南蛮に、『バレンタイン』なる風習があるという。  
 何でもその一日、互いに想い慕いあう男女が恋情の意を言葉に、あるいは形にして伝え合うという。  
 言葉で伝えあうのに説明は不要だろうが、形の場合は一風変わっており、花束やハンカチ――おそらく手拭のようなものと推測される――や、  
ボーロ(ケーキ)などの南蛮甘味を贈りあう、らしい。  
 由来を辿れば羅馬の神が云々、耶蘇教の聖者が云々といった至極もっともらしい来歴が有るようだが、自分には縁の無い行事だと思っていた。  
 ――思っていたのだ。  
 
「……っくしっ!」  
 如月の半ば。冬来たらば春遠からじとは言えども、まだまだ寒さが骨身に染みる時期。  
 山合いにひっそりと佇む忍術学園の、誰も使われなくなった倉庫の片隅で、一人の男が寒さに耐えかねてひとつ、小さなくしゃみをした。  
 吐息に男の目前の炭櫃(すびつ)の火が揺らめき、炭がぱちん、と爆ぜる音を立てる。  
「……」  
 ――まだだ、まだ逸るな。  
 真暗闇の倉庫内、赤々とした炭火に照らされる男の横顔は、仏頂面然とした表情と頬に刻まれた傷があいまって不気味さを醸し出していたが、  
目にはそれ以上、何やら計り知れぬほどに強い意思の光が宿っているようでもあった。  
 ぱちん。  
 しばし後、再び炭が爆ぜ、辺りにじわじわと甘い匂いが漂いだす。  
 やにわに男の視線が格子窓の外の、半円に近い月へと向けられ、次いで炭火の上、五徳に掛けられた釜へと移った。  
 そろそろだろうか。男は心中で呟くと、おもむろに傍らに置いてあった洋書――の上においてあった竹串を手に取り、釜の蓋の置石を取り除け、  
そして、ゆっくりと釜の蓋を開けた。  
 
 ふわり。  
 
 蓋を開けた瞬間辺り一面に、腹の底まで締め付けられるような甘い匂いが溢れ返る。  
 釜の内には、ほんわりと昇る湯気と、満月を形にしたかのような淡い黄色の物体がひとつ。  
 その中心に竹串を突き刺し、ゆっくり引き抜き――串に何も付いていないことを認め、男は更に表情を重苦しくさせた。  
「………」  
 表情に笑みを見せないからといって、今の事態を忌々しく思っている訳ではない。  
 男――忍術学園六年ろ組・中在家長次にとっては、三千世界が滅亡したかの如き重々しい表情こそ、心底からの喜びを表した顔なのだった。  
 
*          
「…はあぁぁぁあ」  
「どうしたんだよしんべヱ、図書室に入って早々デカいため息なんかついてさ」  
 
 時は遡り、如月上旬のとある放課後。  
 文机に顔を伏せ、盛大な溜息を吐く一年は組・福富しんべヱに向けて、図書委員でもある級友のきり丸が声を掛ける姿に、話は始まる。  
 書架の整頓の手を休めて友人の話を聞こうとするきり丸に、同じ図書委員の二年があからさまにムッとした表情を作っていたが、図書委員長の  
長次はあえて黙殺し、貸し出し図書の整頓を続けていた。  
「パパからまた手紙が来たの。…本当にカメ子の調子が悪くなった原因知らないのかって」  
「ありゃあ。カメ子ちゃん、まだあの調子なのか? 本当何があったんだろな」  
 ――カメ子。  
 二人の口から出た名前に、長次の手が止まった。  
 聞き違いでなければ、それは今溜息を吐くしんべヱの妹、福富カメ子のことであろう。  
 
 堺にその名を轟かす豪商福富屋――しんべヱの実家――は、舶来の書物も扱う大貿易商である為、書物繋がりで長次も彼女とは面識がある。  
 歳に見合わぬほどの知識と聡明さ、そして歳相応のあどけなさと愛らしさを併せ持つ稀有なる娘――と記憶している。  
 己の中での彼女の評価は、割と客観的に判断したつもりだが、口に出せばそれはべた褒めだろうと揶揄されかねない代物かもしれない。  
 おいそれと口に出す気の無い、己が内に抱えたもの故に困る必要は無いのだが。  
 
