日本は寒い。ハワイとの気温差にまだ慣れていなかったが今日は大空薫とのデート。
ハワイでのキスの後、電話でのやり取りもぎこちなさが取れ、普通にデートに誘える間柄になってきた。
ユウキには申し訳ない気持ちにはなったが、今だどちらを好きなのかわからないでいる俺。
109の入り口でそんなことを考えてながら腕時計の表示に目をやる。10時ジャスト。
辺りを見回し、大空薫を探すが見当たらない。時間にはルーズな方じゃないと思っていたが、待ち合わせの場所が悪かったか?
辺りには同じくデートの待ち合わせであろうカップルの片割れ達が待ち人を待っている…
一組、二組とカップルが成立し、この場所を離れていく。
この場所じゃなかったか?昨日の電話の会話を思い出し、合ってると思いつつも少し不安になる。
(……大空さん、なにかあったのかな?)
俺はジャケットのポケットから携帯を出し自宅に連絡をしようか、少しここから離れて探しに行くかを辺りを見回しながら考えた。
突然視界が暗闇になる。誰かが後ろから手をかざして視界を遮ったらしい。そして話し掛けてきた。
「だ〜れだ?」
一瞬の出来事で驚いたがその声を聞いて安堵する。大空薫だ。
「お、大空さんでしょ?」
「うふふ…当たり〜♪ ごめんね、遅れちゃって」
俺は視界を遮っていた手を外し、薫の方へ向く。
屈託のない笑顔と、小悪魔的に小さい舌を出している薫。そして均整の取れたプロポーションが垣間見えるミニスカにシャツ。
その魅力溢れる容姿を見るたびに、今だ俺は大空薫と付き合っているという現実を夢ではないか? とさえ疑ってしまう。
だが、唇に視線を合わせると薫の唇と重ねたときの感触が思い出され、夢ではないと言うことを教えてくれる。
「ど…どうしたの?片岡君。やっぱり怒ってる?」
「い、いや、怒ってなんていないさー。ちょっと心配してただけだから」
「ごめんね…心配かけて。あのね…今日もお弁当作ってきたんだ。それでちょっと遅れちゃったの」
薫は肩にブランド物であろう少し大きめなバッグをかけていた。少し下の方が膨らんでいる。弁当が入っているのだろう。
料理は苦手だと言っていたのにまた俺のために作ってきてくれたかと思うと俺は嬉しくなった。
「じゃあ、今日は遅れたお詫びに私が映画代出すね?」
「え? い、いいよ、いいよ〜。だってお弁当作ってきてくれたんでしょ?」
「ん〜。だけど、いつも出してもらってるから今日は私に奢らせて? いいでしょ?」
俺の返事を待たずして腕を絡ませ、映画館の方へ歩みを進める薫。
(あっ?…… む、胸があたって、気持ちいい…)
結局、いつもの通り俺はイニシアチブを薫に取られ、映画代を奢ってもらう羽目になってしまった。
―― ―― ――
映画を見終わった後、俺達は弁当をどこで食べようと話し合い、結局前に行った公園に移動することになった。
ベンチを見つけ大空薫の手料理を食べた後、映画の感想、他愛もない学校の話などをして俺達は時間を忘れるくらいに語らいあった。
「ふぅ…あれ? もうこんな時間。あっという間だね〜?片岡君といると」
「そ、そうだね? 僕も大空さんと話してると楽しくて時間がわからなくなっちゃうよ」
俺は腕の時計を見る。時間は5時ちょっと過ぎ、あたりは夕暮れにさしかかり人気もなくなっていた。
ふいに薫は俺の腕時計を手で隠し、真直ぐに見つめてくる。
「…今日はもう少し一緒にいたいな…」
――ドクンッ
心臓の鼓動が早くなる。薫の顔が近づいてくる…。唇がすぐ目の前まで来ていた。薫は唇と唇がつくかつかないぐらいで目を閉じた。
最後の距離は俺が埋め、ドキドキしながら薫の唇に顔を寄せる。
――ちゅ…
(キ、キスって本当に気持ちいい…な)
俺は頭のてっぺんから足のつま先まで痺れる感覚に酔いしれた。唇の感触を味わっているうちに不意に舌を入れたら
どうなるだろうと思い、重ねている唇を少し開け、大胆にも舌で薫の唇をなぞってみる。
「ん…?!」
薫は少し目を開き、驚いたようで唇が離れたが俺の顔を見ると顔を赤らめもう一度唇を重ねてくる。今度は少し開けながら…。
「んん…ちゅ…ちゅぷ」
舌と舌が絡み合い、唇の隙間から唾液の音がする。俺はさらに頭が痺れ、思考が鈍くなる。
