『ミセアイ』
一条楽の実家は少々個性的―――世間一般的に言う、いわゆるヤクザである。
地元では有名なヤクザの元締めであり、彼らの住む屋敷は周辺では随一の敷地を誇り、まさにひと時代前の日本の大屋敷と言えるものであった。
金髪に碧眼、肌は透き通るような白色、スタイルはスレンダーながらも出るところは出ているという、
まさに絵に描いたような美少女である桐崎千棘は、その屋敷の主である一条楽の部屋の中にいた。
「あ…んっ…」
彼女の頬は赤く染まり、その表情は生涯の中でも見せたことのない、恍惚としたものになっていた。
あろうことか彼女は一条楽が先程まで睡眠をとっていた布団の上で、自慰行為をしていたのだった。
「やぁん…こんなこと…んっ…してたらダメなのに…あっ…」
気が強く人一倍プライドも高い彼女は、このような淫らな行為を日常的に繰り返すような少女ではない。
一体何が彼女にこのような破廉恥な行動を取らせているのだろうか。話は10分程前に遡る―――。
「……っと!………いよ!」
土曜日の早朝から何やら騒がしい。学校に行かなくても良いこの日は、極めて健康的な男子高校生である一条楽にとって、
いくら惰眠を貪っても誰にも文句を言われない至福の時のはずだった。
いつもなら10時くらいまで十分に睡眠を取り、一人で朝食を兼ねた優雅な昼食を食べているところなのだが、今日はどうも様子が違う。
明らかにまだそのような時間ではないことは自身の体内時計が告げていたし、誰かと約束をしていた覚えもない。
「何だよお前ら…土曜日くらい自分たちで朝飯作れって…」
おそらく自分で食事の準備ができないチンピラの数人が、それ目当てで起こしに来たのだろう―――そう結論づけた楽は瞳をきつく閉じたままこのように告げ、
再び深い眠りの世界に入ろうとした。
しかしその決断が大きな間違いであったことを、彼は数秒の後に思い知ることとなった。
「だから…起きろって言ってるでしょうがぁぁぁぁ!!」
「ぐふぅおぁ!!」
腹部に突然生じた激痛により楽の意識は完全に覚醒し、布団から飛び起きる羽目となった。
「ぐぇっ、ゲホ、ゲホ…な、何だ!?」
ついに他の組からカチコミを受け、現当主の跡継ぎの立場にある自分が襲われたのかと一瞬の内に考えた楽であったが、
それならば最初の一撃で脳漿をぶちまけて死んでいるはずである。
思いの外冷静な思考に自分でも少々驚いたが、それも"家庭環境"の影響なのだろうと、諦めに似た境地にたどり着き溜息をつくのであった。
「何いつまでも寝ぼけてんのよ。…おはよう、ダーリン」
そんな思考を、凛々しく響く声音が中断させた。最近よく聞くようになったその声に仰天した楽は、顔を上げてそれが発せられた方向を振り返った。
するとそこには、その美しい声からは想像もできない程不機嫌そうな表情を浮かべ、腕を組みながらこちらを見下ろしている、楽の"恋人"がいた。
「…っておわ!ち、千棘!?何でここに…!?つーかお前俺に何しやがった!?」
「ジャンプ肘落とし」
「女の子がする技じゃありません!」
"全く何つう女だ…ゴリラそのものじゃねぇか…"そう心の中で悪態をついて千棘の方を睨みつける楽であったが、
彼の言わんとしていることを勘違いして捉えた彼女はこう告げた。
「…布団の上からだから、怪我の心配はしなくていいわよ?」
「そういう問題じゃねぇよ!!」
隣に住む勝気な性格の幼馴染が毎朝主人公のことを起こしにきて、時には武力行使も辞さない―――そのような展開のラブコメ漫画を、
購読している週間漫画雑誌にて読んだことがあったが、やはりフィクションの幻想は現実には当てはまらないということを、楽は実体験を以て噛み締めていた。
「ったく……で、一体何の用だよ?こんな休日の朝っぱらから」
「な、何よ、用がなけりゃ来ちゃ駄目だって言うの?」
楽が千棘にかけた言葉は、恋人に対するそれとはかけ離れていた。それもそのはず、この二人は"家庭の事情"で仕方なく恋人のフリをしているにすぎないからだ。
もし周囲にその嘘がバレてしまえば、ヤクザとギャングの抗争により町一つが消えてしまうというのだから、両者とも考えうるベストな選択を取ったと言えるだろう。
しかし楽は神経質で細かいところまで気にする姑のような性格であるのに対して、かたや千棘は大雑把で男勝りな少女なので、本来の相性は最悪なのだ。
抗争の問題さえなければ、恋人になる(たとえフリであったとしても)など、お互いに考えもしなかっただろう。
なので千棘のこの問いは楽にとって予想外のものであり、少々胸が動悸を覚えたことを彼は認めざるを得なかった。
「べ、別に私だってあんたみたいなもやしの所に来たくなんてなかったわよ!でもビーハイブのみんなが、休日は恋人の家に遊びに行くものですよね、とか言うから…!」
「あ、そう…。お前ってホント可愛くねぇな…」
「あぁ?何か言った?」
「…何も言ってません」
やはりそんなことか。彼女が自ら好き好んで自分の所に、用もなく訪問してくるなど有り得ないか―――。
少しばかり思い上がってしまった自分のことを戒め、楽は物憂そうに立ち上がった。
「とりあえず顔洗って来るか。それと千棘、朝飯ってどうした?」
「え?いや、まだ食べてないけど…」
時計の方を眺めてみると、まだ7時30分であった。千棘が朝食を摂らずにここに来ていても、何ら不思議ではない。
