昼休み。今日みたいな寒波が押し寄せて来た寒い日は、特に誰も屋上には出てこない。
(いい天気なのに、もったいない。)
ちぅちぅ豆乳を啜る彰は、太陽に顔を向けてくつろいでいる。
いつもは、今までは。信子や修二がいた。
プロデュース作戦は一時休止。信子は放送室でみんなとお昼を共にしているし、修二はきっと相変わらず誰かといるんだろう。
それでもやはり、少し寂しいと彰が目を伏せた時、屋上の入口に人の気配を感じた。
修二か、野ブタか、と彰が勢い込んで振り向くと、そこに立っていたのは、まり子だった。
学園のマドンナ。修二といつもお昼食べてる美人さん。彰にはこんな認識くらいしかない。
はて、と彰が頭を捻る。
そうだ、いつもなら修二と弁当を食べている時間だ。
ちゅ、コンコン。ハローレディ。どうったの?
彰が軽口を叩く。しかし、まり子は無表情。いつも学校で見掛ける彼女とは違う様子に彰は更に首を捻った。
へ、の字に歪んだ口元。無表情というよりむしろ…
(ご機嫌斜めなぬー)
まり子がズンズンズン、と真っ直ぐ彰に近づく。
そして、小脇に抱えていた青い包みを、やや乱暴に彰の胸元に押し付けた。
「食べてくれないかな」
「(俺っちなにやってんですかね)」
彰は、食べてくれないかな、という言葉と共に押し付けられた弁当をコンクリートに座り込んで食べていた。
まり子は、机に座っている。
特に会話らしい会話はなく、ただ彰が弁当を食べる度に称賛の言葉を彰らしく述べている。
マス・コミュニケーションだ。まったくの一方通行。
しかし実際、まり子が作ったという弁当は中身の一つ一つが丁寧に作られていて、どれだけの手間が掛かっているんだろう、と感動すらするくらいだった。
「ごちそーさまでした」
ちゅ、こんこん
彰と二匹のきつね達がまり子に頭を下げる。
一匹のきつねが頭を上げ、すっげーうまかったのよーん、と言うと、もう一方のきつねも、まり子は料理の天才だっちゃ、と顔を上げた。
まり子が初めて笑顔を見せる。彰もホッとして顔を上げ、
「毎日食べられる修二くーんは幸せ者なぬ〜」
と、笑った の だが。
まり子の表情がまた一瞬にして凍る。
そして勢いよく立ち上がり、彰に覆いかぶさるようにーー-それこそ馬乗りの形でーー-迫った。
あまりの勢いに、油断していた彰は簡単にひっくり返る。反転した景色に目を白黒させ、小さく、彰ショーック、と呟いた。
「ーー-ーーやろ」
どうしてそうなる、これだから最近の女子高生はだね、彰は軽く錯乱していた。
「のぅわーー!!!!駄目!ダメなのよ〜ん!!!って、ぅわ……!」
ブレザー、カーデガン、と順調に脱ぐまり子を止めようとした彰の唇にまり子が、噛み付いた。まさにそんな感じのキスだった。
「っぷあ!何……っ」
「あたし、修二に振られたの」
「今まで好きだったわけじゃなくて、これからも好きにはなんないって」
彰の頬を、はた、はた、と涙の珠が叩いた。
彰は無言でまり子の腕を掴んで起き上がった。そしてまり子が脱ぎ散らかしたばかりのカーデガンを拾い、肩からかける。
顔には、笑みが浮かんでいたが、まり子は胸がチクリと痛んだ。
「こんな寒い日に脱いだりしたら、風邪ひくのよー」
立ち上がった彰は次にブレザーを拾い上げ、パスンパスン、と埃を払う。
「……」
まり子は彼の目を見た。そこには少し、傷付いたようなーー-ーーしかしとても真っ直ぐで、強い瞳があった。
(傷の舐め合いは好まないってこと?)
いたたまれなくてまり子は視線を反らす。
「………お弁当、明日からは渡す人間違えたら駄目だっちゃ」
こんこん。彰はブレザーをまり子に渡して屋上を後にした。
「だって………」
仕方、ないじゃない。誰かに縋らないと潰れてしまいそう。
だからって修二に縋りつけるほどの勇気はなくて(だって嫌われたくない)
私も、彼みたいに、草野君みたいに、強くなれたら…
まり子は予鈴を聞いて立ち上がる。涙は掌で乱暴に拭った。ーー-ーー前を、見なきゃ。
強くなろう。そう決めたその背中を風が、優しく押した。