考えるのは舌を動かし薫の唇、薫の舌を貪りたいと言うことだけ。薫もぎこちなくも舌を動かし、時折唾液を飲んでいるようで喉が動く。
お互いの唾液を味わうキス…このまま時間が止まってしまえばいいのに。そんなことを思いながらキスに没頭していった。
―― ―― ――
どのくらいたっただろうか。どちらともなく唇を離し俺達は見つめ合う。だが薫の顔は少し陰りがあるように見えた。
「…あのね片岡君? 一つだけ聞きたいことがあるの」
「ん? なに…大空さん」
「……先生ともこんなことしたことあるの?」
薫は今だ同居していて俺のことを好きだと思い込んでいる水谷先生のことを聞いてくる。ユウキとの同居がばれないよう、
とっさについた嘘に尾ひれがつき、変な状況になっているが薫にだけはユウキも同居しているとは喋れない。
「そ、それはないって言ったでしょ?先生が僕のこと好きなわけはないし、僕も先生を好きなわけじゃないよ〜」
「……だけど、なんか今日のキスは慣れてた感じがした。…本当にしていないよね?先生とは」
――ドキッ?!
俺は心臓が痛くなるのを感じた。そう、先生とはしていない。だけどユウキとは…。
「し、してないよ。するわけがないよ!さ、三回目だからじゃない?」
強く否定するごとに罪悪感が芽生えてくる。
「…私ね、前にも言ったけど負けず嫌いなの……恋愛も。今日ね、家…誰もいないんだ…」
「そ、それって…」
薫は無言で頷く。誰もいない薫の家…。そこに行くってことは誰だってどういうことかわかる。
「…来る?」
俯きながら薫は尋ねてくる。俺の脳裏に一瞬ユウキの姿が映ったが、ここまで言われて行かないなんて言える訳はない。
俺は薫の手を強く握り、これが返事だと言わんばかりに抱擁した。
「…片岡君。私、本当に片岡君のことが好きなの」
いつの間にか点いた街灯が薫を照らして頬が高潮している様子がわかる。瞳も少し潤んでいるようだ。
俺はもう一度、今度は軽いキスを薫にした。気がつくとすでにあたりは暗闇になっていた。光が当たっているのは街灯の周りだけ。
公園から出て、昼間よりもさらに薫は強く腕を絡ませてくる。俺の肘が薫の胸に強く食い込む。
多分、今日は帰れない。家に電話を入れたほうがいいかな? と思ったが薫に先生に電話すると思われるのも具合が悪い。
それに薫は無言だがこの腕の強い絡ませ具合から見て、連絡はして欲しくないのだろう。
結局連絡をしないで薫の家に行くことにした。時折ユウキの悲しそうな顔が頭に浮かんだがそれを振り払うかのごとく、
俺は薫の胸に神経を集中させ、これからすることに気持ちを高ぶらせた。
―― ―― ――
――ガチャ
無言で薫は家のドアを開け、おずおずと俺はその後をついていく。
薫が玄関の電気を付け、家の中が一気に明るくなる。
「か、片岡君? お茶用意するから先に私の部屋に行っててくれる? 場所はわかってるよね」
薫はこの何とも言えない雰囲気に戸惑ったのか、取ってつけた様な声を出し、矢継ぎ早に話しかけてきた。
俺も薫の気持ちを察し頷くと、薫の部屋がある二階へと足を進め、薫はキッチンにパタパタと向かったようだった。
「ふう…」
俺は薫の部屋へ着くとドア横の電気のスイッチを点け、座る所を見回し探した。
大きなセミダブルのベットが目に付いたが、さすがにここには腰を落とせない。
結局、当たり前だが部屋の真ん中、ガラステーブルがある横へと腰を落ち着かせて薫を待つことにした。
(ドキドキが…いつの間にか収まってるな。俺)
座ったとたん不思議だが、公園を出たときのような気持ちの高ぶりは既になかった。
(まーくん…)
不意にユウキの声が聞こえた。いや、聞こえたような気がした。部屋を見渡すが誰もいない、もちろん気のせいだろう。
だが…聞こえないはずの声が聞こえたことで俺の鼓動は早くなった。
(ユウキどうしてるかな?…やっぱり心配してるだろうな)
いまさらながらユウキに連絡していないことを俺は悔いた。
――カチャ
「ごめんね、待った?」
いきなりドアが開き、薫が手にカップを持ちながら俺のガラステーブル反対側へ腰を落とす。
「い、いや…全然! あ?コーヒー…あ、ありがと、貰うね」
ユウキのことを考えていた自分を薫に悟られないよう、俺は動揺を落ち着かせるよう差し出されたコーヒーに口をつける。
「アチチッ!!」
――バチャ!
