困ったように首の後ろをポリポリ掻きながら、横山は仰天している俺達3人の顔を見回した。  
「うちの高校ってさぁ……バイト禁止だったよな?」  
「あーっと、えーっと……これはですね、バイトじゃないんですよ!」  
「そ、そうそう!」  
俺は咄嗟にデタラメなことを言った。どう見たってバイトだろうが! これが趣味だとでも  
言うつもりか! そんな突っ込みはどうでもいいっ!!  
草野が俺の言い訳に相槌を打っている。――こいつは何も考えてないんだろうなぁ。  
ここは俺が、何とかしないと……!  
「バイトじゃないって、じゃあ何なんだ?」  
「い、家の手伝いです!」  
ああ、もう、デタラメにもほどがある。  
相手は担任だぞ。家って何だよ。どこの家だよ。  
横山は呆れたように俺の顔を見た。――見ないで! 先生、見ちゃイヤ!  
「桐谷のお父さんは、サラリーマンだろう。何で商店街のセールの手伝いをしてるんだ?」  
「あ、お、俺の下宿、豆腐屋ですよ」  
草野の弁護は、何の役にも立たないであろうことは、横山が答える前に俺にはわかった。  
「豆腐屋がクリスマス・セールとどう関係するんだ?」  
「あっ、ええっと……豆腐ケーキ! とか、まめちちシャンパン! とか、新製品で」  
「へぇ〜、どこで売ってんの?」  
「え、いいいいや、えっと、あのですねぃ、ここじゃなくてですねぃ」  
……ああ〜、見てらんねぇ……でもうまい言い訳も思いつかねぇ……  
くそ、どうすりゃいいんだよ〜〜〜。  
 
「しゃ、社会勉強です!」  
急にノブタの声がして、横山を含め俺達3人はそっちを見た。  
ケーキ屋のかわいい制服を着たノブタが、俯き加減ながらも必死で訴えた声だった。  
「ば、バイト料も格安だしっ……いつも、お世話に、なってるんで……っ」  
相変わらず嘘のつけないノブタは、バイトだということをあっさり認めてしまった。  
が、何故か形勢は俺達に味方する方に流れていると、俺は直感した。  
「――ふ〜ん。社会勉強か。……そういやおまえたち、進路、決まってなかったよな」  
横山の質問に、ノブタはこっくりと頷いた。  
俺と草野も慌てて何度も頷いた。  
「まぁ、確かに……もう少し社会のことも知らないと、先のことなんか考えられない、か」  
横山がノブタの言葉に乗っかって、許してくれようとしていることが何となく伝わってきた。  
この流れを逃すまいと、俺は勢い込んで話し出した。  
「そう、そうなんですよ。やっぱり、『働く』ってことをこう、身をもって実感することも  
必要だと思うんですよね。でないと自分が何をやりたいかも見えてこないって言うか」  
ここからは桐谷修二の腕の見せ所だ。  
長年鍛えた二枚舌の威力を見せてやる!  
「社会の一員として労働を報酬に変える、その中で自分が何をしたいのか、自分には何が  
できるのか、退いては自分に足りないものを見極めるのが目的なんですよ。決して小遣い  
稼ぎとかそういうことではなく! それに働いてる大人を身近で見れるし、学校では  
学べないことを学べるチャンスの1つと捕らえてですね……」  
「わかったわかった。桐谷、もういい」  
横山はそう言うと、俺の首に腕を回して他の2人から少し離れたところに連れていった。  
「今回だけは見逃してやるから」  
「えっ、ホントですか? ありがとうございます!」  
「たーだーし、条件がある。売れ残りのケーキ、俺の分もとっといて」  
「え、それって賄賂……」  
「せめて口止め料と言えよ。……いや、それも賄賂か」  
「……お代官様もお人が悪い」  
「おまえほどではないぞ、越後屋。フッフッフ」  
「フッフッフ」  
「「フッフッフッフッフ」」  
 
「何キモい笑い方してんの」  
いきなり草野の声がして、俺と横山は道路の両側に飛び退いた。  
おまえに『キモい』なんて、言われたくねぇっつーの!  
「じゃ、そういうことで。頑張れよ、おまえら」  
横山はそう言うと、咳払いを1つしてその場を去っていった。いつもみたいにズボンを  
たくし上げながら。  
草野は横山の背中に向かって、コン、と言った後、俺の方を向いた。  
「話はついた、ってこと?」  
「ああ。今回は見逃してくれるってさ。その代わり、売れ残りのケーキ、も1個追加」  
「はぁ〜、安上がりなんだねぇ、横山。アキラくん、りょーかい!」  
「誰が安上がりだって?」  
聞き慣れた声に、俺と草野は凍りついた。  
恐る恐る振り向くと、キャサリンがニンマリと微笑みながら、そこに立っていた。  
 
結局その後、キャサリン、セバスチャン、黒木、校長の順に俺達は見つかり、それぞれに  
売れ残りのケーキを貢ぐことになってしまった。  
クリスマス・イブにこんな目立つカッコしてて、見つからないわけないって、もっと早く  
気づくべきだった。……ところで。  
俺達3人も、バイト料の足しにとケーキはもらえることになっているのに。  
合計8個……売れ残るのか……そんなに……?  
 
