抱きしめるのには口実を必要とした。
好きな子を抱きしめるのにいちいち口実がいるなんて、片思いって大変だ。
「おっはぴょーん!」
「きゃ」
「おんやー、修二君はまぁだ?」
「う、うん。まだみたい」
彰の腕は信子を見つけると、肩を抱いたり、頭を撫でたり、信子の側で忙しく働きまわる。
最初は身体をこわばらせていた信子も、次第に慣れてきたようで、
そのままの状態で話したりできるまでになった。
でも彰としては、それはそれで男として見てもらえていないようで、複雑な気分。
意識されてないっていうのは、ちょおーっと悲しいんですけど。
そう思うと、ふとこの鈍感ちゃんに対する悪戯心が芽生えて、指先にほんの少し力を込めてみたりする。
気付くかな。それとも、気付かないかな。
それは彰にとって、綱渡りのような駆け引きだ。
気付かれたらゲームオーバーなのか、それともゲームクリアなのか、どっちだろう?
普段から彰は誰彼なく、というとちょっと語弊があるかもしれないが、
人に対してまとわりついたり、べたべた接触していた。
気に入った相手ならなおさら。
そりゃあもう親友の修二なんかとくれば、べたべたの度合いもアップアップなわけだ。
だから信子もきっと、ああまたか、程度に思っているんだろう。
このくらいなら普通だって。自分だけが特別じゃないんだって。
腕の中の身体は、野ブタというより小動物のようで、
彰の男の子の部分(変な意味じゃなくて、保護欲とか)をいたくそそった。
守ってやりたい。
後ろから抱きしめるような姿勢になるように、自分の身体をさりげなく移動させる。
ああ可愛いなあと心の底から思った。
「知ってる? ブタって実は、すっげぇキレー好きな生き物なんだってー」
「へぇ、そうなんだ……」
「野ブタもいい匂いするー。ねっ」
「お、重い」
のし、と彼女の背中に体重をかけて寄りかかる。
足の着いたおんぶみたいになった。
なんで女の子って甘い匂いがするかなあ。構成物質が俺ら男とは違うんじゃないの。
……このまま、首筋に思い切り顔を埋められたら。
「……」
「くさのくん?」
「あー、そろそろ修二君が階段上がって来るかな〜」
浮かんだ不埒な考えを追い払って、名残惜しかったが身体を離した。
伝わった体温すら甘い。本当はずっと抱きしめていたい。そして、できるならもっと強く。
だが、あまりやりすぎて、警戒されたり嫌われたらイヤだ。
何事にも限度というものは設定されている。
「おす」
タイミングを見計らったかのように修二が顔を出した。即座に彰は修二に絡んだ。
「おお、修二君がおいでなすった!」
言いながら側に近づく。
「おーっす、オラ彰!」
「知ってるよ、そんなこと」
「あれ、受けなかった? すべったナリか」
修二はいつものように適当に彰をあしらい、彰はめげずにまとわりつき、信子はそれを静かに見ている。
でも、信子はいつ気付くだろう。
彰が、信子にするほどには修二に触っていないこと。
ましてや愛しさをこめて抱きしめているのは信子だけだってこと。
彼女だけが、彰にとって特別なのだということ。
終わり。