コーヒーは思いのほか熱かった。口の中からコーヒーが漏れカップからもこぼれ、俺のジーンズに滴り落ちる。
「だ、大丈夫?! 片岡君! え〜と拭くもの拭くもの…」
薫は急いで立ち上がり、タンスの上段を開けハンカチを手に持ち、俺に近づいてくる。
そして俺の体を心配して動揺したのか、その場所がどこか忘れたのであろう、
おかまいなしな強さでハンカチで叩き、ジーンズの汚れを拭き取り始める。
「ちょ、ちょっと!…大空さん。い、いいよ、自分でやるから」
「だけど、コーヒーはすぐ拭き取らないとシミが残るし、私そういうの得意だから」
「い、いやいや…そういうことじゃなくて…そ、そのポンポン叩かれると…痛いんですけど」
俺が言うと、やっと薫は自分がどこを叩いているのかに気づき、顔を真っ赤にして硬直した。
「ご、ごめんなさい!!そ、その…早く拭かなくちゃって思って…大事な部分が…気がつかなくて…」
「い、いいよいいよ〜。あ、ありがとね、うん。ズボンも綺麗になったし、そんなに謝らないでよ」
気まずい空気が部屋の中をコーヒーの匂いとともに漂い始める…。
エロ漫画やエロ小説ならこの後の展開は女が男の股間を心配してズボンを脱がし、痛かったでしょ?ごめんなさい私がお口で癒してあげる、それからベットへ。な〜んてことになりそうだが、ここではただ気まずい時間が過ぎていくだけ…。
「あ、あの…ズボン、一応洗濯しようか?叩いたのと拭いただけじゃシミになっちゃうと思うし…」
薫は気まずい雰囲気に耐えられなかったのだろう、俺に尋ねてくる。
「い、いや 大丈夫!で、でね? 大空さん…やっぱり今日は僕、帰ろうかな?なんて…ここまで来てなんだけど」
「えっ?」
薫は伏目がちだった顔を上げ、俺の顔を見る。
「…も、もしかして、そ、その…私が…あの、叩いたから、怒った?」
「ち、ちがうよ〜! やっぱり…その…大空さんを大事にしたいんだよ、僕は!」
自分でも何を言ってるのか…ただユウキの声が頭から離れないだけなのに、取ってつけた様な言い訳を俺は言う。
薫は沈黙…。またしても重い空気が立ち込める。
「……やっぱり、先生のことが気になるの?」
薫がか細い声で問い掛ける…。気がつけばうっすらと目に涙をためている。俺はしまった! とその姿を見て思った。
「ち、ちがうって!先生は関係ないって言った…ムグッ!?」
俺が言い終わらないうちに薫は唇を重ねてきた。薫の頬から涙が流れて少し…しょっぱいキス。
薫の舌が入ってくる。一心不乱に貪るよう激しい。その舌の動きで判る、よほど俺を先生の待つ家に返したくないのだろう。
本当はユウキが待つ、先生はおまけの家なのだが…。
薫の舌は依然激しい。いつしかキスの魔力でユウキのことも頭から飛んだ。
そして俺も負けないぐらい動かし、薫の舌、唾液、歯を味わう。
――ちゅ、ちゅ…クチュ…ジュプ…
何分?いや何十分、キスをしてたのだろう。どちらともなく唇を離し、見つめ合う。お互い呼吸は荒くなっている。
薫は無言で上着を脱ぎ、ブラジャー姿になる。俺もその姿を見て、あわてて上着を脱ぎ捨てる。
そして今度は俺の方からキスを求める。手はブラジャー上から胸を触りながら。
薫は胸を触られると、ビクンと体が震えたが拒む仕草は見せない。それどころかキスが一段と激しくなる。
「んはぁ…ちゅ、ちゅ…んんん」
それに答えるかのように俺は薫の大きな胸を強く弄る。大きな薫の胸…触っているだけで俺の下半身が熱くなるのがわかる…。
薫は拒まない。直に薫の胸を触りたい! そう思った瞬間。
――ピンポーン…
この音はチャイム? 薫の動きと俺の動きが止まり、俺と視線が合う。
「…お、大空さん? もしかして、家の人が帰ってきた?」
「えっ? …今日は誰も帰ってこないはずだけど…誰だろ?」
