いつの間にか恒例になってしまった作戦会議には、やはりいつものように彰と信子が寒々しい屋上で、
今もどこかで愛想笑いを浮かべて人気者を立ち振る舞っているだろう修二を待っていた。
秋も始まったばかりとは言え、流石にそろそろ場所を変えた方がいいのかもしれない。
たまに、吐く息が白くて、信子は隣に寄り添うようにして立つ彰をそっと窺う。
寒くないのかな…。
第二ボタンまで開いた首元を見ると自分まで寒くなってくるようで、信子は口を開きかける。
だけどすぐにこちらへと向く気配に、慌てて口を噤んで俯いてしまった。
こういうところは、何が何でも変わらないらしい。
「修二くん遅いっちゃねー」
ねえ?と気遣うように肩を抱かれる。
顔まで覗きこまれて、ほんの少し体温が上がったような気がした。
頷きながら、彰から視線を逸らすようにして屋上の扉を窺った。
彰のスキンシップの多さは傍から見ていればわかるように、自分以外にも例外などない。
わかっているのに、こうやってあからさまに友好的な態度を取られると、過去のトラウマ故か、信子は対処に困って身体を強張らせてしまう。
こんなんだからいけないんだ。
落ち込むのを堪えて、信子は早く修二が来ることを願った。
「のーぶたちゃん。そおんなに修二くんが待ち遠しいのかな、コンコン!」
「えっ……、ど、どういう意味…?」
「どういう意味ってえ、そういう意味っしょ?」
首を傾げて、どこか面白くなさそうな目で自分を見てくる彰に、信子はわけもわからず視線を彷徨わせる。
確かに、二人きりよりは三人でいる方がずっと気が楽だと思ったから、あの人気者の彼を待ち望んではいたけれど。
…たぶん、勘違いされてる、かもしれない。
信子は、もしかしたら気を悪くさせてしまったかもしれないと危惧し、そっぽを向きだした彰の制服を、軽く引っ張った。
素直に彰はこちらに向く。ただ少し拗ねたような顔で、でもいつも通りに。
「DOしたの」
子供みたいに目を覗き込むのは、きっと自分の性格をよくわかってくれているからだと思う。
恐がらせないように、ちゃんと話せるように。
優しく促してくれている。それがいつもすごく嬉しかった。
「あ、あの…べっ、別に嫌じゃないからっ。く、草野くんのこと」
自分で言った言葉にドキドキして、思わず最後は俯いてしまった。
「わ、わたし、うまく言えないけど……人に誤解されちゃうこと、多いから」
二人に会ってから、ようやくこうやって人にきちんと自分の気持ちを話せるようになった。
信子は緊張のあまり指を震わしながら、それでも言えたことにホッとして、ゆっくり力を抜いた。
伝わっただろうか。自分の、拙い言葉は。
そろそろと視線を上げる。
「大丈夫だっちゃ」
「え、」
「俺はねえー、のぶたが修二くんのことばーっか考えてるのがやだっただけ!だからのぶたは心配しなくていいのよん」
「は、はあ…」
と、言われても…、信子は困ったように相槌を打つ。
特に修二のことばかり考えていたわけもなく、しかもなぜそうだと決め付けるのか。
よくわからない。
頭をいいこいいこされるみたいに優しく撫でられながら、隣の、掴みどころの無い男の子について考える。
自分が言うのも何だけど、本当に不思議で変な人。
こんな自分にも、誰とも変わらず接してくれる。
一緒にいることが多くなると色々な面が見えてくるのに、でもまだまだ未知数の少年。
気になるのは、ギリギリのところで本心を見せてくれないせいかもしれない。
「まーた考え事してるデショ」
「……」
「今度は俺のことだったら嬉しいのにねえ」
「……」
へらりと笑いながらそんなことを呟いた彰に、思わずドキリとさせられた。
本当にそうなんだけど…、なんて言えず、やっぱり信子は、助けを待つように扉へと視線を向けてしまう。
「あ、のぶたん、睫にゴミが」
「え?」
指摘され、慌てて目を擦る。
「そっちじゃない」
こっち。そう言って、頬に冷たい指が触れた。
自然に彰の方へと顔が向けさせられ、異様に近いその距離に驚いて心臓が飛び跳ねた。
「あ、の」
じっと目の辺りを見つめられる。
頬に触れていた指が近づいてきて、思わず目を細めた。
「取れたよん」
指先はあまりに優しく、まるで羽毛に触れられているような気分だった。
彰が口元を緩ませると、信子は慌てて頭を下げた。
「あ、ありがと…」
「どーいたしましてっ」
「!」
ちゅ、と軽くまた、羽毛が触れた…気がした。
瞼の上に優しく唇が降りてきて、驚いて目を瞑ると同時に、柔らかな感触を残してすぐに離れていく。
「あっ」
何をされたのか、顔を上げてポカンと彰を見つめて数秒後、ようやく気付いた。
もつれるような足で後退すると、危うく転びそうになり、フェンスに背中と頭を強かぶつける。
「い、いた…」
「うわ、びっくりした。大丈夫ナリかー」
よしよし。
動揺させた張本人が、しゃがみ込んだ信子と視線を合わせるように膝をつき、ぶつけた後頭部を労わるように擦る。
全然驚いてなんかいない表情と声で、笑った口元を隠しもしない。
「……」
どうしてあんなこと。
聞きたいのに、彰の目を見ると何も言えなくて、信子は大人しく頭を撫でられた。
その手からは先程のあれが悪い冗談などではないことが伝わってくるようで、俯いたままそっと目を閉じる。
嫌じゃなかった、驚いたけど。
それが友情からなのか、他の何か別の感情からなのか。
掴みどころがないというのはきっと、彰に対しての自分の気持ちもそうなのだろう。
「わり!遅くなった!」
「ほーんと遅いよ修二くん。人気者は辛いってやつ〜?」
息を切らしてようやく修二が屋上に来たのを目に、彰は笑って立ち上がる。
そうして、同じように立ち上がろうとした信子へと、まるでそうすることが当然のように手を差し伸べた。
「……」
「な〜にしてんの。冷たいっしょ、床」
「……」
そう言われると何だか手を取らない自分がおかしいみたいで、恐る恐る手を伸ばす。
あと少しのところで彰がグイと手首を引いて、よろけるように立ち上がった信子を腕で支えた。
「…ありがと…」
今日はお礼を言ってばかりだ。
信子は俯きながら、うまくは笑えずに口元を引き攣らせた。
もう少しで届きそうなのに、その後少しがまだ足りない。
掴みどころのない少年に、あともうちょっとだけ手を伸ばせば、自分が変われるような気がした。