「おおおお女の子の方から、って……おかしいかな」  
「別にいいんじゃねぇの……つか、何が?」  
おうノリツッコミ。今日も修二くんは冴えてます。  
 
例によって屋上。何故か草野がいない。  
2人だけのときに、ノブタがいきなり聞いてきた。  
最近、自分から発言するようになってきたのはいいが、もう少し脈絡っつーものを掴んで  
欲しいところだ。  
「で? 女の子の方から、何すんの?」  
まさかナニするってことはあるまい、ノブタに限って。  
告白かな。  
……告白したいような奴ができたとか?!  
俺は期待を込めてノブタの顔を見た。  
「え、えと……き……っす」  
「鱚?」  
使い古されたオヤジギャグを言ったわけじゃない。ノブタのイントネーションがおかしくて、  
本当にそう聞こえたんだ。  
……ええ? キス?!  
 
「お、おかしくはねぇんじゃねぇの……それくらい」  
必死に平静を装って言ってみたが、ノブタみたいにどもっちまった。  
「そ、そうかな……しても、いいかな」  
「うん……まぁ相手にもよると思うけど、そういうの喜ぶ男もいるよな」  
女の子からいきなりキスか……悪くないよな。  
いや、かなりいい。  
「何、自分からキスしたいような奴がいんの?」  
ワクワクしながら聞いてみたら、ノブタが激しく――首を横に振った。  
いねぇのかよ!  
「じゃあ何でそんなこと聞くんだよ」  
俺は内心、かなりガッカリしながらノブタに聞いた。  
「わたし、口ベタだから……好きな人ができ、できても……うまく言えないような、気が、  
して」  
「ああ……それで、いきなりキス?」  
「クラスの女の子たちが、ドラマか、漫画で……そういうのよくある、って、話してる  
のが、聞こえて……でも実際は、どうなのかなって、思って」  
「なるほどねぇ……告白の代わりに、キス、か」  
でも付き合ってもいない女からいきなりキスされたら、ヒクかもしれないよなぁ。  
男の方からするもんだ、ってこだわってる奴も案外、多いし。プライド傷つけるかも。  
「んー、ほっぺにチュ、くらいならアリかな」  
俺はニヤニヤしそうな口元を精一杯引き締めながら言った。  
「ほ、ほっぺ」  
「そう。やっぱ告白でいきなり唇はさ……相手の気持ちも考えないと、ね」  
ノブタはこっくり頷いた。頷いて――  
「れっ、練習……していい?」  
またとんでもないことを言い出した。  
 
最近、ノブタの中で『練習』がブームになってる気がする。  
それも積極性の現れなのか……まぁいいけど。  
確かにその気のない相手にいきなりキスするのは、タイミングとかいろいろ難しいし。  
俺が黙っていると、ノブタはあからさまにオロオロし始めた。  
「わかったわかった。いいよ。練習ね。……じゃ、俺は気づかないフリしてるから、  
おまえ、してみろよ」  
「……うん」  
俺は屋上の柵に寄り掛かったまま、ノブタの方を見ないように、そっぽを向いた。  
ノブタが近づいてくる。ゆっくり……って言うより、じり、じり、って感じで。  
おまえ、そんなんじゃ挙動不審だっつーの。だいたい気づかれちまうだろ。  
そう思ったけど、俺は我慢した。ここはノブタの間合いでやらせてやろう。アドバイスは  
それからだ。  
……何か、キスと言うより格闘技の練習みたいだな。ノブタは雀でも捕まえようとしてる  
ような動きだし。  
俯き加減ないつもの姿勢で、イライラするくらいじわじわと俺に近づいたノブタは、  
間合いに入るといきなり顔をあげ、もっといきなり、俺の頬に顔面を叩きつけてきた。  
 
「いてっ」  
ノブタの唇が当たった瞬間、俺は思わず声に出してしまっていた。  
だって、マジで痛かったんだ。  
唇はぎゅっと閉じられたままで、勢いよくぶつかったって感じだった。口の中で思いきり  
歯をくいしばっているのが皮膚を通してもわかるくらい、ガツンと衝撃がきて、俺はよろけた。  
つい、頬を押さえた。キスされた後じゃなく、殴られた後みたいだ。  
「おまえ……勢いつけすぎ。これじゃキスじゃなくて、体当たり、つか頭突き?」  
「ご、ごめん」  
「もっとこう、軽くでいいんだよ。チュ、って感じで」  
「距離感が、掴めなくて……も、もう一度」  
「ちょっと待て。おまえ、向こうむいてて」  
俺はノブタの肩を掴んで柵に寄り掛からせた。それから隣に並んで足を開き、膝を軽く曲げた。  
俺とノブタの身長差だと、これくらい身を低くすればいいだろう。  
「いいか、あんな風に近づいたら、キスできる距離になる前に逃げられちゃうだろ」  
「う、うん……ごめん」  
「謝らなくていいから。近づくときは自然でいいんだよ。普通に隣に来て、こう、並ぶ」  
「……うん」  
「それから、そっと顔を近づけて」  
「うん」  
「ほっぺに触れる直前で、目を閉じて……唇をちょっと突き出して……」  
俺は説明しながらノブタの方を向き、ゆっくりと顔を近づけた。  
「いいか、落ち着いて」  
「おおお落ち着く」  
「ゆっくり」  
「ゆ……ゆっくり」  
「優しく」  
「や、さしく……」  
「そう。それで、あくまでも軽く……触れるだけの……キスを……」  
俺は、目を閉じた。  
目を閉じていても、ノブタの肌の暖かさをとても近くに感じる。  
ノブタの髪が、風に吹かれて俺の頬を撫でた。  
 
