「あのさぁ橘…」  
テーブルと教科書を前に、楽の呆れた声が虚空に霞む。  
「何ですか楽様?」  
不自然なくらいにぴったりと寄り添い、万里花が楽の顔を見上げる。  
「勉強ぐらい自分でやれよ」  
心無しか、楽の体が少し強張っている。  
「楽様が居れば、もっと捗りますわ」  
言いながら、自分の上半身を楽の脇にすりすりと擦り付けてくる。  
「追試だろ?同じ問題か、難易度下がるだろうから、前よりは点取れると思うけど…」  
顔を少し赤くしながら体をずらす。万里花との間に隙間が出来た。  
(危なかった…)  
スリーサイズは聞いてないが、あの感触からすると着痩せするタイプだろうか。  
結構有りそうだ。  
 
(くそっ…何で千棘が居ねえんだ…)  
学校でまた請われた時、千棘も行こうとしたが、急用で行けなくなってしまった。  
心の中で愚痴るが、こうなってしまったものは仕様が無い。  
「お前…今日、勉強する気無いだろ」  
今日の態度を見れば分かる。  
「あら、流石ですわ♪私にとっては楽様が一番で、勉強はず〜〜〜〜っと優先順位が低いんですの」  
さらっと爆弾発言をかまし、摺り寄って来た。  
また胸が脇に当たる。  
(多分わざとだな)  
いつもそうだ。常に抱き付こうと狙っている。  
今日は泊まらないぞ。絶対に帰る。学校でも家に招かれた時も、そう宣言した。  
だがその時、万里花はこう言い放った。  
「あら、私はお泊り頂いても一向に構いませんわよ、何ならこの先ずっと一生でも」  
別に遠慮している訳では無い。こっちが構ってしまうのだが。  
 
万里花の肩に手を置き、身体をぐいっと離す。  
「取り敢えず自分で問題解いてみろ…分かんねえとこが有ったら教えてやるから」  
「あんっ!楽さまぁ〜」  
心底淋しそうな顔で楽を見つめ、渋々といった様子で座り直した。  
頬を膨らましながら教科書を開き、問題を読み始める。  
楽も復習がてら、教科書を開いた。  
カリカリと2本のシャーペンの音が聞こえる。  
「楽様、ここは?」  
「あぁそこは…」  
時折、万里花が楽に尋ねる。  
質問をしながら間合いを詰め、その度に離されるという微妙な攻防は有ったが、概ね静かに時を刻んでいた。  
 
やがて今日のノルマが終わり、万里花がうーんと背伸びをした。  
「やっと今日の分が終わりましたわ」  
下ろそうとした手を楽の方に向け、いつものように一気に抱き付く。  
「ぐわっ!」  
勢いが付き過ぎたのか勢いを付けたのか、楽が押し倒されてしまった。  
床に寝転がった楽の首にしがみ付き、胸板に顔を擦り付け、お腹に胸を押し当てる。  
「楽さまぁ〜、お蔭で捗りましたわ」  
「あ、そう…じゃあ帰りたいんだけど…」  
見た目に反して豊満な膨らみを感じ、少し興奮してきた事は知られてはならない。  
「是非ともお礼をして差し上げたいですわ」  
いつかのドヤ顔で楽を見る。  
「いや別にいいから」  
起き上がろうとするが、肩を押さえられ、身動きが取れない。  
その間も楽の体に胸を擦り付け、興奮をいざなう。  
 
どうしたものかと思案していると、万里花の体が楽から離れた。  
いや、腰の上に跨いで座っただけだった。  
「おい…どいてくれ…」  
「楽さまぁ、もしかして興奮なさってますぅ?」  
「いや、あの…」  
やっぱりばれたか。冷や汗が出る。  
上半身を起こし、万里花をどかそうとした所で、彼女の両腕が首に巻き付いた。  
「私は構いませんわ、お好きになさって楽様」  
互いの鼻が触れそうな距離で囁き、腰を揺する。  
楽の脳内にブツンと言う音が鳴り、何かが切れた。  
 
万里花を引き倒し、ゴロンと体勢を入れ替える。  
「きゃっ!」  
悲鳴を上げるが、決して嫌そうでは無い様子で楽を見上げる。  
「お礼、してくれんだよな」  
真顔で万里花を見下ろす。  
「あ、は、はい、私に出来る事なら何でも」  
「じゃあ保健の勉強手伝ってくれ、女性の体の構造がイマイチ良く分かんなくてさ」  
「はい、私で良ければ、隅から隅までお調べに…んっ!」  
 
〜fin〜  
 

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