「ぼくだってわかんないよ。急に学園にニコニコ顔でやって来たと思ったらすぐ居なくなって…で、探し回ってようやく見つけたと思ったら一人で  
子どもみたいにわんわん泣いててさ。理由を聞いてもカメ子のやつ頑固だから」  
 文机に鼻水を垂らし愚痴るしんべヱに、子どもみたいって、と引きつった顔できり丸がツッコミを入れる。  
「五歳は充分子どもだろ。…ま、それでもちゃんと一人で堺まで帰れてる辺りがカメ子ちゃんだな。しっかりしてるよ」  
「……なんか言葉にトゲ感じるんだけど気のせい?」  
「気のせいだ。それより何があったんだろうなあ。アレ先月の末ン時だろ? あん時学園に居たのは…」  
 きり丸の扁桃型の目が、過去を思い起こすように天井を見上げ、何か言葉を紡ごうとしたのだが――。  
「いい加減にしろよ一年は組! 話がしたけりゃここじゃなくて長屋でやってくれ! それときり丸、ドサクサまぎれに書架の整頓ほっぽらかすな!」  
 図書委員会随一の生真面目男、二年い組・能勢久作の一喝により、二人の取り留めの無い会話はお開きとなったのだった。  
 
 図書室に響くケチだのいやぁんだのといった賑々しい言葉を聞き流しながら、長次はそっと、書架の奥から一冊の本を抜き出し、表紙を見た。  
 革表紙に金色の南蛮文字。随分前に福富屋から買い取った洋書のひとつ。  
 長次の脳裏に、一人の女が逡巡の末に意を決し、答えた姿がよぎった。  
 
 
 ――南蛮では、好いた相手に甘味など贈る慣わしがあると聞きました。  
 
 申し訳ないが機密保持のため、学園の書物は学園外に貸し出す事は出来ない。  
 図書室の文机を挟んで正面に座る女は、長次が言葉少なに語ったそんな旨の台詞に目を伏せ、やはりそうですか、と少し悲しそうな表情で答えた。  
 うつむいた弾みで女の切り揃えられた黒い横髪が揺れる。  
 妙齢の美女の打ち萎れる姿は、長次の心を僅かに疼かせるものだったが――だからといって規則を破るわけにはいかない。  
 例え相手が学園に深く縁ある者だとしても。  
 
 忍術学園の図書室には、古来の兵法書から南蛮風俗にまつわる洋書まで、多種多様な書籍・文献が収められている。  
 時にその希少な文献を影から狙う悪漢の姿などもあるが、目の前の女のように、南蛮菓子の製法書を貸して欲しいと面と向かって頼んで来たのは、  
少なくとも長次が図書委員長になって初めての事で、故に若干の狼狽もあった。  
 唐突さもさることながら、何故に今の時期に、それも南蛮の甘味など――首を傾げ、疑念を含んだ視線を投げかける長次に、女は白磁のような頬を  
かすかに赤く染め、好きな人に贈ろうと思いましたの、と恥ずかしげに答えた。  
 南蛮ではこの時期に、好いた相手に贈り物をする習慣がある、とも。  
『………』  
『その人のお師匠様のところで南蛮妖術の勉強をしてた時に偶然、南蛮の慣わしの書かれた本を目にしまして…可笑しいでしょう、中途半端に南蛮に  
かぶれたような真似なんて。外国の宗教だって、これっぽっちも信じちゃ居ないのに』  
 
 それでも、彼女はこの方法で想い人に己が恋慕を伝えたかったのだろう。  
 慣れぬ道のりを一人歩き、ろくに見識もない自分に無謀に等しい願いを立てるほど。  
 天主も基督も信じていなくとも、ただ一人の想い人のために。  
 悪くない考えだな――長次は思うが、やはり規則を破るわけにはいかない。   
 
『……図書委員長として、理の通った規律を破る事はできません』  
 改めて重々しく呟かれた長次の言葉に女は自嘲めいた笑みを止め、きゅっ、と唇を噛み小さくうなづいた。  
『ですが……しばらく時間をいただけますか』  
『え?』  
『……製法書の写しを渡してはいけない、という決まりは学園にはありませんから』  
 更に言えば原書は南蛮(ポルトガル)の言葉で書かれているが、自分が彼女に渡さんとしているのは独学ながら翻訳したものである。  
 これならば、言葉につまづく恐れも無いだろう。  
 ぼそぼそと低く声を紡ぐ長次に女はしばしの間のあと、童女のようにくしゃりと表情を歪め、ありがとうございます、と一言呟いた。  
 自分よりいくつも年上の女性とも思えぬほどにあどけない、誰かを思い起こさせるような泣き笑いを彼女は満面に浮かべていた。  
 
