どうしてこんなことになったのだろう。
最近、こう思うことがしょっちゅうのような気がする。
仕方の無いことなのだ。これは、彼女の命を確実に引き伸ばす行為だから。
だが、だからってここまで。こんな、倒錯的な行為でなければならなかったのか。わからない。
目の前には、膝立ちになってこちらを上目遣いに見上げてくる、真由。
背中には麗華の身体が密着し、その温もりと柔らかさに我を忘れそうになる。
ああ、どうしてこんな事に……
峻護が何度目かの思索に入ったとて、見苦しい現実逃避とはいえないだろう。
原因はとても明快だった。由真の寿命が、禁断症状によって後いくばくも無いことがついに知られたのである。
峻護は顔色を失い、糸色望と顔に大書してあるが如しだったし、さすがの麗華もすぐには口が開けないほど衝撃を受けた。
当然、峻護は美樹彦に精気を分けてもらうよう提案したが、由真は首を横に振った。そんなものでは焼け石に水だというのだ。
「どうして、言ってくれなかったんだ!」
思わずついて出た言葉に、真由は、はにかむように笑うだけだった。
麗華には分かっている。この少女の壮絶な、命を懸けた意地の張りよう。どうしても、自力だけで峻護に選んで欲しかったのだ。
あるいは、自分さえいなければ、この少女は素直に……と、考えかけてやめた。自分で言った事だ。こんな情けのかけかたは、
して欲しくないだろう。それでも、言わずにいられない。
「どうにか……なりませんの?」
真由は、うつむくばかり。決して峻護の方を見ようとはしない。それはきっと、見てしまえば頼りたくなるから。
「大丈夫、です」
声だけはいつもの調子で、不調など微塵も感じさせない。
「私の命が尽きる前に、男性恐怖症を治して、精気の吸引の加減を覚えれば……」
絵に描いたロケットで月に行く、と言っているに等しい事は、分かりきっていた。
「あなた、そんな……!」
座して死を待つ由真を正視するためには、怒りを燃やさなければ耐えられない。
その怒りが、由真を傷つけることが分かっていながら。
「……ある」
峻護の不意打ちに、パッと二人とも振り向いた。
「だめだよ、二ノ宮くん。私と……したら、あなたは……」
「分かってる、けど」
「それは、駄目。できない」
由真の精気吸引は、尋常のサキュバスの比ではない。粘膜同士の接触……要するにキスをすれば、由真の命と引き換えに、
峻護は恐らく絶命する事になる。
「お願い……わかって、二ノ宮くん」
歯を食いしばっている峻護に、困り顔のまま笑顔を向ける由真。峻護が由真のために命を投げ出すと聞いて、
麗華としては当然怒るべきなのだろうが、だからと言って見殺しにするのをよしとする神経など持ち合わせてはいなかった。
「何か……何かありませんの、直接ではない、こう……間接的な精気の受け渡しが……」
ばっ、と峻護が顔をあげて、由真を見る。口が何かを言おうとして、半開きになっている。
力強い視線に射すくめられるように、由真も目を見開いて、峻護を見返した。
「……ある。間接的な、精気の受け渡し……」
「本当ですの!? だったら早速! どんな方法ですの、何か機材が必要なら、私が全力で調達を、」
「いえ、何も必要ありません」
「なら、今すぐやって頂戴! 私にも何か手伝える事がありますか?」
それを聞いて、峻護はふいに顔を赤らめてあさってのほうを向いた。
「う……いえ、あまり、必要では、無いかと」
さっきと一転して煮え切らない態度に、麗華がいきり立って胸倉を掴む。
「何を弱腰になってるんです、二ノ宮峻護! あなたこの子を見殺しにする気!?」
ぐぐ、と力を込めて麗華が顔を覗き込むと、だんだんと目に力が戻ってきた。
「そう、ですね。時間が無いのなら、これくらいしか方法が無いなら……やります」
