3人で屋上に集まることもなくなった。だって理由がない。
野ブタは自分自身に、それなりの居場所を見つけて一生懸命頑張っている。
修二はいつも通りみんなの真ん中にいる。
俺は?俺はいつも一人。今も昔もこれからも。
好きな人と笑って暮らす夢は儚く潰えた。この手は、野ブタを傷つける手だ。
諦めろ。諦めろ。諦めろ。
草野は屋上へと続く階段をふわふわとした独特な足取りで、しかし軽々と駆け上がる。
−−本当は、放送部のミーティングがあるのだけど。
初めての部活動。入った動機は簡単だった。『好きな子が入るから』
でも彼女を諦めた今では部活動には何の魅力もない。むしろ息苦しいだけだ。
だからこうやって前みたいに屋上へと足を運んでいたのだ。
しかし
「……何、やってんの?」
ドアを開けた途端机にちょこんと座る丸い背中の女の子を見つけ、草野は動揺する。
その娘は紛れも無く、草野が数日前まで『好き』『結婚したい!』なんて騒いでいた−−小谷信子だった。
「く、くさ、草野くんこそ」
放送部に入ってもなお、どもる癖の無くならない信子は風に掻き消されそうな声で反論した。
「さっ…最近部活にも、出ないから……」
小谷は椅子から立ち上がって草野に向き合う。小谷の顔を見た草野は更に動揺した。
小谷は今にも泣き出しそうな顔をしていたのだ。
「…の、ぶた……?」
不安げに揺れる瞳に草野は胸が、ツキリ、と痛むのを感じた。
「く、くさっ…草野くんがいないと…なんか…」
不安で。
ぽつりと零した言葉は強い風に紛れて、草野にはうまく聞き取れなかった。
ただ、その表情に、その空気に胸が裂けるような想いにさせられる。
気付かされる。
(まだ…まだこんなに好きだよ)
弾かれたように小谷の腕を引き、抱き寄せる。
香水なんて余計なものをつけない小谷らしく、シャンプーの匂いがふわりと香る。
「のぶたはぁ、まだ気付いてないだけなのよん
すごく魅力的な女の子だっちゃ」
この低い声も、うざったい前髪も、何かに怯えてるみたいに時々震える指先も、まだ、愛おしい。
「だから、自信持っていいよ、ノブタ、は、大丈夫だから」
声が震えた。でもダメだ、まだ。まだ気付かれるわけにはいかない。
(待ってて、もう少し。後少しだけ。ちゃんと、諦められるまで)
草野は、小谷の肩越しの空を見上げて、気付かれないよう、頬を拭った。