ノブタとシッタカのデートは失敗に終わった。
だけど、俺はやっぱりノブタには『男』が必要だと思うんだ。
今時カレシの1人もいないようじゃ、女子とも話が合わないだろうし。
別に趣味とかの話でもいいんだけど、草野と後をつけてみた限りじゃノブタの趣味について
これる女子もいないと思うし、新しい趣味を見つけるには時間もかかるし、誰にでも通じる
ものっていうのも難しいもんな。
新しくできた友達と同じことに興味を持ったりするのはいいと思う。でも、それじゃ『人気者』
にはなれない。不特定多数との共通の話題が、どうしても必要なんだ。
それは、やっぱ恋愛だろ。俺たち、なんたって青春真っ只中なんだし。
「おまえ、好きな奴、いないの?」
俺の質問にノブタは案の定、きょとんとした顔をした。
「あ〜、えっと――ほら、おまえ、好きでもない奴と付き合うのは良くない、って言ってた
じゃん? だったらさ、好きな奴と付き合うのはオッケーなんだろ?」
「……」
「だからさ、好きな奴、いないの?」
俺が突然こんなことを言い出したのは、草野のせいもあったかもしれない。
あいつが急に『ノブタを俺だけのものにしたい』なんて言うから。
いつもみたいなノリじゃなくて、真面目な顔で言ったりするから……。
俺だって、草野がいい奴だってことは、もうわかってる。でも、ノブタの相手が草野じゃ
ダメなんだ。
あいつは今でもみんなに変人だって思われてる。変人といじめられっ子が付き合ったって、
ノブタのイメージアップにはならない。
草野の方を先にプロデュースすればいいんだろうけど、時間がかかり過ぎる……。
だいたい他の奴に見られるのも嫌、なんて、プロデュースとは真逆の方向いっちまってる
じゃねぇかよ、アノヤロウ。
でもまぁ、『あの草野』でさえ色気づくお年頃なんだ。ノブタにだって好きな男の1人
ぐらい、いるだろ。
いなきゃおかしい。
ノブタは俺の質問に答えない。ずっと黙ったままだ。
質問のしかたを変えてみようか。
「じゃあさ、ものすごく好きって程じゃないけど、こいつとなら付き合ってみてもいい、
って奴は?」
ノブタがふっと顔を上げて、俺の方を真っ直ぐに見た。
おっ、心当たり、あり?
「そういう奴でもいいよ。とりあえず、他の奴とは違う、ってくらいで。付き合ってみれば
さぁ、もっと好きになるかもしれないし」
頼むから、草野の名前は言わないでくれよ!
できれば女子にそこそこ人気があって、今はフリーで、ノブタに興味を持ってるような……
いや、それじゃシッタカか……まぁとにかく、付き合ってることで今より少しでも人気が
出そうな相手なら、誰でも良い。
誰なんだ?
ノブタはまた俯いて、しばらく考えた後、俺の顔をビシッと指差した。
「ええっ?! 俺ぇ?」
正直慌てた。マジでビビった。
まさかそんな答えが返ってくるとは……。
「――ちょっと、それはまずいだろ」
俺はノブタを傷つけないよう、一応言葉を選びながら言った。
「俺、まり子いるしさ……フタマタはやっぱ、まずいよ……」
そうだよ。『秘密の恋』じゃ、みんなとの共通の話題にはならないじゃないか。
……秘密の恋……なんかいい響きだな。
いやいやいや。待て待て待て。ダメだダメだダメだ。
ノブタを人気者にしなきゃならないんだから! 俺は!
「……そう言うんじゃ……なくて」
さっきまで俺を真っ直ぐ見ていたノブタが、また俯いてぼそぼそと言った。
「え? そう言うんじゃ、ない?」
「わ、わたし……この前のデートのとき、緊張しすぎてっ……うまく、や、やれなかった
……から」
「うん」
「もうちょっと、れ、練習……した方がいい、と、思う……」
「なるほど。練習相手、ね」
なんか、ちょっとガッカリ。
……ん? 何でガッカリ?