日も暮れて、商店街はその日一番の人出になっていた。  
俺達も最後の一頑張りとばかりに、張り切ってそれぞれの仕事をこなしていた。  
俺は相変わらず子供に取り囲まれて、膨らませた風船を端からもぎ取られるようにして  
人混みの中にいた。草野は要領よく人の流れに乗って、ビラを配りながら客を店の中へと  
案内したりして、何だかんだと一番戦力になっているような気がする。  
ノブタの方も忙しそうで、ノブタにしてはせわしなく動き回っている。ケーキ屋は今が  
一番のかき入れ時で、客足が途切れない。  
疲れはピークだったけど、どうにか無事に終われそうだ。  
俺は最後の風船を少し大きめに膨らませ、側にいた子供に手渡した。  
「はい、風船はもうおしまいで〜す!」  
周りにいた子供達ががっかりした声をあげたが、思っていたより大人しく散っていって  
くれた。  
やれやれ、これで漸く身動きがとれるよ……。  
 
「シュージくん、ご苦労さまぁ〜なのぉ〜」  
どこで見ていたのか、草野が寄ってきた。  
「俺もビラ、配り終わっちった」  
「で、この後、時間までは何してりゃいいの?」  
「愛想を振りまきつつ、お客さんの案内だ〜っちゃ」  
「よーするに客寄せね……いっちょやったるか。残り1時間、ってとこ?」  
「だーねだーね。俺達のバイトはそうだーね」  
俺は軽く腕と腰を回してストレッチをしながら、もう一度商店街に繰り出した。  
「は〜い、こちらフライドチキンが大変お安くなってまーす! お母さん、ぜひどうぞ!」  
「クリスマス用のお総菜は3割引きでーす! 今がお買い得ですよぅ〜」  
俺と草野は大声で呼び込みをしながら、通りをゆっくりと歩き回った。人が多くてあまり  
速くは進めないし、風船を持っていなくてもサンタの人気はそれなりで、ときどき子供に  
足止めされたりもした。また草野がコミカルな動きで人目を引くもんだから、余計に。  
まぁ、クリスマスにサンタが目立たないわけにもいかないから、しょうがねぇよな……。  
客引きという意味では成功してるし。  
ふとケーキ屋の店先に目をやると、ノブタの姿がなかった。  
奥にケーキでも取りに行ってるのかな?  
 
「シュージくん、どったの?」  
「いや……ノブタがいないから、さ」  
「ノブタなら、あっちにいたよ。クリスマス・ツリーのとこ」  
通りのちょうど真ん中、商店会事務所のテントの横に、大きなツリーが立っている。  
一番人が混み合っている場所なのに、草野の目はきっちりノブタを見つけだせるんだなぁ  
……なんて感心してたけど、俺もすぐ、見つけることができた。  
濃い緑のツリーを背景に、赤と白の衣装を着たノブタはとても目立っていたから。  
「あんなところで何、やってんだろ」  
「行ってみるのよーん」  
草野は言うなり走り出した……が、さすがにこの人混みで本当にダッシュするわけにも  
行かず、俺達は人の流れに逆らうようにして、じわじわとツリーの方へ向かった。  
「おっ、トナカイ! 馬車を引け!」  
どこかで聞いたような声がして横を向くと、ゴーヨク堂が草野を捕まえていた。  
子連れ狼みたいな乳母車に本をいっぱい積んで、一応、金モールでクリスマスっぽい  
飾り付けをしたそれを、草野に引かせようとしているらしい。  
「ちょちょちょ、カンベンしてよ。どーしてこうなるのぅ〜」  
立ち止まって草野の災難を眺めたあと、俺はもう一度ツリーの方を見た。  
ノブタが脚立に登っているのが見える。手に大きな銀色のボールを持っている。  
ああ、オーナメントが落ちたのか……。  
忙しいだろうに、雑用引き受けちゃって、ノブタらしいな。  
呑気にその様子を眺めていた俺の耳に、ゴーヨク堂の声が聞こえてきた。  
「あれ、商店会のあの脚立って、壊れてなかったっけ?」  
「え?」  
草野はゴーヨク堂に首根っこを押さえられたまま聞き返し、俺も2人の方を見た。  
「確か去年、はしご車の仮装に使おうと思って真っ二つに折ったような」  
「は、はしご車の仮装? な、なんどぅえ?」  
「お正月と言えば仮装大賞!」  
草野とゴーヨク堂の会話を、俺は最後まで聞いていなかった。  
 
何をするつもりなのか自分でもわからないまま、俺は走り出していた。  
たくさんの客がそこにいた筈なのに、全然、目に入ってなかった。どうやってその人たちを  
避けてそこまで行ったのかも覚えてない。  
覚えてるのは、脚立の上でバランスを崩したノブタの背中と、小さな悲鳴。  
それをかき消すくらいに大きな金属音と、頭に感じた、くらっとするような衝撃だけだった。  
 