 あれは、いつの事だったか。  
 
 
「お、長次やっと図書室の整頓終わったのか。飯食い終わったら一緒に鍛練でも行くか?」  
 日も落ちきった忍たま長屋の廊下で、顔を見るなり声を掛ける同級生・七松小平太の問いに、長次は首を振り、脇に抱えた本を見せた。  
 長屋の部屋から漏れる光をぼんやりと受ける金文字に、小平太の丸い目がわずかに細まる。  
「んん? 南蛮語か? えーと」  
「……南蛮の風習の本だ」  
 目を通しておきたいので、夜中の鍛練には参加できない――という言葉が続くのであるが、『忍術学園一無口な男』はそれ以上喋ろうとしない。  
 だが、勝手知ったる何とやらとでも言うのだろうか。  
 小平太はうんうんと頷くと、じゃあ体育委員でも連れて行くよ、と笑顔で廊下を後にした。  
 どこからか下級生の恨み節が聞こえなくも無い中、長次は誰も居ない自室へと足を踏み入れ、燈台に明かりを灯し、抱えていた本を開いた。  
 横書きの文字と、ところどころに添えられた絵。  
 細かい注釈すら南蛮の言葉で書かれたそれを、時につまづきながらも長次は丁寧に目を通した。  
 
 ――中在家様。  
 
 脳裏に、幼子が舌足らずに名を呼ぶ声が響く。ふっくらとした頬を染め、花咲くような笑顔を浮かべながら呼ぶ声が。  
 随分大それた考えだとは自覚している。  
 十も歳の離れた、ついこの間まで乳飲み子だったような娘に心乱され、挙句、薄暗い部屋で元来無縁と思しき本を読みながら懸想にふける己を、  
愚かしいとも。  
 無縁――そうだ。縁など無い。  
 遥かに離れた異国の宗教も、習慣も、全く知らなくとも己の生きていく上に、なんら支障を及ぼす物ではない。  
「………」  
 しかし頁を捲る手は止まらず、また、横文字の羅列を追う目も止まる事は無かった。  
 
 ――中在家様。  
 
 彼女が不調をきたした理由を、自分は知らない。全く関係など無い所で起きた、関係の無い事柄に心を痛めたのかも知れない。  
 ただ、想像したくなかったのだ。   
 柔らかな頬から滑り落ちる涙を。打ちひしがれて震える小さな肩を。喉奥から堪えきれず漏れる切なげな嗚咽を。  
 止める術があるならば――自分が、止める事が出来るならば。  
 
 ――好きな人に贈ろうと思いましたの。  
 
*           
 如月十四日、早朝。  
 月も白んできた忍たま長屋の自室で、長次は独り腕を組み、部屋の中心に据えた風呂敷包みをただ凝視していた。  
 目前の包みの内には、先程まで夜を徹し、寒さに耐えながら焼き上げたボーロの入った箱がある。  
 出来に関して言えば味の保証はしかねるが、戻したくなるほど不味いというでは無いだろう。多分。  
 問題はそこでは無い。  
 
 ――受け取って、貰えるだろうか。  
 
 作り上げてから悩むなど、馬鹿馬鹿しい話なのかもしれないが、勢い余って突っ走って、出来上がってしまったのだからしょうがない。  
 迷惑がられるだろうか――いや、彼女の事、面と向かって不快な顔などはしないと思うが、それでもいい年をした男が慣れぬ手で作った甘味など。  
 しかし南蛮の書には男からも贈り物をすると――待て、それはひょっとして出来合いの物だったりするのではないのか? いやいや。  
 考えれば考えるほどドツボに嵌る。  
 中在家長次十五歳。『忍術学園一無口な男』の孤独な煩悶は、静かなだけに空恐ろしいものを感じさせるものだった。  
 
 半刻ほど悩みに悩んだ末、このままでは贈れる物も贈れなくなる、と長次が重い腰を上げた頃には月は雲に隠れ、早春の山間には寒風が吹いていた。  
 例の『バレンタイン』は一日だけの祭のようなものと聞く。この日を逃せば、包みの中の甘味は甘味以上の意味を成さない。  
 それでは駄目なのだ。  
 包みを手に持ち、障子戸を開ける。甘いボーロの匂いが染み付いていた肺腑に満ちていく、清冽な朝の空気が心地良い。  
「……行くか」  
 自分の足なら堺まで半日。雲行きが心配だが、それを換算に入れても一両日中には間に合うだろう。  
 目深に笠を被った長次の足が、学園を出ようと正門へと向ったその時――。  
 
「おやあ、おはよほございまふカメちゃん。今日はまた随分はやいんらねえ…ふああ」  
 
 忍術学園正門から聞こえた欠伸混じりの言葉に、長次は己が耳を疑った。  
 慌てて身を隠し、様子を伺う。  
 目を擦りながら入門票を差し出す事務員の足元で、市女笠が揺れる。  
 正門にて寝ぼけ眼の事務員・小松田秀作が出す入門票に、手際よく名前を書き込んでいたのは、つい先程まで長次が逢いに行かんとしていた相手。  
 大貿易商福富屋が愛娘・福富カメ子に相違なかった。  
 
