千棘side  
 せみの鳴き声が聞こえなくなり始め、もうそろそろこの夏服ともお別れかな、と思えてく  
る時期。雲ひとつなく、空の色が日に日に澄んでいくのが実感できる、そんな朝だった。こ  
こ最近の習慣通り、楽と道すがら合流して学校に向かう。手をつないでいくこともなく、口  
数も少なめにただ二人肩を並べて歩く。というのも、鶫は最近無理に付き添うなどと言わな  
くなり、クロードは今日どこかに出払っているらしい。つまり今は気をつかわずに楽といら  
れるということだ。  
「涼しくなってきたわね」  
特に意識もせず話しかける。  
「ああ、そうだな」  
楽の返事も普通のものだった。  
「冬服、いつからだっけ?」  
「来週が確か自由に選べる期間で、十月からは完全に移行だな」  
「そっか。あと一週間か」  
少しずつ素直に話せるようになって来たと、自分では思う。楽も普通の友達のように接して  
くるようになった。  
「残念そうだな」  
「ま、こっちのほうが動きやすいからね」  
気をつかわなくていい時間は珍しい。そんな時間を、楽と普通に話してすごしているという  
事実がうれしかった。もちろん、口に出しては言えないが。  
「確かにお前はそっちのほうが似合うかもな」  
しかし、何気なく放たれた言葉に、今までの小さな幸せが一瞬で照れに変わる。  
「な、なに変なこと言ってんのよ、馬鹿!」  
顔が赤くなるのをごまかそうとして、思わずそう叫ぶ。やっぱり素直じゃないかも、と内心  
後悔しているのは、気づかれたくなかった。  
 
「んだよ、ただ褒めただけじゃねぇか!」  
「うっさい!」  
しばらく楽の顔は見られそうになかった。そう自覚できるほどに、顔が熱い。  
しかしずっと無言というわけにもいかない。歩いていれば自然と学校に近づくいていく。  
同じ制服姿の人が増えてくれば、周りを気にしてまた仲良しカップルを演じなきゃいけない。  
そう思うと嫌になってくる。上辺だけの関係を見せつけ、うんざりしながらやっとの思いで  
学校に着くと、教室に向かう途中の昇降口で小咲ちゃんが上履きに履き替えようとしている  
ところに出くわした。  
「あ、おはよう、一条君、千棘ちゃん」  
「おう、おはよう小野寺」  
「小咲ちゃんおはよう」  
にこやかに挨拶してくる小咲ちゃんに返事をし、三人で教室まで一緒に行こうと提案した。  
無意識に嫌なことを避けたのかもしれない。事情を知っている友達といれば、取り繕わなき  
ゃいけないことも減る。  
「そういえば宮本は?いつも一緒じゃなかったか?」  
「るりちゃん、今日水泳部の大会で公欠なんだって」  
「へぇ、頑張ってるんだな」  
「すごいよねぇ。私運動苦手だから、ほんとそう思うよ」  
「そうだな」  
楽は小咲ちゃんと楽しそうに話している。何気ないことを、私といるときなんかよりもずっ  
と楽しそうに。見えないけれど確かに存在する何かが、私が話しに加わるのを邪魔している。  
「千棘ちゃん、どうかしたの?」  
「うぇ、あ、ううん、何でもないよ」  
どうやら上の空だったらしい。しっかりしないと。小咲ちゃんに変に気をつかわせてしまっ  
ている。  
 
「ほんとに大丈夫か?なんかボーっとしてるぞ」  
「ダーリンに心配される筋合いはないわよ」  
「なんだよ、せっかく人が心配してやったのに…」  
「うっさいわね、必要ないって言ってんでしょ!」  
 なんで…なんで「ありがとう。大丈夫だから、気にしないで」って、たったそれだけのこ  
とが言えないのだろうか。口から出るのは拒絶の言葉だけだった。  
「お前なぁ、人がせっかく…」  
「なによ、余計なおせ…」  
「ふふっ」  
いつもどおりのけんか腰のやり取りに、小咲ちゃんが笑い出した。なにか変なことを言った  
だろうか?  
「やっぱり、二人とも仲いいね。羨ましい」  
「いや、そんなわけな…当たり前だろ」  
楽がまわりを気にして言葉をうやむやにする。何人かが少し離れたところにいるだけだった。  
安堵のため息が出る。それとともに思うところがあった。  
「(羨ましい、か…)」  
小咲ちゃんの言葉がいやに気になる。普通に考えたら仲がいい話し相手がいることに対して  
なんだろうけど、小咲ちゃんの場合は…  
「(やっぱり、そういうことなのかな?)」  
そう、小咲ちゃんの場合は意味が違う。  
 
「それじゃあ、次の文を…桐崎、英文読んでから訳」  
「はい、My warped character tried to keep him away though I knew he wanted to be  
together.訳は『彼が一緒にいたいのを知っていながら、私の曲がった性格は彼を遠ざけようとした』です」  
 
「よろしい、従属節の中にさらに目的語となる従属節が…」  
英語の授業はやはり私にとって退屈だった。ネイティブの英語とは少し違うが、授業で困る  
ようなことはない。否応なしに考え事が多くなる。  
前のほうの席に座っている小咲ちゃんが目に入った。小咲ちゃんはノートを取りながら  
時々こちらの方を見つめていた。別になにか珍しいものがあったりするわけじゃないだろう。  
ほかでもない、私の隣の席の、楽を見ている。やっぱり、いままでどうして気づかなかった  
のかと不思議に思う。それほど明らかな事だった。そう…  
 
―――楽と小咲ちゃんは互いに想い合っている。  
 
気づくべき事実だったのだ。小咲ちゃんがこっちを見るたびにこの事実を思い知る。その事  
実が胸を締め付ける。苦しくて、辛くて、泣きたくなる。何故かなんて聞くまでも無い。簡  
単なことだ。私は、隣にいるこいつのことが、ムカついて説教ばかりする口うるさいもやし  
が、一条楽が、  
 
―――好き。  
 
たったそれだけのことなのだ。もう、気づいてないふりは出来ない。たぶんこれが、私の素  
直な気持ちなのだ。そして気づかざるべき真実でもある。  
「(こんなもやしを、か…)」  
すっと、視線を隣の席に移す。今でもどうしてか疑問に思う。でも、これを認めなければ、  
楽を意識するなんてことは万が一にもなかった。楽を意識しなければ、楽の小咲に対する態  
度が違うのもわからなかった。そして小咲ちゃんを苦しめ続けていた。小咲ちゃんは私がど  
んな家で育ってきたかを知っていても、私に対して分け隔てなく、やさしく接してくれる、  
私の大切な、本当に大切な友達だ。だから、私は小咲ちゃんに出来るだけのことはしてあげ  
たい。そして、彼女は楽を想っている。  
「よし」  
私は決心した。  
 
 
小咲side  
家で英語の宿題をやっているときのことだった。携帯が前触れ無く鳴り響き、ディスプレ  
イに表示された番号を見る余裕もないまま電話にでた。  
「あ、もしもし、小咲ちゃん?私、桐崎だけど…」  
「千棘ちゃん?珍しいね、電話なんて」  
「ごめんね、忙しかった?」  
「ううん、そんなことないよ」  
「そう、よかった」  
電話の向こうの明るい声がふと途絶える。千棘ちゃんの次の言葉までほんの少し間があった。  
「あのさ…」  
「うん」  
「今度の土曜の夜、暇?」  
「土曜の夜?出かけるの?」  
「うん」  
意外な言葉に戸惑った。遊びに行くにしても勉強会にしても夜は変だ。  
「ちょっと待ってね」  
夜となるとお母さんが心配するかもしれないと思い、聞いて見ることにした。  
「お母さん」  
「ん、なによ?」  
お母さんは仕事が終わってリビングでのんびりお茶を飲んでいた。いつもどおりの様子だっ  
たのでなにも考えず質問したが、失敗だったかもしれない。  
「土曜の夜、友達と出かけていいかな?」  
「土曜の夜?まぁ、次の日休みだし、あんたも高校生だからあんまり細かいこと言わないけ  
ど…って、友達って一条君?」  
「ふぇ、い、いや、あの、その、ち、違うよ、一条君とだなんてそんなわけ…」  
右手に何かが当たる感触とともに、ガタッ、ビシャ、と言う音が聞こえた。動揺することを  
言われてお茶をこぼしてしまったらしいが、そんなことにも構えないぐらいあわてていた。  
 
「ふーん、へぇ、ほぉ…」  
お母さんが意地悪くニヤニヤしているのを見て、なにか言わなきゃと思うのだけれど、別の  
ことが頭に浮かんできて、そのたびに顔が赤くなってしまう。なにを考えているかは…言え  
るわけがない。  
「ま、図星かどうかはともかく、気にしないで行ってらっしゃい。帰りが遅くても連絡しな  
くていいわよ」  
にやにや顔でそう言いながらお母さんは布巾をとりに向かった。後半の言葉に言外の意味が  
あるのは明らかだった。  
「だから、違うってば!!」  
お母さんの背中に向かってそう叫んだが、聞こえていないようだ。いたたまれなくなって、  
私は部屋に戻った。  
「うぅ…」  
なんだかとても疲れた。それもこれもお母さんのせいだ。  
「(一条君と一緒の夜…)」  
そんなものを一瞬想像して、我に返る。千棘ちゃんを待たせているのを忘れるところだった。  
「待たせてごめんね。お母さんに聞いてみたけど別にいいって。」  
「そう。もしかして無理させちゃった?」  
「ううん、そんなことないよ」  
「ならいいんだけどさ」  
いつもの千棘ちゃんと違って、どことなく歯切れが悪い感じがした。  
「ところでさ、大人っぽい服、持ってる?ドレスとか…」  
「大人っぽい服?」  
意味がわからない言葉に、とっさにオウム返しで聞き返す。「どうしてそんなものいるの?」  
と、もちろん思ったが、なんとなくはぐらかされてしまう気がしたので、素直に答える事に  
した。  
「うーん、持ってないかな」  
「そっか、なら土曜の6時に私の家に来てもらっていいかな?」  
「わかった」  
それから一言二言で電話を切った。結局、なにをするのか聞きそびれてしまった。ほんの少  
し不安が残る。  
「(私もお茶でも飲んで落ち着こう)」  
そう思ってまたリビングに向かう。  
「…それでね、小咲が今週末その男の子と…」  
「お母さんっ!!」  
妹とニタニタしながら電話で話す母を見て、私は電話を無理やり切った。  
 