薫は帰ってくるはずのない家族が戻ってきたのかと不思議がっていたが、そそくさと脱いだシャツをまた着込んだ。
俺もそれを見て、脱ぎ捨てたシャツを大急ぎで着込んだ。
「片岡君は待ってて。それからちょっとだけ…申し訳ないけど静かにしててね?」
涙は既に乾いていた薫は軽く俺にキスをした後、部屋から出て行った。
俺はというと薫のお父さんかそれともお母さんが帰ってきたのかと思い、一人部屋でまんじりともしない気分で薫が帰ってくるのを待った。
―― ―― ――
・・・・なにやら階下で言い争いのような声が聞こえる。
俺は気分的に音を立てないよう立ち上がり、部屋のドアに聞き耳をそっと立てた。
「…だから!片岡君はいません!いいかげんに帰ってください、水谷先生!」
「…あ〜ら? だめよ〜大空さん。片岡君がここに来たのを見たって言う生徒がいたんだから」
「…いませんってば! それになんで野村さんもいるんですか?」
「………」
「…ま、まあ、いいじゃないの!幼なじみなんだし…。それより、お〜い!片岡君〜?いるのはわかってるんだ〜出てこ〜い!」
俺は聞き耳を立てていたドアに思い切り頭を打ちつけた。
――ゴンッ!
(な、な、なんでユウキと先生がいるんだーーー!!!?お、思いっきり修羅場じゃないか? この状況!)
俺はこれは夢だ!そもそも大空薫と付き合ってること自体夢だし、ユウキの存在も夢…あんな可愛い男が存在する方がおかしい!
と、軽い現実逃避を俺は試みたが、階下からの怒号と額の痛みが現実ということを教えてくれる。
(え〜い!ままよ!!)
俺は覚悟を決め立ち上がり、ドアをいきよいよく開け、階下へ降りるため階段へ足を踏み入れた…はずが、目の前には天井が。
――ドガガガガッ!!!
最後に聞こえたのはユウキと薫の空気を引き裂くかのような悲鳴、俺は意識をなくした……。
―― ―― ――
数ヵ月後――
「片岡君。はい、あ〜ん…」
「あ〜ん」
ここは病院の個室部屋。あの夜のあと気がつくと俺はこのベットで寝ていた。傍らには薫とユウキがいた。
どうやらあの時俺は階段を踏み外し、宙返りをしながら落ちていったのだという。
あれが夢でないことはこの頭に巻かれているご大層な包帯が物語っている。入院当初は打った場所が悪かったのか軽い記憶障害を俺は起こしていたらしい。そのせいで薫、ユウキ、そしておまけで水谷先生もかなり責任やら、罪悪感やらが芽生えたらしい。ユウキも薫に俺が好きということを告白したらしいし、薫は薫でそれを受け入れ、今は仲のいい友達兼ライバルなのだという。まったく寝てる間に驚天動地の展開だ。
そして今では日替わりで看病してくれる。今日は薫の日だ。
「明日…退院だね? 片岡君」
「そうだね〜これも大空さんが一生懸命看病してくれたおかげだよ」
「私と野村さんの お・か・げ…でしょ? でも私、片岡君のこと誰にも負けたくないからね」
「う、うん」
「あのね…片岡君。退院したら…あの夜の続きをね…して欲しいな?」
「え? えっと…うん、わかった」
「ふふ、ありがと」
――チュ…
軽く薫の唇が頬に触れた。やさしいキス。こんなご都合主義が許されるのか? 目覚めてからよく思う。
ただ…デジャヴュというのか、この退院前日は何回も経験してるような気がする。
薫のやさしいキスの後、俺は眠りにつく。そして起きた後、薫の剥いてくれたリンゴをほうばる。
(あれ?確か日替わりだったよな…だったら次はユウキの番のはずだけど。ま、これが少し残った記憶障害なんだろうな)
薫とユウキいつかはどちらかを選ばなくちゃいけないが今はただ眠い。
明日になれば退院だ。またそれから考えよう、と俺はそんなことを考えながら瞼を閉じ、深い眠りに落ちていった……。
― 一章終了 ―