念のため聞いてみたのだが、まさにビンゴであった。
「ついでに作ってきてやるよ。ご飯とパ…」
「パンとコーヒーがいい!」
即答である。こういう時に優柔不断に答える人間も割と面倒だが、質問が終わる前にキッパリと自分の意見を述べる人間はそうそういないだろう。
「…へぇへぇ、わかりましたよ。マイハニー」
「もちろんブラックで頼むわよ。あ、ちゃんと豆から煎れてよね」
背中の方からさらに事細かな注文が聞こえたが、残念なことにこの屋敷の厨房にはインスタントコーヒーしか存在しない。
その事を教えるとまた何か言われそうなので、黙って自分の部屋を後にすることにした。
「…ふぅ」
楽は厨房へと続く廊下を歩いていく途中で、深く溜息をついた。
それは早朝から騒々しい千棘との会話から抜け出すことができた開放感だけでなく、
健全な男子特有の生理現象を彼女に見られる心配がなくなったという安堵からくるものでもあった。
「朝から無防備に部屋に入ってきやがって…俺だって男なんだぞ…!」
楽は先程千棘からジャンプ肘落としを喰らった下腹部をさすりながらそうつぶやいた。
彼の名誉のために一応断っておくが、彼は女子から打撃技を受けて興奮してしまうような特殊性癖の持ち主ではない。
もちろん朝起きたばかりというのもあるのだが、彼の陰茎が著しく勃起してしまった一番の原因は、ちょうど一週間前の林間学校で千棘の全裸を偶然見てしまったことだった。
ほんの一瞬の出来事ではあったものの、彼女の"全て"を見てしまい、楽の網膜にはその美しすぎる肢体が焼き付いていた。
林間学校から帰ってきて一週間は何事もないように振舞ってきたのだが、今日は如何せん不意打ちすぎた。
さらにあろうことか彼女は、その身体で自分の腹部に触れてきたのだ―――少々手荒な接触方法ではあったが。
いくら布団の上からとは言え男子高校生としてのリビドーに抗えるはずもなく、否応なしに愚息を大きくする羽目になってしまったのだった。
「く、くそ!早く収まってくれ!」
やはり一週間前のあのハプニングは刺激が強すぎた。意識すれば意識する程あの時の光景がより鮮明によみがえってしまい、彼のモノはますます膨らんでいくばかりであった。
しかしそのような状況であっても、彼は今までに千棘をネタにして自慰行為をしたことはなかった。
いくら相性が悪くて嫌いな相手であるとは言え、身近な女性を慰み者にして自身の欲求を満たすという行為を、彼のプライドが許せなかったからだ。
それに加え、彼には小野寺小咲という本当の想い人がいる。彼女のことを蔑ろにして、あんなゴリラ女に欲情してなるものか―――これは彼の意地でもあった。
「そうだ、俺には小野寺という女性がいるんだ!小野寺小野寺小野寺小野寺…」
端から見れば犯罪者、よくて心の病を持つ者のような台詞を吐きながら、楽は厨房の扉を開けた。
「えーと、食パン食パンっと…。ついでにスクランブルエッグくらい作っちまうか」
料理は彼の得意分野だ。冷蔵庫から必要となるものを取り出し、手際よく作業を進めていく。
とりあえず手を動かして何も考えないようにすることで、先程の興奮を収めようとする彼なりの策だった。
しかしそれは簡単には消えてくれず、未だに脈が早く拍動しているのを彼は感じていた。
「あんな奴にドキドキしちまうなんて…。てか何であいつは涼しい顔してやがるんだ?ついこの前裸見られたばっかだってのに…」
帰国子女だからそういうことに対する感覚が違うのかもしれないな―――女心を微塵も理解していない楽は自身をそう納得させ、フライパンを握った。
ともあれ今は料理に集中せねばならない。火を扱う最中に考え事は厳禁だ。
胸にモヤモヤしたものを感じながら、彼はガスコンロの火をつけた。
だがそれは千棘にとっても同じことであった。この一週間は何事もなかったように過ごしてきたが、心の中ではどうしても林間学校での出来事を意識してしまっていた。
さっきもそうだ。なるべく今まで通り接したつもりだが、やはり二人きりという状況はいつもとは違い、少し言動が変だったかもしれない。
彼女は今日の自身の行動に不自然な所がなかったか反芻していた。
「あーもう、何であんなもやしのことで私がこんなに悩まなくちゃいけないのよぉ…」
そもそも今日ここに来たのは彼女自身の意思であった。彼にはギャングの面々から促されて来たのだと言ったが、それは本心を隠した嘘偽りだったのだ。
「…それにしても何でアイツはあんなに平気な顔してんのよ?私の裸を見たくせに…」
自身の胸の鼓動がいつもより大きくなっているのを感じながら、彼女は顔を少し赤らめてそうつぶやいた。
一週間前の林間学校では楽との間に色々な出来事があった。
温泉にて裸を見られた挙句腰にキスまでしてしまい、暗闇に怯えている所をまた助けられ、
そして10年前の約束の相手が楽かもしれないという事実が、彼女を心を大きく惑わせていた。
千棘は自身が彼に抱く感情が、少し前のそれとは全く異なるものになっていることに気づいていなかった。いや、気づこうとしていなかったという言う方が正しいか。
彼女が貴重な休日にわざわざ楽の屋敷に訪れたのは、胸の中にあるこの不確かな気持ちに対して、自分なりの答えを見つけるためであった。
「あいつが10年前の男の子…?いやいや、あんなに素敵だった子があんな軟弱者になるわけないってば…!」
