(はあ〜やっぱり戻ってきてよかった〜。)
彰はもとの豆腐屋に戻っていた。彰は布団の中で信子が抱きついてきた事を思い出す
「ぐふっ・・つーか俺思わず抱きしめちゃった!どうしよう〜どうしよう〜野ブター。」
明日はデート。明日の野ブタの格好に思いをはせる。(まあ何を着ても野ブタならかわいいんだけど・・。)彰がベッドの中でじたばたする。
とたんに携帯電話が鳴り響く。(まさか・・デートのキャンセル・・。)嫌な予感が胸をよぎる。冷静になれ、彰。
「もっもしもし・・?」
「ああ、俺。」
「なんだ、アミーゴか。」
彰がどきどきして出ると修二だった。(間違えた、俺のせりふじゃないのよん。)
「はっ?アミーゴ?なんだ、って俺で悪かったな。」
「悪くないって言えば悪くないけど〜野ブタのほうがもっとよかったっていうか・・。」
(相変わらずお前の頭は野ブタだけか。)少し修二が気分を害される。
「まっいいや。野ブタ元気だった?久しぶりに会って、寂しがってただろ?」
「元気と言えば元気だけど〜寂しがったってぃうか〜野ブタがね〜ぎゅっとしてきて〜笑顔になって〜ぎゅっとして〜ぐふふふ。」
彰が気持ち悪い、思い出し含み笑いをする。
「はっ?まじ意味わかんねぇから。」
修二が電話の向こうであきれてる。
「つーかさ〜俺まだお前の口から野ブタとの事ちゃんと聞いてないんだけど・・。」
イツカハナス・・そう動物園で告げた事を思い出した。
「それは、ひ・み・ちゅっ、だっちゃ!」
「・・プロデューサーの俺にも話せない事なの?」
少し修二の声は寂しそうだ。(話せない事じゃないけど・・なんていったらいいかわからないのよん。)俺と野ブタの間には確かなものなんてまだないし・・彰が答えを探して黙り込む。
「そうそう、プロデュースはどうしてんの?」
沈黙に耐えられず話題を変えたのは修二だった。
「もう野ブタは人気者になったも同然だし、まり子とも仲良くなったし、もう必要ないっしょ。つーか・・。」
「つーか?」
「修二がいないと意味ないじゃん。」
(三人でやらないと意味ないっしょ?)たぶんこいつとの友情が壊れる事はない、彰の言葉に修二は確信した。
彰は当たり前のように人を喜ばせる事を言う。(無意識なだけに、すげぇ奴。)修二が感心する。
「まあ次のプロデュースまでは、まだ時間がありそうだし。修二が戻ってきたら再開しようと思うのよん。」
「次の?」
「いや、だって高校生で結婚ってのはさすがに早いっしょ?」
(ふふふふふっ・・。)彰が照れ笑いする。
「えっ?つーか結婚ってさ、お前ちょっとはまじめに・・。」
「ぬぁんで?結婚ってあたりまえじゃないの?好きになったら一生好きでいたいんじゃないの?」
(そっか・・はは・・。)今まで突拍子もない奴って思ってたけど、ただ純粋なだけかもしれない。修二が気づいて、力なく笑う。彰の中で将来のビジョンはかなり形になっているのだろう、やっぱり彰の頭の中は想像以上だ。
「それに修二も専務になってくれるって言ったじゃんか。」
(そこには俺もいるんだ・・。)しかし、すんなり肯定するのも、彰に将来を決められてるようで、なんだかしゃくにさわる。
「いや、言ってない。」
「言ったのよん。」
「言ってないって。」
「絶対言ったのよん。」
言った、言ってない、で、しばし押し問答を繰り返す。
「つーか、ちょっとたんま!大体にして根本的に野ブタはおまえのことが好きなのか?」
肝心な事を聞いてない、修二が彰を制す。
「それは・・・。」
(俺も知りたい・・。)キスも受け入れてくれるし、手もつないでくれる、デートもしてくれる。でも、それはすべて俺に合わせてくれてるだけかもしれない。
(知りたいけど、こわいのぉ〜。)信子の気持ちを知ったらそこで全部終わっちゃうかもしれないから。知らないで今のままでいけるなら今のままで行きたい。
「う〜ん、わかんない。」
「わかんないってさ・・野ブタが他の奴好きだったらどうすんだよ?そのプロデュースは成り立たないだろ。」
他の奴って修二のこと?彰が糠に漬けた見たくないものを思い出す。そうだった、信子は修二のことが好きかもしれないんだ・・・。