「やっぱり大きいなぁ、千棘ちゃんの家」  
改めて彼女が生粋のお嬢様である事を実感する。同時に、こんな時間にお呼ばれするのはや  
っぱり不思議な気がした。コンパクトを取り出して最後の確認をする。電話の内容が気にな  
って、少しお化粧をしてきた。目元は少し気をつかったが、だいたいは簡単なナチュラルメ  
イクだ。それですら、初めての事で母に教わらなければ全く出来なかったのだが。いつもど  
おりの髪形、あまり目立たないマスカラとアイライン、うすめのチーク、桜色のリップ、家  
にあったので一番大人っぽいワンピース…。見た限りは大丈夫なはずだ。  
「ベースメイクいらないなんて、羨ましいわねぇ。私ももっと若ければねぇ」  
母がニヤニヤしていた顔を思いだすと心配になる。どこか変なところはないだろうか。  
「(こんな格好で大丈夫かな…)」  
不安は尽きないが、ここでおろおろしていても意味が無い。インターホンを押すことにした。  
「どちら様でしょうか?」  
「あ、あの、小野寺です。桐崎千棘さんに6時にうかがうと約束していたのですが」  
「お待ちしておりました。今、迎えのものを向かわせます」  
程なくして正門が開かれた。何人かがこちらに向ってくるのが見える。しかし、千棘ちゃん  
以外のひとは目に入らなかった。  
 
「ミリアム、車出してくれない?」  
「かしこまりました」  
千棘ちゃんが家の人にそんなことを言っていたが、それを気にしている場合ではなかった。  
「あの、千棘ちゃん?」  
私は鏡に映った自分らしき人を見つめながら尋ねてみる。  
「なに?」  
「こんな格好してどこに行くの?」  
真っ白いシルクのパーティードレスに、ピンクのバラをあしらったチョーカー、お洒落なミ  
ュール…。鏡に映った自分は別人にしか見えなかった。  
「小咲ちゃん、似合ってるねぇ」  
「答えになってないよ…」  
笑顔を浮かべてそう言う千棘ちゃんは、深い紅色のドレスを身に纏い、タンザナイトのブロ  
ーチを胸に付けていた。ブロンドの長い髪がぴったりとはまって、CMにでも出てきそうな  
雰囲気だ。本来の彼女の魅力が惜しげもなくさらしている。  
しばらくしてやってきた車に乗った。高級車だと一目でわかる黒塗りの車だった。もう一  
度どこに行くか尋ねて見たが、やっぱり千棘ちゃんは答えてくれなかった。  
 
「こんなドレス、着たこと無いよ…」  
「大丈夫、全部あわせても3,000ぐらいだから」  
私が不安がっていると、千棘ちゃんがそう言った。その数字を聞いて、レンタルしたのかと  
少し安心した。まさか単位がドルってことはない…と思う。  
結局緊張のせいでで車の中ではほとんど無言だった。気がつくと、車は都心にあるホテル  
の前で止まろうとしていた。  
「着いた、着いた。ミリアム、帰りはまた連絡するから、そのときはお願いね」  
「かしこまりました」  
そう言って送ってくれた人はどこかへ行ってしまった。  
「じゃあ、いこっか」  
すたすたと千棘ちゃんは回転扉の中に入っていった。私もあわててついていく。ロビーに入  
ると、夜だと言うのにシャンデリアのせいでまぶしくてしょうがなかった。エレベーターホ  
ールに向かい、千棘ちゃんが下の階に向かうためのボタンを押す。  
「ここはパパの知り合いが経営してるらしくって、私、結構顔が利くの」  
エレベーターを待ちながら、千棘ちゃんがそんなことを言っていたが、私はこのあまりに意  
味のわからない展開に頭がパンクしていた。何も言わずについて行くしかない。  
「ここで話がしたかったの」  
エレベーターを出て少し歩くと、目の前にはバーがあった。落ち着いた雰囲気が外からでも  
わかる。  
「ここ、お酒飲む所だよね?」  
「うん」  
千棘ちゃんは事も無げに答える。  
「私たち、未成年だよね?」  
「んじゃ、入ろっか」  
にっこり笑いながらそんなことをいう千棘ちゃんに、思わず言わずにはいられなかった。  
「『入ろっか。』じゃないよ!私お酒なんて飲めないよ!」  
そんなことを言う私にかまわず千棘ちゃんはすたすたと中へ入っていってしまった。私には  
おろおろしながらついて行くしか選択肢は無かった。  
 
「私はドライマティーニ、彼女にはカシスオレンジ、あと、おすすめのアラカルトを二人分」  
千棘ちゃんは慣れた感じで注文をしながら奥のスツールに腰掛けた。私も気後れしながら隣  
に腰掛ける。すぐにマスターがグラスと料理を持ってやってきた。髪に白髪が混じった、貫  
禄のある男性だった。  
「こちらがドライマティーニとカシスオレンジになります。アラカルトはカプレーゼをご用  
意いたしました」  
「ありがとう」  
「ごゆっくりどうぞ」  
マスターはすぐさま去っていってしまった。目の前の黄色い飲み物の入ったグラスを見つめ  
ていると、自分が場違いな気がして思わずまわりを見てしまう。ほかのお客さんはほとんど  
いないようだった。  
「堂々としてれば問題ないわよ。それより乾杯しよ、乾杯」  
千棘ちゃんがグラスをこちらに向けてきた。目の前いる千棘ちゃんは確かにこの場にいても  
違和感が無い。堂々とした態度に説得力がある。  
「う、うん。わかった」  
とりあえず応じることにした。千棘ちゃんが音頭をとる。  
「これからの幸せな未来に乾杯!」  
「か、乾杯」  
乾杯の内容が良くわからなかったが、とりあえずグラスを軽くぶつけ合う。チン、と小気味  
がいい音がした。千棘ちゃんはためらうことなくグラスの中身を煽っている。不自然になら  
ないように、意を決して私もグラスを口につけた。一口含んでみると、案外飲みやすいもの  
だと思った。オレンジの酸味が強く、お酒であることを感じさせない。自然とグラスが空に  
なっていく。  
「美味しいね。この…」  
「カシスオレンジ?」  
「そう、カシスオレンジ。ほんとはいけないんだろうけど…」  
「細かいことは気にしない。ほら、このサラダも美味しいよ」  
千棘ちゃんが勧めてきたアラカルトを一口いただく。チーズの濃厚な味わいが格別だった。  
「ほんとだ、こっちも美味しい」  
女の子同士だと、やはりこういう会話が弾む。普段来られないようなところだとなおさらだ。  
 
千棘ちゃんの意図が読めず不安だったことも忘れてしまいそうだった。  
「お金は気にしなくていいから、なにか頼みたかったら好きにしていいよ」  
「じゃあ、お言葉に甘えるね」  
本当は遠慮すべきところなのだろうが、千棘ちゃんはそんな事をするほうが嫌がるだろうと  
思った。お酒の種類がわからなかったので、同じものをお願いする。  
二杯目を少しずつ飲み始める。気づけばまたグラスの中身がまた減っていった。酔いがまわ  
ってきたのか、緊張が無くなり、頭がボーっとしてくる。視線を横にやれば、千棘ちゃんは  
思いつめたようにグラスをじっと眺めている。先ほどまでの明るい雰囲気がいつのまにかな  
くなっていた。私も黙り込んでしまい、意味もなくカウンターの上を見つめ続ける。そんな  
静けさの中、千棘ちゃんが口を開いた。  
「同じものを」  
「かしこまりました」  
千棘ちゃんがオーダーすると、再びカウンターの上に淡色の液体で満たされたグラスがそっ  
と置かれた。しばらくそれを見つめていた千棘ちゃんは、それを一息に飲み干した。何かは  
わからないが、予感はあった。うつむいた後、千棘ちゃんは意を決したように顔を上げる。  
「小咲ちゃんは…」  
千棘ちゃんの言葉はそこで途切れ、一瞬の静寂が訪れる。時が止まったような時間を、独り  
言のような、けれど確かに私に向けられた言葉が打ち破った。  
「小咲ちゃんは、楽のこと、好きなの?」  
 
―――好きだよ  
 
「(……えっ!?わ、私、なにを!)」  
考える間もなく自分の口から出た言葉の意味を、私ははじめ理解できなかった。  
「一条君の事、好きだよ、異性として。誰よりも、一条君の事が好き。」  
自分の言葉だとは思えなかった。それでも、後から後から尽きることなくあふれてくる。  
「一条君のことずっと前から、最初に会ったときから好きだった。いつも一条君のこと考え  
てたし、一条君といられる千棘ちゃんが本当に羨ましかった。千棘ちゃんが本当の恋人じ  
ゃないと知って、悔しかった。だってほんとに、ほんとに私、一条君のこと好きなのに。  
それなのに一条君は、千棘ちゃんと一緒にいて…。『なんでこうなんだろう?』って何度も  
思った。何も出来ない自分が悪いんだって、千棘ちゃんはいい人だって、判ってるんだけ  
ど、それでも、千棘ちゃんのこと、許せなかった。千棘ちゃんになんて言われてもいい。  
でも私は、私は、一条君が好き」  
 
気がつくと、もう止まらなかった。ここで退いてはいけないと、私の心の底から何かが私に  
働きかける。そう、言葉に出来なかっただけで、これは私の本心だった。中学のときから、  
ずっと変わる事が無かった、紛れも無い私の気持ち。ずっとずっと形にしたくて、出来なく  
て、悩んで、がんばろうって決意して、それでも出来なくて、でも、絶対にあきらめられな  
い、私の初恋。今までの自分に対する悔しさ、千棘ちゃんに対する恨めしさを思うままに吐  
き出す。醜いとわかっていても、悪いのは私だと判っていても、それでも叫び続けた。そん  
な私の言葉を、千棘ちゃんは口を挟まず黙って聞いていてくれる。  
「そっか」  
ひとしきり私が言い切ると、千棘ちゃんはそう言った。何かを諦めきったような、穏やかな  
声だった。私の強い感情が、その一言で冷水をかけられたように熱を失っていく。私は千棘  
ちゃんのほうに振り向いた。  
「やっぱり、ね」  
そうつぶやく千棘ちゃんは、目尻に涙を浮かべ、静かに微笑んでいた。世界中のどんな名画  
とも比べ物にならないほどの、穏やかでやさしい笑みだった。同性の私でも見とれてしまう  
ほど、千棘ちゃんの笑みは美しかった。  
「なら、応援しなきゃね」  
明らかに千棘ちゃんの一条君への態度は転校してきた直後と異なっている。それが意味する  
のは一つしか考えられなかった。だからこそ、私は千棘ちゃんの言っていることが理解でき  
なかった。  
「なんで?千棘ちゃんは、一条君の事好きだったんじゃ…」  
「そんなわけないって。あんなもやし、どうだっていいわよ」  
明るい声でそう答える千棘ちゃんの笑みは、今にも崩れそうで、しかしどこか強さを感じさ  
せた。  
「それにもし、私があいつの事を好きだったとしても…」  
最後の一歩を踏み出すように千棘ちゃんは言った。  
 
