放課後、自分たち以外居ない教室で彰と信子は河原で積んできたススキでお化け屋敷の準備をした。
今日一日、二人でここまで進められれば上出来だろう。
「はぁい今日はもうしゅーりょーでぇす。」
「ま…って、これだけやる。」
信子は手に持ったへんてこりんな人形の顔を描いている。そんなのどうだっていいじゃん暗いんだし、彰はそう思うが口には出さない。文化祭の準備を始めてから少しずつだが信子が自分から意欲的に物事をやるようになったからだ。
「ノッブタちゃん。」
ぎゅっと後ろから信子は彰に抱きしめられ、身体を強張らせた。
下を向いた信子の手を後ろから彰は包みあげる。
「な…んですか…やめてく…だ…さい。」
人形を握ったの信子手を彰は上に上げて見つめた。色々と角度を変えている彰は何がしたいのか信子はわからなかった。
「うーん、この顔さあシュージくんに似てなあい?うん、似てる。ノブタの祝いの人形ぐらい似てる。」
「え?」
顔を上げて彰の方を向こうとした信子の顔に生暖かいものが触れる。
すぐ真横には顔。ちゅっと音を立てて彰は顔を離した。
「えへへ、ちゅーしっちゃった。」
「ななな…なにすんですか。」
「ちゅーっよ、信子かっわいぃ。」
顔を真っ赤にした信子を面白そうに見つめた彰は握っていた信子の手を離し、腰を抱きしめる。そしてその首にちうっと言いながらキスをしていく。いやと声を出す信子にじっとしてと言いながら彰はブレザーの釦をはずし、その下のセーターに手を入れた。
「やめて…」
「だぁいじょぉぶよん、服の上からだから。」
ワイシャツの上から信子のヘソを撫でる。すると小さな悲鳴があがった。
彰はそれに気をよくして指先で腹を下から上にくすぐっていくと信子は下を向いて身体を震わせるだけになった。
こちょこちょと言いながら彰が顔を覗きこんでもだらんと垂れた髪で信子の表情は見えない。
「信子くすぐったいの?」
「…。」
顔を少し上げた信子の顔が髪の間から見え、その目は少し潤んでいて唇は噛みしめられていた。
その表情はくすぐったいというよりも…
「やっだぁ、もしかして信子ってば感じちゃったりしてぇ、いやぁんエッチぃ。」
くすぐるのをやめ、彰はふうっと耳に息を吹きかけ信子の胸を下から上に軽く弾いた。
「ゃっんやぁ。」
自分から出た声に信子は信じられない様な顔をして口を押さえる。
信子からでた声に彰は手を止め、セーターの中から手を引き抜いた。
口を押さえたままの信子を彰は顔を少し歪めてみつめ、ポンポン頭を叩く。
「ノブタってば、じょーだんですよぉ。はい、遊びはしゅーりょー。」
にっこり笑って彰は立ち上がり、下を向いた信子を引っ張り立たせる。
信子を自分の方に向かせ、よれたセーターを直しブレザーの釦を閉める。その瞬間に信子がビクついたのを彰は気づかないふりをした。
床に置かれた信子と自分の鞄と、目に入った修二に似た人形を取り上げて彰は信子に鞄を渡し、教室を出るよう促した。廊下、下駄箱、校庭、とぼとぼ前を歩く信子を見ながら彰は何とも言えない気持ちになる。
道路を歩いていると赤信号に止まる、ここはいつも信子と別れる交差点だった。
「じゃあねノブタ。今日は悪ふざけがすぎました。ごめんなしゃい。」
「………別に、じゃあ。」
信子は彰と別の方に歩き始める。その足は少し速くて、自分から早く離れたいのだ思ってしまう。ぎゅっと手を握ると握っていたのを忘れていた人形を思い出しそれを見つめた。
「信子ぉ、忘れもん。キャッチして。」
「え?」
ポンと彰が人形を投げると弧を描いて人形は信子の足下へ落ちた。
「それ、ちゃんと顔仕上げてきて下さい。」
口元に手をやって彰は信子に頭を下げ、そのまま頭を上げなかった。頭を上げて信子の顔を見るのが彰は怖くなり目をつむった。どんな顔をして自分は信子に会えばいいのだろうか…。
コツンコツンとこちらに近づく足音に彰は目を開けた。ちらっとめをやるとそこには電灯にに照らされた黒のローファーと今時誰もはかないようなグレーの靴下。そんな靴下をはいてる人間なんて彰の知る限り一人だけだ。
「あの…頭上げてください。」
ゆっくりと言われるように頭を上げていく。それは思った通り信子だった。
人形を胸元で持っている信子はぼそぼそとしたいつものしゃべりかたで。
「人形…は…仕上げて…きます。」
「…。」
「…ょ………さようなら、またあした。」
それだけを大きな声で言った。
くるりと信子はさっきと同じ方に向いてつかつかと歩いていった。
信子から目が離せなくて、彰は無言で見つめているだけだった。
その姿が見えなくなるまで…。
「なんで俺あんなことしちゃったんだろ。」
彰は空を見上げて深呼吸した。
汚れた空は曇っていてただでさえ見えない星は全く見えなくて、自分の心の中のようだった。
もう一度深呼吸をして彰は自分の顔を叩く。これでもうお終い。
明日からは今まで通りに戻れる。
彰は鞄を持ち直して家への道を歩いていった。