「他の奴、って・・?」
本当は修二も好きなの?と聞きたいところだが、まだ直接聞くほど勇気は持てない。
「いや、誰っつーか・・シッタカ・・とか・・?」
「シッタカ!?」
忘れてた、シッタカもいたんだ、シッタカが大怪我をした時の事を思い出す。
(無きにしも非ず。)今までもシッタカはかなりおいしい思いをしている。修二以上に侮れない。信子のそばを一時でも離れた事を悔やむ。
(でも大丈夫、俺は野ブタに抱きしめられたし・・たったぶん・・。)彰が次々と不安な事ばかり思いついて、急に心細くなる。
「修二くん、どうしよう?」
「どうしようっつったって、俺が飛んでってどうにかなる問題じゃないし・・。」
(大丈夫だよ、野ブタはお前が・・・。)実はまり子からいろいろ聞いていたが、彰があまりに幸せそうに話すのですこし意地悪してやりたかっただけだった。
(でも、教えてやらない。しばらくはすれ違っとけ。)それで俺に秘密にしてた事は許してやろう、修二が少しせいせいする。
「まっ、お前しかそばにいないんだし、おまえが自分でどうにかしなきゃ意味ないんじゃないの?野ブタを守れるのはお前だけなんだからさ・・。」
「そうだけど・・。」
彰があまりにもしゅんとしてしまったので、ちょっと反省する。
「・・彰!どうなったって俺はお前の味方だから・・。」
(誰かを好きになれるって幸せだよな。)俺たちはそんな簡単な事も野ブタに会わなければ気づけなかった。修二は少しまり子の事を考える。
「やっぱり俺たち親友ばい!」
嬉しくて、修二の言葉が胸に響く。
「とりあえず、ちゃんと告れよ、次いつ会うんだ?」
「明日・・。」
(そんなにすぐ心の準備ができないのよん。)彰が一つため息をつく。
「動物園以来?」
「う〜〜ん?こないだ一緒に買い物行ったから、3回目?」
(えっ?3回目?)彰が大事な事に気づく。
「えっ?え〜〜〜?俺、ちゅーしちゃう?野ブタにチューしちゃう?どうしよう〜えっえ〜。」
一瞬にして修二の事を忘れたかのように、彰が立ち上がって右往左往する。
「もしも〜し?」
彰が放り投げた電話からかすかに修二の声が聞こえた。
(どうしよう。どうやってちゅ〜しよう。思いつかないのよん。)
今日のデートはお散歩だ。ほんとはどっかに行きたいところだが、4月といえばお花見だ。ぷらぷら歩くのも悪くない。
三ヶ月しか経ってないが、街がずいぶん変わってしまったかのように思われた。信子が隣にいるだけで目に映るものはすべて新鮮だからだ。
(桜の下でちゅうもありっしょ。)そう思いながら、土手で、信子と二人、寝そべりながら、川沿いに咲く桜を眺めていた。
「ちゅう、りっぷが。」
「ちゅっ、ちゅう?」
彰がちゅうと言う言葉に異様に反応する。
「うん、咲いたんだ、家に。」
「そっか・・咲いたのか・・。」
(ダメだ、こんなんじゃ。)緊張でキスする前に死んでしまう。
美術準備室ではキスもできたし、それ以上も進もうとした。でも時間がたつにつれ、日に日に信子にさわれなくなった。
自分がこんなに奥手だとおもわなかった。野ブタを意識する前はあんなに野ブタとの距離は近かったのに、今じゃこんなに遠い。
でも、その原因は分かってる。信子はなによりも大切にしたい、と同時にすべて手に入れてめちゃくちゃにしたい存在だから。
彰の中の思いは激しすぎて、常に自分で自分を調整しないと、すぐに信子を泣かしてしまいそうで、手をつなぐのさえ怖くて仕方ない。
「ちゅう、学生かな?」
「ちゅう?」
また彰が大声出したので、信子が不思議そうに彰の様子を伺う。
「どっどうしたの?」
「ちょっチュね〜グハハハ、すんません。」
いやいやこんなつまらないこといってる場合じゃなかった。
でも、ちゅうの前にはやらなければいけない事が、野ブタに好きと言わなければ・・。
「むっ向こうの学校は楽しかった?」
彰が余りに野ブタを見つめたので、信子が気まずくなったのか、話題を作る。
「そりゃまあ、修二といれば。つーか海だぜ、海。超きれー。学校もすげー広いし。野ブタにも見せてあげなきゃ、って毎日思ってた。」