その瞬間、俺はものすごい力で反対側に引っ張られ、本当の頭突きをデコに喰らった。  
 
「いってぇ!!」  
「何やってんでぃすか! こんなとこどぇ!!」  
今度はマジに、俺は悲鳴をあげた。目を開けると、昼間なのに星が見えた。  
チカチカする視界の真ん中で、草野が青筋立てて俺を睨んでいる。  
「俺のいない間にノブタに手を出そうなんてぇ……いつからそんないけない子になったん  
でちゅか、シュージくんはぁ〜〜〜?」  
目が据わったままで、草野は俺の頬をつねった。  
さっきノブタにキス……てか、ぶつかられた場所だ。  
「いたいいたいいたい、いだい〜〜〜」  
「掃除当番なんか真面目にやってる場合じゃなかったのねぇっ!」  
「ちょ、マジで痛い――」  
「このエロプロデューサーがっ! 成敗してくれる! とぉっ!!」  
今度は口に指を入れられて、左右に引っ張られた。  
口角が! 口角が、切れる!  
「この口ぬぅ……この口がいけないのぬぅ……」  
「ぢがう゛……練習じでだだげ……」  
「練習だぁあ〜〜〜? ずぁんねんでぃした。彰くんは、そんな言葉じゃ騙されまっ  
すぇん!」  
「だっ、騙してねぇよ! ほっぺにチュウの練習だっつーの!」  
俺は何とか草野の手を振り解いたが、顔を両側からがっちりと掴まれた。  
こいつ、何でこんなに力が強いんだ! 手首を掴んでもぎ離そうとしたが、離れねぇ!  
俺の額を瓦みたいに割るつもりか?!  
「チュウの練習なら俺が相手してやるっちゃ……ノブタはぁ、よく見てなっすぁい……」  
草野の顔が迫ってくる……血走った目が、尖った口が近づいてくる……  
お、おまえ、正面から来るなよ! これじゃほっぺにチュウじゃなくて、く、口に――!  
ダメだ! こいつの目、もうイッちまってる!!  
修二くん、貞操の危機!………………フザけんなバカヤローーーッ!!!  
「やっ、やめろぉ……やめてぇえ! いやぁあああ!!」  
 
俺が女みたいな悲鳴をあげた瞬間、後で椅子が倒れる音がし、草野は手を離した。  
振り向くとそこにセバスチャンがいた。  
セバスチャンは俺と目が合うと激しくうろたえ、何も言わずに向きを変えて、何度も  
転びそうになりながらその場を去っていった。  
横 山 の 次 は セ バ ス チ ャ ン か よ。  
……俺は……俺は……俺は……  
もうプロデュース…………やめたい…………  
 
賑やかな夕暮れの商店街を、俺と草野は自転車を引きずりながら歩いていた。  
ノブタと別れて2人きりになったので、俺は遠慮なく頬をさする。  
「まったく本気でキレやがって……」  
「シュージくんが悪いんですっ! 彰くんは悪くありまっすぇん!」  
「だから練習だって言ったろ?!」  
草野は全然、納得していない顔で俺を睨んだ。  
「シュージぃ、あんときさぁ」  
「ああっ?」  
「ティンコ、リンリーン♪ってしてたっしょ?」  
「はぁ?」  
「だぁから、ティンコが! リンリン! してたっしょ?」  
草野はそう言って腰を前後に振り、自転車のベルを2回鳴らした。  
「……アホか」  
俺は足を早めたが、草野はしつこく追いすがってきた。  
「彰くんの目はごまかせないのよーん」  
「おまえには付き合ってられねぇ」  
「シュージくんは下半身の方が素直なのぉー」  
「うるせぇ、バカ」  
「俺はバカでもいいけどぉー」  
草野は俺の前に自転車ごと素早く回り込み、真面目な顔になって言った。  
「ノブタは、俺が守る」  
思わず迫力に圧された。  
 
