「れ、練習? ここで?」  
「そう……嫌?」  
ノブタは硬直したまま、眼だけをきょときょと左右に動かした。  
こりゃ、さすがにダメかな。無理強いするのは可哀想だし。  
「嫌なら、無理にとは」  
「嫌じゃない」  
――どういうわけか、こういうときだけノブタはどもらない。  
やけにきっぱりした口調で俺の言葉を遮って、俺がどうするかじっと待ってる。  
自分から言い出したくせに、いざとなるとノブタの態度を言い訳にして怯んでしまう俺の  
情けなさを見透かされたような気がして、こっちも意地になっていたかもしれない。  
俺はノブタの顎に手をかけて上を向かせると、強引に唇を重ねた。  
 
固く引き結ばれたノブタの唇の間に、無理矢理舌を割り込ませた。  
すぐに次の壁――しっかりと閉じられた歯列に遮られる。  
この向こうに行かないと、意味ねぇじゃん。  
俺は尖らせた舌先で、きれいに揃ったノブタの歯と歯茎の間の溝をつぅっとなぞった。  
びくっと震えて離れようとする。逃がさない。両手で頭を抱えて、唇を強く吸った。  
息が苦しくなったのか、隙間が開いた。  
ノブタの吐息が俺の中に入ってくる。それを押しのけるようにして、口腔へと舌を進める。  
驚いてまた逃げようとするのを、力ずくで押さえつけた。  
俺の肩をノブタの手が押し返そうとしている。  
舌と舌が触れ合うと、その力が徐々に抜けていった。  
ノブタの両手が、だらりと下に降りる。  
軽くすり寄せた頬に、何か暖かいものが触れた。  
 
それがノブタの涙だと気づいて、俺は慌ててノブタから離れた。  
 
ノブタは真っ赤になった眼にいっぱい涙をためて、それを見られまいとするように軽く  
俯いた。  
やっべぇ……やりすぎた。  
謝らないと……謝った方が、いいよな?  
「あ、の……ノブタ、俺……」  
「び、ビックリした……だけ」  
何を言おうとしているか知っているのか、また言葉を遮られた。  
自分では涙を拭こうとしないほど、動揺してるくせに。  
俺はノブタの濡れた頬に手を伸ばした。――いや、伸ばそうとした。  
そのとき、また絶妙なバッド・タイミングで、変な歌が聞こえてきた。  
 
「リンリンリリンリンリンリリンリン♪リンリンリリンリンリリリリン♪」  
草野だ。  
まずい。まずいって!  
こんなところをあいつに見られたら。ノブタを泣かせているところなんか見られたら。  
今度こそ、俺の脳天、カチ割られちゃう!!  
 
考えるより先に、俺はノブタの腕を掴み、物陰に引きずり込んでいた。  
 
草野に見えない死角に回り込んで、俺はノブタの体を壁に押しつけ、手で口を塞いだ。  
草野の声が聞こえてくる。  
「あれ? いないのぅ? ノーブタ。シュージくん。アキラくんですよぉ〜っと」  
頼む、こっちに来ないでくれ!  
ノブタの眼は、涙で濡れたままなんだ。  
俺はまだ死にたくない……  
「せっかくキャサリンが、ごほーびに肉まん3個くれたのにぃ……冷めちゃうのよーん」  
草野の足音がする。俺とノブタを捜している。  
「肉まんはぁ、皮のはじっこがうまいよねぇ」  
こっちに近づいてきた気がする……ヤバいよヤバいよ! 来るなって!  
「とーおくかーがやくよーぞらのほしに、ぼーくらのねーがいがとーどくときー♪」  
……また歌い出しやがった。いったい何の歌なんだよ。  
「今だ! 変身!」  
何に?  
「シュージとアーキーラー♪」  
――俺もかよ!  
いや、草野の歌に突っ込んでる場合じゃない。  
とにかく、どうにかこの場をやり過ごさないと……  
 
そのとき、一際強い木枯らしが吹きつけて、草野のくしゃみが聞こえてきた。  
「へぇっくしょーい! てやんでぃ、チキショーめ! 寒いなり〜」  
……あいつ、よくここまで独り言が言えるなぁ。  
草野がいるときは会話が途切れないのに、俺とノブタだけだとすぐに沈黙が訪れる理由が  
よくわかる。  
「うーん、準備室? 寒いから?……彰くん、チョー天才。ノブタぁ、待ってるなり〜」  
足音が急に早くなった。  
草野は走って階段を駆け降りていったようだ。  
悪い、草野。いくら急いでも……そこに俺とノブタはいない……  
 