「ま、ま、毎日?」
(毎日思ってくれたんだ・・。)信子が彰に気づかれないように嬉しそうに呟く。
「うん、毎日。野ブタは俺たちがいない間はどぅーだった?」
「あたしは・・。」
寂しかった事をおもいだしているのだろうか、信子の表情が少し暗くなる。
「その・・シッタカと・・その・・なんかあったりとか・・?」
信子の気持ちとは裏腹に、信子の間をマイナスな方向に勘違いする。
「えっ?」
意味が分からないとでも言うように、信子が小首をかしげる。
「・・つーか俺たちがいないとこう野ブタにちょっかい出したり・・とか・・。」
(はあ、やっぱ聞かなきゃよかった。)彰が後悔して信子に背を向ける。
「あっ彰、が戻ってきてうれしかった・・。」
信子が彰の背に呼びかける。まだまだ彰を呼ぶ声に力が入る。
「彰、の言ってる事はよく分からないけど・・。」
(すっごい嬉しいのぉ〜。)いいじゃないか、野ブタが誰を好きだって。野ブタは俺が隣にいる事を否定しないんだから。
「きょっ今日でさ学校以外で二人で会うのって何回目だと思う?」
「う〜ん、2回目?あっ3回目くらい?なんで?」
(なんでってやっぱ忘れちゃってるのぅ〜。)覚えてて欲しかったのよん、ちゅうは次回でもいいかも、そう贅沢は望めない。
「空綺麗だね・・。」
仰向けに寝た視線の先に、澄み切った青空が広がる。
「空って飛んだらどんな気分かな・・?」
信子は彰の気持ちもまったくそっちのけだ。
「じゃあ、俺がその願い叶えてあげるのよん。」
好きな子の願いは何でも叶えてあげたい。
「夏休みになったらさ、修二に会いに行かない?空を飛んで。」
(まあヘリコプターだけど・・。)と心の中で付け足す。
「ふっ二人で・・?」
信子が驚いて上半身を起こした。
「・・じゃまり子も・・。」
彰が面白くなさそうに付け足す。
「・・しゅ、修二とまり子さんは二人で会いたいんじゃないかな・・?」
(そうか、まり子と修二を二人にすりゃ、俺たちも・・野ブタ、ナイスなのよん!)まり子も一緒、は悪くない、むしろ男と二人より、まり子もいるなら信子の親受けもいいだろう。
ゆくゆくは彰の親にもなるんだから、ここで好印象を与えておかなければならない、そう彰は思いついて、ついついニヤニヤしてしまう。
「じゃその時は俺が案内するのよん♪」
俺だってちょっとは住んでたんだし、こんなボーナスがあるなら離れた期間も悪くない。
「おっ親に聞いてみる・・。」
(はぁ〜野ブタの夏休みが丸ごと俺のものだったらいいのに。)まだまだ大人には程遠い。
「あのね・・・。」
なんだか今なら言えそうな気がする。
「あのね・・俺さ・・野ブタの事がさ・・す・・。」
「修二は今頃なにしてるんだろうね〜。」
せっかくの告白も信子の言葉に遮られた。(結局修二に邪魔されてんジャン!)彰が口を尖らして信子を見ると、空を見上げて、修二を思って少し微笑む姿が映った。
(ほら、やっぱりいっつも修二ばっかり。)修二へのやきもちは一生治りそうにない、でもそれもいいもんなのよん、彰が微笑む。
だけどモヤモヤした感情はすっきりさせたい。やきもちをけす最大の方法は・・・。
「あっあれ修二じゃない??」
「えっ?」
信子が彰の方をみる。
(嘘なのよん。)そのまま信子の唇に自分の唇を重ね合わせる。
触れるか触れないかの優しいキス。
やっぱりちゃんと捕まえとかないと誰かにさらわれてしまうかもしれない。既成事実はいっぱいあるほうがいい。
まだまだ口より先に手が出ちゃう、未熟な俺を許して欲しいのよん、そう心に思いながら。
「うっ嘘はよくないと思う・・。」
信子が立ち上がって歩き出した。少し怒らせてしまったのかもしれない。でも信子のほほが染まってたのは見間違いじゃないだろう。
はやくおいかけてって手をつながないと、信子にとってきっと修二は待っている人で、彰はおいかけてくる人。それはきっとこれからも変わらない。
なら、俺はどこまでも追いかけていって野ブタのそばを離れない。だって俺は野ブタとずっと並んで歩くために生まれてきたんだから。