それでこそ、という風に表情を緩め、峻護を解放する。うっすら笑いながら、
「で、どうやって精気をやり取りするんですの?」
「はい。月村さんに、精液を飲ませます」
殴った。
「げふっ、せ、先輩、何を……」
殴った方の麗華も、ぽかんとしている。どうやら本当に無意識の内に拳が飛んだようだ。
だがそれも一瞬の事、見る間に顔が赤くなっていって、
「なっ、なに、なになにを言っているんですの!? そんな、そんな、そんな、ことが」
「前に美樹彦さんから聞きました。これでも吸精はできると」
顔中真っ赤で、耳まで赤くして涙目でにらんでくる様は第三者の目からならかわいらしく写るだろうが、
実際殺気を向けられる方はそんな余裕は無い。いや、かわいいとは思っていたけれども。
「〜〜!!!」
声ならぬ声を発して、やり場の無い感情を落ち着かせてから、ポツリとつぶやいた。
「……いいでしょう。許可しましょう」
「あ、ありがとうございます」
なんとなく頭を下げる。
「私に礼を言う事ではありません。……あなたは? 試してみる気がおあり?」
由真の方に振り返って、麗華は思わず眉間にしわを寄せてしまった。
すでに、視線が股間に行っている。クリスマス前日に大きな靴下を見るような、無邪気な期待のまなざし。
これはまずい流れだ。このまま許したら、致命的に不利になる。麗華の直感がそう告げている。
「さあ、行きますわよ!」
「ちょ、先輩!?」
とにかく二人を引っ張って、名目上三人が寝起きを共にしている部屋に押し込んだ。
そのまま流れるようにどこからか取り出したガムテープを部屋中に貼っていく。なにを、と思って、
先日監視カメラがあったと確認された場所なのだと気づいた。そりゃあそうだ、こんなところ見られたくないに決まっている。
やはり先輩の配慮はすばらしい……などとのんきに構えていると、
「では、二ノ宮峻護。脱ぎなさい」
頭が真っ白になった。
「う、あ、いや、先輩、ひ、ひとりで出来ますから、」
「だまらっしゃい!」
しどろもどろな弁解が、一喝で吹き飛ばされる。
「直接口内にし、しゃ、射精……しなければ、効果は薄くなるのでしょう?」
顔が赤くなりすぎて、額に血管がうっすらと盛り上がっているのが見える。
それは今は置くとして、確かに直接でなければ、皮膚に吸い取られるだけで体内には精気が吸収できないような気がする。
「ま、万が一のことを考えて、こっ、ここここ」
「にわとり?」
真由が小首をかしげてポツリと漏らす。
「違うッ!」
叫んで力みが抜けたのか、麗華が勢いを取り戻した。
「この私がッ! あなたの、しゃ、しゃせい、を、か、かかっかか」
「カカロットォ?」
「違うッ! 介助して差し上げます! 否とは言わせません、さあ脱ぎなさい!」
もはや漫才の域だが、目が据わっている。そして峻護も、覚悟を決めた。ズボンのジッパーを、一気に下ろす。
中を探って、それを取り出した。
「わぁ……」
「…………」
由真は手で顔を覆っているようで目が全く隠れていなかったし、麗華は限界まで目を見開いてそれを凝視、ごくりと生唾をのんだ。
そんな少女たちの視線の先にあるものは。
くたり、と下を向いている。
勇気ある第一声を放ったのは、麗華だ。
「そ、それで……これをどうするんですの?」
さっきからずっと顔が真っ赤なままなのだが、大丈夫だろうか、と思いつつ、顔を背けながらちらちらとアレに送られる
視線に感じるなんともいえない気分に、自分の顔も似たり寄ったりだろうと考えさせられる。
「これを……その、手で、」
「手で?」
ちらちらどころではなく、横目での凝視になった。というか、何を言わせる気なのだ、この人は。どういうプレイなんだ。
「し、しご……ううう」
拷問、という言葉が脳裏に浮かぶ。
「しごくんですよ、手で」
「そうですか……」
