ノブタに社会性を身につけさせるとか何とか、もっともらしいことを言って草野が  
アルバイトの話を持って来たのは、クリスマスまで後2週間という時期だった。  
そのせいで俺は、赤い衣装の人さらい……ではなくて、サンタクロースの格好をして  
商店街で風船を配ってる。  
いったい何で、このクソ寒いのにこんなバイトを……。  
「シュージくん、ダメだ〜っちゃ。眉間にシワ〜シュワシュワ〜」  
トナカイの着ぐるみを着て、顔だけ出した草野が生意気にダメ出しをしてくる。  
――そう、おまえのせいだったよな、草野!  
「そんな仏頂面してたら、お客さんが逃げちゃうのよーん。ちゃんとやらないと  
怒られるぞな?」  
「あのなぁ、俺は好きでこんなことやってるわけじゃねーんだけど!」  
「一度引き受けた仕事はちゃんとやらなきゃダメなのぉー。シュージくんは、  
も・と・も・と、そういう子でしょぉ〜。愛想振りまくのも、得意でしょぉ〜」  
こんなときだけ正論なんだよな、コイツ……俺のことも言い当ててるし……それが  
余計にムカつく……。  
「こういうの苦手なノブタだって、ちゃんとやってるっしょ?」  
確かに、少し離れたところにあるケーキ屋の店先で、売り子の衣装を着たノブタは  
一生懸命ケーキを売っていた。  
「さ、320円のおつりです。ああああありがとうございました」  
しゃべりはちょっと拙いけど、一応笑えてるし、仕事はちゃんとやってるみたいだ。  
俺は溜息をついて、手に持っていた安物の風船の束を見上げた。  
確かにもう、2週間こんなことをやっていて、今日が最終日。  
文句を言うには遅すぎる。クリスマス・イブにサンタが不機嫌でいてどうする。  
上を向いたまま、俺は諦めの溜息をついた。  
真冬の淡い空を背景に、七色の風船は不思議なほど、鮮やかに映えていた。  
 
バイトは商店街のクリスマス・セールの手伝いで、俺はサンタの格好で風船配り、  
草野はトナカイの着ぐるみでビラ配り、ノブタはケーキ屋の売り子を割り当てられて  
いた。  
いったいこのバイトがどう社会性と結びつくのか甚だ疑問だったが、以前、警察で  
会った町内会会長に会わされ、強引に引き受けさせられてしまった。  
ノブタは花屋のおばさんとも知り合いだし、それほど嫌でもなかったようで。  
まぁ確かに、ケーキ屋の売り子の制服を着たノブタはかわいくて、多少のイメージ・  
アップにはなったのかもしれない。フワフワしたモヘアの白いセーターに、真っ赤な  
ミニ・スカートとニー・ソックス、赤と白のストライプのエプロンと帽子を身につけ、  
赤いファーのついたゴムで髪をまとめたノブタの姿が見たくて、草野はこのバイトを  
引き受けたんじゃないかと思うくらいだ。  
ビラを配る手を止めてデレッとした顔でノブタを見ている草野……おまえ、働けよ!  
「おい、草野。おまえ手が止まって……うぐっ」  
突然、腹部に鋭い痛みを感じて俺はうめいた。  
ガキ……いえ、年齢の低いお客様達が集団で俺を取り囲み、タックルを喰らわせて  
きやがりましたので。  
「サンタさん、風船ちょうだい!」  
「ちょうだい! ちょうだい!」  
「ちょ、ちょっと待って。順番にあげるから……ッてぇ!」  
ドスッという音とともに、鈍い痛みが走る。  
くっ、みぞおちに蹴りを……!  
いくら客とは言え、やっていいことと悪いことがあるだろ!  
 
思わず怒鳴りそうになった俺の首根っこを草野が掴んだ。  
「ストップ、ストップ。シュージくん、いけませんよぉ。お仕事お仕事」  
「おまえこそ、サボってたんじゃねぇの?」  
「そんなことないのよーん。アキラくんは真面目にやってるのー。あっ、おねぇさん、  
コンコン、こんばんは。これ、よろしくナリ」  
草野は学校の廊下を歩いているときみたいに、両手を羽ばたかせながら商店街を蛇行しつつ、  
キレイなお姉さん達をメイン・ターゲットにチラシを配っていく。  
あいつめ、最初からわかってて、トナカイの方を選んだんだな。  
ガキども……いや子供達にはどうしたってサンタクロースの方が人気があるし、だからこそ  
サンタが子供向けの風船を配ることになってる。トナカイはサンタほど人気はないが、  
その分自由に動けてマイペースでやれるのだ。  
そんなことを考えている間にも俺は前後左右から子供に抱きつかれ、次々伸びてくる手に  
風船を握らせてやっていた。たまに失敗して風船が飛んでいってしまったりすると、すぐに  
他のをあげても泣き出すヤツもいて、厄介なんだ。  
赤いのじゃなきゃヤだとか、わがままなガキ……お客様もたまにいるし。  
だいたい子供ってのは手加減を知らない。思いきり抱きついてきたり、付け髭を引っ張ったり、  
どさくさに紛れて殴る蹴るなんて当たり前のことなのだ。  
必ず集団で来やがるし、常に取り囲まれてばかりで、身動きが取れない。  
目立ちたがりの草野が、サンタを選ばないわけだよ……。  
 