そのとき俺は、唐突にまり子の言葉を思い出した。
(修二って、小谷さんのお父さんみたいね)
そうか。そういうことか。お父さん。
ノブタも俺のこと、そう思ってるんだ。まり子が言ったとおりなんだ。
今のノブタは、歩き始めた子供みたいなもんだもんな。男女交際に関しちゃ。
まだまだ親が手を引いて、歩き方を教えてやらなきゃいけない時期なんだ。
練習相手は、親が務めるべきだよな。うん。
ズキン。
……ん? 何でズキン?
「――わかった。じゃ、今度の日曜に自主練でもしてみる?」
ノブタはぱっと顔を上げ、ろくに考えもしないで大きく頷いた。
こんなわけで、俺とノブタは次の日曜日にデートの練習をすることになった。
そのことを草野に言わなかった理由が、俺は今でもわからない。
待ち合わせ場所の公園に、ノブタは先に来ていた。
俺だって15分前には着いてたのに、何でそんなに早いんだ。女の子を待たせるなんて、
桐谷修二の主義に反する。ドタキャンはいいけど待たせるのはダメなんだ。
俺はノブタが立っている場所まで走った。
「ごめん、待った?」
焦ったせいか、ついありきたりなことを言ってしまった。ノブタが首を横にぶんぶんと
振る。
出だしは躓いたが、この後の計画は完璧だ。まぁ、任せとけよ。
「じゃあ、とりあえずメシにしようか。おまえ、何が好き?」
歩きながら、俺はノブタに聞いた。どんな注文をされても、美味くて値段も手頃な店に
連れていけるようリサーチはバッチリ! どんと来いだ!!
「イタリアン? 中華? フレンチ? 和食? デートでラーメンやハンバーガーじゃ
色気ないしな……何にする?」
突然、ノブタが俺の服の袖をぐいと引っ張った。思わず立ち止まる。
「お、お弁当……作ってきた」
そう言ってノブタが勢い良くバッグを突き出してくる。俺は呆気にとられた。
「は? 弁当?」
「今日はっ……ち、ちゃんと!……1人で作った……から」
最初は勢い込んで話し出したノブタだったが、声は次第に小さくなった。
こいつのこういうしゃべりかた、そのうち直してやらないとな。何でこうなるんだろ。
自信がないからか。
ちょっと元気づけてやった方がいいよな……。
「そ…っか。弁当、作って来てくれたんだ……ふーん」
あれ?
なんか、俺までヘン。もっとこう……『うっわー、ノブタの手作り弁当なんてサイッコー!
早く食べよ食べよ♪』みたいにやろうと思ってたのに。いつもまり子に言ってるみたいに。
「じゃあ、さ、向こうに座って食べようか」
くっ、何をやってるんだ桐谷修二!
こんなときに冷静沈着キャラなんかいらねぇっつーの!!
俺は何とかテンションを上げようとしたけど、ノブタの顔を見ると、どうしてかできな
かった。
でも、このままじゃマズい。
「あー、えっと……ありがとう……」
ノブタの顔を見ないで、前を見ながら、俺はどうにかそれだけは言った。
こっそり振り返って見ると、ノブタがちょっとだけ、笑ってた。
犬を相手に練習してたときみたいな、口の片方だけ吊り上がった笑いかたじゃなくて
――結構、自然に笑えてた。
俺は、自分が照れていたことに、その時初めて気がついた。
意外なことに、ノブタの弁当は美味かった。
ちょっと焦げた厚焼き卵も、ちょっとしょっぱいアスパラのベーコン巻きも、ちょっと
焼き足りないミニハンバーグも、ちょっと柔らか過ぎの白いご飯も。彩りに添えただけの
プチトマトまで美味かった。
そしてもっと意外なのは、俺が弁当の味やおかずの種類を、その後いつまでも憶えてた、
ってことだ。
まり子の弁当の中身は、いつもすぐ忘れるのに――何で?
毎日食ってるからなのかな。まり子、ごめん。でもまたきっと忘れると思う……。
デートの王道コース。食事の後は映画。
遊園地も考えたけど、ノブタには賑やかすぎて疲れるんじゃないかということで却下。
まぁ、遊園地は2回目以降でいいだろう。もうちょっと、馴れてからで。
……ん? 2回目なんて、あるのか?