千棘は楽が出ていった方向にある襖を眺めて、その可能性を頭の中で必死に否定していた。
"あの子"は当時の彼女をいつもリードして楽しませてくれた。会えば喧嘩ばかりで相性最悪の楽がその相手であるとは到底考えにくい。
やっぱりあの鍵と額の傷はただの偶然か―――そう一旦結論づけた彼女は大きく溜息をついた。
それは初恋の男の子にたどり着けなかった落胆から来るものか、楽がその相手ではなかったことに対する安堵から来るものか、その答えは彼女自身にも知る術はなかった。
「それもそうか。だってあの子は私が困っている時はいつだって助けてくれる勇敢な男の子だったもんね。あいつと比べ…たら…」
その時彼女の身体は稲妻が走り抜けたかのように硬直した。自分が困っている状況下にいると、楽はいつもどういう行動を取っていただろうか。
蔵に二人で閉じ込められた時は、怖くて動けなくなった自分を励まし、ずっと一緒にいてくれた。
プールで足がつって溺れた時は、真っ先に助けて人工呼吸までしようとしてくれた。
負けられない条件下でババ抜きをしていた時は、自分のジョーカーをわざと引いてくれた。
暗闇の中外に取り残された時は、全力で探しに来てくれた。
情けをかけられたようで正直気に入らないこともあったが、楽はいつも千棘のことを守ってくれていた。
その事実を自覚した彼女は、先程よりもなお一層頬を紅潮させた。
「何よ…私のこと嫌いじゃなかったの…?だって、それじゃあまるで…」
"10年前のあの子みたいじゃない―――"
最後まで言葉にしてしまえば何かが壊れてしまう気がして、千棘はそれ以上の思考を中断させた。
続きは楽本人が戻ってきてからで十分だ。そう考えた途端に全身の緊張が解け、彼女は丁度その場にあった楽の布団に身を投げ出した。
「ったく…せっかく女の子が家に来たっていうんだから、布団くらい先に片付けなさいよね。気が利かないんだから…」
おかげで今こうして心地よく布団の上で寝そべっていられるというのに、全くいいご身分である。
千棘は仰向けになった状態で理不尽な愚痴を漏らし、その小さくて綺麗なガラス細工のような美しい顔貌を枕に埋めた。
特にその行為に意味があったわけではなく、目の前に心地よさそうな枕があったので、思わずそうしてしまっただけであった。
だからこそ、それが彼女と楽の関係を大きく変えてしまう今回の出来事のきっかけになってしまうなど、誰が予想できただろうか。
「……あいつの…匂いがするな………」
なんかすごいこと言った。
「……ハッ!?な、ななななな、何言ってるのよ私は!?」
自身の発言のはしたなさにようやく気づき、千棘は完全に取り乱してしまっていた。
恥ずかしさのあまり、布団の上で足をばたつかせて悶え苦しむことが、今の彼女にできる唯一のことであった。
色欲、困惑、葛藤、後悔―――様々な相反する感情が彼女の魂を苛んでいた。
「あっ………」
胸の奥がズキンと疼いた。気づけば、千棘は着ていたワンピースの中に手を入れて、ブラジャー越しに自分の胸を触っていた。
乳首がブラジャーと擦れ、痛みと気持ちよさの波が同時に押し寄せてくる。
「…少しだけなら…大丈夫…よね…?」
既に今の千棘は歯止めのきく状態ではなくなってしまっていた。
ただ己の欲求を満たすため、彼女は自分の胸をいじり回す。
「…んっ、んんっ………はぁっ……んっ」
まだ発育しきっていない彼女の乳房には、内側に硬い芯があり、それが何かに当たったりすると苦痛を感じてしまう。
だがその硬い芯をソフトタッチで包み込むように優しくいじると、身体がどんどん熱くなる。
興奮はまた新たな興奮を呼び込み、千棘をどんどんおかしくさせる。
"私…何でアイツの布団の上でこんなことを……でも…気持ち…いいよぉ……"
意識の上ではそう思うのだが、どうしても手を止めることができない。
身体の芯が熱く火照り、ピンク色のイメージが正常な思考を追いやっていく。
「あっ…ん…うっ、くぅ……んっ…」
千棘は布団の上に仰向けになると、身体に食い込んでいたブラジャーのアンダーベルトを外した。
乳房が圧迫から開放され、容器から出されたプリンのようにぷるぷると揺れた。
ブラジャーが最近また窮屈になってきている。もう一段大きいサイズのものを買うべきかもしれない。
彼女は反対側の乳房をつかみ、そろそろと揉んでいく。
「あっ…!んっ…」
先程とはまた違った快感の波が押し寄せてくる。
自分の乳房が、普段に比べて硬い手応えに変わっているのがわかる。
その変化に怯えながらも、彼女は悦楽を貪り続ける。
「んっ……はぁっ……もう…我慢できない…」
千棘はスカートを捲り上げ、ショーツの中に右手を入れた。
既にクロッチの内側はしっとりと濡れていて、恥唇が充血してムズムズしている。
彼女は恥丘に手を置き、中指をそっと伸ばした。
スリットに指先を入れ、ぬかるんだ粘膜を指先でこねくる。
「くぅっ…んんっ…はぁんっ…あんっ、んっ……」
恐ろしいほどの気持ちよさが脳を、そして全身を麻痺させていく。
薄めのヘアを乗せたヴィーナスの丘のすぐ下に、包皮に包まれた陰核がある。
小粒な真珠のようなクリトリスは奥に隠れてしまい芯は見えない。
その下にある大陰唇は、これまでのオナニーに興奮して赤っぽく充血し、ラビアを綻ばせて内側の粘膜を露出している。
千棘はクリトリスを圧迫し愉しみながら、ラビアの奥の粘膜を中指の先で弄ぶ。
