信子がスカートのひだをじっと見つめたまま、強張ったように動かなくなってからしばらく経つ。  
それと言うのも彰の指先が、いつものスキンシップや悪ふざけ、または軽いノリの類でなく、信子の頬に触れたからだった。  
そのまま何を言うでもなく、ただ存在を確かめるかのように頬を撫でられ、  
くすぐったさも相なり、信子はますます俯く他ない。  
修二や彰と知り合ってから大分俯く癖はなくなったというものの、やはりまだ自分がどうすればいいのかわからずに困ったとき等は、  
今のように深く頭を下げてしまう。  
相手が何を考えているのか読み取れないときは尚更だ。  
 
「あっ、……あの!草野、くん…?」  
恐る恐る視線だけをどうにかあげてみる。  
しかしあまりに近い彰の顔との距離に驚いてしまい、慌てて先程よりも顎を引き後ずさった。  
だがそのことにより、机を背に追い詰められていた信子の逃げ場は更になくなってしまう。  
それに気付くと信子は絶望的な気持ちで、また少し近づいた彰の足元を見つめた。  
「なーに怯えてんの」  
ようやくいつもの調子で口元を緩ませた彰は、今にも食われそうだとばかりに自分を警戒している信子の顔を、首を傾げて覗き込む。  
「そぉーんなビクビクされると逆に何かしたくなるんですけど!」  
「す、すみませっ……」  
「何で謝るかな」  
呆れを交えたような笑いを浮かべて、彰はじっと信子の目を見つめる。  
「今度謝ったらちゅーしちゃうぞ!」  
「えっ、は、…はい……き、気を付け…ます」  
信子は自分の悪いところを指摘された気分で頷く。  
しかし言った方の彰としては何となくその返答が気に食わず、少しだけ拗ねたように眉を寄せた。  
 
「その言い方、なんか傷つくんですけどー。そんなに俺のこと嫌なわけー?」  
ハッとしたように信子は、少しだけ顔を上げる。  
「ご、ごめん、なさい……。わ、わたし…そんなつもり、じゃ…」  
言葉に敏感な信子らしく慌てて弁解し、ぶんぶん頭を振った。  
言葉に詰まって一点に視線を集中させている様子を眺めながら、ガードを緩めた隙にと彰は首を傾げて、信子の唇に軽く触れるだけのキスをした。  
そして舌先で、薄く開く上唇を猫のようにペロリと舐め、離れる。  
驚きを通り越して唖然とする信子を前に、口角を持ち上げて目を細めた。  
「謝ったから罰だっちゃ」  
先程の拗ねた表情はどこにもなくて、どこか悪戯が成功した子供のように笑い、小首を傾げる。  
呆然としていた信子だったがその言葉で我に返り、微かに湿らされた唇を咄嗟に両手で押さえ、  
見る見る内に頬を赤らめた。  
しかしそのままどうすることもできなくて(まさか目の前で口を拭うこともできず)、狼狽えたように覚束ない足取りでふらふらと、  
でも足早に、教室を出て行ってしまった。  
「あちゃ、失敗」  
残された彰が残念そうでもなく言い、ギャハハとふざけた調子で笑う。  
廊下にまで響くそれを背中で聞いていた信子だが、自分の手元を見つめてハッと立ち止まった。  
「……」  
 
 
まだ笑いの残る表情で机に座っていた彰は、落ち着かない足音が近づいて来るのを聞いて顔を上げる。  
不思議に思うのも一瞬のことで、すぐにその理由に気付くとふと笑い、信子と自分の鞄を手に立ち上がると、教室の扉へと向かっていった。  
 
 
 

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