カタッ  
(どっどうしよう・・)  
信子は途方にくれて家庭科室の前に立ちすくんでいた。  
「野ブタぁ〜ぬぁにやっとぇるんですかぁ〜?」  
ハッとわれに返り、声がしたほうを振り向く。  
「く・・草野君こそ・・。」  
できればこないでほしい気持ちとは裏腹に彰はどんどん近づいてくる。  
「おれっちは修二君を探しに来たのよ〜ん。あとついでにまり子の弁当をツマミグイ!!」  
(まり子の弁当はおいしいのよ〜ん。)おっべんとおっべんと嬉しいな〜と歌いながら、ガブ〜と指で信子のほっぺたをはさむ。  
「野ブタんにもおすそ分けしますね〜。」  
というとすばやく彰がドアに手をかける  
「ダメ!!」  
自分でも驚くぐらい早口で両手で彰の手を押さえる。  
「何で?」  
「だっだめなの・・・。」  
(とっとにかくダメなの。)信子が抑えている手に力を込める。  
「だぁかぁらぬぁんでっっ?」  
彰は訝しがるが、思わぬ形で信子に手を握られ、顔に笑みが浮かぶ。  
「・・まり子さんは・・きっ桐谷君のためにおっお弁当を作ってるんだし・・くっ草野くんが食べちゃダメだと思う・・。」  
うまい言葉が見付からない。前髪の隙間から上目遣いで彰の様子を伺う。  
(ぬぁんだ、そんなことか〜。)そう言って彰の手がドアノブから離れたので、信子はほっとする。  
 
「うん、わかったのよ〜ん。」  
信子がほっとしたのもつかの間、片方の手を信子に握られたまま、彰がもう片方の手でドアを開ける。  
がらっっ・・ピシャッ!!  
コンマ何秒の世界?中で繰り広げられてる光景を目にして、彰がドアを閉めた。  
(俺っち、ドア開け閉め世界選手権があったら優勝してるぬ〜〜。)  
「・・・って・・えぇ〜〜っ!!ええ?・・ええ?まじのすけ?・・うっわどうしよ・・ええ〜?」  
家庭科室と信子を交互に見ながら、彰が全身を使って驚く。  
「えっだって修二とまり子が・・っていうかまり子と修二?ほんと?えっ修二と彰?いやん、俺っち全然関係ナイッ」  
(くっ草野くん静かにして・・。)黙って目の前で繰り広げられている彰の一人芝居を見ていたが、修二たちに気づかれそうで、急に怖くなって、彰に背を向け、信子は思い切り走りだした。  
「おーい、野ブタ〜俺っちと修二くんは嘘なの〜待つなりよ〜。」  
彰もすぐさま野ブタを追いかける。  
「はっ恥ずかしい・・。」  
後ろを振り返ると、彰が能天気な声で信子を呼びながら、追いかけてくる。  
「野ブタぁ〜?修二くんとは何もないの〜ん。」  
ただひたすら信子は逃げる。逃げ足は信子の得意のスポーツだ。なかなか追いつけない。ただひたすら彰は追いかける。  
二人の関係を絵にしたかのようなこの鬼ごっこが彰は切なくて仕方なかった。  
(彰と信子・・も何にもないのよ〜ん・・)  
彰は追いかけながら、ぬかみそに封印したはずの見たくないものを思い出していた。  
認めたくない現実は、そう簡単に忘れさせてくれるほど、彰に都合よいものではなかった。  
でもあれが真実ならばこのまま放ってはおけない。絶対追いつかなくては、彰がスピードを上げる。  
 
信子がドアの向こうに消えてしまいそうな瞬間、彰が追いつく。  
「待ちんしゃい!!いってぇ!!」  
信子の閉めたドアに足を挟まれて彰が痛がる。  
「ごっごめっ。」  
信子が慌ててドアを開ける。  
「だいじょぶなのよーん。」  
彰が何食わぬ顔をして、入ってくる。美術準備室だ。信子はちょっと謝って損した気がした。  
「ぬぁんで逃げるんですか〜?」  
呼吸を整えながら、少し不服そうに尋ねて見る。  
「・・きっ桐谷くんに見たのがばれちゃったら・・いい気分はしないと思うし・・。」  
信子がぎゅっと唇をかみしめるた。  
「大丈夫。修二くんは気づいてないっちゃ・・。」  
彰の語尾は弱々しい。いざとなると信子になんて言ったらいいかうまい言葉が見付からない。  
ふぅー、彰は一つ大きく息を吐いた。  
「・・野ブタはなんであんなとこにいたぁんですかぁ〜?」  
いつものようにいつものように、彰は心に言い聞かせて尋ねる。  
「・・まり子さんにこの間のお昼突撃しちゃったこと謝ろうと思って・・行ったら・・話し声が聞こえて・・そしたらその・・。」  
先ほどの情景を思い出したのか、信子は耳まで色を染める。  
(かぁわぁいぃ〜。)思わず彰は信子を抱きしめたくなる。信子に恋してから、彰は容易に信子に触れられなくなった。それはあきらめた今も続いてる。  
「ほっか・・ほっかほっか・・。」  
彰は頷きながら、未練がましさを隠すかのように、ぎゅっと握りこぶしをつくって、ポケットに手を入れる。  
「・・・・・。」  
しばし、沈黙の時が流れる。耐えられなくなった信子が部屋の奥にある椅子に腰掛ける。  
何か言わなくちゃ、いつもの彰くんで何か言わなくちゃ、だって、きっと今、野ブタはツライはずだから。  
彰が必死で言葉を探す。  
 