―――小咲ちゃんは、友達だから  
 
その言葉が口から出たとき、千棘ちゃんは決意を秘めた目をこちらに向けていた。迷いの無  
いまっすぐな言葉だった。  
「小咲ちゃんは、私の自慢の友達。だから、応援するよ」  
友達だから、応援する。私はそんな言葉にふさわしい人間なのだろうか。  
「私は千棘ちゃんに、ひどいこといったんだよ。それでも、本当にいいの?」  
千棘ちゃんの本心が知りたかった。  
「いいも悪いも、今まで小咲ちゃんに辛い思いさせてた私が悪いの。小咲ちゃんは、小咲ちゃ  
んが思うようにしていいんだよ」  
 
「そんなことないよ。千棘ちゃんは、何も悪くない。私が全部悪いの」  
「どうしてそう思うの?小咲ちゃん、苦しかったんでしょ?」  
「でもそれは、千棘ちゃんのせいじゃないよ」  
「じゃあ、私があのもやしと付き合っていいの?」  
「それは…」  
千棘ちゃんは笑いながら聞いてきた。返事に困る。ここまで言わせておいて、その聞き方は  
ずるいと思う。  
「私は本当にいいの。ただ、ひとつだけお願いしていい?」  
そう聞いてきた千棘ちゃんの顔は真剣なものになっていた。  
「うん」  
私はどんな願いも聞き入れるつもりだった。  
「私を、ずっと友達だと思ってて欲しい」  
「それだけでいいの?」  
もう二度と会わないでくれと言われてもおかしくないと思っていたので、本意かどうか読み  
取れなかった。  
「うん、それだけでいい。約束してくれる?」  
「もちろん、いいよ。でも、どうしてそんなこと…」  
千棘ちゃんはゆっくり語り出す。  
「転校してすぐのときね、私まだみんなの名前わからなかったり、自分の家のことコンプレ  
ックスだと思ってたりしてて、みんなと馴染めなかった。だから、小咲ちゃんとるりちゃ  
んが友達になってくれて本当に嬉しかった。私にとって、小咲ちゃんは私を助けてくれた  
大切な友達。だから、小咲ちゃんにも私のこと、友達だと思っていて欲しい。それだけだよ」  
千棘ちゃんはもう涙を浮かべてはいなかった。それだけだと言い終えた千棘ちゃんを見てい  
ると、これが千棘ちゃんの本心なのだと信じられた。ならば、私に出来ることは一つしかな  
かった。  
「約束する。千棘ちゃんは、ずっと私の友達だよ」  
 
 
楽side  
 「もっとさっさと出なさいよ」  
「第一声がそれかよ」  
英語の宿題が片付いて、一息ついていたところで電話が鳴った。発信者の名前を見て、通話  
ボタンを押した直後にこれである。  
「うるさいわね」  
「はぁ…んだよ、こんな時間に?」  
言葉はいつもどおりだが、声にあいつらしい元気がない気がした。用件を尋ねてみると、返  
事には少し間があった。  
「土曜の夜9時、○○ホテルに来て」  
「はぁ?」  
思わずそんな声が漏れてしまった。意味がわからない。  
「だから、土曜の夜の9時、○○ホテルに来て」  
なにも情報が増えてなかった。やっぱり意味がわからない。  
「どうしてそんな時間に、そんなところに?」  
「いいじゃない、男が細かいこと気にすんじゃないわよ。これだからもやしは…」  
「あのな、夜にそんな変な場所に理由も言わず呼び出しといて、それは無いだろ」  
いつもならすぐ「うるさい!」と怒鳴られるだろう。しかし、受話器からそんな声は聞こえ  
てこなかった。  
「そうね…確かに、そう。こんな言い方、ないわよね」  
代わりに返ってきた言葉はひどく弱々しかった。なんと返せばいいかわからなくなってしま  
う。  
「でも、ごめん。理由は、言えない」  
千棘の声はどんどんか細くなっていく。もうまるで別人のようであった。  
「大事なこと、なのか?」  
「うん。もう決めたから」  
その言葉からは、これ以上なにも聞けなくなるほどの真剣さを感じた。  
「用件はそれだけだから」  
「ああ…」  
言葉が出てこない。「何か言わなくていいのか?」という疑問が頭から離れなかった。  
 
―――じゃあね、楽  
 
寂しげな言葉とともに、電話は切れた。  
 
 
「ほんとにここであってんのか?」  
○○ホテル、午後8時45分。確かに場所は間違いないはずだ。  
「(何でこんなところに…)」  
見上げればきらびやかに光輝くシャンデリア、訪れる客は高そうなスーツ。今座っているソ  
ファーは、柔らかくも硬くも無く程よいすわり心地。絶対高級品だ。学生の待ち合わせ場所  
としては場違いにも程がある。一応こっちもそれなりの格好もしてきたが、馴染めている気  
がまったくしない。  
「あいつ、遅いなぁ…」  
もちろんまだ時間にはなってない。こっちの気が急いているのは間違いなかった。  
「(落ち着け…)」  
千棘の意図がどうであれ、おどおどしてればあいつに馬鹿にされるのは間違いない。しかし、  
本当にわけがわからない。またギャングだのやくざだのの話かと思って、親父に聞いてみた  
が、なにも知らないと言っていた。まさかあいつと二人きりでホテルに入るわけじゃあるま  
い。何を考えているのか想像がつかない。電話してきたときの態度も気になる。だが、どう  
せあと十分もすればわかるだろうと思い考えるのをやめ、深呼吸をした。その矢先だった。  
「だーれだ?」  
「う、うわ!」  
いきなり視界をふさがれる。突然のことで何が起こっているかが全くわからない。  
「千棘だろ?おい、やめろって!」  
うろたえながら答えるが、自分の答えに違和感があった。  
「はずれ」  
そう、声が違う。聞き覚えがある声だが、千棘の声じゃない。誰なのかと思いをめぐらせる  
と、すぐに思い当たる。  
間違えようがない。  
「小野寺?」  
「うん…そうだよ」  
視界が開ける。振り返ると、そこにはいつもより大人びて、妖艶な微笑みを浮かべている小  
野寺がいた。  
「どうしてこんなところに?」  
「さぁ、どうしてでしょう?」  
 
間近にあるその笑顔に、思わずどきりとした。見つめられると目が離せない魅力がそこには  
あった。よく見ると化粧をしているらしく、服も真っ白なドレスを着ていて、小野寺の清純  
なイメージをいつも以上のものに引き立てていた。本当によく似合っている。ずっと見てい  
たいと思ったのは間違いない。しかし、先ほどのやり取りをふと思い出すと、恥ずかしくな  
ってしまう。顔に朱が差し、つい目をそらしてしまった。  
「千棘は?一緒にいるのか?」  
恥ずかしさのあまりぶっきらぼうにそう尋ねる。  
「千棘ちゃんのこと、気になる?」  
小野寺がいたずらっぽく聞いてくる。その表情がまたなんとも魅力的で、またぶっきらぼう  
な答え方になってしまった。  
「気になるもなにも、あいつに呼び出されたんだから、いないのは変だろ。」  
「千棘ちゃんは帰ったよ」  
「は?なんだよあいつ、こんなところに呼び出して、一人で帰るとか、訳わからん…」  
続けようとした千棘への不満の言葉は、小野寺の言葉で遮られた。  
「あのね、一条君。話が、あるの」  
 
「一条君、夕飯は?」  
部屋に入りソファーに座って一息つくなり、小野寺がそう聞いてきた。  
「え?ああ、もう食べた」  
簡単な質問にもかかわらず、さっと答えられなかった。そりゃそうだろう。こんな状況で冷  
静でいられる奴がいるのなら、たぶんそいつは人間じゃない。  
「そっか。わたしまだ食べてないんだよね。ルームサービスなにか取ったら、一緒に食べな  
い?」  
「ああ、少しなら食べられるけど」  
小野寺がルームサービスのメニューを見ながら聞いてきた。  
「じゃあ、B.L.T.サンドでいい?頼んじゃうね」  
「わかった」  
そう答えるのが限界だった。好きな女の子と高級ホテルのスイートで二人きり。普通ならあ  
りえない状況で、頭がうまく回らない。小野寺が電話をかけている間、必死に落ち着くのに  
専念する。小野寺と二人きりといっても、バイトのときもそうだったじゃないかと自分を無  
理やり説得した。  
「あ、そういえば俺手持ちが…」  
落ち着くことは出来たが、変なことを思い出してしまった。情けないことだが、まさかこん  
な展開になるとは思わず、たいした持ち合わせが無い。こんなことならもう少し持ってくれ  
ばと後悔した。  
 
「あ、それなら大丈夫だよ」  
小野寺が笑いながら言った。  
「このホテル、千棘ちゃんの知り合いが経営者で、今回全部大丈夫だって言ってたから」  
「そうか、なんだか貸し作ったみたいで気がひけるな」  
「千棘ちゃんはそんなこと気にしないよ」  
小野寺は明るく言った。確かにそんな気がする。  
「それもそうだな」  
小野寺の笑顔を見て少し気持ちが軽くなる。だんだん状況が読めてきた。たぶん小野寺も千  
棘に呼び出されてここにいるのだろう。小野寺は先に千棘と待ち合わせをしていて、そこで  
何かあったのは間違いない。けれど考えてもその内容はわからなかった。  
「なぁ小野寺、話って?」  
と話を進めようとしたが、そこでチャイムが鳴った。苦笑いをしてドアを少しだけ開ける。  
「お待たせいたしました。ルームサービスをお持ちしました」  
ホテルマンがにこやかな表情とともにドアの近くに立っていた。台車の上にはラップをかけ  
られたサンドイッチがある。チェーンをはずして、ホテルマンを中に入れる。  
「こちらでよろしいでしょうか?」  
「はい、ありがとうございます」  
ホテルマンがサンドイッチをテーブルの上に置き、小野寺が礼を言うと、ホテルマンは台車  
の下から何かを取り出す。  
「こちら、スイートをご利用のお客様へのサービスとなっております。よろしければどうぞ」  
そう言って出てきたのは、シャンパンのミニボトルだった。未成年だから断ろうとしたのだ  
が、断る言葉を考えているうちにホテルマンは去っていってしまった。  
「これ、どうする?そのままほっとくか?」  
ミニボトルを指さして聞いてみた。どうせ飲めないので、それ以外に選択肢は無いと思って  
いた。  
「せっかくだし、飲んでみない?」  
悪戯を思いついた子供のような顔をして小野寺が言ってきた。  
「いや、それはまずいだろ」  
高校生から飲酒なんてことは不良のやることだ。ただでさえやくざの倅なんてイメージが悪  
いのだから、中身がともなってしまったらたまったものじゃない。それにしても、小野寺が  
こんなことを言い出すとは思わなかった。  
「ふふっ、ごめんね。やっぱりだめだよね。でも、一条君らしいね。全く飲んだこと無いの?」  
小さく笑いながら謝ってくる。その表情が蠱惑的で心臓に悪い。  
「いや、小さいころに親父に無理やり飲まされたことならある」  
それだけをやっとの思いで答える。  
「へぇ、そうなんだ」  
そういいながら、小野寺は冷蔵庫から取り出したオレンジジュースの缶を二つテーブルに並  
べ、近くの二人がけのソファーに座り込んだ。  
 