「……まだ、起きそうにないのねん」  
「うん……大丈夫かな」  
遠くから聞こえるような、声。でも実際は、すぐ側にいるのだろう、人。  
俺は自分が、深い眠りから覚めようとしているんだなと理解した。  
暖かいものに包まれて、ゆっくりと現実に戻っていく安心感――。  
草野とノブタの声だ。  
「ま、大丈夫っしょ? 一応お医者さんにも見てもらったしぃ〜」  
「うん……」  
何となく、目を開けるタイミングが掴めなくて眠ったふりをしている俺の額に、ノブタと  
思われる指が触れて、前髪を避けた。  
随分でかいバンソーコーが貼られていることに俺はやっと気づき、動揺しそうになったが、  
何とか我慢できた。顔も……赤くなってない、よな。  
「名誉の負傷……って奴ぅ? シュージ、カッコよ過ぎ」  
こんどは草野が軽くデコピンを喰らわせてきて、俺は堪えるのに苦労した。  
「やっぱ起きないねぇ。まともに脚立の下敷きになったしぃ」  
……はぁ?!  
脚立ぅ?!?!  
「あの脚立、ケッコー重いのぬ。ゴーヨク堂もそれで、仮装に失敗したって言ってたぬ。  
カエルみたいにぺっしゃんコン! 真っ赤なはしご車、ぺっしゃんコーン! 惜しいっ」  
「で、でも、おかげで私、落ちるまでに、体勢、整えられたしっ……」  
「そーね。そんで俺も間にあったもんね。ノブタ受け止めるのにね」  
なんだそりゃ!  
結局、ヒーローは草野かよ!!  
寝たふりをしながらも、俺の頭の中は恥ずかしさでぐちゃぐちゃになっていた。  
脚立の下敷きになって潰れたカエル状態の俺の脇で、ノブタをお姫様抱っこしながら  
スポットライトを浴びている草野の姿が浮かぶ。  
ああっ、このまま一生、目覚めない方が……っ!  
いや、そんなの無理だってわかってはいるけど。  
ますます目が開けられねぇ……。  
「ご、ごめんね。私……重くなかった?」  
「へーきへーき。ノブタは軽いのよ〜ん。それにぃ、俺がけっこー腕力あるの、知ってるっしょ?」  
今度は草野に遠慮して、俺は寝たふりをし続けた。  
草野の声が、何だか幸せそうだったから、邪魔しちゃいけないような気がした。  
でもこのバカは、俺の気も知らないで意外なことを言い出した。  
 
「でぇ〜もやっぱ、腕力だけじゃシュージには適わないっちゃねぇ」  
草野と思われる指が、俺の額のバンソーコーをつついている。  
やめろよ。痒くなるだろうが……。  
それに、俺に適わないって、何が?  
「あんときのダッシュ、早かったもんね。周りにいた誰よりも早く、ノブタを助けに  
走り出してたもんね、シュージくんは」  
……そうだったのか。覚えてねぇけど。  
あの時は夢中で、周りなんか見えてなかったし……。  
「ま、それが早すぎて、ノブタでなく脚立を助けちゃったわけ、だけどぅ〜」  
一言よけいだぞテメエ。  
だいたい好きな女の子と2人きりのときに、他の男を持ち上げてどうするんだよ。  
「――やっぱり、ノブタにとってのヒーローは、シュージ?」  
バカ草野。  
そんなこと聞いたって、ノブタが困るだけなのに……。  
ノブタを助けたのはおまえなんだから、威張ってりゃいいじゃねぇか。  
草野が俺に遅れたのだって、ゴーヨク堂に捕まってたからで、それがなきゃこいつは絶対。  
 
「そんなこと、ないよ……ふ、2人で助けてくれたんだ、から」  
俺が思うほど動揺しなかったみたいで、ノブタは無難なことを言った。  
「い、いつも2人に、助けられてるよね、私。あ、ありがとう」  
「い〜んだっちゃ。俺は、自分のしたいこと、してるだけなのねぇ〜」  
草野の声は、心なしか沈んでいるように聞こえた。  
言って欲しい言葉はそうじゃない、ってことなんだろう。  
「さて、もう夜、遅いしぃ。俺、先生達にケーキ届けに行ってくるぅ、のねーん」  
何?! おい、草野!!  
おまえ、先に帰る気かよ! 俺とノブタを2人残して?  
おまえ――おまえは、それでいいのかよ。  
今日は……クリスマス・イブなんだぞ……?  
 