「・・よかったよね・・桐谷くん・・まり子さんと向かい合えて・・。」  
意外にも沈黙を破ったのは信子のほうだった。信子のつぶやくような話を聞き漏らさないように、彰は信子のそばに腰掛ける。  
「・・本音で付き合えないってつらいよね・・ずっとつらかったんだよね・・桐谷くん・・。」  
(だからよかった・・)そうつぶやくと、信子は顔を下に向けた。  
(つらいって・・つらいからよかったって・・つらいのは野ブタのほうなのよん・・だって野ブタは修二のことが・・)彰は信子の気持が解せなかった。  
好きな人が他の人と幸せになる、彰にとってそんなショックなことはない。修二のことを話す信子にまだこんなに胸を締め付けられるんだから。  
「・・野ブタは・・それで・・いい・・なり・・か?」  
彰が信子の顔を覗き込んで、様子を見ながらポツリポツリきく。  
「?」  
質問の意図が分からず、信子が不思議そうな顔をする。  
「・・その・・野ブタはぁ〜修二のことがぁ〜スッ・・・スッ・・スッ・・。」  
なかなか次の言葉を言う勇気が出ず、彰はすを繰り返し言い続けてる。  
「すっ?」  
信子が怪訝そうな顔で彰を見たので、思わず見つめ合ってしまう。  
「スッ・・スッスケベッ!!とか思っちゃいけないのよ〜ん・・男の子はそういうもんなのよ〜ん・・。」  
自分の言葉で信子のまっすぐな瞳を曇らしてしまうのは怖かった。(俺っち意気地なしなの〜)そう思いながら、彰は力ない口調でごまかす。  
「うっうん・・わかった・・。」  
信子はさして気に留めず、素直に頷いた。  
「・・桐谷くんも・・まり子さんも・・皆が皆幸せになれるといいのにね・・。」  
口数の少ない信子の言葉はいつも一つ一つ重みがあって、彰の心の奥に突き刺さる。  
「じゃあ〜野ブタちゃんも幸せですか〜?」  
「うん・・皆が幸せなら幸せ・・。」  
(すっごい幸せ・・。)そういって口元を緩ます信子は、窓からさした光を浴びて、とても綺麗だった。  
「じゃ・・俺っちも幸せっ!!」  
「えっ?」  
「野ブタが幸せなら幸せっ!!」  
信子の視線の先に修二がいるようで、沸き起こる嫉妬を打ち消すかのように、大きな声で言い放つ。  
「あっあたしが幸せなら幸せ・・?」  
「YES!!すっげぇはっぴ〜!」  
チュッ!コン!と彰お得意のポーズで信子に近づいてきた。  
 
