草野君が、変だ  
いつもとおなじ喋り方なのに、いつもとおなじ笑い方なのに、私を見下ろした目が全然違った。  
いままで私をいじめてきた人たちの目にも何にも似てなかった。人のそういう類の視線には慣れていたはずだったのに、私は恐くて恐くて仕方がなかった  
 
どうして桐谷君はここにこないんだろう  
どうしてこんなことになったんだろう  
「修二くんは来ないのよ〜ん」  
草野君が一歩一歩ゆっくりこっちへ近づいてくる。  
私は座り込んだまま、草野君から逃げるように後ろへ下がって行く。  
「何で逃げるんですか〜」  
「くっ草野君が来るから」  
指が何かに当たった。  
壁だ。  
「ノブタ〜」  
どうしよう  
もう逃げられない  
どうし…  
「えっと〜ノブタは〜オレが恐いの??」  
いままで私を見下ろしていた草野君は、しゃがみ込むと私の顔をじっと見つめた。  
そのあまりの近さに私が何も言えず震えていると、  
「…恐くないから安心しんしゃい」  
そういいながら、ゆっくり私の手首を掴んだ。  
 
殴られたって蹴られたって髪を引っ張られたって、恐いと思ったことなんてなかった。  
心を空っぽにして、時間が経つのを待っていればそれでよかった。  
だけど…  
「ノブタの手は優しい手だっちゃ〜」  
草野君はもう片方の私の手も掴んで、そのまま壁に押し付けた。顔を背けたいのに、それができない。  
「綺麗で白くて〜」  
恐い。草野君が、恐い。  
心を空っぽにしたいのに、私の中に草野君は勝手に入り込んでくる。  
「くっ草野君っ桐谷君が来ないなら…」  
「もうかえろうって〜??」  
私はあえてこの状況に触れずに、必死に草野君に訴えた。  
触れてはいけない気がした。  
「…屋上もう寒いしっ…」  
「ノブタが寒いなら仕方ないなぁ〜」  
 
よかった。これで帰れる…と思ったのもつかの間、  
「それならオレがあっためてあげるなり〜」  
草野君の体が私の体を抱きしめるようにくっついてきた。  
草野君の匂いがふわっとひろがった。  
「ひっ…」  
草野君の腕の力は強すぎて、私に抵抗を許さなかった。きっと私が痛くないように加減されたものだったんだろうけど。  
―男の人なんだ。  
そんな当たり前のことを今更のように思った。  
―私は女で、草野君は男なんだ。  
そんな当たり前のことに気付いた瞬間、私はさっきから感じていたこのいいようのない恐怖がなんであるのかわかった気がした。そして、さっきの恐怖は二倍にも三倍にも膨れ上がったのだ。  
 
桐谷君。  
なぜか頭に桐谷君の名前が浮かんだ。 桐谷君ならこの状況から助けてくれる気がした。  
「桐谷っ…く」  
頭に浮かんだ名前が口からこぼれでた。  
 
草野君の体がぴくっと震えた。  
「…だから修二くんは来ないっていったでしょ〜??」  
「…なんでっ…」  
「今頃は彼女さんとなかよく帰ってるのよん」  
「だっていつも三人で…」  
「オレがノブタが今日は行けないっていっちゃったの〜♪」  
さっきまでオレンジ色だった空は、もう群青色になりかかっていた。少し冷たい風が頬をなでてゆく。  
「ノブタはぁ〜イヤなことはイヤってちゃんと言えるようにならなきゃダメなのよん」  
耳元で囁かれて、体がぞくりと震えた。  
空に広がっていたオレンジ色は群青にどんどん染まってゆく。  
「ね〜ノブタ??」  
草野君が体を起こして、また私の顔を覗き込んだ。  
まだ手首は押さえ付けられたままだ。  
オレンジ色に照らされていた草野君の顔も、群青にゆっくり染まってゆく。  
少しずつ、少しずつ。  
「っ桐谷…く…」  
 