手持ちの風船を全部配ってしまって、商店会事務所の前のテントに取りに戻った俺は、  
さっき蹴られた横腹を無意識のうちにさすっていた。  
「だ、大丈夫……?」  
ちょうどケーキに付けるクラッカーの在庫を取りに来ていたノブタが、心配そうな顔で  
聞いてきた。  
「あ〜、大丈夫。大したことない……」  
言いながら、俺はノブタに気づかれないように売り子の衣装を頭のてっぺんから爪先まで  
ざっと見た。  
やっぱかわいいな……でも、寒そうだな。  
「おまえこそ、寒くないの? 大丈夫?」  
「うん……草野くんが、使い捨てカイロ、く、くれた……腰のとこ、2つ貼ってる」  
まったく、ノブタにはしっかり優しくしてるんだからな、あいつは。  
それもしょうがないか……今日のノブタは、男なら思わず優しくしてしまいそうなくらい、  
かわいかったから。  
 
やっと休憩時間になり、俺と草野はケーキ屋の裏手に座り込んでいた。  
「謀ったな、草野」  
「それはシュージがぁ……坊やだからさ」  
不敵な笑みを浮かべてそう言った草野は、すぐにいつもみたいに顔を崩してウヒャヒャヒャ、  
と笑った。  
「やった、この台詞言ってみたかったんだよねぇー。満足ゾクゾク、きんもちイイ!」  
「はいはい……どうせ俺は坊やですよ」  
「おう、若者達、やってるかぁ?」  
突然、大きな声がして、町内会会長がのっしのっしと大股でやってきた。  
「ほい、差し入れ」  
会長は俺と草野に缶コーヒーを軽く放ってきた。おお、あったけぇ〜。助かる!  
「今日が最終日だ、頑張ってくれよ。お客さんも今日が一番多いしな。……サボったら、  
バイト料減らすぞ」  
「……時給350円から、まだ削る気っスか」  
今時こんな薄給のバイト……返す返すも草野のヤツ〜〜〜。  
「最初は300円だったんだぞ。それをこの坊主が、上げてくれって粘るから」  
そんな低次元の交渉してたのかよ!  
「もうちょっと何とかなりませんかね……思ったより重労働ですよ、これ」  
何となく血が騒いで、俺は会長に再度、交渉を試みることにした。  
こうなったら最後までやるのはいいとして、せめてもうちょっと、報酬が欲しい!  
「そう言うなよ。こっちだって辛いんだから。売れ残りのケーキつけるって特典もあるんだし、  
それでいいだろ?」  
「いや、敢えてそこをもう一声!」  
「うーん……じゃあ、未成年用のノンアルコールのシャンペン、付けてやるよ。それも2本!」  
「ええ〜、シャンパンだけっすかぁ〜」  
できれば時給アップを……。  
「シャンパンじゃない。シャンペン! シャンパンより高級な、シャンペ〜ン」  
「シャンペェ〜ン」  
俺が付け入る隙がないか考えてる間に、草野が話に割り込んできて、会長と妙な発音を  
繰り返している。  
イヤな予感がするな……こいつが割り込んでくると、いつも脱線していくもんな……。  
 
「でもでも、俺ももう一声、欲しいナリ〜」  
おっ、草野にしては、まともな援護射撃?!  
「うーんうーん……だったら、角の肉屋のロースト・チキン、付ける!」  
このオッサン、あくまでも物で済ませるつもりだな?  
「そうじゃなくて、時給を」  
「3本!」  
「「さ、3本?」」  
俺がせっかく時給交渉に入ろうとしているのに、それを遮って草野が発した言葉に、俺と  
会長はつい、ハモっちまった。  
草野は着ぐるみに包まれた手を、会長に突きつけた。わかりにくいが、中で指を3本立てて  
いるらしい。  
「3本! 3本! 3本!」  
「……う〜〜〜っ、わかった! ロースト・チキン、3本!!」  
「やったぁ、やったぁ、やったナリ〜。クリスマスの食卓セット、ゲェ〜ットゥ!!」  
……一瞬でも、草野に期待した俺がバカでした。ええ、バカでございました。  
まったくコイツは、話を明後日の方向に着地させる天才だよ!  
 
