「あ、一条君」
とある昼休み、るりが楽に声を掛けた。
「宮本?…何?」
「小咲が頼みが有るんだって」
言いながら、小咲の腕を引っ張ってくる。
「あっ、ちょっ、る、るりちゃん、わ、わたし別に…」
「何言ってんの、さっき言ってたじゃん」
「そそそそりゃ言ったけど」
いつも通りの掛け合いは見ていてほのぼのとする。
「おう…小野寺、何?」
「あ、いや、えっとぉ…そのぉ…」
もじもじしながら顔を赤らめている。因みに楽も顔が赤い。
「料理習いたいんだって」
業を煮やしたるりが横から助け舟を出した。
「一条君、料理得意でしょ。小咲に教えてあげて欲しいんだけど」
料理教室とかはお金が掛かるし、身近に居るなら、気心知れた相手の方がいい。
うんぬんと理屈を並べ立て、小咲を楽の方に押しやる。
「あぁ、まあ、別にいいけど…」
「そう、じゃあ、今日とか空いてる?」
畳み掛けるように予定を聞く。
「えっ!きょきょ今日って、るりちゃん!?」
小咲が素っ頓狂な声を上げた。
「あぁ、俺は別に構わねえけど」
内心快哉を叫びたい気分だ。小咲が来るなんて。
「じゃ、よろしく」
いつも通りテキパキと交渉を纏めると、シュタッと何処かへ行ってしまった。
二人きりで取り残され、沈黙の時間が訪れる。
「…えっと…」
「お、おう…」
再びもじもじしだす二人。
「じゃ、じゃあ…放課後に…」
「わ、分かった…放課後、な…」
ギクシャクした動きで別れて行った―。
放課後、教室から一緒に帰る事になった。並んで歩くと緊張する。
「じゃ、じゃあ…うち来るか?」
「あ、う、うん…そ、そう、だ、ね」
下駄箱で話す二人は動作が硬い。靴を履くのに、普段の3倍は掛かってしまった。
(お、小野寺と…二人っきり…)
(いいいい一条君と…並んで…)
ろくに会話も無く、二人で黙りこくったまま校門を出て行った。
「う〜ん、相変わらずだなぁ」
「そうね」
校門辺りから二人を尾行する人影が二つ。
眼鏡を掛けた少年と少女が、電柱や壁に隠れながら後をつける。
「もしかして緊張し過ぎじゃね?」
「かもね」
少年の方はニヤニヤしながら、少女の方は無表情で会話を交わす。
「さっきあんな事言っちまったからなぁ」
「私も同じような事言っちゃったからね」
お互い、責任を感じているらしい。ひそひそと声を潜めながら付いて行った。
(くそっ、集のヤツ、あんな事言いやがって…)
楽の脳裏を、集の言葉がぐるぐる回る。
―告って押し倒してキスしちまえ♪―
いつものように、ニヤニヤしながら肩を叩いて言ってきた言葉だ。
あまり会話が弾まない状態では、他に考える事が無い。折角のチャンスなのに。
(ううっ…る、るりちゃん、あんな事言わなくても…)
小咲の心を、るりの言葉が引っ掻き回す。
―この際だから告白して唇奪って押し倒しちゃいな―
いつものように眼鏡をキラリと光らせ、親指を立てて言った。
しかもその後に続いた言葉が、
―何ならその先まで行っても構わないから―
だった。意識しない訳には行かない。
沈黙した気まずい状態では、他に思考が働かない。
折角二人きりになったのに。
二人とも、もんもんとしながら道を歩いた。
そんな二人を見ながら、集とるりも歩く。
どうやら、目標の二人は背後の彼らに気づかないようである。
「そう言えば、一条君が教室から居なくなった後、橘さんが泣き叫んでうろうろしてたけど」
相変わらず無表情で尋ねる。
「あ〜、禁断症状だよ、いつもの」
こちらもいつものようにしれっと答える。
そんな禁断症状が有るのだろうか。一瞬考えるが、普段の様子を思い浮かべると納得してしまう。
「ふぅん…まあ、橘さんなら有りうるわね」
「だろ」
二人で頷き―るりの眼鏡がキラリと光った。
「処でさぁ、舞子君」
「何?」
メゴッ…パリーン…!
「ああああああっ!」
るりの金属バットが顔面にめり込み、アスファルトの上でゴロゴロと悶絶する。
「どさくさに紛れて腰に手ぇ回すのやめてくれない?」
金属バットで肩をトントンしながら、転げまわる集を睨み付ける。
「い゛や゛、ふ、不可抗力でぇぇ……俺、幼児体型に興味n」
―メリッ―
「ふん、悪かったわね」
るりが尾行を再開する中、口に金属バットを差し込まれ、仰向けに倒れている集が取り残された―。
〜続くか?〜