「まぁ、それならそれは置いといて、とりあえずサンドイッチ食べようよ」  
「そうだな、冷めてももったいないし」  
小野寺の言葉にうなずいて、隣の一人がけのソファーに座る。サンドイッチは四切れあった  
のでひとついただくことにした。  
「おいしいね」  
「そうだな」  
しばらく二人でサンドイッチを食べていた。さすがに高級ホテルだけあってか、細かな違い  
はわからないが、ファミレスで食べるものとは大きく異なっていた。  
「ごちそうさま」  
一切れだと当たり前のように小野寺より早く食べ終わる。缶ジュースを少しずつ飲み、変に  
思われないように時々目をそらしながら小野寺を見つめる。  
「なぁ、小野寺?」  
「なに?」  
小野寺がしゃべれそうなタイミングを見計らって話しかける。  
「今日俺がここに呼び出されたのって、何が目的なんだ?」  
小野寺の表情が硬くなる。手に取っていたサンドイッチの最後の一切れを皿の上に戻し、静  
かにしゃべり始めた。  
「今日、千棘ちゃんに呼び出されて、ここに来たの」  
そこまではなんとなくわかっていた。しかしその理由に見当がつかない。俺は次の言葉を待  
った。  
「千棘ちゃんは、私に話があって…」  
小野寺はそこまで言って言い澱む。  
「話って何の話だったんだ?」  
言いづらそうにしているのはわかっていたが、言ってもらえなければ進めない。無理強いを  
するつもりは無かったが、気になって仕方が無かった。  
「ねぇ、一条君」  
急に問いかけられる。次の瞬間に小野寺の口から出てきた言葉は、思ってもないものだった。  
「一条君は、好きな人いるの?」  
その問いに全身が金縛りにあったように固まってしまう。息をするのさえ、忘れていたかも  
しれない。けれども答えはもちろんひとつに決まっている。そう、「俺は、小野寺のことが好  
きだ。」それだけ答えればいい、そのはずだった。  
「ああ、いる」  
それしか答えられない。体が思い通りに動かなかった。  
「(俺がいま告白したら、小野寺はどう思う?…)」  
こんなことを考える前に言い切ってしまえばよかったと後悔する。一度考えてしまえば、不  
安は消えないなんてことは当たり前のことだった。全身がさらに固まっていくように感じる。  
「それって、千棘ちゃん?」  
小野寺の声だけが耳に入ってくる。  
 
「違う!」  
否定の言葉だけはすぐ出てくる。けれど、「小野寺だよ。」と言ってしまいたい気持ちと、小  
野寺に拒絶されることに対する恐怖の気持ちが相混じって、肝心なことが言えない。そんな  
自分を情けなく思った。  
「『違う』って、じゃあ誰なの?」  
バイトを手伝いに行ったとき、修学旅行のとき、海に行ったとき…。いろんな小野寺の姿が  
浮かんでは消えていく。今の関係の心地よさが、あと一歩というところで次の言葉を押しと  
どめる。  
「どうしてそんなこと、聞くんだ?」  
ごまかす自分の言葉が、ひどく卑しく思えた。小野寺もうつむいてしまう。ひどく喉が渇き、  
背中にかいた汗がまとわりつく感覚がとても不快だった。この部屋の空気がすべてを凍りつ  
かせ、このまま一生動けなくなんじゃないかと思えるほど、重たく感じる。どうして俺はこ  
んなに臆病なのだろう。そう思った瞬間だった。  
 
―――私は、一条君のこと好きだよ。  
 
「…っ!」  
その言葉に反射的に小野寺の顔をみる。小野寺の瞳は潤んでいた。  
「一条君のこと、ずっと前から好きだったよ。中学のときから、話すようになるずっと前か  
ら好きだったよ。怖くてなにもいえなかったけど、けどね、本当なんだよ。本当にどんど  
ん好きになっていって、今もそれが止まんなくて、だから、もし一条君に好きな人がいて  
も、気持ちだけは伝えたくて、それで…」  
「待ってくれ!」  
泣きながら叫び続ける小野寺の言葉を、止められずにはいられなかった。自分の不甲斐なさ  
に対する後悔などどこかへいってしまう。小野寺の言葉はそれほど真剣だった。  
「小野寺のこと、好きだ」  
自然と、けれど確かな気持ちを込めてその言葉を言うことができた。  
「友達としてじゃなく、一人の女の子として、小野寺が好きだ」  
頭が真っ白になりつつも、この言葉を口にすることだけは絶対しなければならないと感じた。  
しばらく自分がどうしていたかわからない。気がつくと、小野寺を見つめていた。小野寺も  
呆けたような表情でこちらを見ている。  
「一条君の好きな人って…?」  
「小野寺だよ。俺の好きな人は、小野寺小咲だ」  
心臓が大きく脈打ち、全身に熱を運ぶ。その熱が意思を持つかのように口を開かせる。一瞬  
の静けさが世界を支配した。  
「…っ」  
その静けさを壊したのは、小野寺の涙声だった。  
 
「お、おい、小野寺?」  
「うっ、ぐずっ…うぇ、あ、あの…うっ、ご、ごめ…」  
小野寺の肩がひくひくと震え、目からは押さえ込んでいた感情を流すように涙がこぼれ落ち  
る。  
「い、いや、小野寺、無理しなくていいからっ…」  
小野寺どころか、目の前で女の子が泣いているなんて状況は、覚えている限り一回もない。  
どうすればいいかなんてわかるはずがなかった。頭を必死に回転させ、かける言葉を探し続  
けるが、それが見つかることはない。無理しなくていい、大丈夫、そんな言葉をただひたす  
らに言い続ける。目の前で小野寺が泣いているのに、なにも出来ない。そんな時間は何かの  
罰のようだった。  
 
 「あの、ごめんね。変なとこ見せちゃって」  
しばらくすると小野寺も落ちついたようだった。ほっとしてため息がでる。ハンカチを渡す  
と、小咲は涙をぬぐった。  
「いや、気にするなよ。もう大丈夫か?」  
「うん…」  
小野寺は照れをにじませた晴れやかな笑顔を浮かべていた。  
「なんか、ずっと怖かったことが終わったみたいで、安心しちゃって…」  
「そ、そっか」  
小咲が落ち着いたことをきっかけにふと思い出す。  
「(小野寺に告白されて、小野寺に告白したんだよな?)」  
小野寺が目の前で泣いているときは慌てていて気づかなかったが、よくよく考えてみればす  
ごい状況だと思う。ひどく現実味がなく、どうすればいいのかわからない。小野寺もその事  
実に気づいたみたいで、うつむいてもじもじしている。  
「もう一度『好き。』って言ってくれる?」  
小野寺が唐突にそういった。  
「一条君の気持ち、まだ夢みたいで信じられない。もう一度、聞かせて」  
その気持ちはわからなくもない。この空間も、ここで起きたことも、何もかも夢の中だとい  
われても不思議じゃなかった。  
「小野寺のこと…」  
そこまで言って言葉を止めた。小野寺が不安気な表情になる。自分の気持ちをよりはっきり  
伝えるため、目の前にある顔をしっかり見据えて言い直した。  
「小咲のこと、好きだ。ほかの誰よりも」  
小咲の顔が、驚きを表すとともに一転して笑顔に変わる。自分の顔は真っ赤だったに違いな  
い。  
 
「うれしい」  
自分だけが見られる笑顔。化粧は落ちてしまっていたが、この瞬間の照れ笑いを浮かべる彼  
女の顔は、きっとこの先も忘れられないと思った。  
「小咲の気持ち、もう一度聞いてもいいか?」  
小咲を見ていると、小咲からもあの言葉が聞きたくてしょうがなかった。何の疑いもなく、聞かせてくれると思っていた。  
「…だめ」  
「え…?」  
予想外の答えに言葉を失う。呆然とするというのは、多分こういうことを言うのだろう。  
「女の子を不安にさせて泣かせるような男の子には言ってあげない」  
「うっ…」  
そこを突かれると痛い。確かに最初に好きな人を聞かれたときにすぐ答えていれば、小咲を  
不安にさせることはなかっただろう。  
「私の気持ちも、わかってくれた?」  
「すまん」  
声は拗ねているように聞こえるのに、顔には意地悪そうな笑みが浮かんでいた。  
「どうしようかな…」  
遊ばれているのだとわかるのだが、もどかしさはどうしようもなかった。  
「やっぱり、許してあげない」  
「なっ…!」  
そう言った小咲の雰囲気はまさに小悪魔的だった。おもちゃを弄ぶときの目でこちらを見つ  
められる。  
「このシャンパン飲ませてくれたら、許してあげる」  
小咲は顔を赤らめ、テーブルの脇にあったミニボトルを指差す。なんだかよく意味がわから  
なかったが、それだけならと思って、とりあえずグラスを取りにいこうと立ち上がる。  
「…?」  
なぜか袖をぐっとつかまれる。グラスを取りにいくと伝えても同じだった。  
「シャンパン、飲ませてもらいたいな」  
小咲の声は恥ずかしさを押し隠そうとしているように聞こえた。  
「(まさか…そういうことか?)」  
「飲みたい」でなく「飲ませてもらいたい」意味するところは一つだろう。ボトルのラベル  
をはがし、コルクを抜く。ぬるくなっていたので一瞬にして泡が吹き出し始めた。しばらく  
それを見つめる。テーブルにこぼれる量は大したことなく、すぐに液面が静止する。覚悟を  
決めるのは、それだけの時間があればよかった。直接口をつけて中身を少し含み、なにも考  
えずに小咲に顔を近づける。  
「…っ!」  
肩に手を置くと、小咲はもう目を閉じていた。体がピクッと強張るのを感じる。目を閉じて  
唇が触れるのと同時に舌を差し込む。  
 