もう起きた方がいい。俺がここで起きて、1人で帰れば、草野はノブタと2人でケーキを  
配って、ノブタを家まで送っていくことだってできる。  
俺は目を開けようとした。  
「そ、そうだね。先生達、ま、待ってるかも。――クリスマス、なんだし」  
ノブタの声に、俺はつい硬直してしまった。  
だからノブタ! そうじゃねぇって!  
草野を引き止めろよ!!  
「そんなのどーでもいいぬぅ、って言っても、聞かないのがノブタなのよねぇ……」  
小さく呟いた草野の声は残念そうでも、寂しそうでもあった。  
そうだよなぁ。「ここに居て」って、言って欲しいよなぁ。1人じゃ心細い、とかさ。  
ノブタは案外、しっかりしたとこ、あるんだよな。  
ずっと1人で居たからか、我慢強いんだ。……哀しいくらいに。  
 
「じゃ、アキラくんはシュージとノブタの代わりに、サンタさんになって来ます!」  
草野が上着を羽織っているらしい気配がし、鞄を抱える音がした。  
「き、気をつけて。……転ばないで、ね」  
「だーいじょーぶぅ。ぶんぶんぶーん! いてっ」  
半分ヤケクソな声の後、ゴン、という音がした。草野が何かにぶつかったらしい。  
いつものことだけど、そそっかしいな。  
あいつ、車とか運転したら、ゼッタイ縦列駐車が苦手なタイプだ。  
「だ、だから、ケーキ、潰さないように、ね」  
「あい……わかってます……」  
お姉さんみたいにノブタに注意されて、草野がしゅんとしているのが声だけでもわかって、  
俺は思わず口だけで笑ってしまった。  
気づかれたかと心配になって薄目を開けて見ると、ちょうど草野が裏口の方へ歩いていく  
ところで、それを見送っているノブタも俺の方を向いてはいなかった。  
気づかれてはいないみたいだ。  
「バイバイキーン」という草野の声がして、ドアがバタンと閉まる。  
俺はまた目を閉じて、口元を引き締めた。  
ノブタの気配が近づいてきて、横になっている俺の側でしゃがんだのがわかった。  
 
充分に間をとってから、俺は目を開けた。思っていたより間近に、ノブタの顔があった。  
あまりに近くで覗き込んでいるので俺はかなり慌て、今度こそ顔が赤くなったような気がして、  
ごまかすために辺りに目を走らせた。  
……ここは……ゴーヨク堂、か。  
「き、気がついた……?」  
ノブタが心配そうな声で聞いてくる。俺が身を起こすと、漸く顔を遠ざけてくれた。  
「……何で俺、ゴーヨク堂のソファーなんかで寝てんの?」  
「桐谷くん、脚立の下敷きになったんだよ」  
「脚立?」  
そらっとぼけて、俺はちょっと高い声を出した。  
こういう嘘がうまい自分が、ちょっと嫌になる。  
「そ、そう……私を助けようとして、脚立に頭、ぶつけて……それでここに運んでもらったの。  
て、店長が、今日はクリスマス・パーティで早く店じまいするから、使っても構わないって」  
何度聞いても、かっこわりぃ〜、俺。  
にしても、ゴーヨク堂はせっかくのクリスマスに商売っ気は全然ないのかねぇ。  
正面のシャッターは降りてるし、店の明かりも俺達がいるところ以外は消えている。  
まぁ本屋、しかもゴーヨク堂がクリスマスだからって売り上げが増えるとも思えねぇけど  
さ……。外からはまだ、ジングルベルらしき音楽が聞こえてきてるのに。  
 
「い、一応お医者さんには見てもらって、大丈夫だって……」  
ノブタはそう言うと、俺の上着を取ってきて肩にかけてくれた。  
気がつけばサンタの衣装は脱がされて、上はシャツ一枚になっていた。  
ズボンを誰が穿かせてくれたかは、考えないことにして、と。  
寝てる間は毛布がかかっていたからいいけど、起きあがると確かに背中がスースーする。  
俺は、まだ売り子の衣装のままでいるノブタに気になっていたことを聞いた。  
「……おまえは大丈夫だったの?」  
見たところ、すりむいたりもしてないようだけど。服も汚れてないし。  
「う、うん……草野くんが、受け止めてくれた、から。……あ、ありがとう」  
「はぁ? 何が? 俺が助けたのは脚立なんだろ?」  
俺は何を拗ねてるんだろ。らしくないよな……駄々っ子みたいで。  
 
ノブタは俺の態度を気にした様子もなく、話を続けた。  
「そんなこと、ないよ……ふ、2人の連携プレーだって、会長さんも言ってたし」  
「あ、そう……」  
「い、いつも、助けてくれるよねっ……私が、危ないときには」  
「別に……そういうわけじゃ」  
俺はちょっと照れてしまって、ノブタから顔を逸らしたが――  
「いつも、2人が、助けてくれるんだよ、ね……」  
――2人かよ!  
と、草野の代わりに突っ込みたいところだが、そうもいかなくて俺は黙っていた。  
「だから、ありがとう……いつも助けてくれて。ほ、ホントに、感謝してるから」  
黙っていたら、ノブタが珍しくしゃべり続けたので、俺はちょっと驚いた。  
何だよ、あらたまって……。  
 
「もう、もうちょっとしっかり、しなくちゃね、私。……いつも助けてもらってばかりじゃ、  
悪いしっ……私も、2人を助けられるように、ならないと、ね……」  
「礼なら草野に言ってやれよ」  
どうして今日に限ってノブタがこんなにおしゃべりなのか疑問に思いながら、俺は言った。  
「うん、大丈夫……もう言ったから」  
「あ、そう」  
「ば、バイト料ね、ちゃんと時間どおり、8時までの分、払ってくれるって、会長さん、  
言ってた」  
「ふーん……って、今、何時?!」  
「え……8時半」  
バイトの時間、過ぎてるじゃん……。  
それでも、付いててくれたんだ。  
店じまいを終えたゴーヨク堂は暖房も止まってるのに、着替えもしないで、さ。  
 