由真があっさりと言った。見かねた……わけではなさそうだ、と思ったのは、なぜだか麗華をうらやましそうに見ていたから。
「え、ええと……」
麗華が、右往左往する。鉄壁のポイントガードを前にしたバスケットボールプレイヤーのように、ひょいひょい、と
横から峻護の前後を見比べるように揺れる。
「あの……どのような体勢ですれば、いいのかしら……?」
聞かれても。と言った訳ではないが、アイコンタクトが通じたらしい。顔を真っ赤にしてうつむくと、意を決したように
しずしずと峻護の後ろに回った。真由は峻護の目の前にひざまずいている。
「し、失礼します……」
どうにもシュールな光景だったが、呆れていられるのもそこまでだった。後ろから手を回して、というのは峻護にも麗華にも
配慮された選択肢ではある。前で顔を見ながらやられたりしたら、悶死していたかもしれない――と言うだけでなく、
明らかなメリットがある。麗華の腕がすらりと長いとはいえ、それに手を伸ばそうとしたら、どうしたって密着しなければならない。
ぎしり、と硬直したのが伝わったはずだが、麗華はほとんど押し付けるといっていいくらい峻護にくっついてくる。
そのメリットを背中いっぱいに感じながら、まだ下を向いている己の分身を、貞操観念がしっかりしていると褒めるべきか
役立たずと呪うべきか、どっちにせよ間抜けな考えをめぐらせていると、
「うあっ」
白魚のような、とはこの指のためにある表現だろう。震える指先が、予想よりもひんやりとした感覚を与えた瞬間、声が出てしまった。
背後で息をのむ気配。
「だ、大丈夫ですの? 私、何かまずい事を、」
こんな場面でも、照れよりも先に気遣いが来ることに、自分でも驚くほど安堵する。
「いえ、違うんです。……気持ち、良かったから」
「! ……バカ」
ポツリとつぶやいて、背中に顔をうずめられる感触に、峻護はむしろ気分が凪いでいくのを感じた。
これは、麗華を愛しいと、感……
じぃ、と見つめられている。
ちがう、ちがうんだ、これはあくまでも月村さんのことが心配で、こういうことを、
「じゃあ、もう一度いきますわよ……」
遮られた。
変なところで鈍いのも魅力のうち、とは思うが、それにしたってこの追いうちはつらい。
責めるでもなく悲しむでもなく、ただ峻護を見つめる真由。
胸の高鳴りさえ共有できるくらいに密着し、指を這わせてくる麗華。
盆と正月ならぬ、地獄と天国がいっぺんにやってきた、というほか無い異常な状況で、悲しいかな、
峻護の男としての機能は全く正常に働いていた。
「あ……こんな、大きく……」
艶っぽい声で素直な感想をもらされても、無言の行を貫くしかない。
反応するにつれ、真由の視線もそちらに移る。精神の圧迫から逃れると、さらに反応が大きくなった。
大きすぎて、真由が後ろに下がらなければならなかった。あのまま触れていたらあるいは即死だったかもしれない
危険なニアミスだったが、誰も気にしない。峻護のモノはなおも膨張を続け、見る間に水平を超え仰角七十度に達する。
「ん……硬い……」
背後の息が荒い。それだけでも色気十分なのに、しごくのにあわせてその身体が上下に揺れ始めた。
胸をこすり付け、うっとりと峻護の背中にほお擦りをする姿を想像してしまい、ますます硬くなる。
しごき方もだんだんと大胆になって、指を這わせるようなソフトなものから、両手で包み込むように握って、
しゅに、しゅに、と全体をしごき始める。
峻護はじわじわと下腹部がその熱に支配されていくのを、なすがままに任せていた。既に先端からはカウパーが
あふれ出していて、麗華はそれを積極的に手の平ですくって、にちゃにちゃと竿全体にまぶすようにしていた。
見ただけで射精しそうなその状況を、峻護はあえて見なかった。早く出した方が都合がいいはずなのに。