草野の足音が聞こえなくなっても、俺はしばらく動けなかった。  
もういいかげん、大丈夫だろうと思ってノブタから手を離す。  
「……ごめん」  
風が強くなってきたせいか、ノブタの涙は乾いたようだったが、俺はとりあえず謝った。  
さすがに気まずい……。  
で、問題の確認の方だけど、どうやら俺の考えすぎだったみたいだ。  
俺の下半身のモノは、いつもどおりの場所に大人しく収まっている。  
やっぱりノブタに欲情なんかする訳ないよな。  
内心ほっとして、俺はノブタの顔を見た。  
草野の後を追いかけよう。そう俺が言おうとしたら。  
ノブタが、いきなり顔を寄せてきた。  
 
冷たい風に晒されても、ノブタの唇は暖かい。  
それがぎゅっと、強く押しつけられた。  
ノブタに声をかけようとしていた俺の口は半開きになっていて、ノブタの舌はそこから  
あっさりと中に入ってきた。  
さっき俺がしたのと全く同じ動きで、歯をなぞって、奥へ入ってくる。  
俺の舌の上に重なって、動く――舌の裏側に入り込んでくる。  
おい! 俺はそこまで、やらなかっただろ!!  
 
その瞬間、俺の制服のズボンの中で、何かが起きあがった。  
頭の中でベルが鳴る……リンリンリリンリーン♪  
俺は片手でノブタの肩を押しのけ、唇をもぎ離すと、もう一方の手で股間を押さえた。  
 
「おっまえ……何するんだよ」  
足を内股にし、腰を退いたものすごく間抜けな姿勢で、俺は思わず不満を漏らした。  
あまりにも情けなさ過ぎて、ノブタの顔がまともに見られない。  
くっそぉおお……敗北だ……何でこうなるんだ……  
何でこうなるんだよぉおおお!  
だいたいこいつをどうするんだよ。こんなところでこんなに……なっちまって。  
学校のトイレで処理しろってぇ?……キッツイなぁ、それ……  
「ごめん……でも、できてた、よね、私……」  
ノブタはそう言うと、小さくガッツ・ポーズをした。  
こっちはそれどころじゃねんだよ!  
 
「はいはい、よくできました……って、おまえけっこう無責任だよなぁ」  
俺はつい、恨みがましいことを言った。  
別にノブタのせいじゃない。こうなったのは……要するに俺が見境のないエロ高校生  
だからだ。  
ノブタに欲情するほど、俺は欲求不満だったのか。どっちかってーと淡白な方だと  
思ってたのに。  
俺みたいな奴が、性犯罪に走るタイプなのかなぁ。  
股間を押さえたまま自己嫌悪に陥っている俺に、ノブタはある意味、これ以上ないほど  
無責任な台詞を言った。  
「わ、私……責任、とるよ」  
――はぁ?  
 
責任とるって、おまえ、わかってて言ってんの?  
……いや、絶対わかってねぇ、こいつは。  
「ど、どうすればいい?」  
ほら見ろ。やっぱりわかってない。  
いったいどうノブタに説明したものか、ヒジョーに追い詰められた気持ちだ。  
ノブタはそんな俺をじっと見つめている。何にも疑っていない眼で。  
そのとき俺は、決して思ってはいけないことを思ってしまった。  
 
こいつ……イジメたい。  
 
俺はノブタの体をもう一度壁に押しつけると、スカートの中に手を入れた。  
そしてそのまま――ノブタの両脚の間へ。  
下着の脇から指を滑り込ませて、直接、肌に触れた。  
 
「やっ……何……!」  
押しのけようと伸びてきた手を、もう一方の手で払いのける。  
ノブタの両腕を上げさせ、頭の上で押さえつける。  
下着の中に入れた指が浅い茂みを抜けて、溝を左右に分けた。  
ノブタがひっと息を飲んだのがわかった。押さえた手が怯えたようにびくっと動いて、  
急に力が抜けたようになった。  
背中を壁に押しつけたまま、ノブタの体がずるっと滑り落ちそうになる。  
俺はノブタの脇の下に左腕を入れて支えてやりながら、邪魔な下着を右手で引っ張り  
降ろした。  
ノブタの恥ずかしい場所を全部、俺の掌が覆う。  
「やめっ……桐谷、くぅん……っ」  
嫌がりながらも、ノブタの声は少し裏返っていた。  
いつもの声とは違う――高くて、細い声。  
俺の指が動くたび、太股の肉が震えるのがわかる。  
やっぱり立っているのが辛いのか、ノブタは両手で俺の肩にしがみついてきた。  
その手も震えてる。また涙を浮かべて、すがるような顔をして俺を見た。  
「――責任とるって……言ったじゃんか」  
俺はつい、意地悪を言った。  
そんなこと、ノブタにできるわけないのに。できないって知ってるくせに。  
ノブタがあんまり俺を信じてるから――俺に酷いことなんか、される訳ないって思い  
込んでるから。  
だから、それを裏切ってやりたくなる。  
男なんかみんな、こんなもんなんだよ。簡単に信じちゃダメなんだ。  
……草野は、違うかもしれないけど。  
俺は――桐谷修二は、信じちゃいけない側の人間なんだよ。  
 