「小松田様は随分眠たそうですが、そのような調子で事務の仕事は大丈夫なのですか?」  
「今日は休講日だから、つい夜更かししすぎちゃったんだ。多分お兄さん達も、いまごろ長屋で大イビキなんじゃないかなあ?」  
 はにかみながら頭を掻くと小松田は、それじゃ門を出る時は出門票にサインお願いしますね、と言い残しカメ子と別れた。  
 カメ子はそんな事務員の後姿をしばし見送ったあと、杖を持ち直し、歩を進めようとして――足を止めた。  
 
 ざざ、と寒風に木々がしなる音が、向かい合う二人の間を通り抜ける。  
「中在家、さま」  
 市女笠の下の円らな瞳が、わずかに揺らいだように見えたのは、果たして気のせいだろうか。  
 旅装束のカメ子の目前で長次は一言も発する事無く、笠を上げ、ひとつ礼をした。  
 
「……兄に、用事か」  
 聞き取り難い長次の声にカメ子はわずかに目を細め、次いで静かに首を振った。  
「いいえ、今日はお兄様に用があった訳ではありません。……中在家様は、これからお出掛けになさるのでしょう?」  
 柔く小さな幼子の手が、笠を傾ける。視線を合わせるでなく、むしろ逸らすように笠を深く被ったカメ子の仕草に、長次は首を傾げた。  
 
 もしこの時、身を屈め彼女と同じ視点に居れば、彼女がどういう表情をしていたか即座に知る事が出来ただろう。  
 だが長次は膝を屈める事無く、また、何も言葉を紡がなかった。  
 風が吹き抜けるのみの沈黙に耐えかねたか、うつむいた幼子は背に負った荷を解き、再び口を開いた。  
 
「入れ違いにならなくてよかったです。…中在家様に、お渡ししたいものがあって」  
 ぎこちなく紡ぐ言葉と共に幼子の手が差し出した包みに、長次は目を見開いた。  
 己の胸が一拍、どくん、と強く脈打つ音が耳に届く。  
「ビスコイト、です。家で作っている……その、今日、受け取ってもらいたくて。そ、それじゃあ、私は失礼致します」  
 待て――と長次が口に出すより先に踵を返すカメ子の体が、何かにつまづいたか、不意に揺らめいた。  
「きゃっ!」  
「……!!」  
 ざあっ。  
 顎紐の解けた市女笠が早春の風に舞ったのと、さっきまで長次が抱えていた手荷物の中の木箱が、がごん、と鈍い音を立てたのが、ほぼ同時だった。  
 
 とくん、とくん、とくん。  
 袿(うちき)越しに掌に伝わる、小さな胸の鼓動。これ以上腕に力を込めれば崩れてしまうのではないかと思うほど、柔らかく果敢ない幼い娘の体。  
 あわや転ぶ寸前だったカメ子の体を、とっさに長次は背後から抱きとめていた。  
 それは偶然にも、二人が初めて出会った日、潮騒鳴り止まぬ港での情景に似ていた。  
 
「な…中在家様」  
 肩が冷えている。いや、冷えているのは肩だけでない。  
 支える腕に添えられた、紅葉のような掌も、胸元をくすぐる切り揃えられた禿(かむろ)髪も、寒風に晒された箇所全てが氷のように冷たい。  
 堺の町から学園までの距離がどれほどの物なのか、大人でも難儀する道程を、ましてや十にも満たぬ幼子がどれほど苦労してやって来たか。  
 分からぬ程長次は愚かではない。  
「……包みを渡す為だけに来たのか」  
 抱きかかえられたまま耳朶に落とされた言葉に、カメ子の唇が小さく吐息をこぼした。  
「今日……じゃなきゃ、嫌だったんです。誰か、の、手じゃなくて…私の手から、中在家様に渡したかったんです」  
 
 ――叶える事が出来た今、これ以上何を望みましょうか。  
 
 声が震えていた。歳に似合わず頑強な意志を持つ娘は、背後の男に涙を見せまいと気丈に答えてみせたが、その目の端は赤く色づいていた。  
「ごめんなさい。こん、な…訳の分からない事をされても、今の中在家様には迷惑で……」  
「帰るな」  
 言葉を遮る長次の一言に、腕の中の娘の体がびくん、とこわばった。振り向かないで欲しい。切に願う。  
 おそらく今の己の顔は、笑顔とは遥かにほど遠い表情で、笑っている。  
 