イライラしながら地面を爪先で掘っていた俺に、また草野が肩を組んでしなだれかかって  
きた。  
重いんだよ……おまえの方が俺より、ガタイがいいんだから。  
「何で不機嫌なの、シュージくぅん。ロースト・チキン3本だよぅ?」  
「どーでもいいんだよ、そんなの……」  
「どーでも良くないのよーん。3本必要なのよーん」  
「はぁ? 何で3本?」  
「だってノブタのうちは、ノブタと、お父さんと、お母さんでしょ? シュージんとこは、  
お父さんと、弟くん。だから3ぼーん!! ぼーんとぅびーあいどるー!!」  
……こいつ、そんなこと考えて交渉してたのか。  
「あ、クリスマスだから、お母さんも帰ってくるナリ?」  
「いや……わかんねぇけど。あの人は、帰ってくるときも突然だから」  
「ん〜、じゃ、俺の1本わけてあげるのねん」  
「え、いいのかよ」  
「うん。だって俺んとこ、おっちゃんと俺の2人だもん。俺が2本食べてもいいんだけどぅー」  
「……おまえ、家、帰んないの?」  
「俺が帰ったら、おっちゃんが1人になっちゃうでショ? ま、正月は帰ろうカナーなぁんて、  
思ったりしてるケド」  
草野はそう言って、いつものような明るい笑顔になった。  
「俺、2本。ノブタ、3本。シュージ、4本。アキラくん天才! 足し算巧すぎぃ〜」  
いや、足し算とはちょっと違うと思うけど。  
でも天才ってのは、そうかもな。  
草野のこういうとこ、俺には真似できないって、いつも思わされるんだ。  
 
仕事に戻ると、ノブタが小さい子供に囲まれて右往左往していた。  
「ノブタ! ちうにう! やって!」  
「ちうにう! ちうにう!」  
「わ、わかった……」  
休憩時間も潰して働いていたくせに、ノブタは律儀にポーズを取った。  
「の、ノブタパワー、注入」  
「やったぁ〜、ホンモノ!」  
「ホンモノちうにう!! ホンモノちうにう!!」  
俺は風船を手に、ガキども……小さなお子さま達に近づいていった。  
「はいはい、ノブタお姉さんは仕事だから、そのへんで、な」  
風船を渡してやると、子供達はキンキンするくらい高くて大きな声で、「ありがとう!」と  
言って、走り去って言った。  
「おーい、転ぶなよ〜」  
思わずオッサン臭いことを言ってしまい、俺はちょっと恥ずかしくなった。  
それを紛らすためにどうでもいいようなことを言ってみる。  
「ノブタ、凄い人気じゃん。サンタの俺より人気あるかもな」  
「ほ、放送部の撮影で来てたとき、見てたみたい……近所の子、なんだね」  
「ふーん、案外、隠れた人気者? それでケーキ屋の売り上げも上がったりして」  
「ど、どうかな……売り子なんて、不安だったけど、ノブタグッズ売ってたりしてたし、  
だいぶ……馴れてはきた、かも」  
「へぇ……ノブタにはこのバイト、意外と合ってたのかもな」  
草野の奴は、そこまで考えていたんだろうか。  
そうかもしれない。あいつは、どこか底知れないところがあるからな。  
表面的には、ノブタにコスプレさせてウハウハしてるようにしか見えないけど。  
何だかプロデューサーとしても草野に負けているような気がして、俺は胸の奥がツンと  
するような、変な気分になった。  
「2人とも、サボっちゃダメだ〜っちゃ、って言ってるんだ〜っちゃ」  
草野が素早く寄って来て、俺とノブタの間に割り込んで来る。  
おまえは、ノブタが他の男――例えそれが俺でも――と2人きりでいるのが面白くない  
だけだろ。  
「はいはい、仕事に戻らないとね、仕事仕事」  
嫌味ったらしく繰り返していた俺は。  
「……ふーん、仕事してるのか、桐谷」  
また背後からいきなり声をかけられて、ぎょっとしながら振り向いた。  
 
「おまえら、何やってるんだ?」  
ゲ。うわ。うわうわうわ。  
横山……ッ。  
 
(続)  
 
 

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