「あっ。」  
彰にはもう大分慣れたはずなのに、信子はなぜかドキッとして、座ったまま後ろにのけぞる。  
バシャッッ!!  
信子の上から水が降ってくる。運悪く台の上に置いてあったバケツに触れてしまったようだ。  
美術室らしく、少し色つきの水を、見事に信子はかぶってしまい、全身びしょ濡れになる。  
「うっわ!!野ブタ!」  
(うっわ、どうしよ!!まじ、どうしよ!!)その姿を彰がその場で慌てふためく。  
「とりあえず、これ!」  
彰がハンカチをポケットから出す。  
「タオルタオルタオル・・ちょっち待ちっ!すぐ戻ってくるから!動いちゃダメなのよん〜STAYなのよ〜ん!」  
見渡しても雑巾くらいしか見付からない。さすがに雑巾はまずいだろう。  
自分の言葉に信子が頷いたのを見ると、彰は部屋の外に飛び出して行った。  
「つっつめたい・・」  
彰に借りたハンカチで拭こうとする。手に異物感を覚え、その手を止め、ハンカチを見る。ブタのアップリケが縫い付けてあった。  
「これ・・。」  
たぶん彰が自分でつけたものだろう。信子はそっとなぞってみる。  
(すごい・・・。)走馬灯のように、信子の頭の中に最近の彰との出来事が駆け巡った。なんだか凄く大事にされてる気がして、信子は気恥ずかしくなる。  
「野ブタ!これ!!」  
激しい足音と共に、勢いよくドアをあけて彰が戻ってくる。  
「濡れてるから着替えないと風邪をひくノダ。」  
彰がタオルで優しく野ブタを拭くと、着替えを渡す。カーテンを手際よく閉め、誰も入ってこないか、廊下の様子を確認して閉めると、ドアの前に立つ。  
「絶対振り向かないから、早く!!」  
「わかった・・」  
彰に促されて、信子も慌てて着替える。  
ごそごそ着替える気配を感じながら彰はドアの鍵を見つめる。  
(鍵は閉めといたほうがいいよな・・。)恐る恐る彰が手を伸ばす。  
 
「草野くん・・?」  
「ハイ!!」  
名前を呼ばれて、びくっとした彰は手を引っ込める。  
「着替え終わったんだけど・・」  
「あっはい・・。」  
彰がくるっと振り返る。なんだよ、これ?おまえ、馬鹿?と修二がいたら100%突っ込まれるような、白衣姿の信子が恥ずかしそうにそこに立っていた。  
体の小さい信子には、それはぶかぶかで、まるで“男物のシャツだけをまとった女の子”を彷彿させて、彰はまたすぐ180度方向転換した。  
(やっば、きちゃいました、これ〜。)彰はおでこにぽ〜んと手をあてると、下半身が熱くなってきたのを感じ、前屈みになった。  
(まじのすけ!?)信子の姿に興奮した小さい彰はどんどん頭角をあらわす。  
(落ち着け、彰、このやろう)股間に向かって頭の中で物まねしてみるが、大きくなった小さい彰は笑ってくれなかった。  
(とりあえず誰にも見せちゃいけない。)  
あきらめたはずの彰の独占欲が蘇る。彰たちの姿が見えなければ、修二はきっと探しに来るだろう。  
(たとえ修二でも、だ。)覗かれてはいけない、彰は固く決意をして鍵を閉めた。  
「寒いんだけど・・。」  
信子の言葉に我に返りふり返ると、幸か不幸か、信子は彰のことを気にかけず、自分の身体を抱きしめていた。  
「大丈夫?」  
彰が駆け寄り、上着を脱ぎ、野ブタにかける。  
「ごめん。体操着が見当たらなかったのよん・・。」  
(うん。もってきてない。)信子がこくりと頷く。と同時に午後の授業の始まりを告げるチャイムが響き渡る。  
 
「戻っていいよ・・すぐに乾かないだろうし・・一人で平気だから。」  
信子が彰をきづかう。  
「こんな野ブタを一人置いてけるほど彰くんは冷たくないのよ〜ん。むしろ熱い男ナノ〜。」  
いろんな所が、と彰は思うがそれは信子に伝えられない。離れたくない真意を隠そうと、信子のおでこをぱちんとはじく。信子が無言でおでこをさする。  
「それにおれっちのせいなのよん・・。」  
野ブタは明らかに俺を避けた、落ち着くと彰は思い出して物悲しくなる。  
「びっくりしてごめん・・草野くんも男の子だから・・。」  
「うっ?」  
「男の子はそういうもん・・なん・・でしょ?」  
(ああ。)彰は自分の言葉を思い出した。  
「・・俺っちにそんな資格はナイ・・のだ・・。」  
意識されたことは喜ばしいことなのに、切ない気持でいっぱいになる。  
「おっ男の子なのに・・?」  
「うん、女の子を泣かす男の子にはないのよん。」  
そう言って彰が優しく、されど寂しげに信子に微笑みかける。  
「・・・・。」  
信子は心臓が口から飛び出そうな衝撃に襲われた。  
信子の瞳から自然に涙がこぼれる。  
今まで人気者の仮面に隠された修二の寂しさが、心に闇を抱えてきた自分とシンクロして、信子は修二を放って置けなかった。  
それでも自分に一生懸命になってくれるに修二の力になりたかった。  
その横にいる彰はいつも明るくて、無邪気で悩みなんかなさそうで、放っておいても大丈夫だと思っていた。  
それが今確実に自分のせいでこんな顔をしている。  
これは彰の涙だ、信子は流す涙を止められなかった。  
「・・男の子のために泣きたい女の子もいると思う・・。」  
泣きながらやっとの思いで口を開く。  
 
