(おかしい・・・。)帰宅途中、修二は自転車を押しながら考えていた。  
(野ブタも彰もぜってぇおかしい・・。)  
毎日放課後に繰り広げられる、修二たち3人の真剣な戯れは、相も変わらず続いている。  
でも明らかに違うんだ、修二は違和感を覚えていた。  
たとえば、野ブタ。なんだか最近じっと俺の顔を見ている気がする。気がついて野ブタを見ると真っ赤な顔して目をそらす。俺の顔に何があるってんだよ。  
おまけに、彰。なんだか最近俺の顔を見るたびニヤニヤしている。気がついて聞いてみると(なんでもないの〜)と余計ニヤニヤ感を増す。なんなんだよ、ムカツク。  
(まあ、あいつの場合は元からわけがわかんないわけだけど・・)  
問題は野ブタ、だ、と修二は思った。  
(俺だけならともかく、彰と話しているときに野ブタは少し頬をそめる。ありえねぇ。)  
午後の授業に信子と彰が戻ってこなかったときがある。放課後楽しそうに戻ってきた二人をなんとなく面白くない気持で出迎えたことを思い出した。  
(あれ以来だ・・。)修二がとぼとぼ歩いていると、前方に人影を感じ、足を止めた。  
「・・何か用?」  
視線の先の人物を確認し、修二が冷たい声で聞いた。  
「待ってたの、桐谷くんと一緒に帰ろうと思って。」  
修二の態度にものともせず、笑顔で近づいてくる。カスミだ。  
「俺は一緒になんて帰りたくないけど。」  
俺たちを見張っていたカスミ。ずっと信子に嫌がらせをしていたカスミ。信子を絶望させたいカスミ。そして何よりも、この期に及んでも信子の友達でい続けるカスミ。  
(許せねぇ。)カスミに真実を告げられてから、見るたびに憎しみがこみ上げてくる。  
「話があるの。」  
(これ。)と写真をつきだした。  
「これ・・。」  
修二は写真をみて、愕然とした。修二とまり子が写っている。思わずまり子にキスしてしまったあの日の修二とまり子の一連の出来事が、写真という小さな枠におさめられていた。  
「ほんとはビデオにとっておきたかったんだけど、ちょっと邪魔が入っちゃって・・。」  
(記念すべき上原さんと桐谷くんの初めてのキスだし?)そう言うと口角をあげるカスミ。  
 
「邪魔?」  
「そう。邪魔。小谷さんと草野くん。」  
(野ブタと彰が・・。)写真に動揺して事態をうまく飲み込めない。  
「小谷さんなんてかなり長い時間家庭科室の前にいたから相当見ていたんじゃないかな?もちろん草野くんも知ってるよ。」  
(ああ・・。)最近の信子と彰の態度も、修二の頭の中ですべて合致した。  
「まっその後草野くんとどっかいっちゃったんだけど。どこいったか知りたい?」  
修二が黙っているのをいい事に一方的にカスミは話し続ける。  
「美術準備室で、上原さんと桐谷くんと同じことしてたよ。知らなかった?ショックだよね。友達だって思ってるのって意外に桐谷くんの方だけだったりして。」  
(あいつ・・俺になんでいわねぇんだよ。)彰の口からでなく、カスミの口から聞かされた事にショックをうける。覗かれていた事よりも数倍の痛みが胸をさす。  
「ほんとは写真を見せてあげたかったんだけど、鍵しめられちゃって。そういうとこ桐谷くんより草野くんの方が頭いいよね?」  
(鍵か・・。)そう言えば家庭科室の鍵は閉めなかった。誰が入ってきてもおかしくないような状況だったのだ。カスミにつけいる隙を与えた浅はかな自分に腹が立つ。  
「ていうかこういう記念になるものって女の子は喜ぶと思わない?」  
皆まで言わずともカスミの考えてる事は手に取るようにわかった。  
「まり子には手を出すなよ。」  
カスミにぶつける事のできない怒りと戦いながら、語尾を荒げる。  
「そんな事言って桐谷くん、ほんとに上原さんの事すきなの?」  
「・・・・。」  
修二が答えにつまる。まり子の事は明らかに前よりは意識をしているが、まだ即答できるほど自分の気持を整理しきれていなかった。  
「やっぱりね。」  
思ったとおり、とカスミがほくそ笑む。  
「・・まり子を傷つけないでくれよ・・。」  
自分のせいでまり子を二度も傷つけるなんて耐えられない、修二が弱々しく頼む。  
「どうしようっかな〜?嫌いなんだよね。可愛くて、料理ができて、皆に優しくて?私皆から愛されてます、って顔して、何の苦労もなく生きてる子。」  
(まり子はそんな奴じゃない!)無機になって修二は否定しかけるが、言葉に発するのは思いとどまった。  
「・・かわいそうだな・・お前・・。」  
俺たちが毎日いろんな心の葛藤と戦いながら生きてるのと同じように、きっと蒼井も空っぽな心の奥を埋めるように生きているのだろう  
修二はゲームの王様のように人を動かそうとしているカスミに過去の自分を重ね合わせていた。  
「かわいそう?すごいね、桐谷くんには私の心の中がお見通しだ。」  
同情されてむっときたのか、カスミの顔からせせら笑いが消える。  
「そうだよね?似たもの同士だもんね?私たち・・。」  
「違うよ。俺とお前はもう違う。」  
(俺には自分を犠牲にしてもこの先守りたい人たちがいるから・・。)修二は強い信念をもって、カスミから目をそらさなかった。  
「それって上原さんのこと?それとも小谷さんと草野くんのこと?つまんない男になっちゃったね、桐谷くん。まっ別にいいけど。」  
カスミがいらいらしながら、矢継ぎ早に言うと、また何か思いついたのか、不気味に笑みを浮かべた。  
 
