るりSide  
 
桐崎さんの誕生日会の前後で、どうも小咲と一条くんの関係は少し変わったように見える。  
少し進んだように見えるのは気のせいだろうか?  
…しかし、何かがあったとして、変化は「ほんの少し」であることには変わりない。言ってしまえばこれまで通りだ。  
好転と言えるほどの変化には見えない。  
おそらく何か小咲にとっていいことがあったのだろう、一条くん関係で。  
私にはこの程度しかわからないし、手助けもできてない。  
――ずっとそうだ。小咲に、一条くんへの気持ちを確かめてから、なんとかくっつけようと動き出したあの時から。  
私だけではくっつけるまでには至らない。精々小咲の背中をほんの少しだけ押してやれるくらい。  
これでは二人が付き合うようになるのはいつになるのだろうか。  
 
そこまで考えたのが一昨日のこと。「彼」に手伝いを頼むことを決めて一日悩み、今日。  
「彼」の下駄箱に手紙を出して呼びつけ、そして放課後。  
今、私と「彼」――舞子くんは教室に二人だ。  
 
小咲は部活、一条くんと桐崎さんは委員会をしてる。最近は、鞄を持って飼育小屋に向かっていたから、そのまま帰るはずだ。もちろん今日も鞄を持って行ってる。  
準備は万端。のはず。  
 
「…さて、舞子くん。時間がないから単刀直入に聞くわよ。本当は気付いてるでしょ。あの二人の気持ち。」  
「あれ、るりちゃんに呼び出されたからてっきりこくはk(ドゴォ)…ごめんなさいもうふざけません。」  
…全くこいつは… 真面目な話をしようとしているのだから、少しは空気を読んでほしい。  
「…で、あの二人っていうのは?」  
「一条くんと小咲のことよ。」  
「…まぁね。楽は小野寺が好き。小野寺は楽が好き。一言で言えば両想い。俺は桐崎さんがくるまでいつになったらくっつくんだろうなと思ってた。」  
 
やはりだ。こいつはそれを、その他諸々をわかった上で楽しんでいるように見えた。  
だから選んだ。いやいやながらも。毎回自然に一条くんをからかってるこいつなら、意識すれば誘導も可能なのではないか。  
そう判断したから。  
 
「そうね、私も似たような感想よ。もじもじもじもじとあの二人は… …桐崎さんが来る前のことを言っても仕方ないわね。問題はこれからよ」  
「と言いますと。」  
「率直に言うわ。私はあの二人をくっつけたい。」  
「…それで?」  
「あんたにも協力して欲しい」  
「断る!」  
…断られることも考えていたけど、即答されるとは…  
 
「…理由を聞いてもいいかしら。」  
 
「桐崎さんが来る前、もしくは来た直後なら応じたかもしれない、が… るりちゃんは気づいてないのか?最近の二人の関係がちょっとずつ変わってきてることに」  
 
「――え?…段々と桐崎さんの態度が軟化してきてることには気付いてるけど…」  
小咲と一条くんは少しずつ仲良くなっていると感じていたし、あの二人も「恋人関係」に慣れてきているとは感じていたけれど…  
「…そうか。…はっきりと確証があるわけでもないから言いにくいが…  
おそらく桐崎さんは楽に惹かれてきてる。というより、おそらくもう半分落ちてる。認めたくない、けどでも…!って感じだ。思い当たる節はないか?」  
「………」  
うそ、惹かれてきてる、ならまだわからないでもない。けど、もう…?もし本当なら…  
けどずっと意図はどうあれ、傍観に徹していたこいつが、妙に鋭い舞子くんが言うなら…本当に…  
 
「それに、だ。」  
「?」  
「楽に惹かれてるのはもう一人居るだろ。」  
…え、え?いいえ、  
「私は違うわよ。」  
「わかってるよ。」  
…じゃあ、いったい誰が…  
 