「…んっ、…っ、ごく、ん、んんっ…、はぁ、ん…はぅっ…」  
小咲は何の抵抗もなく受け入れてくれた。生暖かくやわらかい舌の感触とともに、小咲の鼻  
から抜ける声が頭に響いてくる。その感触が、その声が、冷静さをなくさせ体を操る。シャ  
ンパンをお互い飲み込んだあとも口の中に甘い味が広がり、もっと味わいたいと、小咲の口  
の中を舌でまさぐり続けた。小咲の舌も絡みつくように動き、ざらざらとした感触が体を熱  
くする。  
「ふっ…んんっ、はぁ、んっ…」  
昂る気持ちが止まらない。自分の中を駆け巡る熱が収まらず、小咲をソファーに押し倒し、  
ただひたすら求める。自分の理性が、徐々に居場所をなくし始めていた。  
「…ん、っぷ、はぁ、はぁ、ん、…はぁ、」  
「う…、んっ、はぁっ、はぁ…」  
気づくと強烈な息苦しさを感じていた。二人ともどちらからというわけでもなく自然に離れ  
る。先ほどまで味わっていた小咲の唾液と自分のものとが混ざったものが、二人の間をつな  
いでいて、それがひどくいやらしく思えて仕方がなかった。  
「これで、許してくれるか?」  
「どうしようかな」  
自分の体の熱が収まることはなかった。小咲は迷うような言葉とは裏腹に妖しく微笑み、物  
足りないと言いたげ潤んだ瞳で見つめてくる。そんな誘ってくるような表情が、文字通り自  
分の目と鼻の先に見えている。頭の中になにかが囁きかけてくる。  
「なぁ…」  
「なに?」  
「もう、いいよな?」  
「なんのこと?」  
小咲の意地悪い態度は変わっていなかった。からかうようにわかっていない振りをする。こ  
のままではいられない。自制心がすでに尽きていた。  
「『なんのこと?』って、決まってるだろ?」  
小咲の質問にも答えず、組み敷いたままの小咲の唇を奪い、舌をねじ込む。それと同時に、  
パーティードレスの肩にかかる部分を横にずらし、下に引っ張った。淡いピンクのシンプル  
なブラが、小咲の体の丸みに沿って肌を覆っている。横目でそれを見るなり、ためらうこと  
なく手を伸ばした。  
「…ん、んんっ、きゃっ、いや、んっ…ふぁ、ちょ、ちょっと、んんっ、まっ、あんっ、待  
って…!」  
小咲の驚きが伝わってくる。口内をかき回すようにひたすら舌を動かし、手は胸を思いのま  
まに胸を揉みしだく。  
「んっ、あん、…んんっ、はぅ、いや、ん…あ、あ、んっ…」  
キスしている口の隙間から漏れる小咲の声はどんどん艶を増し、体はいやらしく蠢く。自由  
自在に形が変わる柔らかい胸の感触が、下着の上からでも手に伝わってくる。それらの五感  
を通した刺激が自分の体が際限なく熱していき、時間を忘れて欲に身を任せることしかでき  
なくなる。  
 
「…んっ、っぷは、はぁ…」  
けれど、限界はあった。後先考えずキスし続ければ息が苦しくなり、さすがに離れざるを得  
なくなる。  
「…はぁ、はぁ、んっ…はぁ…はぁ…」  
しばらくの間、お互いの息切れだけが聞こえていた。普通なら小咲は今にも泣きそうな顔を  
していてもおかしくないが、むしろ小咲は色っぽさを増した赤い顔でこちらを見つめていた。  
「んっ…はぁ。ひどいよ。私、いいって言ってないのに…」  
「じゃあ、嫌か?」  
「それは…」  
小咲が言葉を濁す。もし嫌だと言われても、すでにやめられるかわからなくなっていた。  
「…そうじゃ、ない、けど…」  
小咲は蚊の鳴くような小さな声でそういった。自分を止めるものがなくなったことで、欲情  
がさらに肥大化する。  
「で、でも、汗とかかいてるし、その、あの…」  
「嫌じゃ…ないんだな」  
恥ずかしがる小咲をただ見つめる。「そうじゃない」という言葉を聞いてから、ほかの言葉は  
耳に入ってこなかった。  
「だから、お風呂とか入ってから…きゃ!」  
ブラの留め金は前側にあることはさっき気づいていた。なにも告げずにそこに手を掛け、留  
め金をはずすと、小咲の胸の先端にきれいな桃色をした乳首が見えた。  
「ま、待って!」  
「もう待てない」  
「あっ…ひゃん!」  
そう言ってまたも感情に身を任せ、小咲の乳首を口に含み、舐めまわした。小咲は抵抗して  
こない。左手でもう片方の胸を揉み、先端を指でつっつく。じかに触れてはじめてわかる肌  
の感触がいやらしい。もうすでに小咲の乳首は硬くなっていて、柔らかい肌とは異なる部分  
であることがすぐわかる。  
「い、いちじょ…あっ、一条君、待って、んっ…」  
小咲の言葉がどこか遠く聞こえる。内容を伴った言葉のはずなのに、それを理解することが  
出来ない。  
「んちゅ、んっ、じゅる、ふっ、れろ、んっ、んちゅ…」  
「あっ、んっ、いっ、いやっ、あぁ、んっ、はぅ…」  
乳首はさらに硬度を増し、些細な刺激が大きな反応となって返ってくるようになる。時々感  
じる汗の塩辛さが、小咲の存在をさらに強く感じさせる。  
「あっ、いや、だめ、やっ、あぅ、は、あん、はぅ…」  
小咲の胸を思うままに弄る。乳首を舐め回し、吸い付き、甘噛みし、キスをする。手は荒っ  
ぽく乳房の形をめちゃくちゃにし、乳首をつつく。そのたびに小咲は声をあげ、体を震えさ  
せる。その反応がもっと見たくて、さらに激しく攻める。  
 
「あ、あっ、ひゃん、あん、あ、イク、あん、もっと、はぁん、…」  
小咲はとうとう口でも抗うのをやめた。自分の理性どころか思考すらなくなり、ただ小咲に  
答えようと必死になる。好きな女の子が、髪を振り乱し、痴態を惜しげもなく晒す。その原  
因が自分であることがうれしかった。  
「ん、あ、うっ…イ、イク、イっちゃう…あん、もう、んっ、ダメ、あん、イ、イクぅ…あっ!」  
小咲の声が急に途絶え、断続的に大きく震え出したのがわかる。突然の変化に戸惑い、どう  
すればいいのかわからない。  
「あっ、あっ…んっ、うっ…」  
小咲は体を強張らせ、痙攣を起こしたように震え続ける。辛そうにしているという感じでは  
ないが、なにが起きているかすぐにはわからなかった。  
「んっ、はぁ…はぁ…んっ…はぁ…」  
震えが収まってくるのを見てとりあえず一安心したところで、何が起こったのかに思い至る。  
「小咲、大丈夫か?」  
「あ、その、うん、だ、大丈夫」  
小咲も我に返ったようだ。気になって仕方がなかったので、思い至った結論を確かめてみる。  
「もしかして…ほんとに、その…」  
「そ、それは聞かないで!」  
小咲は顔を両手で覆い隠す。必死になっている態度からすると、どうやら本当にそうだった  
らしい。夢中になっていて気づきもしなかったが、確かにそう言っていた気がする。小咲が  
気持ちよくなっていてくれたことを嬉しく思うと同時に、自分の振る舞いを思い出す。小咲  
の様子をまったく気に掛けられなかった。いかに自分を失っていたかがわかる。一人先走っ  
てしまったことに対し、後悔の念が襲ってきた。  
「一条君、あの…」  
小咲がうつむいて泣きそうな顔をしている。それを見ると、心はすぐに後悔のみで埋め尽く  
された。  
「ご、ごめん!無理やりだったよな。そ、その、小咲が嫌がることをつもりじゃなかったん  
だ。」  
「い、いや、あのね…」  
「ごめん。ホントごめん。どうやっても許してくれるなんて思わないけど、とにかくごめん」  
必死に頭を下げる。小咲はまだ半ば惚けているようだったが、それでもなにか言おうとして  
いた。仰向けだった小咲に手を差し伸べて引き起こす。胸はベトベトになってしまっていた。  
「あ、あの…」  
胸元を隠して服装を正しながら小咲が口を開く。  
「無理に気をつかわなくていいから。ホント悪かった。最低だよな、俺…」  
嫌われても仕方がないと思い自虐の言葉を続けようとしたとき、小咲がそれを遮るように言った。  
 
「き、気にしなくていい、よ。その…気持ちよかったから…。た、ただ、その、いきなりで  
恥ずかしくて…」  
「えっ、あ、そ、そうか。よかった」  
小咲が小さくそういった。言葉そのものは嬉しいが、そのままなにも言わず顔を赤らめてう  
つむかれると困る。こっちだって恥ずかしさで小咲の顔が見られないのだ。そのままどちら  
もなにも言えなくなってしまった。  
「あのね、一条君の服とか、このドレスも汚れたらよくないし、その…」  
沈黙を終わらせたのは小咲だった。  
「お風呂、一緒に入らない?」  
小咲の提案に俺はゆっくりとうなずいた。  
 
湯船にお湯を張りながら、一人ずつ浴室に入った。今は二人ともバスタオルを巻いていて、  
小咲が先にシャワーを浴びている。スイートだけあって、二人入っても気楽に手足が伸ばせ  
る広さがあった。  
「汗かいちゃったし、風呂入れてよかったな」  
緊張からついしゃべりたくなってしまう。  
「い、一条君のせいだよ。あんなこと、いきなり…」  
「うっ…すまん」  
確かにそのとおりだ。それに関しては謝ることしか出来ない。  
「私、初めてで、心の準備できてなかったのに、あんな…」  
小咲は拗ねているようだったが、本気で怒ってはないと思った。だから、ほんの少し言い返  
す。  
「けど、シャンパンは小咲が飲みたいって言い出したんだし、それに小咲も途中からだめっ  
て言わなかったし…」  
「だ、だって、気持ちよかったんだもん!一人でしてる時だって、胸、弱いのに…」  
「え…?」  
思わぬ言葉が聞こえたような気がして、見ないようにしていた小咲のほうをつい見てしまう。  
「って、その、あの、な、なんでもないの!い、今の間違い!」  
小咲は必死に取り繕っていた。しかし、一度聞いた衝撃的な言葉はそう簡単に忘れられない。  
なるほど、確かに普通胸だけで絶頂を向かえられるとは考えづらい。妙に納得してしまう。  
そんなことを思いながら小咲を見続けていたら、小咲は勝手にどんどんしゃべり続ける。  
「あ、あの、そんな何度もしてるんじゃないんだよ。その、ホントに時々、たま〜にだから。  
その、一条君がバイトに来てくれて二人きりになっちゃったときの後とか、なんかその…」  
「あの、小咲?」  
「あ、えと、うぅ、私なに言ってんだろう。ごめんね、へ、変なこと言ってるよね、私」  
ようやく少し冷静になってくれたようだ。とりあえず何事もなかったかのように振舞う。  
「ま、まあ、その、ゆっくりシャワー浴びるといいと思うぞ、落ち着けるし」  
「そ、そうだね、ありがとう」  
そう言って小咲はまたシャワーを浴びる。しばらくして湯船にお湯が十分に張ったので蛇口  
を閉じた。何もしゃべれずにいると、シャワーの音がいやに響く。  
 