「麗華さん、二ノ宮くんは先っぽの方をしてもらいたいみたいですよ」
場違いなほど、普段の声色だった。勇気の無い峻護には見られなかったが、その瞳は怪しく輝いている。
「あ、それから、もうちょっと下のほうに向けてください。……飲み辛いので」
気配だけで舌なめずりしたのが分かってしまう、自分のハンパな感覚を呪う。
麗華は言葉もなく、素直に由真に従った。竿の中ほどに手を添えると、ぐい、と下を向ける。
水平に近くなったところで、ついに先端に手が伸びてきた。形を確かめるようにカリに一本指を這わせ、
爪で、ほんの少し引っかくように刺激する。多忙な毎日を送る麗華らしく、やすりをかけたように滑らかながらも
短い爪は、かゆみにも似た快感を峻護に与える。身体全体に震えが走った。
亀頭の形を確かめるように、麗華の手の平が先端を撫でまわす。包み込むようなその動きは、聖母が赤子の頬をなでるかのようで、
全くおだやかに見える。だが、やられる当人としては、さっきまでとは段違いの刺激に翻弄されるばかりだった。
「うあ、あ……うっ!」
もう声がでるのが押さえられない。情けなく腰が前後にゆれる。それを感じたからか、麗華は両の親指と人差し指で二つ輪を作り、
亀頭に添えた。腰を前後に振ると、にちゃ、にちゃ、と音を立てて輪の中を棒が通る。
カウパーまみれの麗華の指を、峻護が犯している。
それを見て真由は、息がかかるくらいの近さで口をあけ、射精の時を待つ。皮肉にもそれは修道女が祈りを捧げる姿勢に似て、
しかし大口を開けていやらしく舌を出した表情はひどく扇情的で。
(き……気持ちいい……)
熱に浮かされた頭は、自分が何を考えているかすら認識できない。夢中で麗華を犯している。
麗華の指で出した精子が、これからこの桜色の薄い唇に、はっとするほど鮮烈な紅色のみずみずしい舌にふりかかるのだ。
「で、でる……っ!」
触れるか触れないかのギリギリまで腰を突き出して、ついに精子を吐き出した。麗華の手の添え方が良かったのか、
白でも、クリーム色ですらない、黄みがかったベージュのゲル状の精子が、一滴残らず真由の口に吸い込まれていく。
信じがたいくらいに量が多い。この少年のことだから手淫なんてことは真由と出会う前でもそんなにしなかったろうが、
圧倒的な量が、真由の口を埋め尽くさんばかりに注がれる。
こぼさないように上を向いて、上あごで精子を受け止める真由。彼女にとっては十年ぶりの食事に、うっとりと目を細める。
綺麗な口に自分の精液がたまっていくのを見ながら、峻護は自分の征服欲が満たされるのを自覚せざるを得ない。
結局射精は容積ギリギリで止まり、リスのように頬を膨らませながら、くちゅくちゅ、と舌で攪拌して味わう由真に
欲情して再度勃起する、という一幕はあったものの、無事に『治療行為』は終わった。
「ふう……、もう大丈夫です、ありがとうございました! じゃあ!」
やたらと早口だったのは、いまさら照れが来たのだろうか。「じゃあ」と言って部屋を出て行ったが、一体どこに行くというのか。
たぶん本人も考えてはいないだろう。
いまだガチガチに怒張したままの息子をもてあましながら、まだ抱きついたままの麗華に礼を言おうとして、
ぎゅ、とペニスを握られて硬直する。
「も、物の本で読んだことがあります。殿方は一度こうなると出し切ってしまわねば辛いのでしょう?
ですからこれは、そういうことなのです。二ノ宮峻護、あなたの労をねぎらうという意味でやっているのであって、
決してもっとこうしていたいとか、気持ちよくなってもらいたいとか、そんなことを考えているのではありません。
勘違いをしないように厳重に注意しておきますわ、よろしくって?」
一息でまくし立てられて、よろしくないといえる人間がいようか。
どうやら、まだまだ状況は終わっていないようだった。