彰の胸には恋の花が咲いていた。
恋愛に付随する感情は必ずしも綺麗なものだけじゃない。
嫉妬とか独占欲とか、醜かったりする。
でも、それを上回る嬉しさ楽しさがあるから、やっぱり恋っていいものだ。
でもつらい。でも楽しい。でもつらい。でも……。
天秤のようにぐらぐら傾く気持ちに、身体も振り回されてへとへとになる。
彼女の一挙手一投足、なんでもない仕草、ちょっとした言葉なんかにいちいち反応してしまう己は、
まさに恋する少年だ。しかもかなり重症の。
彰はしみじみ呟いた。
「いやー、女の子って花って言うけど、ほんとそうだね」
はぁ? お前いきなり何言ってんの?と親友は呆れているみたいだけれど、いいのだ。
彰はめげない男だし、自分の言葉にかなり満足しているのだから。
二人の少年の視線の先には信子がいる。
校庭にいる彼女は、屋上のこちらには気付いていないようだ。
彼女はどんどん目立ち、どんどん可愛くなり、どんどん魅力的になる。
「ひょっとしてそれって野ブタのこと言ってんの? あいつが花?」
「異議あり?」
「おおあり。あいつが花って、……良くてドクダミだろ」
「ドクダミの花って薬になるんだよねー」
「……そういう意味で言ってないし」
「プロデュースって、花を育ててるみたいじゃない?」
「無視だし。てーか、案外ロマンチストなんだな、お前」
おんや今ごろ気付いたの、と彰はにんまりした。
「まぁいいから聞いてくり。彰君が一席打っちまあーす。てんてけてけてけってんてん」
「さっさと始めろよ」
修二はいまいち乗ってこないが、まぁ聞いてくれる気はあるらしい。
彰は話し出す。
「なんかさ、野ブタっていう花の芽があるとすんじゃん? で、最初はさぁ、
それにむりやり造花くっつけて花束に見せかけるのがプロデュースなのかなっと思ってたんだけど」
「うん?」
「ちゃんとすれば可愛くなるのも、意外と勇気があるのも、俺らが作ったんじゃない野ブタ自身なわけだし」
そう、彼女は初めからそういう芽の出る種を持っていたのだ。
「俺らはただ、野ブタのもともと持ってるいいとこを伸ばしてるだけなんじゃないかって最近思うんだよね。
今まで悪意っていう土に抑えつけられてた野ブタの芽がちゃんと育つように、土を払ってやるのがお・し・ご・と」
語尾にあわせて修二の鼻先をちょんとつっつくと、彼は渋い顔をした。
「あれ? どしたの修二君」
「……つつくのやめろ」
「んじゃデコピン?」
「それもやめろ!」
彰は笑った。
修二はやってられねーとため息をついたが、すぐに真剣な表情になった。
「でも……花なら、絶対に咲かせてやるさ。俺たちの力で。それがプロデューサーの仕事なんだろ?
……何にやにやしてんだよ気色わりぃ」
「いやぁ、修二君が俺たちって言ってくれたことが嬉しいのよん」
それは本音だったから、彰はこのいい友人が、恋のライバルにならないことを願う。
信子の姿はもう見えない。
修二に聴こえない程度の小さな声で彰は唇を震わせる。
「実を言うと、すでに俺の心には花が咲き乱れちゃってるんだけどね」
今はまだ一方通行の恋。
彰の心には花が咲いているが、信子の心にはまだ芽すら生えたかどうか。
天秤は揺れ、彰は「あの子が俺のことを好きになってくれますように」と祈りながら視線を送っている。
それはいわば恋の花に日光を当てているようなものだと彰は思う。
肥料や水遣りや、世話は色々大変だけれど、めげたり投げ出したりせずに。
「お手並み拝見ってね」
彼女の大地に、俺はいつか、花を咲かせてみせましょう。
終わり。