「んっ……あっ、んんっ、はうっ、うううっ、くっ、うぅ、んん……」
左手で乳房をいじり、右手で秘部をいじっていくと、快感が相乗されて二倍にも三倍にもなる。
千棘も健康な少女なので、オナニーくらいたまにはする。
だが好きで好きでたまらないというほどではなく、モヤモヤした時にベッドの中で秘部と乳房をいじる程度だ。
なのに今日は、クラスメイトの少年の布団に仰向けになり、乳房と秘部をいじり自慰行為に勤しんでいる。
「あっ、んっ、ふぅ…き、気持ちいいよぉ……」
その少年―――本来嫌いであるはずの一条楽の顔が、ふと頭をよぎった。
「何でアイツが…思い浮かぶのよぉ…あぁっ、んっ…」
その答えは端からこの状況を見れば誰でもわかるものなのだが、彼女は自身の鈍感さと意地故にそれに気づけない。
ピンクの乳首が尖っている。米粒ほどの小さなそれを指先で押さえると、せつない刺激が電流のように四肢に向かって走り抜ける。
千棘はいらだたしい気持ちのままに、膣口に指を入れた。
ヒダヒダがみっしりと合わさった膣は愛液で十分に濡れていたので、指をあっさりと受け入れた。
普段のオナニーでは、怖いので指を入れたことはなかった。
思ったよりザラザラしていて、その感触に自分でも驚いてしまう。
熱くてヌルヌルで、呼吸に合わせて巻きつくように締まったり、緩んだりを繰り返していた。
"私のアソコってこんな風になってるんだ……"
呑気にもそんな事を考えつつ、千棘は指を二本揃えて入れてみた。
ちょっとキツイが、入らないというわけではない。
分厚い処女膜が膣の浅いところを取り巻き、それ以上太いものの侵入を拒んでいるようだ。
膣を弄れば弄るほど、さらさらした愛液が間欠泉のように湧き出してくる。
「やっ…中がこんなに濡れてる…」
千棘はどきどきする心臓の音を聞きながら、ラビアを引っ張ってクリトリスを覆う皮を剥いた。
内側に収められていた小さな豆がつるんと飛び出した。
オナニーの時、千棘はクリトリスを弄らない。痛くて冷めてしまうからだ。
だが今日はいつもと感触が全然違う。彼女は念のため指の腹を舐めてから、恥芽を指先でつまんだ。
「あっあっ…くっうぅ……はぁん…!」
苦痛は思った程感じられない。自分の唾液でねっとりと濡れた指先で丸めるように触ると、腰全体に響くような甘い痺れが走った。
愛液がプクッと音をたてて、さっきよりも多く溢れ出す。
指の上で唾液と混ざり合い、淫靡なハーモニーを醸し出していた。
服こそ着ているものの、皮膚は汗で濡れて油を塗ったように光っている。全裸よりもエロティックな雰囲気をした格好だ。
「いやぁ…んん…あぁっ、んん……すごい…これ…」
あられもない姿で乳房とクリトリスを弄り回し、身体が布団の上で扇情的なダンスを踊る。
千棘は今まで経験したことがないオーガズムというものが、身近に迫ってきていることを本能的に悟った。
舌先で唇を舐めると、ラストスパートをかけようと恥芽をつまむ指先に力を込めた。
「あっあっあっ…い、イッちゃう!私…イッちゃうよぉ!楽ぅ…!」
とっさに出た、その名前。それは千棘の無意識下からくるものであった。
何故一条楽の名をオーガズムの直前に呟いたのか、それは彼女にもわからなかった。いや、考える余裕さえなかったと言うべきか。
そんな彼女の意識を、食器がひっくり返るような音とドタバタとした喧しい騒音が、突然に現実世界へと引き戻した。
「え……?」
次の瞬間―――桐崎千棘は少しだけ空いた襖の隙間越しに、件の少年、一条楽と目が合った。
楽は作り終えた朝食を盆にのせ、自分の部屋に向けて運んでいた。
トーストにスクランブルエッグ、デザートにヨーグルト、飲み物はコーヒーというラインナップだ。
コーヒーは千棘の希望通りではなくインスタントだが、これだけ量があれば文句も減るだろう。
「あいつってトースト一枚焼くことすらできなさそうだなぁ…」
先日食べたお粥の味を思い出しながら、楽は苦笑いしつつ歩を進める。
あの時も千棘はこの家に来ていた。散々な目にはあったが、小野寺とも会え風邪も治ったので、感謝はしているつもりだ。本人にその旨を伝えたことはないが。
思えばあの看病を境に、彼女の楽に対する態度が若干軟化したような気がする。
何か特別なことでもあっただろうか、と思案を巡らせるが、特に思い当たるような節はない。
個人的にそれよりも強烈だったのはやはり林間学校での出来事だ。
温泉や肝試しでの一連の騒動。これらは否応なしに、楽に千棘のことを一人の異性として認識させてしまっていた。
「…っていかんいかん。思い出すな俺!今からまた顔を合わせるっていうのに、そんなんじゃまた勃っちまうぞ!」
楽がそう気を引き締め直すと同時に、自分の部屋の襖の前にたどり着いた。
お盆を一旦床に置き襖を開けようとした彼だったが、部屋の中からぼそぼそと漏れてくる千棘の声が耳に入り、その行動を中断させた。
「…ん?千棘のやつ、誰と話してんだ?」
襖をほんの少しだけ開けて、右目だけで部屋の様子を覗いてみる。
中で繰り広げられていたその衝撃的な光景に彼は喉を詰まらせて硬直した。
『やっ…中がこんなに濡れてる…』
先程まで彼の思考の大部分を占めていた、男勝りで気の強い性格であるはずの千棘が、あられもない姿で自慰行為をしていたからだ。
こちらに気づく素振りすらない。よほど夢中になっていると見える。
"桐崎が…俺の部屋で…オナニーしてる……?"