桐谷君と呼びかけたところで、もちろん彼がどうにかしてくれるわけでもなく、  
 
「…ノブタは物分かりの悪い子〜」  
 
そのかわりに耳元で、草野君の冷たい声が静かに響いた。  
 
草野君の大きな手は私の両手を簡単にひとまとめにした。  
開いた方の手がブレザーのボタンにかかった瞬間、私の中で何かがぷちっと弾けた。  
「ひっ…いやっ…や…離して…!!」  
自分でもびっくりするくらい大きな声がとびでてきたが、草野君は一切動揺せずに、淡々とことを進めていった。  
「お口にチャックなの〜」  
「ん…ぅ!?」  
口を唇で塞がれて、私の口から呻くような声がもれる。  
その間に草野君の左手はブレザーのボタンを器用に全てはずし終えていた。  
抑えられた両腕はびくともせず、両足は草野君の体重で動かせず、声すら出せない。何度も何度も角度を変えて繰り返される、まるで貪るようなキス。  
散々それを交わした後で、草野君はやっと唇を話してくれた。  
「はぁっ…」  
「あれ〜ノブタキスだけで感じちゃった??」  
「…ち、ちが…」  
「嘘ついちゃいけないのよ〜ん。嘘つきは嫌いなり〜」  
「嘘なんて…ついて…やっ…んぁ…」  
急にブラウスの中にすべり込んできた冷たい手に、体がピクンっと跳ねた。  
手はするすると肌をすべるように移動し、胸の中央を何度もいったりきたりするように優しく撫でてゆく。  
 
「やっ…」  
草野君の指の動きに合わせて、自然と声が出てしまう。  
恥ずかしくて恥ずかしくてどこかに行ってしまいそうだった。  
幸いだったのは屋上の暗さのせいで、自分の姿がぼんやりとしかみえないことだった。草野君の顔は月の光りに照らされて、ぼんやりと浮かび上がって見える。なんだかうすいガーゼで目隠しをされているような気分だ。  
「あっやぁっ…」  
指先で私を弄びながら、草野君はじっと大きな目で私を見つめ続けている。  
まるで目で犯されているような気分になった。  
「ノブタたーん??どぅーですか〜??」  
「んっ…ぁ」  
「感じちゃいました〜??」  
「そんなことな…っぁ」  
「ちょっとおさえるの疲れてきちゃったなり…」  
きつく押さえ付けていた手首が一瞬解放された。草野君はしゅるしゅると自分のネクタイを外すと、それをしっかりとわたしの手首に括りつけてしまった。力の入らない体は抵抗することもできずに、ほとんどなすがままの状態だった。  
そのまま引き寄せられ、私は後ろ向きに草野君に抱きしめられた。  
「どうしてほしいか言ってみんしゃい??」  
耳元で優しく囁かれて、背筋がぞくりとした。  
さっきから自分の体の変化には気がついていた。  
 
指先で触れられるたびに体に火がついては消え、火がついては消えの連続で、おかしくなるほどの快感に私は襲われていた。  
「ちゃんと言わなきゃ何も上げないのよ〜ん」  
「くっ草…のく…」  
もっと、もっとしっかりした快感が欲しい。表面を筆で撫でるような刺激じゃなくて、もっともっと強い刺激が。  
どうしてほしいかはわかっているのに、どうすればこの体が満足するかはわからなかった。  
そしてそれを伝えることは決してできなかった。  
そんな惨めなことだけはしたくなかったのだ。  
唇を必死に噛んで我慢する私を、草野君はさらに攻め続けた。  
ブラウスの中から手をだし、私の口をしっかり塞ぐと、もう片方の手をスカートの中に滑り込ませてきた。  
「………!!??」  
滑りこんできた手は下着のうえから、ある一点を、まるで円を描くように必要になで続けた。  
「むぅ…っぅっ」  
耳をあまがみされ、すぐに解放された口のかわりに、再び胸を弄ばれ、あと10分もこれを続けられたら私は本当に狂ってしまうんじゃないかと思った。  
 
「くさのくっ…ん」  
「ちゃんとどうしてほしいか言ってみんしゃい??」  
「っ…やぁ」  
理性がゆっくり壊れてて落ちてゆく。目には焦らされて続けたせいか涙が滲み始めた。ギリギリの快感がこんなにつらいものなんて知らなかった。  
「言えないこはあと何時間もこのままなのよ〜ん」  
いやだ。  
10分も耐えられないと思っていたものを何時間も続けられたらもう私はどうなってしますのか。  
 
 
 

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