「シャワー浴び終わったから、一条君もどうぞ」  
「ああ、ありがとう」  
そういって場所を入れ替わる。小咲はバスタオルを巻いたまま湯船に浸る。頭から浴びるシャ  
ワーは、先ほどまでの欲や後悔を全て流してくれるような気がした。  
「一条君は、その、自分でしたりするの?」  
「ちょ、小咲、あ、いや、確かにその…」  
全身の汗を流しきった直後だった。あまりの質問にごまかす方法すら思いつかない。シャワ  
ーの心地よさが一瞬で消え失せた。  
「その…?」  
「その、まぁ、多少は…」  
「そうなんだ」  
自分と対照的に、小咲はそれほどあわてていないようだった。確かに、自分のことを話すの  
と違い、聞いているだけなら案外平然としていられるということはさっきわかったのだが。  
「その、どんなこと考えてるの?」  
「…ごほっ、げほっ!そ、それは!」  
喋ろうとして全力でむせた。それはそうだ。全人類を調べても、好きな女の子の前でオカズ  
を言える男なんていないだろう。もちろん俺だって例外じゃない。さらに言ってしまえば、  
俺のオカズは…。  
「それは?」  
「あの…」  
状況的には言ってしまってもいいのかもしれない。むしろ言えないのはヘタレだといえるだ  
ろう。  
「さ、さすがに言えない…」  
しかしそれを実行できるなら、もっと早く小咲に思いを告げていたにちがいない。  
「うぅ…けち」  
そこでむくれられても、言えない物は言えない。こんな事言ったら恥ずかしさで死ぬに違い  
ない。  
「私は、いつも一条君のこと考えてたのに…」  
どうやら小咲は先ほどの話に関して完全に開き直ってしまったらしい。  
「一条君、千棘ちゃんとか万里花ちゃんのこと考えて…」  
「違う、それはない!」  
つい勢いで大げさに否定してしまう。小咲も驚いているようだった。  
「そんなに全力で言わなくても…」  
「す、すまん」  
ほんの少し間が空く。シャワーの音が耳障りなので止めることにした。  
「一条君が好きって言ってくれたこと、信じてるよ」  
「っ!…」  
突然の言葉だった。あまりにまっすぐで面食らってしまう。うれしいことにかわりないが、  
発言の意図が読めない。  
 
「でも、一条君も男の子だし、やっぱり千棘ちゃんみたいスタイルがいいほうがいいのかな、  
とか…」  
その言葉を聞いて、ふと考えた。こんな話をすることは、普通はないに違いない。たとえ顔  
に出ていなくても、小咲も不安だったり、コンプレックスがあったりするのかもしれない。  
そう思うと、恥ずかしさも我慢できるような気がした。  
「修学旅行のとき…」  
「修学旅行?」  
話しづらさはやっぱりある。でも、必要なことだと思うことにした。  
「一日目、たしか昼はカレーだっただろ。あのときの写真に小咲が食べてる最中のやつがあ  
って…」  
その写真は、普通に見ればただの昼食時の写真だった。  
「…?」  
「その、いい感じにスプーン舐めてるように見えるから…」  
アングルがよかったのか、タイミングがよかったのか。小さめに写っているのでわかりづら  
いが、拡大して背景を切り取ると、アレを舐めているようにしか見えないのだ。  
「どういうこと?」  
小咲はまったくわかっていないようだった。しかしこれ以上どういえばいいのかと、そんな  
ことを考えているときだった。  
「あっ…」  
小咲の目線が自分の腰の辺りの一点に集中する。まあ、この状態ならバスタオルを巻いてい  
てもどうなっているかわかるだろう。いままで反省やら緊張やらしていたおかげで考えなか  
ったことを考え始めてしまったせいで、体の一部が反応してしまった。  
「いや、その…これは…」  
「……」  
生理現象といえばそれまでだが、だからといって開き直れるわけがない。意識してしまうと  
ますます血が集中してしまう。  
「一条君…」  
このままだと変態としか思われない、そう感じ、小咲に背を向けるようにする。  
「その、ごめん」  
冷静になれば聞かれたことに答えただけなのだが、つい謝ってしまった。  
「い、一条君は、私が、その、一条君の、舐めてるところ、想像してたの?」  
「い、いや、ちが…わない、けど…」  
言ってしまった。今更だが、いくらなんでもこれはさすがに嫌われるかもしれないと思った。  
浴室内はあったかいが、体が芯からすっと冷えていく。次の言葉が怖い。  
「その、もし…もしね、一条君が良かったら…」  
嫌われるか否かしか考えていなかったので、小咲の言葉は本当に予想外だった。  
「して、あげる…よ」  
そういって小咲は立ち上がり近づいてくる。  
 
「あ、その、小咲…」  
なんと言おうか迷っているうちに、小咲は俺の腰に巻いてあったタオルに手を掛ける。  
「ちょっと待てくれ、小咲!」  
「もう待てないよ」  
先ほどと立場が逆のやりとりをしながら、小咲はためらいもなくそのまま前に回りこんでき  
た。タオルを取られてしまえば、たぎるその部分を隠すものはない。  
「こ、これが一条君の…」  
小咲が感嘆しながら言う。まるでそこしか見ることが出来ないかのように視線が注がれてい  
た。  
「そ、その、あんまり見られると…」  
「そ、そっか。ごめんね」  
といいつつも小咲は全く見つめることをやめようとしない。状況が状況なので手で隠すこと  
も出来ずただじっとしているしかない。小咲がさらによく見ようと顔を近づけてくる。  
「うっ…!」  
小咲の吐息が先端にかかり、思わずうめいてしまった。  
「あ、いま、ピクって…」  
「そういうことは、恥ずかしいから言わないでくれると、助かる…」  
「うん」  
小咲の視線は微動だにせず、返事はどう見ても心ここにあらずという感じだ。保護動物を扱  
うような手つきでゆっくりと竿に手を伸ばす。指先がほんの少し触れるだけの刺激がすでに  
危うかった。  
「すごい、硬くなってる。それに、なんか、熱くて、ピクピクしてる…」  
腰から伝わってくる熱がじわじわ体全体を侵食し、徐々に意識を削いでいく。小咲も雰囲気  
に呑まれているのか、思ったことをそのまま口にしている。しかし、それを指摘する余裕は  
もうなかった。小咲はこちらを気に掛けることもなくさらに顔を近づける。  
「れろっ…」  
「あっ…うっ…」  
アイスを舐めるように先端を刺激してくる。舌の温かさと柔らかさが、体験したことのない  
強い快楽を引き出し、みっともない声が無意識に出てしまう。  
「あ、だ、大丈夫?」  
「いや、その…」  
正直になれるわけがないと、内心愚痴をこぼす。  
「い、痛かったとか?そのこういうことしたことなくって…」  
「だ、大丈夫…」  
恥ずかしくてそれしか言えないだけなのだが、小咲はそうは思わなかったようだ。  
 
「あのね、無理はしてほしくない、から…」  
小咲は自分を想ってしてくれている。ただそれだけだった。だからこそ正直に言わなければ  
小咲を不安がらせ、自分の首を絞める。言うしかない。  
「いや、こうやってほんとに、小咲がその、してくれてると思うと…気持ちいいから、って  
だけだから」  
小咲がほんの少しの間だけきょとんとする。  
「そ、そう?よかった。じゃあ、続けるね」  
小咲は安心したようだった。そしてそれを機に遠慮なく刺激してくる。  
「んっ…れろっ、ぺろっ、ちゅ、んんっ、ちゅる…。あ、また、大きく…」  
想像したことは当然あったし、むしろほとんど毎日していたともいる。だが、目の前で実際  
にされるのは想像以上の快楽だった。すでに自分のものは今まで見たことないほど肥大化し  
ている。  
「気持ちいいみたいだね。んっ、ぺろ、んちゅ、んっ…れろっ、じゅる、ちゅ、んっ…」  
徐々に舐め方も大胆になっていき、刺激も強くなっていく。小咲の唾液が先端の表面を覆い、  
いやらしい輝きを放っていた。少し視線を上げれば、完全に欲にまみれた表情の小咲がいる。  
「いつもの小咲じゃないみたいだ…」  
口に出すつもりはなかったが、冷静でいられなくなっていたせいかついそんなことを言って  
しまった。まあ、ここまで積極的な小咲というのを考えたことなかったのは本当だが。  
「んっ、ふぁ、そんなこと言わないで!」  
そう言いったらあわてて言い返してきた。夢中に見えたが普通に聞こえていたようだ。火照っ  
た顔ながらもいつものように恥ずかしそうにしている。  
「いや、別に悪い意味じゃ…」  
「だって、こんなことしてれば、そうなっちゃうんだもん…み、見ないで…」  
「み、見るなって言われてもな…」  
現に今だって自分に触れている小咲の右手から目を離せない。普通はそういうものだろう。  
たぶんそんなことは小咲もわかっているに違いない。それでもよほど見られるのが嫌なのか、  
ずっと考えを巡らせていた。  
「うぅ、どうしよう…」  
「別にどうもしなくても…」  
「だ、だって私その、絶対変な顔してるし、一条君にそういうこと見られたくないし…」  
「俺は、小咲のことが本当に好きだから。だから、小咲のそういうところ見たって大丈夫だ  
よ。むしろ、もっといろんな小咲が見たい」  
自然と口をついて出た言葉だった。  
「その言い方、ずるい」  
小咲はまだ拗ねているが、一応は安心したようだった。  
 