俺の言葉にショックを受けたのか、ノブタの体からさらに力が抜けた。  
片手では支えきれなくて、俺達は屋上のコンクリートの上に座り込んだ。  
両手が自由になった俺は、ノブタの下着を足首まで引き下げ、片足を抜かせた。  
怯えすぎて声も出せないでいるノブタの両脚を開かせ、俺は股間に顔を埋めた。  
「い、いやぁ……!」  
さすがに拒絶される――だって、しょうがないじゃないか。  
おまえ、全然濡れてこないんだから。  
あまり痛い思いはさせたくないって、俺だって、思ってるんだ……。  
 
ノブタの肌が粟立っているのは、寒いからだろうか。それとも怖くて?  
俺のことが、怖くて、こんなに震えてる?  
乾いた場所を舌が行き来するたびに、膝がビクッ、ビクッと持ち上がる。  
指と舌を交互に使って執拗にいじっていると、どうにかノブタの中からも湿ったものが  
湧いてきた。  
俺の唾液と合わせれば、濡れ方は何とか、足りるだろう。  
指を入れてみた限りじゃ、まだ中は狭いようだけど、これ以上は俺の方が待っていられ  
ない。もうさっきから準備万端で、出番を待ってるんだ。  
俺はズボンの前を緩め、狭い場所から生き生きと飛び出したものを、入るべき場所に  
宛った。  
早く、早くと急かすのをどうにか制御して、先端だけを軽く押しつけた。  
 
「いっ……!」  
ノブタの苦しそうな声がする。  
痛みを訴えていることはわかりすぎるほどだったけど、もう我慢が効かなかった。  
俺はノブタの耳元に顔を寄せて囁いた。  
「……小谷、力、抜いて」  
一応、言ってはみた。でも、無理だってこともわかる。  
俺は腰をさらに前に進めた。  
やっぱりキツい……これは、少しずつ行かないと。  
いったん戻ると、ノブタが息を吐いた。入り口が緩むその隙を逃さず、また中に進む。  
ノブタがびくんと反応し、また体を硬直させる。俺はまた退く。力を抜いたら、また先へ。  
その繰り返しの中で、俺はゆっくりと、確実にノブタの中へ入っていった。  
 
かなり時間はかかったが、どうにか終わりの場所まで辿りついた。  
ノブタの中が、俺自身をきゅんきゅん締めつけてくる。苦しいくらいだ。  
「くっ……小谷、おまえ……」  
軽く身を起こしてノブタの顔を見た俺は、動きを止めた。  
 
ノブタは目に涙をいっぱい浮かべながら、両手で口を塞いでいた。  
 
急に、全身の血の気が引いた。  
自分がものすごく悪いことをしてるような気になって、手が震える。――これが罪悪感って  
奴なのか。  
俺は、ノブタの中でリンリンしているモノを引き抜こうとした。  
そのとき、ノブタが両手で俺の制服の襟を掴んだ。  
「やっ……めない……でっ……」  
ひくっ、ひくっと顎を震わせながら、途切れ途切れに、そう言った。  
「だって、おまえ……痛いんだろ?」  
ノブタは首を横に大きく振ると、そのまましがみついてきた。  
「い、いいからっ……続けて……」  
「だけど……」  
「おね……がい……」  
縋るように訴えて、ノブタは俺の肩に顔を埋めた。  
俺はノブタを抱きしめて――強く抱きしめて、恐る恐る腰を動かした。  
「あッ……あッあ――!」  
ノブタの抑えた声が、とても近くでする。  
体の中まで染み込んで、ずっと俺の中に残ることになる――そんな声だった。  
 