「その桐谷くんの大切な人達は明日デートで動物園にいくんだって。私も行こうと思うんだけど、桐谷くんと一緒に。どうかな?」  
(こいつ・・。)カスミのゲームは途中で休む事さえ許されないようだ。  
「10時に駅で待ってるね。来る、来ない、は桐谷くんの勝手だけど。あの二人の初めてのデートなのに、桐谷くんがこなかったらどうなっちゃうのかな?」  
その言葉は、信子と彰、その存在の大きさに気づいた修二にとっては、脅迫のようなものだった。  
「わかった。俺が行けば、小谷にも草野にも手を出さないんだな?」  
今の自分にとって、二人をなくしてしまうのは怖い。初めてできた本当の友達だ。もう出会えないかもしれない。絶対になくしちゃいけないんだ、修二はそう心に言い聞かせた。  
「うん。小谷さんと草野くんには手を出さないよ。」  
「野ブタと彰には・・?」  
修二はその言葉の意味をすぐに察した。  
「まり子をどうする気だよ?関係ないじゃんか?巻き込むのはやめてくれ。」  
嫌な思いをするのは俺だけでいい、まり子は幸せにしたいんだ、そう思いながら、修二は懇願する。  
「関係なくないよ?桐谷くんを取り囲むものはすべて・・。」  
修二の後ろを回って、カスミが近づく。  
「・・なんでこんなことすんだよ?」  
「なんで?そうね、キリタニクンガスキダカラ?」  
カスミが耳元でささやく。修二は金縛りにあったかのように、身を強張らせながらごくっと息を呑む。  
「上原さんより私たちお似合いのカップルになれると思わない?」  
チュッ・・そう言って耳たぶにキスすると顔色一つ変えず修二から離れた。  
「なにすんだよ・・。」  
修二が耳たぶを手でぬぐう。  
「今日はここまでにしておくね。こういうのは観客がいないと面白くないじゃない?」  
微笑みながら修二から遠ざかっていく。  
「とりあえず上原さんにはそれとなく伝わるようにしておくね。」  
(楽しいデートにしようね。)そういって微笑むと修二に背を向けた。  
「・・やってやろうじゃん・・。」  
これは桐谷修二への挑戦だ・・きっと今までの報いだ。過去の俺からの挑戦なんだ・・  
(絶対負けらんね〜。)そう瞳にこめ、小さくなっていく背中を修二はじっとみつめていた。  
 
 

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