頭の中のイメージと目の前の現実のギャップが埋められず楽は困惑していた。
"あいつはそんなことするタイプじゃ……でもあれはどう見ても…いや、だとしても何で…俺の布団の上で…"
喉がカラカラと乾き、指先一本も動かせなくなるほど動揺してしまっていた。
見てはいけないとわかってはいるものの、雄としての本能からかどうしても目を逸らせることができない。
思春期真っ盛りにありながらも、女性とそのような行為をしたことがない楽にとって、それは当然とも言える反応であった。
『あっあっ…くっうぅ……はぁん…!』
千棘の息が荒くなっていくのと同時に、自分の息もどんどん荒くなっていくのがわかる。
このままではマズイ―――頭の中で警鐘が鳴り響いていたが、やはり一歩も動けない。
こちらの葛藤などお構いなしに、千棘は絶頂へ向けてひたすらに走り抜けていく。
その最中、おそらく彼が聞いてはならなかった言葉が、聞こえてしまった。
『私…イッちゃうよぉ!楽ぅ…!』
―――途端、金縛りから解かれたかのように全身の力が抜け、楽は無様な音を立てて後ずさった。
その拍子に浴衣の袖をお盆を引っ掛けてパンやらヨーグルトやらの器をひっくり返してしまったようだが、そんなことはどうでもいい。
今彼女は何と言ったのだろうか。
耳が正常に機能しているならば、自意識過剰でなければ、"一条"と―――自分の名前が呼ばれた気がした。
"今…何で俺の…名前を…?"
そして彼はそこに至ってようやく気づいた。
先程まで自慰に夢中だったはずの千棘と、自分の視線が交叉していることに―――。
「な、ななななな…!」
千棘は掛け布団を素早く手に取り、それによって自身の身体を楽から包み隠した。
服自体はしっかりと着ていたので、実質的には特に意味のある行動ではなかったのだが。
「あ、ああ、あ、あ、あんたいつからそこに…」
彼女の声はわなわなと震えている。無理もない。
周りが見えなくなる程夢中でオナニーをしていたところを、同年代の男子に見られたのだ。
しかも最後には本人の目の前でその名前を言って聞かれてしまった。これで恥ずかしくないわけがない。
楽はとりあえず説得をしようと、襖を開けて四つん這いで自室の中へと入った。
「な、何も見てない!俺は何も見てないぞ!」
「…見たんだ…」
「うぐっ!」
かける言葉の選択を間違えてしまったことを、楽は今更ながら悟った。
なんとかフォローを試みようとするのだが上手い言葉が見当たらない。
女好きな友人である集なら何と言うのだろう、とも考えたが、それは明らかに徒労に終わる行為であるということに早々に気づいてしまったので、とっさに頭を切り替える。
「し、死にたい…いっそ殺して…」
「お、お前…こんなことで死にたいなんて言うなよ。な?」
「こ、こ、"こんなこと"って……う…うぅ…うぅぅぅぅ…」
「うぐぐっ!」
また間違えた。
楽は自身の不甲斐なさに呆れながらも、なお千棘と向き合おうとする。
それが自分にできる、彼女に対する唯一の償いだ―――心の奥底でそう感じていたからであった。
しかしその千棘はもう完全に涙目である。
暗闇にいる時も同様に涙を見せるが、あの時は暗闇に対する恐怖から、今回は異性に自慰を見られたことに対する恥辱からくるものだ。本質的には全く違う。
だがどちらにも共通して言えることは、千棘が涙を流す姿は女性として魅力的すぎるという点である。
最初に彼女の涙を見てしまった際は、楽も高鳴る胸を抑えきれなかったという事実がある。
しかも今回はそれに加え、オナニーによって部屋中に彼女の強烈な雌の匂いが立ちこめていた。
常人ならばとっくに発情して千棘に襲いかかるであろう状況だったが、楽はその衝動を必死に抑えこみ言葉を紡ぎ続ける。
「い、いや、まぁ、その、なんだ。こういうことは誰でもするっていうか、なぁ?」
「な、何よ…あんたにとっちゃいいお笑い草でしょ…?み、みんなに言いふらすなり何なり好きにしなさいよ…」
今のは、聞捨てならなかった。
「なっ…見損なってんじゃねーぞ!」
「え…」
「俺はその人の嫌がることをみんなにしゃべって喜ぶような…そんな下衆な奴だってのか?冗談じゃねぇ!そんなの男のすることじゃねぇぞ!」
度肝を抜かれたのは千棘の方だった。一緒に過ごしたのはわずかな時間だが、楽がそんなことをするような人間ではないということくらいはわかっている。
さっきのは半ばヤケになり思わず口に出てしまった台詞だったのだが、まさかここまで強く否定されるとは思ってもいなかったのだ。
「…っと、わり…何で俺が怒ってるんだろうな…」
我に返ったのか、情けなくおどおどした様子の楽に戻っていた。
だがさっきの一喝と、二人の秘密にしてくれるという安心感からか、涙は既に止まっていた。