俺を飲み込んだ場所から、ぬめった音がする。  
それが気持ちいいからじゃないことはわかってた。  
俺を包む暖かいものの中には、きっと赤いものも混じっているんだろう……。  
感覚を逸らしてやった方がいいかと思って、俺はノブタの襟元を緩めた。  
細い首筋に舌を這わせ、唇で強く吸い上げると、反応が返ってきた。  
「ん……っ」  
ノブタは俺の肩に頭を強くすり付け、袖をぎゅっと握りしめている。  
息が苦しそうだ。呼吸するたびに周りが白く染まって、すぐ消える。  
ノブタの制服の上着とベストを軽く捲り、シャツをスカートから引き抜いて、両手を  
中に入れた。  
冷たい空気に震える肌を撫でるように這い昇って、ブラのホックを外す。  
手を前に回して2つの膨らみを掌に収めると、ノブタの体が少し離れた。  
「あ……んん……!」  
服の中は狭くて手が動かしにくかったけど、こんなに寒くちゃ脱がせるわけにもいかない。  
腰の動きは止めていたのに、ノブタの方がきゅっと締まって、俺に吸い付いてくる。  
俺の方も何か大きくなっちゃって、俺とノブタは隙間がないくらいぴったり合わさった。  
掌で柔らかい胸の感触を味わっていると、ノブタの体が汗ばんできた。  
「あっ……桐谷く……な、まえ……」  
「――え?」  
「な、名前で……呼んでも、い……っ?」  
途切れ途切れにそう聞かれた。  
「……いいよ」  
俺の頭に一瞬……ほんの一瞬だけ、別の女の子の姿が浮かんだ。  
いつも俺をそう呼んでいた、顔と、声が――  
 
(修二……)  
 
「んんッ……修二……っ!」  
無意識のうちに俺はまた、腰を動かしていたらしい。ノブタがあげた声に、頭に浮かんだ  
ものはすぐにかき消された。  
両方に悪いことをしてるような気がするのに、やめられない。  
ノブタが俺の背中に腕を回してしがみついてくる。俺もノブタの腰に手を回した。  
いつもより熱い体を抱き寄せる。  
「あッう――しゅう…じぃ……ああっ……あ……!」  
ノブタの声が、風に溶けてく――また苦しそうになって、細く後をひいて。  
この行為を気持ちいいと思ってしまった俺を、少しだけ、責めるように。  
 
月明かりだけの暗い屋上で、俺とノブタは2人並んで座り込んでいた。  
ノブタの下半身には俺の制服の上着がかけられている。  
顔を覗き込んでみたけど、反応はない――まだ放心している。  
ノブタの左手は、ずっと制服のネクタイを握りしめていた。  
そこには、俺が縫いつけたブタのアップリケがあるんだ。  
痛い思いをしている間、ずっと握りしめていたんだろう――ネクタイには皺が寄っていた。  
さすがに心配になって、俺は自分の側に投げ出されているノブタの右手を握った。  
 
ノブタの手がぴくんと動いた。触られるのが嫌なのかと思って離そうとしたら、逆に握り  
返された。  
「……さ、むいの……?」  
いきなりノブタが俺の方を向いて言った。  
「え……何で」  
「手が……冷たいから」  
バレたか。  
風上に陣取って、少しでもノブタに夜風が当たらないようにしていた。  
でも制服の上着を脱いでそれをするのはちょっと無理があったみたいだ。  
さっきから鼻がむずむずして、何か言おうものならすぐに鼻水が出てしまいそうで、  
そろそろ帰ろうか、という一言さえ出てこなかった……ダメじゃん、俺。  
しかもそれを見抜かれてるときてる。  
俺は鼻を軽くすすり上げて、ノブタに言った。  
「あー……帰る、か?」  
ノブタは少し考えたあと、俺の肩に頭をもたせかけてきた。  
「もう、少し……」  
「あ、そう……」  
何だろう。今度は鼻じゃなくて、胸の奥がむずむずしてきた。  
もうノブタには、何でも見抜かれちゃってるみたいだから。  
我慢しなくてもいいかな……これくらいは。  
 
俺はノブタの手を握ったまま、もっと冷たくなっている反対の手で、風になびくノブタの  
髪を撫でた。  
顔を近づけると、ノブタが自分から俺の方を向いて、じっと見つめてくる。――そうじゃ  
ねぇだろ。  
指で瞼に触れると、やっと気づいたのか目を閉じた。  
俺はノブタに、そっと、キスをした。  
今度は、ノブタもうまくできた。無茶な大人のキスなんかしないで、緊張しすぎて歯を  
食いしばることもなくて、柔らかく俺を受け止めた。  
その反応に俺はとても満足した。  
だからだろうか。俺はかなり長く――長すぎるほど、ノブタの暖かい息を吸い込んでいた。  
 
(終)  
 
 

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