俺はソファーの上に伸ばしていた脚を床に降ろして、下半身にかかっていた毛布をたたんだ。  
帰り支度をして、ノブタを送っていかなきゃ――また保護者みたいな気分になっている  
自分に嫌気が差したが、しかたない。そういう性分なんだ。  
「おまえ、家に帰らないと。親が待ってるだろ。心配してるんじゃ」  
「大丈夫、で、電話したから。それに、う、うちの親、喜んでるから」  
「え?」  
「友達と、バイトするって言ったら……喜んでたよ。だ、だから、少し遅くなっても、平気」  
「そんならいいけど、でも、せっかくのクリスマスなんだしさ……ケーキ、待ってるかも  
しれないじゃん。……あ、俺も帰らないと。父さんと浩二がうるさくってさ、もうケーキ、  
タダでもらえるって喜んじゃって――」  
ノブタと入れ替わるようにおしゃべりになった俺は、ノブタが何だか残念そうな顔をして  
いるのに気づいて、黙り込んだ。  
え……もしかして。  
ノブタ、おまえ……帰りたくねぇの?  
 
「き、着替えてくるね、私……っ」  
そう言って、裏口に向かおうとしたノブタの手を。  
俺は掴んで――どうしてか、引き止めてしまっていた。  
 
ノブタがぽかんとして俺の顔を見ている。  
俺は慌てて手を離した。  
言い訳なんか、思いつく筈もなくて――俺は――  
「その制服、かわいいじゃん。よく見せてよ」  
コスプレ趣味だと疑われかねないことを言ってしまった。  
それでもノブタはバカにすることもなく――まぁノブタだから――エプロンの端を両手で  
摘んで、首を傾げた。  
「こう?」  
……そんなかわいいポーズ、いつ覚えたんだよ。草野の入れ知恵か?  
やべぇ……不覚にも、鼻血出そう……。  
俺、頭、打ったんだよな。本当に大丈夫なのかな。  
ホントはどっか、おかしくなっちまったんじゃ。  
 
「うん……かわいい」  
ノブタが俺の反応を待っているので、精一杯、平静を装って言ってはみた。  
「草野くんも、言ってた……ノブタ、萌え〜、とかって。男の人って、こういうの、好き?」  
「いや、まぁ……それは人にもよると思うけど」  
「こういうの、好きな女の子に、着せたい?」  
「うーん、俺はどっちかっていうと、そういうの脱がせる方に興味が……」  
そこまで言って、俺は唐突に言葉を切った。  
お、俺、今、何を――何つった?!  
 
「ぬ、脱がせる?」  
案の定、ノブタが一番言われたくない部分を復唱した。  
俺の顔はきっと真っ赤になっているに違いない。いきなり、すげー熱くなった。  
いったいどうごまかせば……ごまかせるか、こんなアホな失言!  
俺、ホント、どうしちゃったんだよ〜〜〜。  
「い、いや、その……そういう意味じゃ……な、くて……」  
じゃあ、どういう意味なの?  
ノブタのきょとんとした顔がそう言ってるような気がして、でもうまい言い訳も思い浮かば  
なくて、俺はただ焦るだけで。  
「そ、だよね……脱がせるなんて、ね……」  
「そ、そう。俺、ちょっとおかしいよな。やっぱり頭打ったからかな〜、なんて、ね」  
ノブタが冗談にしてくれようとしているという、儚い望みにすがって、俺は調子良く  
ごまかそうとした……んだけど。  
「それに……い、今、話してるの、好きな子のこと、だもんね」  
俺の頭の中はまた、固まってしまった。  
何、言い出すんだよ、おまえ……。  
「わ、私は……好きな子じゃ、ないんだから……私が気にすること……ないよね」  
ノブタのその言葉を聞いた瞬間、頭の真ん中を冷たいものに鷲掴みにされた気がした。  
焦りと恥ずかしさが作り出した熱っぽさは、一瞬でどこかに吹っ飛んでしまった。  
俺は、何だか――無性に――とても――  
――腹が立った。  
 
ノブタは正しいことを言っただけなのに、どうしてこんなに腹が立つんだろう。  
「やっ……き、りたに、くん……?!」  
急に立ち上がった俺に、肩を掴まれソファーに押し倒されたノブタは、少し怯えた表情で  
俺を見上げた。  
邪魔な上着をはねのけて、俺はノブタの顔をじっと見据えた。ノブタが小さく震えて、  
息を飲んだのがわかる。掴んだ場所から恐怖が伝わってくるのに――俺は。  
腰の後ろに強引に入り込んだ俺の右手がスカートのファスナーを下げ、暴れる両脚から  
引き抜いた――微かにビリッという音がした。  
「やだっ……やめて……!」  
本当のことを言われると人は怒るんだって、どこかで聞いた気がするけど、これもそう  
なんだろうか。  
俺が好きなのはノブタじゃない。  
どうして俺自身が、そのことでこんなに怒らなきゃならないんだ?  
理由はわからない――わかっているのは、その怒りをどうにも抑えられないということ  
だけだった。  
 