相変わらずこの少年は千棘が困っていればいつだって助けてくれる。
"見られたのがこいつでよかった―――"彼女はそんなこと風にすら思っていた。
「あんたって……ホント、ずるいわよ……」
「…は?何がだよ?」
先程とはまた違った恥ずかしさから、千棘は耳まで真っ赤になった顔を俯けてそう呟いた。
幸いなことに、今の言葉の意味を彼は理解していないようだ。
その姿を見ていると気持ちも落ち着いてきたのだが、それと同時に痴態を見られてしまった悔しさと怒りがふつふつと込み上げてきた。
自身をくるんでいた掛け布団を手放し、千棘は身を乗り出して楽に近づいた。
「…ちょっと、そこのもやし。あんたに頼みたい事があるんだけど」
「…ん、わ、わかったよ。俺にできることなら何でもしてやるよ」
楽は千棘の行動に驚き若干後ずさったが、辛うじてそれだけ答えた。
よくわからないが、急に元気が戻ったようだ。
いきなりこのような高慢な態度を取られると少しイラッともするが、これが彼女の平常なので、むしろこの兆候は喜ばしいことと言えよう。
千棘がオナニーの最中に自分の名前を呼んだことについては―――とりあえず保留にしておいた方がよさそうだ。
楽は自分なりに精一杯空気を読み、千棘の言葉に耳を傾ける。
「…あんたも…………しなさいよ」
「え?何だって?聞こえるように言ってくれよ」
千棘の声が小さくて上手く聞き取れない。
心なしか彼女の身体が小刻みに震えているようにも見える。
誠実に聞き返す楽に対して、千棘はとんでもないことを要求した。
「…!あんたも、お、お、お、オナニーしなさいって言ってるのよ!」
なんかまたすごいこと言った。
「…………………………は?」
瞬間、楽の世界が静止した。
目の前の可憐な少女を視界の中央に留めたまま、呼吸すらできなくなった。
"…えーっと、今こいつは俺にオナニーしろって言ったのか?んー、んんー、オナニーって何だったっけ?俺の認識が間違ってたかな?"
オナニー(おなにー、ドイツ語: Onanie、英称:マスターベーション (Masturbation) )とは、性交ではなく、
自分の手や器具などを用いて自らの性器を刺激し、性的快感を得る行為。自慰ともいう。(Wikipediaより)
"…うん間違いないね。千棘がさっきまでやってた、あのオナニーだよね。そうかー、何でもしてやるって言っちゃったもんなー。千棘の前でオナニーするしかないかー"
もちろん千棘は女、楽は男なのでその方法は妄想の材料も含め、色々と異なってくる。
つまり千棘は楽に対して、自分の目の前で陰茎をしごいて快楽を得るように求めてきたのだ。
そこまで冷静に分析できた楽は、一つの結論を導き出した。
「…って、できるかぁぁぁぁぁぁ!!」
当たり前の反応であった。
「だ、だって、私だけあんな恥ずかしい姿を見られるなんて不公平じゃない!」
「あ、あれは事故じゃねーか!女子の前でわざわざそんなことしてたら、俺はただの変態じゃねーか…!」
"そもそもなんでお前は俺の部屋でオナニーしてたんだよ!"とは流石に聞けず、そこで言葉に詰まってしまった。
その隙を勝機と見たのか、千棘は一気に畳み掛ける。
「…つぐみに、あんたに覗きをされたって言ってやる…」
「そ、それだけはやめてくれ…」
なまじ間違っていない分タチが悪い。
つぐみとはクラスメイトの鶫誠士郎のことで、とても整った顔立ちをした少年、に見える少女である。
彼、もとい彼女は特殊な教育を受けて育てられた凄腕のヒットマンであり、千棘のことを敬愛している。
もしそんなことを報告されでもしたら、その日こそが楽の命日になるのは目に見えている。
ただでさえ楽は誠士郎に嫌われている節があるので、どんな残虐な方法で嬲り殺されるかわかったものではない。
「…できることなら何でもしてくれるんじゃなかったの?」
「うっ…それは…!」
そこを突かれるのが何よりも痛い。
簡単な口約束とは言え、男に二言はない。
どう対応しようかあたふたとしている楽に、千棘からトドメの言葉が突き刺さった。
「そ、それに…あんたのソレ…す、すごいことに…なってるじゃない…」
「!!?」
千棘を慰めることに集中して自覚していなかったのだが、楽の陰茎は浴衣の上から見てもわかるくらいギンギンに勃起して、見事なテントを張っていた。
ここしばらく自分で処理することをしていなかったせいでもあるのだろう。
ペニスはかつてないほど膨張していて、彼は本当にこれが自分のモノなのかと疑ってしまってさえいた。
「ね、ねぇ…もう、我慢、できないんでしょ?私も…一緒にするから…」
千棘が小悪魔的な囁きを楽に浴びせる。
その時楽は、自分の中の理性という名の城壁が崩壊していく音を聞いた。
「んっ…あっ…いやぁ…んあっ…」