俺が黙っていると、草野は自転車にまたがり、俺を置いて走り出した。  
また歌ってる。  
「はじめて〜の〜チュウ〜♪君とチュウ〜♪」  
――悪いが、初めてじゃねぇんだよ。  
俺は草野の後ろ姿をしばらく見送り、自転車に乗って別方向に漕ぎだした。  
 
まったく、あいつはどこまでアホなんだ。  
いいかげんにしろってんだよ。  
………………何でわかったんだろう………………草野のヤツめ………………  
 
「桐谷、ちょっと手伝え」  
「はぁ? また、俺っすか?」  
ノブタと、草野と、俺。いつものように3人で屋上に向かっていたときに、キャサリンに  
捕まった。  
どうせまた雑用だろ……何でいつもいつも俺ばっか。  
「呼ばれちゃいましたか、シュージくん。行ってらっしゃぁあ〜い」  
草野はニヤニヤ笑ってる。  
どうせ俺がいなけりゃ、ノブタと2人きりになれるとか、そんなことしか考えてないんだろう。  
俺は溜息をつきながら、無駄だとはわかっていたがキャサリンに抗議した。  
「センセェ……そういうのもエコヒイキ、って言うんじゃないんですか?」  
「うん? 何が?」  
「だって毎回毎回、何で俺なんですか。別に他の奴だってできるっしょ?」  
「それはおまえが他の奴より未熟だからだよ、き・り・た・に」  
キャサリンはいつもみたいに訳知り顔に言ったが、何を思ったか、今日はいつもと違う反応を  
見せた。  
「だがまぁ、おまえの言うことにも一理ある。じゃあ今日は、草野に頼んでみるか」  
「ゲッ」  
草野の声色が変わった。――意外な展開、勝利の予感?!  
「保護者会用のプリントを印刷するだけだし、確かに誰でもできる作業だな。じゃあ草野、  
行ってみよう」  
「ちょちょちょちょ、待って。3人でやれば、早いと思うのよーん」  
草野は調子よく助けを求める。ノブタがそれに釣られそうになっているのに気づいて、俺は  
先手を打った。  
「いや、俺とノブタは放送部のことでちょっと相談したいことあるから。先に行ってる」  
「ちょ、ちょっと、シュージくぅん」  
「おまえも終わったらすぐ来いよ。いつもの場所だから。じゃあな」  
俺はそう言ってノブタの手を引っ張り、屋上へ急いだ。  
またノブタと2人きりになってしまって、この後、どんな展開になるかも知らずに。  
 
冬が近づく屋上は、木枯らしが吹き抜けていた。  
そろそろこの場所もヤバいかな……長く居ると、風邪ひきそうだ。  
これからは美術準備室で相談した方がいいかもしれない。俺はそんなことを考えながら、  
もう下校する人影もまばらな校庭を見下ろしていた。  
草野を体よく追い払ってみたものの、ノブタと2人きりだと、ときどきこういう沈黙が  
訪れる。  
プロデュースのことを話し合わないといけないのに、俺の頭の中は別の問題で占められて  
いた。  
 
どうしてノブタ相手に、俺のティンコがリンリンするのか?  
 
ノブタに女を感じてる訳じゃない。それはわかってる。  
でも現実に俺の体は反応しちまってるんだ。  
……もしかして、俺が気づいてないだけで、実はノブタが女として魅力的になってきてたり  
するのかな。  
そいでもって、俺の中の『オス』がそれに反応しちゃってるのかな。  
理性で感じるより先に、本能で? いや、まさか。まさかまさか。そんなはずは。  
でも草野はノブタを好きになったし……あいつの方が俺より動物的本能が鋭くて、ノブタの  
フェロモンを感じちゃってたりして?  
いやー……その仮説はちょっと無理あるだろー……  
………………確かめてみようか?  
 
「おまえさ……大人のキス、って知ってる?」  
突然の俺の質問に、ノブタはびくっと肩を震わせた。  
あー、やっぱ驚いちゃったか。いきなりすぎるよなぁ、我ながら。  
「お、大人のキス?……キスに大人とか、子供とか、あるの」  
やっぱり知らないんだ。  
こんなノブタに『メス』を感じるなんて、有り得ないよなぁ……。  
まぁいい。もう少しちゃんと確かめてみよう。  
「あるんだよなぁ、これが。子供のキスは、まぁこの間やった、ほっぺにチュとかさ」  
「じゃ、じゃあ、大人のキス、は?」  
「うーん、まぁぶっちゃけ、ベロチュー?」  
「ベッ、ベロッ……!」  
あ、ノブタの目がキョドった。  
カルチャー・ショック受けてる。  
「そう言われても、わかんないよな。言葉だけじゃな……わかんないだろ?」  
ノブタは動揺したまま、こくこくと続けて頷いた。  
「じゃあさ……練習、してみる?」  
ブラック修二くん、始動。  
 
(続)  
 

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