エプロンをつけたままのノブタのセーターを捲り上げ、下に着ていたシャツの中に強引に  
手をねじ込んで、ブラジャーの上から胸を強く掴んだ。  
「いやっ、痛い……」  
ノブタが首を横に振った。帽子がぽんと飛んで、床を転がっていく。  
両手で肩を強く叩かれたけど、俺は構わず、左手でノブタの束ねた髪を掴んで無理矢理、  
こっちを向かせた。  
ノブタの震える唇を唇で押し包んで、嫌がる声を封じる。  
「ふ、う……」  
抵抗する力が少し弱くなった。キスすると、ノブタは最初は嫌がってもすぐに力が抜けて  
しまうらしいと、もうわかってる。  
他の男にもこうだと、困るな――思ったより冷静な頭で、俺はそんなことを考えていた。  
めちゃくちゃ怒って、自分がどっかに行っちゃってる筈なのに、妙に落ち着いていた。  
冷たい怒りとでも言うんだろうか、こういうのは。  
 
胸をぐいぐいと揉んでいた右手は、素早く後ろのホックを外してブラジャーの締めつけを  
緩め、肌に直接触れると同時に、人差し指と中指の間に頂点を挟み込んだ。  
「んぅ……やぁ、あっ……」  
また首を捩って俺の唇から逃れたノブタが拒むのを、もう一度髪を引っ張って、今度は  
舌を差し入れた。  
舌と舌とを絡ませると、ノブタの息がたちまち荒くなり、顎がひくっと反応する。  
「んんっ……はぅ……あ、んっ……」  
胸への刺激のせいなのか、声が甘くなった。俺は頂点を左右からきつく締めつけながら、  
柔らかい膨らみに指を食い込ませた。  
「ああっ……あっ……ぅん……っ」  
ノブタはもう、顔を逸らそうとはしなかった。自分から求めては来ないけど、俺が与える  
ものを、おとなしく受け止めている。  
俺は左手をエプロンの下にするすると這わせ、下腹部を辿って下着の中に忍び込ませると、  
そこに隠されている一番感じる場所を強く、押した。  
 
「はっ……! ああっ、いや……っ!」  
そこに触れるのは初めてだった、かもしれない。  
入り口のそばにあって、密かに守られた場所をいきなり突かれて、ノブタは大きく  
仰け反って俺の唇から逃れた。  
それでも構わないけど……声、聞きたいし。  
俺はノブタのそこを包んでいるものを少しずつ開かせるように、指先を左右に揺すり  
ながら刺激を加えた。  
「あ……! あ……!! やだっ、桐谷……く……んんっ!」  
こんなに感じるって、自分でも知らなかったのか、ノブタは急に声を大きくした。  
霰もない声、って、こういうのを言うのか。  
ときどき恥ずかしそうに唇を噛むけど、堪えきれなくてまた声を出してるその顔が  
かわいくて……色っぽくて。  
俺は集中して責めていた場所に親指を宛て、人差し指をノブタの中に浅く、差し込んだ。  
親指をくるくると回しながら、人差し指の先は前側の壁を優しくさするように動かす。  
「ひァ……っ! ああぁっ……ああ……っ」  
ノブタの声が、また調子を変えた。最初は驚いたみたいに裏返って、その後、酔った  
ように長くなった。  
 
俺は少しずつ人差し指を奥に進めながら、親指の回転を大きくしていく。包んでいる  
ものがめくれてそこを直接、触れるようになると、ノブタの声は濡れたように俺の鼓膜に  
絡みついた。  
「あぁあん……あん……っ、いやぁ……そこぉ……あぁんん……っ」  
「気持ちいい? 小谷……」  
「ううっ……わかんな……いっ……わ、私……変……っ」  
「変、って?」  
耳元で囁きかけると、ノブタは面白いように言いなりになって答えてきた。  
「あっ……か、体の中……あ、熱くて……っ、じんじんする……」  
「他には?」  
「せ、背中……んっ……ぞく、って……するぅ……んぁああ……っ」  
人差し指の先端に、ねっとりしたものを感じた――濡れてきたみたいだ。  
俺は指を増やすことにして、中指を一気に根元まで突っ込んだ。  
「ぁ……! い、いやぁああ……あぅ……」  
ノブタは苦しそうに眉を顰めたけど、中はますます濡れてきて、俺の指はすぐに  
びしょびしょになった。前の壁を強く、大きく擦ると、ノブタの中にそのねっとりした  
液体がどんどん溜まってきた。  
丁度いっぱいになったところで、俺は勢いよく指を引き抜いた。  
 