「うっ…くっ…」
一条楽の部屋の中では、男女の荒い息づかいの音が響いていた。
しかし彼らは運動をしているわけでも性交をしているわけでもない。
お互いただひたすらに手淫を見せつけ合い、それぞれの性的欲求をその場で発散させようと夢中になっていたのだ。
「あっ、ん……気持ち…いいよぉ…」
「はぁ、はぁ…俺も……くっ…」
千棘は先ほどと同じように服を着たまま乳房と秘部を弄り、楽は浴衣は一応羽織っているものの、
下着は脱いで男根は外に露出させ、それを手で握り上下のピストン運動を繰り返していた。
二人とも今までのオナニーとは比べ物にならないほどの気持ちよさを感じ取っていた。
それはおそらく、異性に自慰行為を見られるという異常な状況に対する背徳感から生じるものなのだろう。
「ね、ねぇ…その透明な液体が…せ、精液…なの…?」
「いや…これはカウパー液って言って…気持ちよくなってくると…出てくるもんなんだよ…」
「ふ、ふぅん…」
"そっか…本当にあんな動きで気持ちいいんだ…"などと呑気に考えながら、千棘は恥唇を指の腹で擦り続ける。
「はっん…!あっ…ん…あぁ…!」
少し力を入れすぎたのか、千棘は予期せぬ快楽の波に意識を持って行かれそうになる。
それにしても初めて楽の陰茎を生で見た時は、その大きさに驚愕してしまった。
そもそも彼女にとっては男性の生殖器を見ること自体が初めてであった。
小さい頃は父親と風呂に入っていたのでその都度視界に入ってはいたはずなのだが、あんな風に勃起はしていなかったし、
そもそも記憶が古すぎて形などほとんど覚えてはいない。
だが楽のソレが立派であることは、比べる対象がなかったとしても明らかであると、千棘の雌としての本能が告げていた。
"これじゃあもう…もやしなんて呼べないじゃない…"
ふと顔を上げると、楽はどこか苦しそうに、何かに耐えるような表情をしていた。
絶頂が近いのだろうか、余裕がないのが端から見てもわかる。
一方の千棘はオーガズムには今一歩足りない状態であった。
先刻それに至る直前に突然中断されてしまったことが尾を引いているのであろう。
彼女はまだるっこしくなり、胸を触っていた方の手もスカートの中に入れ、両手で一気にショーツをずり下ろした。
枕元に投げ捨てたショーツは地面に着くと同時にべちゃ、と卑猥な音を立てた。
「お、おい、千棘……!?」
「な、何よ。さっきから下半身丸出しのやつが何言っても、せ、説得力なんてないわよ…!」
これで指の動きの制限がだいぶなくなった。千棘はオナニーを再開させ、膣口に自分の示指と中指をそっと差し入れた。
入口近くにある分厚い粘膜の輪が異物の侵入を拒み、二本の指を締め付けてくる。
千棘は甘い声をあげて悶えていた。その美しい肢体からは甘い汗の匂いがムワッと立ち昇り、顔が淫蕩に変化していく。
「んぁっ…はぁっん…あっ、あっ…!」
困ったのは楽の方であった。
千棘がショーツを脱いでしまったので、さっきからスカートの中からチラチラと彼女の陰部が見え隠れしていたのだ。
愛液がとろとろと溢れ落ち、さながらそこだけ大洪水になってしまったかのようだった。
見てはいけないと頭ではわかってはいるのだが、男の性のせいか、楽は瞬きすらせずに魅入っていた。
「あっ、んんっ…!はぁっ…ん…!」
「うっあ…!くっうぅ……!」
幸い、千棘は楽の視線を気にする様子はない。
むしろ彼女も、楽のペニスを見てより興奮しているような節がある。
それを確認した楽は欲望に逆らうことを諦め、全力で愚息をしごくことで己の欲求を満たそうと決心した。
「あっあっあっ…んんっ…!ら、楽ぅ!もうダメッ…!わ、私、イッちゃう!イッちゃうよぉぉぉ!!」
「くっ…千棘…俺ももう我慢できねぇ…!」
「い、いいよ…一緒に…イこう…?」
両者ともにすでに限界であった―――否、むしろよく保った方であろう。
同世代のクラスメイトの目前で、お互いの痴態をネタに自慰をするなど、高校生の二人にはあまりに刺激的なはずなのだから。
甘く痺れるような快感が大きな波となり千棘の意識を呑み込み、火山が爆発するような強烈な解放感が楽の脳裏を駆け抜けた。
「イクッ、イクゥゥッ!!」
「うっ…で、出るっ…!!」
そして二人は、同時に果てた。
愛液がプシュッと音を立てて噴き出した。想像を絶するほどの気持ちよさにより、千棘の目の裏がカッと赤く染まる。
楽のペニスの先端からは真っ白い精液が勢い良く飛び出して、千棘の整った顔から胸のところにかけて降りかかった。
相当溜め込んだせいか、とんでもない量の精液だった。
楽とて最初は千棘に精液をかけるつもりなどなかったのだが、興奮が高まるにつれ獣としての欲望が強くなり、このような行為に及んでしまったのだ。
"…!また、やっちまった…!"
