思えば俺は当たり障りなく無難に生きてきた、と修二は思うわけだ。  
 修二は周りをごまかし、自分もごまかし、要領よく立ち回ることにだけ気を使ってきた。  
 誰もが羨む学園のマドンナまり子との関係も、つかず離れず、はっきりさせないように巧みにはぐらかし続けている。  
 ひとたび相手に「修二は私とつきあっている」という言質を取られてしまえば終わり。  
 だいたい、女なんて彼氏を自分の所有物のようにしか思っていないんだ。  
 誕生日、クリスマス、正月、バレンタイン、季節の行事ごとのデートにプレゼント、  
 そんなうざったいことをいちいちやって、彼女のご機嫌なんてとってられるか。  
 女とつきあうなんて面倒くさいだけだという信条を高校生にして持っている、  
 そんな修二の目下の命題が「男女間の友情は成立するのか」、これだった。  
 そして、修二にそう考えさせるきっかけを作った存在が、目の前にいるこの野ブタ。  
「……な、なに」  
「いや、見てるだけ」  
 野ブタといっても、本当にブタじゃない。  
 そういうあだ名(芸名?)なだけで、ちゃんと人間で、しかも同い年の女の子だ。本名小谷信子。  
 無難な道を選んで歩いていた修二が、成り行きとはいえ信子をプロデュースするなんていう  
 困難極まりない道を歩くはめになるなんて。  
 そのせいで、最近は信子と、自称修二の親友の彰と、もっぱら三人でつるんで行動することが多い。  
 一緒にいる時間が多い男女、さあ恋をしろといわんばかりじゃないか。  
 事実、この場にはいない彰は、なにやら信子が気になり出しているらしい。  
 ……修二は、自分の感情をつかみ損ねている。  
 だって、表面熱いと見せかけて中身冷めまくりの修二君がだ。  
 恋なんてそんな、情熱が必要なものをすると思うか?  
 だいいち、長い間一緒にいるだけで恋が芽生えるなら、まずまり子だろう。  
 そんなことを考えながら信子を見る。  
 
 うつむいた頬に、長い前髪が黒くかぶさっている。  
 ちゃんとすればかなりいける外見なのに、勿体無いと思う。  
 引きつり笑いじゃなくて、微笑めば可愛いと思う。  
 それは友情から来る思いか、それとも別のものか。  
 図りかねている気持ちを今日こそ見極めてやろうと、修二は信子を凝視した。  
 信子は居心地が悪そうに肩をすくめた。  
「……」  
「……」  
「……あ、動くなよ」  
「……」  
 じっと見られているだけ、というのは落ち着かないのだろう。  
 それはわかってはいるが、修二としては信子を見ていたいわけで、だから我慢してもらうしかない。  
 とどめのように  
「絶対服従」  
 と念を押す。  
 信子はたちまち姿勢を正したものの、がちがちに固まっている。  
 そんな信子を見ながら、修二は色々と分析する。  
 女は面倒くさいはずなのに、色んなことをしてやりたい、させてやりたいと思う。  
 こいつの愁いを出来るかぎり取り除いてやりたい。  
 こいつにもっと笑って欲しい。  
 こいつに――――……  
 
 手を伸ばして顔に触れる。  
 信子がびくりとしたのが指先に伝わったが、かまわず触れた。  
 表情を隠していた前髪を払って、目を覗き込む。  
 伏せられていた信子の睫毛が持ち上がった。  
 ――――俺は今、何を考えた?  
 我に返って、慌てて手を離す。  
「……悪い」  
「な、なにが」  
「なにって……触ったこと」  
「そ、そんなの別に、いまさら謝るほどのことじゃ……草野くんだって、普通に触ってるし」  
 胸がざわついたのはきっと気のせいだ。  
 修二がいつものように軽口で誤魔化してしまおうと思ったとき、  
「ん? 何々? おれっちがど〜かした〜?」  
「うわ、出た」  
「おっはーだっちゃ! ねね、二人で何話してたん?」  
 現れた彰はすぐさま信子の横に回りこみ、何気なさを装って触れている。  
 今までだったらなんとも思わなかったはずのことが気になった。  
 こいつに触れたい。  
 それは恋をしているからだろうか。  
 面倒くさい未知なる感情は、さっそく修二にため息をつかせた。  
 
終わり。  
 

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