手に持った青い包みを振ればカタカタと細かい音がした。
落ち着かない。
本当はすぐにでも逃げ出したい足を抑えて、修二は昇降口で一人立っていた。
あの日から毎朝下駄箱に入れられている弁当。
食べ終わった空の弁当箱を、これまでは彼女の下駄箱に入れていた。
けれど今、修二はまり子を待っている。
「……なんて言やいいんだろ」
あれ以来まり子とは顔も合わせていない。
ひどいことを言って傷付けた。
合わす顔なんて、ない。
そう思っていたのに、彼女は今でも二人分の弁当を作る。
誰からも相手にされない、「人気者の修二君」ではなくなった自分のために、弁当を作っている。
「…やっぱ素直に、ありがとう、かな」
素直に。
自分で呟いた言葉に、そうだ、と頷く。
あの頃のように表面だけの言葉はもう意味を持たない。
そんなものはまたまり子を傷付けるだけで、きっと何も届かない。
よし、と気合を入れ直した修二の耳に、随分と聞いていなかった声が響いた。
「………修二」
驚いて立ち止まるその姿に、最後に見た光景が重なる。
目を背けたかった。逃げ出したかった。
修二は一度固く目を閉じて、それからまり子を見据えた。
「……これ」
弁当箱の包みを軽く持ち上げると、まり子が納得したように頷いた。
やたらと重く感じる足を引き摺るように近付いて、手渡す。
それを言うのに、何故かひどく戸惑った。
「ありがとう」
それは聞き取りにくい小さな声で、情けないことに少し震えていて、あまりにも頼りなかった。
目を見開くまり子を見て、自分を笑ってやりたくなって修二は俯いた。
俯いたまま、踵を返した。
「修二」
透明な声が名前を呼ぶ。
そこには憎しみも哀れみも何もなかった。
「私ね、ずっと言ってなかったことがあるの」
修二は振り返らずに、何も言わずに、ただ立っていた。
まり子がどんな表情でそれを言ったのか、修二には知りようもなかった。
「……修二が言わせてくれなかったんだって、今ならわかるけど」
一瞬の沈黙があった。
二人だけしかいないその空間に、まり子の決して大きくはない声が、不思議と響いた。
「好きだよ、修二」
ずっと前から。今でも。
振り向いた修二の顔は、泣きそうに歪んで見えた。
「あれからずっと考えてた。……でも何も変わらなかった」
修二は私を好きにならない。
だけど、それと私が修二を好きなことは別だから。
だったら何も変わってなんかいなくて。
「諦め悪いのよね、私」
そう言って微笑んだまり子の笑顔は、今まで見た中で一番綺麗だと修二は思った。
わずかに生じた感情の欠片には気付かないふりをした。
そんな資格は自分にはない。
抱き締めたいとか、愛しいだとか、そう思うことすら自分には許されないのだ。
せめて視界を滲ませたものに気付かれないようにと顔を背けた。
今の彼女ならそれすら受け止めようとしてくれるのだろうとは思いながらも。