「あぁああん……!」  
熱い雫をぽたぽた垂らしながら、ノブタは背中を仰け反らせた。背中側に捩れた  
エプロンが、その雫を受け止める。  
「や、やだっ……何……」  
自分の中から出て来たものが何なのかわからなくて、ノブタは真っ赤になって目に  
涙を滲ませた。  
「気持ちいいと、こうなるんだよ。女は」  
俺は濡れた指を、ノブタに見せつけるようにぺろりと舐めた。  
「だ、ダメ……そんなの、舐めたり、しちゃ……」  
今さらだろ、そんなの――って言いたかったけど、俺は我慢した。  
ノブタが本当に泣きそうだったから。  
その代わり、俺は舐めた指をまた、ノブタの入り口のそばの突起に宛った。  
「やぁっ! ああっ! ぁん!」  
ここを刺激されると、鋭い声が出るみたいだ。そっと摘んで捻るようにすると、強くは  
していないのにノブタは頭を左右に激しく振った。  
せっかく纏めた髪がほどけて、ソファーの上に散らばる。  
「いやぁっ、そこ、いやぁあ……! やめてぇ……ああッ、ああぁあッ!」  
 
もうここが何処で、自分がどんな格好をさせられているかもわかっていないんだろう。  
後ろに捩れたエプロンが斜めになったその下で、胸の上まで上衣とブラジャーを  
たくし上げられ、露になった胸が、ノブタが激しく喘ぐたびに揺れている。俺が  
感じる場所を刺激する動きに応えて、スカートを脱がされて下着とニー・ソックス  
だけになった脚が捩り合わされる。  
俺は右手の親指でノブタの右の胸、人差し指で左の胸の頂点を強く押した。  
「ひぅ……! あっ、あっ……ああっ……!」  
3カ所の中では、胸が一番気持ち良さそうだった。下の突起はやっぱり感じすぎるのか、  
辛そうで。  
でもここを刺激した方が、入り口が緩むのがわかる。  
ノブタの辛さには目を瞑って、俺は下への刺激を強くしながら、胸への愛撫をやめた。  
ベルトを外し、ズボンを下げると、もう準備はできていた。  
どうして俺の下半身はノブタに反応するんだろう。  
……ノブタの言う、『好きでもない子』にまで。  
そんなこと、今の俺にわかるもんか。わかるのは――  
こうなっちゃうと、もう俺にもどうしようもない、ってことだけだった。  
 
「あ……あ――ぅあぁああ……!」  
先端を中に入れた途端、ノブタの体が硬直し、入り口が締まった。  
俺は左手の人差し指と中指に力を込め、また円を描くようにぐりぐりと押し込んだ。  
「うぅあっ……! ああっ……はぁ、あ……!」  
ノブタが辛そうに喘いでる。でもやっぱりここを刺激すると、入り口がぴくぴくと  
開閉を繰り返す。  
開いたタイミングを逃さずに、俺は右手で支えたモノを中へ進めていく。  
初めてのときよりは楽に入れた。  
奥まで収まってしまうと、ノブタの内部も受け入れることを覚えたみたいに、俺自身に  
まとわりついてくる。  
「ぁはっ……はぅ……ああうぅ……」  
ノブタが自分の指を噛んでる。そんなに声を聞かれるのが嫌なのか。  
でも、もう……我慢できるもんじゃねぇだろ。  
 
俺は腰をゆるゆると回転させながら、ノブタの突起を強く押し潰した。  
「あァ――! ひぃあァッ……あぅ! あぁあぅッ!」  
ノブタの閉じた瞼から涙が流れ、大きく開かれた口から唾液が滴った。  
空いた右手で両方の雫を拭ってやると、潤んだ眼を薄く開けて俺に向けてきた。  
「はぁっ……桐…谷くっ……やぁっ……」  
「……いや?」  
「くっ……わ、私っ……変っ……お、おかしくな、るぅ……んんぅ……」  
俺は右手で、ノブタの頬にそっと触れた。  
震えてるのは、感じてるからだけじゃないのかもしれない。  
「小谷……俺が、怖い――?」  
ノブタは小さく首を横に振ったけど、まだ不安そうに聞いてきた。  
「はっ……あ……ど、どうなるの、私……ああっ」  
「もうちょっとで終わるから、我慢して」  
俺はノブタをとても甘やかしてやりたくなって、ゆっくりと、味わうようなキスをした。  
「大丈夫……俺も、一緒だから」  
「い、一緒……?」  
「さっきから、おかしくなっちゃってるだろ」  
囁きながら、背中に腕を回してノブタの軽い体をそっと持ち上げた。  
やっと安心したのか、ノブタの方から抱きついてきた。  
頬と頬が触れ合う。小さな胸が、薄いシャツを通して俺の胸に押しつけられる。  
俺の動きに合わせてくっついたり離れたりする、その膨らみがたわむ感触を楽しみながら、  
俺はノブタにもっと声を上げさせる。  
初めてのときと違って今度は、少しは気持ちいいと感じてくれるといいなって、思った。  
 