「んっ、あーん…」  
またも舐め始めたと思ったら、今度は大きく口を開けてくわえ込んでしまった。  
「はんっ、んっ、じゅる、んちゅ、ちゅぅ、ちゅぱ、んっ、れろ、ふぁ…」  
今まででも十分耐え切れない刺激だったのに、そんなことまでされてしまったらたまったも  
のじゃない。すぐに尽き果てそうになるのを必死にこらえるだけで精一杯だった。  
「うっ…あっ、こ、小咲…!」  
「ひもひ、いいみらいらね。(気持ち、いいみたいだね。)はぅ、ん、ちゅぅ、れろれろ、ん  
くっ、んっ…」  
自分の情けない声に小咲はうれしそうにする。だんだんコツもつかんだらしい。割れ目を舐  
めたり、吸うようにしたりして、執拗に攻めてくる。その刺激のせいで腰がはねるのを止め  
られなかった。  
「んっ、ふぁ、な、なんか出てきた?」  
小咲がいきなり口を離して聞いてきた。今までの温かい刺激がなくなって急激に冷え、もど  
かしさが体の震えとなって表れてしまう。  
「今、すごいねばねばしたのが…」  
一応まだ尽き果ててはいないので、たぶん小咲が言っているのは先走ったもののことだろう。  
「多分、我慢してるときのやつだと思うんだけど…」  
「あ、そ、そうなんだ。男の子もなるんだね」  
至近距離でまじまじと見られる。小咲がしゃべるたびに息がかかり、焦らされるような刺激  
となってさらにもどかしさを煽る。  
狙ってやっているわけではなさそうなで指摘しづらいが、耐えられなくなって思わず口を開  
く。  
「小咲、その、あんまり、焦らされると…キツイ」  
「あ、ごめん。なんか気になっちゃって…」  
謝りつつも、小咲はまだ見つめるだけだった。触れられている分、刺激が全くないというわ  
けでもないことがさらに焦りを募らせる。  
「ねぇ、今、どんな気分?」  
突然そんなことを聞いてくる。気づけばまたも小咲は意地悪な笑みを浮かべていた。  
「どんなって?」  
「私にこういうことされるのって、一条君はどう思うの?」  
本当にどう思っているか気にしているという可能性もなくはないが、小咲の表情がそうでは  
ないと物語っている。  
「それは、その…」  
答えに悩んでいると、小咲の手がほんの少し動いて刺激してくる。どっちつかずの今の状態  
のまま遊ばれているという自覚があったが、キスのときと違いこちらはなにも出来ない。  
「答えてくれたら、続きしてあげるよ。」  
熱い飲み物を冷ますようにそっと息を吹きかけてくる。しかし自分の体は冷めるどころか熱  
くなるばかりだった。恥も外聞も捨てて降参することにする。  
「小咲にしてもらうこと、毎日想像してた。でも、実際にしてもらうなんて思わなくて、本  
当に夢みたいだって思ってる」  
「そっか。私も一条君にこんなことしてあげるなんて思わなかったよ」  
 
そういいながら手でしごいてくる。それだけでも気持ちいいが、やはり舌を使った刺激が欲  
しくなってしまった。  
「その、小咲…」  
「なに?」  
「出来れば、さっきみたいに…」  
「どうしてほしいの?『さっきみたい』じゃわからないよ」  
こうして話している間にも、手による刺激がどんどん伝わってくる。尽き果てるのも時間の  
問題だった。  
「その…口でして欲しい」  
「どうして?」  
「そのほうが、き、気持ちいいから」  
「気持ちよく、なりたいの?」  
「ああ」  
理性がもたなくなり、するすると口から本音が漏れる。  
「そんなこと言っちゃうなんて、一条君、えっちだね」  
小咲も十分そうだと思うが、正直に言ったらまた意地悪されかねない。小咲はためらいもな  
くそれをまた口に含む。  
「んっ、一条君のねばねば、いつの間にかたくさん出てる…れろ、じゅる、じゅ、ごく、ちゅ  
る…」  
「うぉ…くっ、あ…」  
久しぶりの温かい感触に、足の力が抜けて倒れそうになる。小咲が汁を舐め取ろうとすると、  
淫らで粘着質な水音が響き渡る。長い間焦らされていたこともあってか、限界がすぐそこま  
で迫っていた。  
「小咲、もう、出る!」  
とっさに言ったが小咲は口を離さない。  
「ん、じゅる、んくっ、ふぁ、いひよ、だひて!(いいよ、出して!)んじゅ、んちゅぅ…」  
「う、あっ…」  
最後の吸いつきがきっかけとなり、ためらう余裕もなく欲望をぶちまけた。絶頂とともに根  
元から暴れまわる自分の分身が、小咲の口の中を蹂躙する。  
「んうっ、んっ、んっ、んっ、くっ、ふあ…。ごくっ、んっ、うっ、ううっ、んっ…」  
普段ならすぐに終わるものも、あれだけのことをされてしまえばそう簡単に終わらない、永  
遠に続くように吐き出される精子を、小咲はすべて飲み込もうとしていた。  
「んっ、んぐっ、ごくっ…。ううっ、ふぁ、はぁ、はぁ…」  
「小咲、だ、大丈夫か?」  
本当にほとんど全て飲んでしまった。かなりの量だったと思うので心配になる。  
「これが…一条君の、味…」  
小咲はそんな心配をよそに、うわ言のようにつぶやいていた。  
「小咲?」  
反応が鈍くほんとに心配になってくる。  
「いっぱい、出たね」  
「いや、その…ごめん」  
「いいよ。それだけ、喜んでくれたってことだよね」  
声に辛そうな感じはなく、不安はなくなる。小咲は満足げだった。こんなことをしてしまっ  
たにもかかわらずそう言ってもらえると、照れくさいながらもうれしく思った。  
 
 風呂から出ると、備え付けのバスローブを羽織ってベッドの端に座り、飲み物を飲んだ。  
普通の冷たいジュースだったが、体の火照りは収まることはなかった。しばらくして二人と  
も自然と倒れこむようにベッドに横になる。お互いずっとこの先を意識していたのか、少し  
気まずい。やはり、ここまでとこれからでは大きく意味が違う。  
「本当にいいのか?」  
「一条君となら、いいよ」  
「無理に今日じゃなくても…」  
「いいの。今日のこと、夢じゃない、本当のことだって、思いたいから」  
小咲の顔は穏やかだった。  
「でも、用意とか何もしてないし…」  
「あ、多分今日はその、大丈夫だと思うから…」  
「それでも…」  
一生を左右しかねないことだ。自分はともかく、小咲のことは心配するなというほうが無理  
だった。それが伝わったのか、小咲が口を開く。  
「一条君が、私のこと心配してくれるのは、本当にうれしいよ。一条君らしいと思う。でも、  
そのやさしさが不安に感じるときもあるから」  
小咲はずっと笑みを浮かべている。その表情に陰りは見えなかった。  
「そうか、じゃあ、もう聞かないよ」  
確かにそうなのかもしれない。軽くキスをしながら答えると、小咲はうれしそうにしていた。  
「あのね、今更かもしれないけど、楽って呼んでもいい?そのほうが安心できる気がするの」  
「ああ、いいよ」  
拒む理由は全くなかった。なるべくにこやかに答えると、小咲はさらに聞いてくる。  
「楽、あのね…」  
「なんだ?」  
「私ね、これから、『痛い』とか、『やめて』とか、言っちゃうと思う。でもね、最後までしっ  
かりしてほしいの。どんなに辛くっても、今日楽と過ごしたこと、絶対に後悔したくないから」  
不安はもちろんあるだろう。それでも、小咲の顔からは強い決心が読み取れた。小咲にしっ  
かりとうなずき返し、小咲の上に覆いかぶさる。小咲の股のあたりに手を伸ばすと、汗では  
ない湿り気を感じた。  
「あん、うう、は、恥ずかしい、から、そんなに触らないで…」  
「ご、ごめん」  
ピクッと反応する小咲に驚き、つい謝ってしまう。愛撫のときは我を失ってしまった。同じ  
過ちは許されない。  
 
「もう、大丈夫か?」  
「うん、多分…」  
心配は尽きなかった。けれど、ここでのためらいは小咲の不安にも繋がりかねない。覚悟を  
決め、先端を小咲の秘部にあてがおうとしたときだった。  
「楽…」  
小咲が弱々しい声で聞いてくる。  
「ど、どうした?」  
「やさしく、してね」  
小咲の顔に不安が見て取れた。  
「ああ、わかった」  
少しでも安心してもらえるよう、気持ちを込めて返事をした。深呼吸をし、自分も覚悟を決  
める。  
「いくぞ」  
「うん」  
初めて見る女の子の性器だったが、いやらしさを感じている余裕はなかった。竿の根元に手  
を添え、先端をほんの少し押し付ける。  
「ひゃ、あん!」  
「だ、大丈夫か?」  
思ったより反応が大きくてびっくりした。  
「あ、その、今のはどちらかって言うと、くすぐったかっただけ、かな…」  
「そ、そうか、なら大丈夫か」  
とりあえず、それを聞いて安心した。しかしさらに腰を力を込め、小咲の中に入っていこう  
とすると、状況はすぐに変わった。  
「あ、ううっ、い、うぐっ!」  
小咲の表情は一瞬で苦痛に染まる。まだ、先端も全部入っていない。  
「ら、楽、大丈夫だから、そのまま…」  
どう見ても大丈夫という感じではない。それでも必死にしゃべる小咲を黙って見ていられな  
かった。  
「そんな無理しなくても…」  
「いいの!」  
小咲は叫んでいた。  
「い、痛くても、後悔したくないの!…ぐっ、あぁ…」  
小咲の今の言葉が、さっきの言葉と重なる。ここで小咲に答えるのが本当の優しさだと自分  
に言い聞かせる。力を込め先端が全て入ると、抵抗が小さくなった。それをチャンスと思い、  
一気に突き立てる。  
「あと、すこし…」  
最後に先端につっかかるような感触があった。ここを越えれば小咲は…。一線を越えてしま  
う戸惑いもあったが、小咲の気持ちを無碍にしたくないという思いが最後の一押しだった。  
 