「――誠士郎ちゃんだよ。おそらく彼女自身もはっきりと自覚しているわけでもなさそうだけど…本当に気付いてなかったのか?」  
 
…え?彼女は(特に)舞子くんと、一条くんにはきつく当たっていて…桐崎さんとの関係が偽りと知らなくて、それを快く思っていなくて……まさかそんな筈は…  
「…これまで彼女は容姿について褒められた経験がなかったから、照れているだけだと思っていたけど。」  
「ははは、楽の気持ちに気付いていた割には鈍いねぇ。あいつらが分かりやすすぎるっていうのもあるが…  
まぁ、それも正しいと思うけどね。小野寺にかかりっきりで他の人を見る余裕はなかったのかな?」  
「…反論できないわね。」  
本当に。  
 
「……それが協力してもらえない理由かしら?」  
「あぁ、そうだ。確かに桐崎さんが来る以前は、楽は小野寺にベタ惚れだった。今も小野寺のことを変わらず好いていることは間違いない。そして小野寺も楽が好きなんだろう。」  
そう、私もそう思っていた。  
 
「けど、楽は…桐崎さんのことも気になりだしてる、と思う。こっちは前に挙げた二人よりは確証ないんだがな。誠士郎ちゃんについては、こいつ可愛いなって思ってるくらいだろう。まさか好かれ始めているとは夢にも思ってないだろうな。」  
…なるほど、舞子くんが断った理由がわかってきた。  
「ともかく、俺は誰を選ぶかの判断は楽自身に委ねたい。俺は別に誰が楽とくっつこうと良いと思ってるからな。それに…」  
「それに…?」  
まだあるの?と訝しげに視線を向けると、妙にニヤついた舞子くんは  
 
「俺自身、もう少し楽しんでいたい!(バキィ!)」  
 
…やっぱり舞子くんは舞子くんだわ。  
 
「…兎に角、舞子くんの言うこと一理あるわね。わかったわ、もう頼まない。…けど私はやっぱり小咲を応援する。」  
「…はい、それでいいと思います…。さて、それじゃ帰りますか。るりちゃん、一緒に帰ろうz  
「帰らないわよ。私は小咲の部活が終わるのを待つから。」  
「あ、はい…じゃあ、また明日な」  
「えぇ。」  
帰る準備をし始めた彼から視線を外し、外の運動場で部活に精を出す小咲の姿を探す。  
(…思っていたよりもずっとまずい状況かもしれないよ、小咲…)  
当初の目的は達成されなかったものの、呼び出して話をして良かったと思う。  
小咲に今日の話はできないが、今後はもう少し強く背中を押す必要があるようだ。  
 
 
 
集side  
 
るりとの話を終えた集は、今後のことを考えて少し心が躍っていた。  
(俺と似たような立場、ってことでるりちゃんには桐崎さんと、おそらく誠士郎ちゃんが楽に好意を寄せていることを話した。  
 これで、るりちゃん焦る→小野寺に過激な作戦を授ける→楽焦る→面白い。  
 本当に面白くなってきやがった…!ハーレム主人公の苦しみを味わうがいい、楽よ!そして爆発しろ!)  
想像するだけでこれだけ楽しめるのだ。本当に楽とつるんでいると退屈しない。  
 
「…ん?」  
扉が少し開いている。  
おかしい。  
少し真面目な話をするようだったので、扉はどこもしっかりと閉めたはず。  
なのに、少し開いている。  
訝しみながらも扉を開けると、そこには千棘の誕生日会の時に楽が送ったゴリラのキーホルダーが落ちている。  
(…これは…あちゃー… 帰宅するのを見届けてから話を始めれば良かったものを…)  
他にこのキーホルダーをつけている人を、千棘以外に見たことがない。十中八九千棘がここにいたのだろう。  
(どこからどこまで話を聞いていたんだろうな… …まぁいっか!キーホルダーは明日渡せばいいよな。  
…楽、がんばれよ。これから少し大変になりそうだぞ……いかん、想像するだけで笑いがこみ上げてきた…くふふ…)  
 
 
 
千棘Side  
 
教室に忘れ物しちゃった…!明日も体育があるのに、体操服持って帰らないと大変なことに…!  
下駄箱で気付いてよかった!……あれ、教室の方から声がするわね…こんな時間にまだ人が…誰かしら?  
………舞子くんと…るりちゃんの声…?  
 
