んでも彰が呑気な事をいったので、信子がまた律儀に心の中で突っ込む。  
「でも俺もそろそろ限界なの〜。」  
信子のそこは感じすぎて、ぎゅうぎゅうに締め付けており、爆発寸前だった。  
「ラストスパートなのよん・・。」  
またすぐ乱れるのに、彰が信子の髪を整えながら一つキスをすると、最後の力を振り絞るように激しく奥まで突き立てる。  
(もっもうだめだよ、彰・・。)彰の最後の突き上げに、恥ずかしい事にあたしは気を失ってしまった。  
 
「お〜い、彰〜いるのか〜?」  
階段の下から一平の叫ぶ声が聞こえる。  
「おっおいちゃんが帰ってきた!!」  
彰が慌てて飛び起きて服を着始める。  
「野ブタもはっはやく。」  
「う〜〜ん。」  
信子がなかなか目を覚まさないので、彰が信子を覗きこむ。  
「お姫様は王子様のキスで目を覚ますのよん。」  
さっきまでの慌てぶりもどこへやら、信子に愛おしそうに口づけする。  
「おいちゃんに見られないように早く服をきるの〜。」  
(その姿は俺だけのもの、だっちゃ。)そう言い残して彰は階下へ降りていった。  
「はっはずかしい。」  
凄く眠った気がしたがほんの30分ほどだった。何も着けてない事に気づいて急いで服を着る。  
着終わるとその場に座りこんで、信子が自分の身体をだきしめる。  
(まり子さんの気持ちが分かった。)あの時、まり子さんがなんであんな顔をしたか分かった、えっちしたらずっとそばにいたいんだ、一人が余計身にしみるんだ・・  
(幸せと寂しさは紙一重だったんだ・・。)信子がきゅっと唇をかみ締める。  
そんなはずはないのに、なんだか彰が戻ってこないのではないかと不安になり、寂しさとせつなさで胸が一杯になる。  
「どぅーした?野ブタ。」  
そんな心配は必要なかった。彰が信子を後ろからぎゅっと抱きしめる。  
「しっシーツ汚しちゃったって思って・・。」  
信子が気持ちを気づかれないようにごまかす。先ほどまでの激しい営みのあとをとどめるように、シーツが乱れている。信子の純潔の証も模様のように形跡を遺していた。  
「あとでこっそり洗うから大丈夫なの〜。」  
(はぁ〜このままくっついちゃえばいいのにねっ。)彰が抱きしめる手に力をこめる。  
「さ、て、と、夏休みの予定を決めるのよん。」  
これ以上くっついてると、ほんとに家に帰したくなくなっちゃうから、そういって、彰は信子の両脇を抱え、信子を立たす。  
(彰も離れたくないんだ・・。)おんなじ気持ちなんだ・・。体の奥底から嬉しさがこみ上げてくる。そうだった、今日から始まったんだ。  
これから先、今のあたしたちの恋愛なんて、振り返ってみればおままごとの延長みたいなものかもしれない、確かな将来なんてないんだ。何十年たって隣にいる人がこの人かどうかなんてわからない。でも絶対いるだろうって思わせてくれる人なんだ。  
「のど乾いたっしょ?まめちち飲む?」  
信子の気持ちを知ってか知らずか、彰が笑顔で瓶を差し出した。  
 
それから一平とは何事もなかったかのように話し、彰の家を出ると外はもう真っ暗だった。  
「夏の夜空は綺麗だネッ。」  
彰のテンションはだいぶ上がってるようだ。  
(とっ届きそう・・。)彰の腕に手を絡めたくなる。(でも、やっぱ無理かも・・。)信子が手を止める。この手をつないだらきっともう離れたくなくなってしまうから。  
(・・その前にやっぱり好きって言って欲しい。やっぱり大事な事を言われたい・・。)わがままと思われていいから、信子が意を決して口を開く。  
「あっあたし・・。」  
「ん?」  
信子が立ち止まったので、彰も立ち止まる。  
「彰に言って欲しいことが・・。」  
「ぬぁに?」  
「・・やっぱいい・・。」  
(やっぱいえない・・。)信子がうつむいてまた歩き出す。  
「ぬぁんで?言って。」  
「ス・・から始まる言葉なんだけど・・。」  
「ス?スッススス・・。」  
彰が腕を組んで考え込む。  
「分かった!酢ブタだ。野ブタ、グレードアップ。」  
(いやん、このスケベ)ぐはははと笑う。  
(すっ酢ブタってあたし食べられちゃうじゃん・・)あーそういうことか・・彰の言うことはいつも意味のないようで実は意味のあることなのかもしれない。  
しかしすぐ酢昆布、スコップと続けたので信子はすぐに思いなおした。その後も、スから始まる言葉を連発しているが、なかなかいってほしい言葉に行き着かない。  
「まっまじめに聞いてるんだけど・・。」  
信子が呆れて、歩き出す。(あたしと同じ気持ちかも・・って期待したあたしが馬鹿だった。)そうだった、彰はいっつも損をする。でもそんな彰が好きなんだからしかたない。  
「野ブタぁ〜。」  
彰の情けない声が背中に飛んでくる。  
「スから始まる言葉は思いつかないの〜。だって今はさ・・・。」  
彰が言葉を止める。信子も気になって耳をそばだてる。  
(愛してるのよん・・。)それは風にかき消されるような小さな声で、もしかしたら風のいたずらだったかもしれない。  
でもあたしには聞こえたんだ。あたしだけには聞こえたんだ。信子が今までにない最上の笑みを浮かべる。  
信子が荷物を持ち変えて右手をあけた。  
あたしの右手はあけとかなくっちゃ、だってもうすぐ彰が追いついて、この手を握ってくれるはずだから。  
 
 
 

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