「野ブタ・・?」  
信子の涙に彰は戸惑う。何で泣いているのか、彰には見当がつかない。  
しかし、その涙は、彰の心の奥底に押しやった信子への思いの起爆剤となるに充分だった。  
(修二くん、ごめんなしゃい・・彰はアキラメルノヲアキラメマス・・。)  
彰は信子を抱き寄せる。優しく、力強く、小さな信子を包み込むように抱きしめた。  
「!?」  
信子は驚いたが、頭も身体も抵抗しようとは思わなかった。  
(人を抱きしめることは非常識なことじゃないんだ。)彰の腕の中で穏やかな気持になる。  
(この先私が寂しかったり、慰めてもらいたいとき、抱きしめてくれるのはきっとこの人なんだ・・。)なんとなく信子はそう確信した。  
「・・だから草野くんは資格あると思う・・。」  
信子は彰の顔を見上げる。それが合図だった。  
彰は信子にそっと顔を近づけた。信子が目を閉じたので彰は愛おしそうにキスをする。息が止まるかと思うくらい、長い間二人は唇を重ねた。  
唇を離したら、今までのことは夢になってしまいそうで、どちらともなく離れがたかった。  
彰がひょいと信子を持ち上げ、机の上に座らせる。  
信子の肩から上着が滑り落ち、白衣の裾から信子の細くて白い太ももが垣間見える。  
「修二とまり子と同じ事していいデスカ・・?」  
 
信子は嫌がってるのに気兼ねして抵抗しないだけかもしれない、今がよくても明日から口をきいてくれないかもしれない、急に不安にかられる彰。  
「・・うっうん・・。」  
信子が頷く。  
「ではいただきます。」  
信子の返事に彰は安心して軽く微笑むと、もう一度唇を重ねる。  
「あふっ・・。」  
信子の唇の端から吐息がもれる。さっきまでの優しいキスと違い、信子の口の中に彰が舌を入れてくる。と同時に彰は白衣のボタンも開け始めた。  
小ぶりな胸が、信子の心を表すかのような純白のブラジャーに包まれて、露わになる。  
ブラジャーの下に手を入れ、胸を優しくなでる。  
「ひゃっ!!」  
彰の手が冷たかったのか信子は声を上げた。  
「誰かに気づかれちゃうと困るのよん。」  
彰が唇をふさぐ。白衣を捲り上げてショーツの上から信子の秘部をなでる。  
うっすらと湿り気が帯びている。信子はびくっと身体をこわばらせた。  
彰がショーツを脱がそうとすると、子猫のように信子は身体を震わした。  
「・・やめるっちゃ!」  
彰がぱっと手を離した。  
「草野くん、あたし、大丈夫・・。」  
言葉とは裏腹に信子の身体の震えはとまらない。  
「このままだと・・また泣かしてしまいそうだから・・やめるっちゃ!」  
彰が優しく頭をなでると、白衣のボタンを留めなおす。  
 
「それに、初キスは3回目のデートで、初Hは彼の家でって昔の人は言うのよ〜ん。」  
(いっぺんにすませちゃったらもったいないのぅ〜。)彰が信子の顔を覗きこんで頷いたので、信子も小さく頷く。  
「それにしても初キスはレモンの味じゃなかったのよん。」  
「・・うん・・しょっぱかった・・。」  
(それも昔の人が言うの・・?)信子の問いに彰が頷くと、信子の顔に笑顔が戻る。  
「初デエトはどぅしますか〜?」  
「だっ誰の??」  
信子がとぼけた事を聞く。  
「俺っちと野ブタ・・。」  
信子が彰をじっと見つめる。  
「・・・とまり子と修二・・。」  
信子の反応が薄かったので、不満そうに口を尖らせて付け加える。  
「・・ふっ二人でもいいかもしれない・・・。」  
信子が恥ずかしそうにうつむいた。彰は耳を疑うが、信子の反応をみて、思わず信子にだきつく。  
「楽しいデエトにしようネッ!」  
信子に頬ずりしながら、修二になんていおうとぼーと考えていた。  
(要はプロデュースを続ければいいんだから、人気者になった野ブタの彼氏が俺ってことでよくない!?)  
彰くん、テンサイ・・信子を抱きしめる手に力が入る。  
(そんでもってプロデュース第二弾は野ブタを社長夫人にプロデュースなの〜。)彰が妄想して信子の頭の上でニヤニヤする。  
「?」  
信子は彰にされるがまま、胸の中できょとんとしている。  
(プロデューサーの修二くんは専務あたりにしておこう・・。)彰は人知れず心に決めた。  
 
 

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