「……俺からも、渡したいものがある」  
 
 天主も基督も信じていなくとも、ただ一人の想い人のために。  
 一途に想いを伝えに来てくれた、ただ一人のために。  
 
*         
「うー…寒。なんか雪降ってきそうだなあ」  
 忍たま長屋に向って歩く二つの人影。  
 その片割れが、寒さに背を震わせながら呟く言葉に、もう一人が同意するようにうなづいた。  
「でも風が止んだだけマシだよきりちゃん。…ところでさ、六年生の中在家長次先輩の部屋に行くのに、わたしまで一緒に行っていいの?」  
 眼鏡の奥の小さな目に素朴な疑問の色を浮かべ尋ねる、一年は組・猪名寺乱太郎に同級生のきり丸は困り顔で、頼むよ、と答えた。  
 
「おれだって六年長屋ってだけで気が引けてんのに、相手は『学園一無口な男』中在家先輩だぜ? 全く、里芋行者さんとミス・マイタケ城嬢さんも、  
厄介な用事押し付けてくれるよ」  
「厄介って、ただお礼の品を届けてもらいたいって言ってただけでしょ。それにきりちゃん、ちゃっかりお代は貰ってたじゃない」  
「そりゃ当たり前。貰えるモンは何でも貰うのがドケチの掟だ。…にしても、なんかヘンなんだよなあ」  
 ヘンって何が? と尋ねる乱太郎に、きり丸は扁桃型の目を細め、なんか今回の事はどこかで繋がってる気がするんだ、と唇を尖らせ呟いた。  
「なにそれ」  
「…なんだろうな」  
「それよりきり丸、その包みの中は何だ?」  
「へ? これはミス・マイタケ城嬢さんが、中在家先輩に教えてもらった通りに作ったボーロでって…うわあっ!? な、七松先輩?」  
 自然に会話に紛れ込んでいたので気付くのが遅れたらしい。  
 途中まで喋りながらきり丸は、いきなり横に立っていた上級生の姿に、手に持った包みを落とさんばかりに驚いた。  
 六年ろ組・七松小平太は、きり丸の手荷物をひょいと取り上げると、六年にしてはやや子ども染みた印象を受ける顔に、朗らかな笑みを浮かべた。  
 
「ど、どどどうしたんですか七松先輩?」  
「六年長屋の前に六年が居ても不思議じゃないだろう。それに、どうしたは私のセリフだ。見たところお馴染みの顔が一人足りないようだが?」  
 泡を食った乱太郎の質問を、小平太はさらりと質問で返す。  
「お馴染みって、しんべヱの事かな?」  
「しんべヱならさっき、福富屋から手紙が来たって馬借の清八さんに呼び止められましたよ…あ、ちょっと先輩! 勝手に包み解いちゃ駄目ですって!」  
「まあまあ、気にすんなって。おお、確かに美味そうなボーロだなあ」  
 話をしながら包みを解き、中のボーロを目にした小平太は、笑顔のままひとつ舌なめずりした。  
 
「気にするなって気にしない方が…んぐっ!?」  
「だーかーらっ! 人の贈り物を…むぐっ!?」  
 
 電光石火の早業で、同時にツッコミを入れようとした一年ボーズ二人組の口にボーロを押し込む。  
 七松小平太十五歳。妙なところで最上級生の腕前を見せる男である。  
「ははははは! 食ってしまったからお前らも同罪だな!」  
 同じくボーロを頬張りはじめる六年の前で、複雑な心境の乱太郎ときり丸は互いの顔を見合わせながら、モゴモゴと口を動かしていた。  
   
 今のアイツには、充分間に合ってるだろう――小平太は一瞬だけ長屋の一室に視線をやり、眩しげに目を細めた。  
「うん。真心は最高の調味料というが、本当だな」  
「…そうなの?」  
「知らね。空腹じゃなかったかなアレ」  
「もう少し歳を取ったら分かるさ。お? 見ろ一年! 雪だ!」  
 
 如月十四日。  
 山間にひっそりと佇む忍術学園に、真っ白な雪が舞い降りる。  
 事務員の上にも、門を後にする夫婦の上にも、山道を行く馬借の上にも、書簡を手に慌てふためく子の上にも、長屋の庭先ではしゃぐ者達の上にも、  
 そして――障子戸の内で、ささやかな温もりを分かち合う二人の上にも。  
 音もなく、静かに舞い降りて、全てを白に染め上げる。  
 
 あたかもそれは、この一日を名も知らぬ誰かが、ひそやかに祝っているかのようであったという。  
 

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