えーっと、とりあえず何の映画を見るのか、決めないとな。
勝手に前売りを買っとくって手もあったけど、ノブタの好みを無視するのは良くない。
「おまえ、何が見たい?」
ノブタは並べて貼られたポスターを見比べていたが、尋ねるように俺の顔を見た。
「俺? 俺はそうだなぁ……ホラーでなきゃ、何でもいいよ。ホラーは文化祭んとき、
散々見たじゃん?」
「……そうだったね」
ノブタはポツンと呟いて、それっきり、黙り込んだ。
「何……どうした?」
「ううん。ただ……随分、昔のことみたいだな、って……」
「え? 文化祭って、まだそんな何カ月も経ってないじゃん」
「そう、だけど……わたし……ずっと、いじめられてたから……あんな風に、み、みんなと
……行事とか……できなかっ……た、から」
「……うん」
「いつも1人で……想像、してたの……文化祭って、こ、こんなかな、とか……体育祭って、
こんなかな……とか」
「…………」
「だ、だから……あれも、もしかしたら……夢なのかな、って……いつもみたいな、想像、
なのかな、って、思ったら……随分、昔のこと、み、みたいな、気が」
「想像じゃねぇよ」
俺は思わず、ノブタの言葉を遮っていた。
急に大きな声を出したからか、ノブタがびっくりした顔で俺を見ている。
あまり驚かせても可哀想だなって、少し思ったけど、俺は何故だか黙っていられなかった。
「あれは夢じゃねぇよ。おまえ、ちゃんとやっただろ? ちゃんと、みんなが喜んで
楽しめるようなもの、作ったじゃんか。勝手に夢とか、想像とかにするなよ、そういうの」
「ご、ごめん……」
ノブタがいつもみたいに、顔も見えないくらいに深く俯いてる。
バカだな。俺、何やってるんだ。
今日はデートなんだぞ。こんなとこで説教してどうするよ。
『今日は楽しかった』って、最後にノブタに言わせなかったら、プロデューサーとして
失格だぞ!
俺は、ノブタの手を握った。
弾かれたようにノブタが顔を上げた。反射的に逃げようとするのを、ぎゅっと掴んで
離さなかった。
「……デートのときは、手を繋ぐ、って教えただろ?」
だいぶ間があったけど、ノブタはこくんと頷いた。
結局俺達は、またホラー映画を見た。
新作だから文化祭のときに見た奴とは違うけど、やっぱりどこか似たところがあるのか、
妙に懐かしかった。
でも実は、映画の内容はあまりよく憶えていない。
見てる間ずっと握ってたノブタの手が柔らかくて、熱くて、汗ばんでいたことは、よく
憶えてる。
映画館を出た後、俺達はやけに無口になっていた。
まずいな……これは。
またノブタの顔が見られなくなってる。
一応この後の予定も考えてはいたんだけど、言い出しにくいことこの上ナッシング……。
でも俺から何か言わないとな……顔を見ないようにしてなら、言えるかも。
「あー、あのさぁ……おまえさぁ……」
沈黙に耐えられずに切り出したはいいが、俺はまた、間抜けなことを口走ってしまっていた。
「この後、どっか行きたいとこ、ある?」
うわ、バカじゃないの。
これじゃまるで、何も考えてなかったみてーじゃねーか。
それどころか、早く帰りたがってるようにも聞こえるぞ。うわ最悪。
だいたいノブタが『ない』っつったらどうすんだよ。本当にこれで終わりになるぞ、この
デート。
練習にも何もなってねぇじゃねーか!
「……い、行きたいとこ、ある……」
俺は思わず、ノブタの顔を素早く覗き込んだ。
ノブタの答えは、今の俺にとっては願ってもない言葉だった。
さすがノブタ! おまえは俺の救いの女神だ〜っちゃ!
……いかん。草野が乗り移ってきたみたいだ。
落ち着け! 落ち着くんだ、桐谷修二!!
「――行きたいとこって?」
ノブタに気づかれないように深く息を吸い込んでから、俺はノブタに聞いた。
奇跡が起きた。
ノブタは、俺が考えていた場所と同じところを指定したんだ。
「きっ……桐谷くんの、家」
――これってディスティニー?
(続)