フィリエルは、傍らにてあどけない表情ですやすやと可愛い寝息を立てる可憐な少女を、  
まるで人生に疲れ果てた老人のような、生気の無い瞳で見下ろしていた。  
眼を開く前からきりきりと少女を痛めつけていた頭痛は今や、  
鉄串で脳髄を直接抉るかのように、その意識を彼岸へと追いやろうとしている。  
普段自分が使っている物と同じとは思えない程にふかふかなベッドの中、  
掛け布団から覗くその少女のうなじは、幼げな容姿とは裏腹に魔的なまでの色香を放っていた。  
同性の、更には自分よりも確実に幼いであろう少女にはっきりと性的欲望を覚えた事を認め、  
フィリエルは改めて瘴気のように重苦しいため息をついた。  
一糸とて纏わぬ自分の裸体に、同じく全裸で絡みついている少女の金糸の髪にそっと指を絡め優しく梳いてゆく。  
うっとりと頬を緩め、更に体重を預けてくる自分の従姉妹を今度は優しく見つめ、  
そしてフィリエルはやけくそ気味に昨晩の記憶を掘り返していった。  
 
 
 
昨晩は、彼女にとって大事件と呼んで差し支えの無い出来事が立て続けに起こった。起こりまくった。  
母の形見の、自分が一生働いても手に入らないような首飾りを受け取ったりとか、  
領主の城で成り行きで王子様とダンスしたりだとか、  
と思ったらその王子様に盗人の容疑をかけられかけたりとか、  
挙句には自分が王位継承権所持者だとか。  
 
……だが、今となってはそのどれもが取るに足らない瑣末事にしかなり得ないのだろう。  
その時点ではまだ、あまりの出来事にフィリエルはパニックを通り越して半ば思考停止して、宛がわれた部屋で佇んでいた。  
そこにアデイルがやってきて、気付けにと強めの果実酒と二つのグラスを、悪戯っぽく掲げて見せたのだ。  
この時点では、純粋に、消沈したフィリエルを気遣っての行為であった。  
だがしかし――  
 
――これが間違いだった。果てしない勢いで間違いだった。  
 
もうどうにでもなれと半ば投げやりになって酒杯を豪快にあおり続けるフィリエルと、  
その勢いに押されるようにいつも以上のペースで酒を進めるアデイル。  
寒冷な高地であり、特に冬の寒さ著しいセラフィールド出身のフィリエルは、同年代の少女達よりは  
アルコールの熱に鍛えられていたが、それでも明らかに無茶苦茶なペースであった。  
当然、最低限の貴族の嗜みとしてしか酒を知らないアデイルが付いて来れる筈も無く。  
次第に、二人の脳みそはいい感じに沸き上がっていった。  
 
理性は消し飛び、本性とも言うべき二人の個性が、アルコールの毒で間違った方向に狂化されていく。  
――アデイルは夢見がちな少女だ。  
どのくらい夢見がちかというと、倒錯した世界に憧れを抱くあまり、その豊かな文才で思うままに表現し、  
通っていた学校中にバラ撒いてしまうぐらい夢見がちだ。  
反面で芯は強く、王位継承権を巡って年の離れたもう一人の従姉妹と渡り合うような強かさも内面に持ってはいるが、  
今回理性のぶっ飛んだ彼女が浮き彫りにしたイドは、思いっきり前者の方であった。  
 
彼女は、大トラと化し残り少なくなった酒瓶をラッパ飲みした挙句座った目つきで  
豪快に親父臭いゲップをかますフィリエルを、うっとりとした瞳で見詰め続けた。  
彼女のトチ狂ったCPUは現在のフィリエルをこう分析する。  
 
 どんよりと座った目つき → 凛々しく高潔な意思を宿す瞳  
 粗野で下品な振る舞い → なんて漢らしく頼もしい方!  
 酔いに上気した頬 → ひょっとして私の事を……?  
 時折聞こえる愚痴 → あれはきっと恥じらいながらも抑えきれない愛の囁きなのだわ!  
 
旧世界の薬キメてトランスした土着信仰のシャーマンのような精神状態を持ったアデイルは、  
この時、己が理想とする最高の恋に出会えたのだと確信した。  
相手は自分の気持ちに素直になれない。  
ならば少しこちらから誘いをかけて後押ししてさしあげるのも淑女の役割でありましょう。  
熱に浮かされた頭でそんな事を思いついたアデイルはふらふらと対面の大トラの傍まで近づくと、  
その首に腕を回し、何のためらいも無く唇を重ねた。ああ舌も入れておこう。  
後押しどころか見事過ぎる一本背負いだった。むしろ腕ひしぎ十字固めに連携していた。  
 
「!?!?!?」  
 
いい気分で腐った世界(フィリエル主観)に毒を吐き散らしていたフィリエルは、  
いきなり口内に入ってきた、それまでの痺れるようなアルコールの刺激ではなく、  
蕩けるような甘い粘膜の香りに仰天した。  
 
しかしあわや酔いが醒め正気に返るのかと思いきや、フィリエルもフィリエルで大分ネジが飛んでいた。  
彼女の決断はアデイルよりもくそみそだった。つまりは――  
 
 や ら な い か → ウホッ、いい少女!  
 
