彰がそこを通ると、塀の上に信子がいた。
ハンプティダンプティになった信子は、途方に暮れた様子だ。
地面に下りたいのだろうが、怖くて下りられないようだった。
「なぁ〜にしてるのかにゃ〜? 猫のまね? にゃー!」
「……お、下りられなくて」
「うん、見ればわかる!」
塀はそんなに高いわけではない。上ろうと思えば上れる高さだ。
しかし決して低いわけでもない。下りるのに躊躇するのも無理からぬことだろう。
「で、なんでそんなとこ上ったの?」
「猫がいて」
「にゃあ?」
「すごい不細工で、おまけに黒猫で。でも、リボンが塀のヒビに引っかかってはずれなくて、下りられなくなってたみたいで」
「そんで助けてあげるために上ったと? そんでもって今度は自分が下りられなくなったと?」
「そ、そう……」
塀の上で怖々と身を縮める信子。
どうやって下りようか困っているうちに時間が経ってしまったのだろう。
彰はつい、パンツ見えちゃいそうだなーとか不謹慎なことを考えてしまった。
よし、ここはいっちょ彰君が一肌脱ぎますか。
「んじゃ、野ブタが猫を助けたみたいに、俺が野ブタを助けちゃいま〜す」
「え?」
「ほい、飛んでみ?」
彰は両腕を広げて構えた。
信子はあからさまに戸惑っている。
「あ、の」
「いーからいーから。怖くな〜い怖くな〜い。ちゃんと受け止めるよん。こう見えても、けっこ力あるのよ俺」
そう言われても、怖いのだろう。信子はおそるおそる彰を見てくる。
彰は、まるで仔猫を手なづけているような気分になった。
「ほら! 飛べないブタはただのブタだ! わかったら飛ぶ! はい!」
「……っ!」
直後、どさりと腕の中に信子が落ちてきた。
それを危なげなく受け止めて、おお柔らかい、割れちゃわなくて良かったねハンプティ、と彰は笑った。
「あの、ありがとう」
「んーん、どういたしまして」
腕の中の信子をぎゅうと抱きしめる。
いつまでたっても離そうとしない彰を、信子は怪訝に思ったのだろう。
身じろぎしたが、そんなことくらいじゃ彰は離してやらない。
「……なんでそんなにくっつくの?」
信子はそう言うが、彰にとって「なんで」なんてわかりきったことだ。
「好きだから。愛。ラブ!」
信子が彰を見る。上目遣いが可愛い。
かといって媚びていなくて、か弱そうに見えて実は意外と芯が強い。
その強さには彰も何度驚かされたことか。
女の子っていいもんだなあと、かなり変態オヤジ臭いことも考えてしまう。
見ていると触りたくなる。
「触ってい?」
「も、もう触ってる」
「あそっか! んじゃさ、キスはDOですか? OK?」
触れればキスしたくなる。
真っ赤になって目を閉じたのをOKの返事と取って、唇を重ねた。
「……」
キスすれば、その先まで行きたくなる。
流石にまだ、そこまでは行っていないけれど、いつかしたいなーと思う健全な青少年のココロ。
顔を離すと、信子はすぐさま下を向いてしまった。
「……嫌だった?」
「嫌じゃ、ない、けど」
「けど?」
彰の制服を掴んだ小さな手に、ぎゅっと力がこもったのは羞恥の故か。
「し、心臓が爆発するから」
信子ときたら、そんな可愛いことを言った。どうしてくれよう。
あーあ。お嬢さん、そろそろ彰君の理性も限界ですぜ。
人が通らないのがなおいけない。このままじゃ襲ってしまいそうだ。
「えっ」
彰はぱっと信子の拘束を解いた。何事もなかったように平然と話しかける。
「さ、帰ろっか」
「あ、う、うん」
我に返った信子と少し距離をとって歩き出した。
近づいてしまったらまたブレーキがかからなくなる。それはダメだ。
今はまだ早いから。今はまだ我慢だ。
信子の準備ができるまで待ってみせようじゃないか。それが男というものだろう。
「やっぱさぁ、女の子の夢としては高級ホテルのスイートっしょ?」
「……なにが?」
「初めてが外じゃあ、ちょっと可哀相だもんねぇ」
「だからなにが?」
終わり。