街灯の少ない暗い路地を、俺とノブタは歩いていた。  
ノブタは横には並ばないで、少し後ろをついてくる。  
心配になってときどき振り返ると、いつも以上に俯いて顔を見られないようにしていた。  
こんな暗い路地で、ちゃんと前見て歩かないと、危ねぇんだけど……。  
でもやっぱ、顔を合わせたくないんだろうな。いつもいつも俺は強引で、嫌われたって  
しかたないくらいなんだから。  
俺がノブタに無茶なことをしてしまうのは、甘えてるってことなのかな――?  
そんなことばかりぐるぐる考えていて、俺自身、周囲に気を配っていなかったかもしれない。  
突然、脇道から飛び出してきた人影に、俺は心臓が潰れるかと思うくらい驚いた。  
 
「うわぁっ!」  
後ろに飛び退きながらも、ノブタを背中に庇うことができたのは男の沽券を守ろうとする  
本能だろうか。  
さっきまでの気まずさも忘れて、ノブタの方も俺の背中にしがみついている。  
守ってやらないと――喧嘩には自信がないくせに、俺は何故か強くそう思って、飛び出して  
きた奴を睨んだ。  
「ホントのこと、教えて。ホントのこと」  
へ――?  
こ、これが噂のホントおじさんか!!  
 
少し安心して俺は息を吐いた。  
えっと……どうすりゃいいんだろ。ホントおじさんは、ホントのことを言えばいなくなって  
くれる筈……なんだけど……。  
「ホ、ホントのこと、教えて」  
「え……ホントのこと? ホントのことって……」  
え〜、急に言われても……何かあるか?  
「教えてよ、ホントのこと。教えて」  
ちょっと待ってくれよ、おっさん!  
えーと、ホントのこと……ホントのこと〜〜〜。  
「……あ、あのっ、サンタクロースは、います」  
突然、俺の後ろから首だけ覗かせて、ノブタがそう言った。  
――ちょっと待て。おまえ、それは言い逃れにならないだろ。  
「どこに?」  
案の定、ホントおじさんに突っ込まれた。  
どうする気だよ、ノブタ?  
怪訝そうな顔で見ていると、ノブタが俺を指差した。  
「ええっ? 俺ぇ?!」  
おいおいおい、それは通用しないだろ〜。  
そりゃバイト中はサンタの格好してたけど、ホントおじさんはそんなの見てないし、  
だいたいあれで本物だ、なんつっても……。  
「それホント? ホントにホントのこと?」  
ホントおじさんが俺とノブタの顔を交互に見て、食い下がってくる。  
いや、俺に聞かれても困るんだけど……違うなんて言ったらノブタが嘘つきになっちゃうし  
……かと言って本物のサンタだなんて証拠はないし……。  
俺が戸惑っていたら、ホントおじさんはノブタをじっと見た。  
「ホントにサンタなの?」  
ノブタはちらっと俺の方を見たが、すぐにホントおじさんに視線を戻して言った。  
「……私に、とっては」  
「プレゼント、くれた?」  
ホントおじさんの追求に、ノブタは黙って大きく頷いた。  
って、俺、何もあげてないんだけど……。  
「……そうか。わかった」  
ホントおじさんは2、3度大きく頷くと、地面を這うような低い走り方で、道の向こうに  
消えていった。  
 
「私にとっては、って、おまえ……」  
俺は半分照れて、半分呆れながらノブタを見た。  
とりあえず切り抜けられた安心感からか、ちょっと気が緩んでいたかもしれない。  
俺は妙にヘラヘラしながら、やっとしがみつくのをやめてくれたノブタに機嫌良く言った。  
「俺、何もプレゼントとかあげてねぇし、無理あるだろ。まぁ、ホントおじさんは納得した  
みたいだけど、さ……何で納得してんだろ。わけわかんねぇ」  
「も、もらったよ、プレゼント」  
ノブタは俺の顔を見て、意外なことを言った。  
「は? 何を?」  
「かい……かん……」  
さよならはわかーれーのーことーばーじゃなくーてー♪  
 
「……何言っちゃってんの、おまえ」  
俺は少し焦って、ノブタから目を逸らした。  
口元がにやけるのを抑えられない。でもそんな顔をノブタに見られるのは嫌だ。  
「あーっと、帰ろうぜ。早くしないとケーキ、待ってる奴いるし」  
「う、うん」  
足早に歩き始めた俺の後を、ノブタが半分小走りでついてくる足音がする。  
歩くのが早すぎたかと思ってスピードを緩めると、ノブタが俺の背中にぶつかった。  
思ったより近くにいたノブタを、俺は振り返って見た。  
「ご、ごめん」  
ノブタはまた深く俯いた。  
だから、こんな暗い道でそんなに俯いてたら、危ねぇってのに。  
俺はノブタに手を差し出した。  
「ん」  
それだけ言って促すと、ノブタは弾かれたように顔をあげ、俺の顔を見た。  
……何でそんなにビックリしてんだよ。  
ノブタは俺の顔と手を交互に見比べていたが、結局は手を繋いでくれた。  
お互い手袋をしていて、素手ではなかったせいか、俺はノブタの手を遠慮なく、強く握った。  
危ないから、手を引いてあげた方がいいから――そんなのは言い訳だって、このときの俺は  
まだ、認められないでいた。  
 
(終)  
 
 

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