という式を成立させ、フィリエルは口内を犯す少女の舌に応え、自分のそれを絡みつけた。  
何故か超絶技巧だった。  
 
「……っ、……っ、――――――――っ!!」  
 
唾液の粘つく淫猥な音と共に、アデイルは口付けだけであっけなく達した。  
仕上げに、銀の糸を引く舌を吸い取って唇を離すと、相手は情欲に蕩けきった顔で微笑んでいた。  
その虚ろな壊れかけた笑みは、まだあどけない少女が浮かべるには  
あまりにも背徳的で、フィリエルの獣欲を更に盛大に燃え上げた。  
 
うん決めた、犯っちゃおう。  
 
甲斐性とか漢度とかワイル度とかハードボイル度とか。  
自棄酒によりそんな因子の数々がおもっくそ狂化されたフィリエルに、躊躇の二文字は無かった。  
 
――その夜。  
何故か身に付けていた超絶技巧の数々で。  
フィリエルはアデイルの心と身体を隅から隅まで味わい尽くした。  
 
 
――――――――――――――――以上。  
回想終了。  
 
「…………普通、こういう時って何も覚えていないのがお約束じゃないの?」  
 
その場合はその場合で混乱が更に加速していたかもしれないが。  
ともあれ昨夜の出来事は、概ね全て記憶に残っていた。  
自棄酒かっくらって盛大に酔っ払った挙句、自分が何をやらかしたのか。  
 
……まあ、つまりは、フィリエル・ディーはアデイル・ロウランドを抱いてしまった、という訳なのだが。  
そりゃもう抱いて抱いて抱き尽くした。  
上も下も前も後ろも、指で舌で○○でしっかりと余すところ無く、美味しくいただきました。  
互いの純潔も散らし合った。  
快楽が強過ぎて苦痛など感じる暇も無かったが。  
シーツに盛大に散った赤い染みを眺めて、フィリエルは小さく、乾ききった笑い声を上げた。  
 
「……今度こそ、終わりかしらね」  
 
王位継承権保有者だか何だか知らないが、相手もまた同じ権利の保有者でしかも領主の娘。  
まさか同格とも思えない。  
 
恐怖や驚愕といった感情はとっくに通り越している。  
今はもうひたすらに疲れ果てた溜息を漏らすだけであった。が。  
 
「そんな事ありえませんわ」  
 
気付けば、自分に体重を預けたままの少女がじっと見詰めていた。  
既に昨夜のような狂態は無く、ただ事後の女特有の、怠惰な色香を纏わせていた。  
ぶっちゃけ少女の放つものとは思えなかった。  
その瞳はパーティーで初めて会った時のような知性と慈愛の光を宿しており、優しくフィリエルの頭を抱きすくめた。  
 
「ずいぶんと弱気ですのね。昨夜はあんなにも雄雄しく求めてくださったのに」  
「……あー」  
 
くすくすと笑う従姉妹にどう答えたものかと回らない頭をからから回して考えていると。  
 
ちゅ。  
 
と。  
 
昨夜の情事を考えればまるで児戯のような口付けが。  
 
「大丈夫ですわ。これから何が起ころうと、貴女の事は私が命を懸けて守って差し上げます」  
 
だから。  
と、彼女は続ける。  
 
「命を懸けて、私のことを愛してくださいね?フィリエル」  
 
無垢である筈なのに、何かこうあまりにもドス黒過ぎるその微笑を直視して。  
――ああ。と、この時ようやく彼女は自覚した。  
 
フィリエル・ディーはアデイル・ロウランドに魂の底まで囚われてしまったのだと。  
 
思わず苦笑する。  
結局の所、開き直ってしまえば笑うしかないのだ。  
昨夜はお誕生日おめでとうございますアストレイア。てゆーか私が一体何をしたって言うんですコンチクショウ。  
内心で生まれて初めて星仙女王に罵詈雑言(八つ当たり)を浴びせると、  
フィリエルはこれで最後と決め、盛大に溜息をついた。  
ふと気付けば、何時の間にか、頭痛は跡形も無く消えていた。  
そんな訳でアデイルの小さなうなじと鎖骨にむらむらと来たので、  
とりあえずはもう一度イイ声で鳴かせてやる事にしました。  
 
ああ――今日もいい天気だ。  
 

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