楽は再び本能の赴くまま行動してしまった己を恥じ、とりあえず千棘にかかったザーメンを拭き取ろうと彼女に近寄った。
彼女の美しい顔には精液がべっとりとついていて、そこから胸へと向かって白い糸を引いていた。
しかし千棘には垂れ落ちるそれを気に止める様子はなく、放心状態で虚空の一点を見つめていた。
そんな中、顔の上を移動してきたスペルマが、開けっ放しになっていた彼女の口腔へとわずかながら滴り落ちた。
「これが…精液………にが……」
「…っ!!」
今まで味わったことのない類の苦さに、千棘は思わず顔をしかめる。
その苦悶の表情は楽の内に潜んでいた苛虐心を強く刺激し、再び彼のリビドーが脈拍を打ち始めた。
射精したことによって一時は萎えていたペニスも、既に先程との同じくらい強く勃起してしまっていた。
楽は既に限界であった。
千棘の初々しい女性器に自分の欲望を直接ぶち込みたい―――彼の思考は邪な欲求に支配されていた。
楽は千棘に襲いかかるような姿勢をしながら、彼女の方に膝で歩み寄っていく。
「ち、千棘…俺…もう…!」
だが、自身が襲われるという危機感による防衛本能か、それとも精液を盛大にかけられたことに対する怒りを今更感じたのか、
次の瞬間、楽のふらふらした足取りにタイミングをあわせ、彼女は楽のことを
「な、ななな、何してんのよぉぉ!!」
華麗な右アッパーで思いきりぶっ飛ばしていた。
宙に浮いた楽は、千棘の金髪がいつもとは比較にならないくらい艶かしくたなびいているのをその目に収め―――そこで彼の意識は途絶した。
頭がボーッとし視界はぼんやりしている。
楽は自室の布団の上で仰向けになって寝転がっていた。何があったのかいまいち思い出せない。
断片的な記憶の糸を手繰り寄せ、状況をなんとか理解しようとする。
何故か顎の下がズキズキと痛むが、とりあえず起き上がることはできそうだ。
「うぅ…いってぇ」
楽は痛む顎を手で摩りながら布団から身を起こした。
そんな覚醒したばかりの彼に、可憐な声がかけられた。
「あ、ようやく起きた」
「ち、千棘!?」
千棘の顔を見た瞬間、脳裏に淫靡な映像がフラッシュバックした。
自分と彼女はついさっきまでオナニーを見せあっていた―――そんな有り得ない光景が、脳内のキャンバスにやたら鮮明に描写される。
それが現実で起きたことなのか、単に夢の中の出来事なのかの判別ができず、楽は千棘の顔を凝視してしまっていた。
「な、何よ?私の顔に何かついてる?」
「い、いや、そういうわけじゃねぇけどよ…」
「あ、あ、あんた寝ぼけてんの?あんなことした…後だっていうのに…」
「う…あ…!」
夢ではなかった。どんどん全身が赤くなって俯きがちになってゆく千棘を見ればそれは一目瞭然であった。
そんな彼女を見て、楽は自身の胸が高鳴っていくのを自覚した。
今日幾度となく体験したものとは違う、心の奥底から滲み出るような、心地の良い鼓動であった。
その気持ちの正体がわからないまま、楽は思わず口を開いた。
「なぁ、千棘。俺、さ…」
「あ…わ、私、今日これから用事があるんだった!」
彼女は急に思い出したかのようにそう告げると、勢い良く立ち上がり早足で部屋の出口へと歩いていく。
明らかに避けられている。
この期に及んで何を避けるのだ、とも思った楽であったが、彼女を引き止めることができるような言の葉を彼は知らない。
しかし千棘は襖を開けて部屋を出る寸前で立ち止まり、後ろを向いたまま楽に語りかけた。
「あ、それと…」
背中からでも、千棘の肩が小刻みに震えているのがわかる。
恥ずかしさにより耳まで真っ赤になりつつも、彼女はありったけの勇気をふり絞り、首だけ楽の方へと振り返った。
「さっきは思わず殴っちゃって…ごめんね」
「!!」
不意打ちであった。
出会ってからというもの、何かある度に千棘に暴力を振るわれてきた楽であったが、あのように謝られたのは初めてだ。
その美貌から生まれる上目遣いと、未完成な少女特有のあどけなさの相乗効果により、楽は完全に彼女に魅せられてしまっていた。
「じゃ、じゃあ私本当に行くから!」
千棘はそれだけ言い残し、襖を閉めることも忘れて走り去ってしまった。
楽はその間何もしゃべることができず、彼女がつい先刻までいたその空間を、ただ呆然と見つめていた。
本来なら男側が気の利いた台詞を用意しつつ女性を追いかけるシーンなのであろうが、楽と千棘の間ではそのように焦る必要は全くないだろう。
なぜなら、ニセモノのコイがきっかけとなったホンモノのコイは、まだ始まったばかりなのだから―――。