「―――経験がなかった…、―――けど。」  
「ははは、楽の――…。―――…、 ―――思うけどね。小野寺に―――かな?」  
よく聞こえないわね…それにしても珍しいわね…この二人が談笑してるなんて。  
でももやしの名前が聞こえてきたような…小咲ちゃんの名前も?  
…少しだけ扉を開けて…っていけない私ってば、なんで盗み聞きなんて真似を…でもあとちょっとだけ…  
 
「――――。それがきょう…くしてもら……かしら?」  
「あぁ、そうだ。確かに桐崎さんが…は、楽は小野寺にベタ惚れだった。今も小野寺の…を変わらず好いていることは間違いない。」  
 
っ――!?え、え…?  
 
「そして小野寺も楽が好きなんだろう。」  
 
――――!!嘘…え、楽は小咲ちゃんのことが好きで、小咲ちゃんは楽が好き…?  
舞子くんは楽の仲の良い友だち。彼が「だった」なんて言うってことは…それに間違いないって…  
え、でも、だってあいつは… 約束の女の子のことが好きで… 私がそうかもしれなくて…  
……そういえば水泳の時に…態度が全然違って……でも小咲ちゃんはザ・女の子って感じの子だから…  
…違う、その会話はそもそもあいつが小咲ちゃんのことを理想の女の子像なんて言ってて…  
その日の勉強会の時も、私があいつに変わって小咲ちゃんに勉強を教えようとしたら、あいつすごく恨みがましい目で睨んできてて…  
良い所を見せれなくなったから、とかそんなことだと思ってたけど…  
…そういうことなの…?…あいつは小咲ちゃんのことが…?  
って、私はなんであいつのことで…!あいつなんかのことで…!…私は所詮あいつとは偽物の恋人関係を続けてるだけで…  
あいつのことを好きな女の子が現れたらあげる、ってそれこそ確かあの時二人に……あれ、なんで私こんなに悩んで…  
 
(バキィ!)  
 
!? …何?何の音?  
 
「…―舞子くんの言うことにも一理…わね。わかったわ、もう…ない。…けど私は―――」  
「…はい、それでいいとお…ます。さて、それじゃ帰りますか。」  
 
…!?や、やばい、もう出てきちゃう…!ここを離れなくちゃ…!  
気付かれぬように、走らず急ぎ足で距離を取り、下駄箱へ向かわないと。  
そして振り向こうとした時、脚がもつれてしまう。  
っ…!やばっ…!  
間一髪の所でこけずに体勢を整えることができ、大した音も立てずに済んだようだ。  
…私、動揺してるの…?…あいつなんかのことで…私にとってあいつなんて…  
考えながらもなんとか階段までたどり着き、下駄箱へ辿り着いた。  
「舞子くんが来る前に…帰らないと…」  
 
「あ、千棘ちゃんだ。今帰り?遅くまでお疲れ様!」  
「あっ…小咲…ちゃん…」  
 
ボールを探しにきていたのだろうか。  
ボールを持って運動場に向かっていたらしい小咲ちゃんが、私に声をかけてくれた。  
いつも笑顔で話しかけてくれる、とてもやさしい子。  
でも今は…なぜだろう。笑顔を返すことができない。  
でも、笑顔でいないと。早く、帰らないと。  
「ごっごめん!私急いでるから!また明日ね!」  
「あ、うん、呼び止めてごめんね。またねー」  
そして私は、逃げるように家路に着いた。  
 

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