「んぐぅ、あぁ、ぐっ…はっ…」  
小咲の純潔の証である血が噴出してくる。あまりの痛さのためか、小咲は目に涙を浮かべ全  
くしゃべらない。苦痛の叫びだけがときどき漏れて聞こえてくる。どうにか苦痛を和らげよ  
うとお腹や背中を擦ってみたりしたが、効果がなかった。いくら待っても落ち着いてくる気  
配がない。  
「(そういえば…)」  
あることを思い出して即実行する。胸に手を伸ばした。  
「あぅ、んぐっ、あっ、うっ…」  
一瞬だけ、声に艶が混じったような気がした。ならばと今度は乳首をつまむ。  
「あっ、ううっ、んっ…」  
声にさらに艶が混じる。どうやらうまく気を紛らわせているようだ。確信を持てたことが自  
信となった。乳首にしゃぶりつき、ひたすら舐めまわした。  
「れろ、ちゅ、ちゅる、んっ、じゅる、んんっ…」  
「はんっ、んっ、いや、んっ、あっ…」  
小咲の表情をうかがうとだいぶ柔らかくなった気がする。愛撫する手を止め、小咲に聞いて  
みた。  
「小咲、大丈夫か?」  
「う、うん。だいぶ痛みになれたみたい…。楽のおかげだよ」  
「そうか、よかった」  
今までこれほど心のそこから安堵したことがあっただろうか。無我夢中だったが、いい結果  
につながったようで本当によかったと思う。  
「いま、私、楽とひとつになったんだよね」  
「え、ああ、そうだな」  
言われて大切な事実を思い出した。今、確かに小咲の体と自分の体はつながっている。意識  
し始めてしまえば、小咲の膣内のやけどをしてしまいそうな熱さや、強い締め付けとともに  
蠢く感触が、小咲と触れ合っている部分全体から伝わってくる。今まで体感したことのない  
幸福だった。  
「楽のが、奥まで入ってるのがわかるよ」  
「ああ、俺も小咲のこと、めいいっぱい感じられてる」  
興奮はあまり感じない。嬉しさのほうが上だった。このまま何もかも忘れて、永遠にずっと  
こうしていたいとすら思う。  
「ずっと、こうしてたいね」  
「ああ、そうだな」  
小咲も同じことを思っていたらしい。そのことがさらに幸せを増大させる。しばらく二人と  
もそのままだった。  
 
「わ、私は大丈夫だから、楽、その、動いてもいいよ」  
長いことそうしていると、小咲がふとそう言ってきた。  
「いや、俺はこのままでも十分だし、まだ無理しなくても…」  
「最後までしてほしいから。本当にそう思ってるの」  
小咲はかたくなだった。少し前の言葉を思い出す。あのときの小咲の決意は、確かに本物だっ  
た。  
「わかった。なるべく無理させないようにするから、どうしても駄目ってなったらいってく  
れ」  
「うん、ありがとう」  
小咲の決意に、しっかり答えなくてはならない。小咲に辛い思いをさせたくないもの本当な  
のだが、ゆっくりと腰を引き始める。  
「あ、くっ、ふんっ…」  
「まだ痛むか?」  
「痛いけど、なんかそれだけじゃなくて、楽が動いた瞬間、こう、しびれるような…」  
どうやら痛いだけではないらしい。ゆっくりなら二人とも満足できるのではないかと思い、  
引いた腰をそっともとに戻す。  
「んっ…あん!」  
根元まで入りきると、小咲が一際大きな反応を示す。膣が一瞬締まり、大きな刺激がこちら  
にもやってくる。  
「いま、奥にあたったとき、その、すごく気持ちよかった」  
「そ、そうか」  
あまり痛がっていないことがわかると、今度は小咲を満足させたいと思った。今度は同じテ  
ンポで連続して腰を動かす。  
「んっ…あんっ…あっ…あっ、んっ…」  
小咲の奥と自分の先端が触れ合うたび、艶のある声が漏れ、締め付けが強くなってくる。小  
咲のことを思いやらなければと思うのだが、テンポは徐々に上がっていった。  
「あっ、あんっ、んっ、んんっ、はぅ、うっ、あんっ…」  
どのくらいそうしていたかわからない。気づけば、つながっているところからは血と粘液が  
混ざり合う淫らな音が聞こえてくるし、小咲のあえぐ声も聞こえる。腰を打ち付けるたび胸  
が上下に揺れ、小咲の顔は痛さで苦しんでいるというよりも快楽で悶えているように見える。  
ほんの少し汗のにおいが漂い、腰からはこれ以上ないほどの痺れを感じて全身に広がってい  
く。五感全てがこれっきりの瞬間を自分の脳裏に焼き付けるように作用し、小咲を求めるた  
めだけに体が動く。  
 
「あ、ふ、わ、私もう…あんっ、イ、イク!」  
「お、俺も、もうもたない…!」  
「いいよ、あうっ、んっ、一緒に…」  
果てるのは時間の問題だった。小咲も限界が近いようだ。意識がなくなってもおかしくない  
ような快楽の中、ひたすらむさぼるように腰を動かし続ける。  
「あ、もう、はぅ、だ、だめ、んっ、イク…あぁ、あっ!」  
「うっ…くっ!」  
小咲の膣内がこれまでにないほどの締め付けをしてくる。それが最後の刺激となり、精子が  
自分の意思と無関係に飛び出していく。今日二度目だというのに、衰える気配は全くなかっ  
た。  
「うっ、あっ、一条君のが、熱いのが…私の中に…。んんっ、あっ…」  
小咲はうっとりしながらつぶやく。吐き出される欲望が、小咲の膣によって一滴残らず搾り  
取られていく。達成感と脱力感から起き上がろうとすることさえ出来ず、小咲を抱きしめ、  
キスをした。  
「んっ…はぁ」  
顔を上げれば、笑顔の小咲がいた。きっと自分も笑顔だっただろう。今すぐに死んでもかま  
わないくらいに幸せだった。しかし体の感触はじんわりと戻っていく。それが名残惜しかっ  
た。  
「もう少し、このままでいいか?」  
少しでも長くこの感覚を味わっていたい、そう思った。  
「うん、いいよ」  
そう答えてくれる小咲を見て、もう一度そっとキスをした。  
「夢、じゃ、ないんだよね?」  
「ああ、夢じゃない…」  
自分で言った夢じゃないという言葉は、答えたときは実感がなかった。後からやってくる実  
感が、小咲を大切にしようという決意へと変わっていった。  
「もう、楽はずっと私の隣にいてくれるんだよね」  
「ああ」  
誓うようにしっかりとうなずく。  
「うれしい…」  
「俺も、幸せだよ…」  
夢のような、けれどそれは紛れもない現実だった。温かなまどろみが、二人を包んでいく。本当の夢を見始めるまで時間はかからなかった。  
 
 
Epilogue   
 「夢、か…」  
なんだかひどく長い夢を見ていた気がする。カーテンの方を一目見ると、まだ朝日はあがっ  
ていないようだ。見慣れた天井、見慣れた壁、見慣れたベッド。自分の部屋で迎えるいつも  
の朝。時計を見ると、まだ起きなくても問題ない時間だった。だが、頭に激痛が走り、二度  
寝は無理そうだった。  
「あっつぅ…。頭痛ぇ。昨日なにしてたんだっけ?」  
頭痛の原因を探ろうと、夕べのことを思い出そうとする。  
 
「ねぇ、あなた」  
「ん?」  
「良かったらご飯の後、久しぶりに…一緒にお風呂に入らない?」  
「え?」  
いつもどおりに仕事を終え、ぐったりして帰ってきた。だが、小咲の温かい出迎えに疲れも  
吹き飛んだ。リビングのテーブルの上には豪勢な料理が並び、小咲の成長に感心しながら料  
理をいただくことにした、そんなときのことだった。  
「いいけど、どうして急に?」  
「ふふ、なんとなくですよ」  
「…?」  
小咲はとてもご機嫌そうだった。発言からして、今日は何かの記念日らしい。結婚記念日は  
もっと前だし、小咲の誕生日なんて忘れるはずがない。抜け穴として自分の誕生日かとも思  
ったが違っていた。  
「さっきも言ったけど、料理、上手になったなぁ」  
「あなたのために必死に練習しましたから」  
もちろん料理の味も問題なかった。小咲の努力が伺える。夫婦としてもう数年だが、こうい  
う瞬間はやはり嬉しい。  
「ところであなた、こんなものがあるんですけど、いかがですか?」  
「シャンパン?」  
「ええ、千棘ちゃんから旅行のお土産としてもらったんです」  
「へぇ、あいつからか。たまにはいいけど、どうしてミニボトル?しかもこんなたくさん…」  
「ひとつじゃ物足りないでしょ?」  
「いや、普通のボトルでいいんじゃないか?」  
「ミニボトルだからいいんですよ」  
「…?」  
小咲の真意はわからなかった。だが、機嫌はよさそうなのでよしする。なんとなくいい雰囲  
気になって、シャンパンを口づけで飲ませあった。さすがに恥ずかしかった。  
 
「一緒にお風呂というのも、いつ以来でしたっけ?」  
「さあ、どうだろうな?」  
互いに背中を流し合い、二人で湯船に浸かる。シャワーを浴びる小咲を見ていたらムラムラ  
してしまったので、小咲に鎮めてもらった。焦らしてくる小咲に対し、みっともないところ  
を見せてしまったかもしれない。  
「なんか、いつもより積極的じゃないか?」  
ふと疑問に思って聞いて見た。  
「いいじゃないですか。あなたにはいろんな私を見て欲しいんですよ」  
小咲の真意はいまだにわからない。だが、いろんな小咲を見てみたいのは本当だった。  
 
 「今日は、ゴムいらないと思いますよ。安全日ですから」  
「いや、一応したほうがいいんじゃないか?」  
「心配してくれるのはありがたいですけど、たまにはそういう気分のときもあるんですよ」  
小咲は笑顔でそういった。  
「そうか。まあ、いざとなったら覚悟決めるよ」  
「ふふっ、ありがとうございます」  
久しぶりだったせいか、そうとう盛り上がってしまった。虚脱感とともに、ぐっすりと眠り  
についた。  
 
 昨日の晩のことと、夢の内容が重なっていく。パズルが埋まっていくように、脳裏に映像  
がよみがえった。  
「んっ…ふにゅ…」  
小咲は隣で寝言を言っていた。こういうところを見ると、今でもかわいらしいと感じる。  
「なるほど、昨日のはそういうことか」  
全て思い出した。思い起こすと懐かしい夢だ。高校生だったにしてはすごい経験だった。  
「たしか、あの時は…」  
そう、あの時も小咲より先に起きた。  
「小咲、小咲…」  
「ん…すぅ…」  
肩をゆすって起こそうとしても、こんな感じに起きなくって、寝顔をずっと眺めていた。け  
ど、寝ている小咲があまりに無防備で、ふと悪戯をしたくなったのだ。  
「小咲…。んっ…」  
そう、小咲を驚かそうとしてキスした。  
 
「んっ、れろ、んんっ、ちゅる、ふっ、んんっ…」  
「んっ!!ふあ、小咲、起きてたのか!」  
しかし、現実ではそうは行かず、舌を入れられ、逆に驚かされてしまう。  
「やっと、思い出してくれたみたいですね」  
「ああ。思い出した」  
小咲は目を閉じて静かに言った。  
「懐かしいですね」  
「そうだな」  
「あのときは家に帰らなきゃいけませんでしたけど…」  
今日は休みだ。ずっと一緒にいられる。そろそろ涼しくなってきた。ずっと温め合っている  
のも悪くないと思う。  
 
 fin 
 
 
 

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