「……おはようございます♥」  
「……おはよ♥」  
 おだやかで幸せそうな微笑みを浮かべて、見つめ合ったふたりは静かに朝のあいさつを  
交わした。肉体を重ねるには到らなかったが、それでもふたりの胸にはふわふわとした  
甘酸っぱいような多幸感が満ちあふれていた。  
 楓と見つめあうのが照れくさくなったのか、忍が先にその体を起こした。  
「う〜〜……んんっ。今日もいい天気ですね〜」  
 ぐんと気伸びする忍を見て楓も起き上がる。  
「うん、今日は何しよっか?どこ行こっか?ううん、まずは着替えて、歯みがきして顔洗って  
一緒に朝ゴハン食べて、それから考えよっ」  
「はいっ!」  
 
 階下でふたりは香ママといっしょに(パパは昨夜の帰宅が遅かったせいか起きていなかった)  
朝食をとり終えると再び楓の部屋に戻り、早速おでかけの準備にとりかかった。  
「忍ちゃん、髪は元に戻さないの?」  
「えへへ、初めて楓さんに編んでもらったから、今日一日はこのままでいようかなって……」  
 忍は普段就寝時に自分で長い髪を三つ編みにしていたが、昨夜は初めて楓に髪を三つ編みに  
してもらったことが、告白した日という記念の意味もあいまって特別嬉しかったのだ。  
 楓の部屋にはすでに忍のおでかけ用の私服もいくつかとりそろえてあり、忍は楓と街に繰り  
出す際には目立つ普段着のくノ一装束ではなくてそれらを着るようにしていた。  
 気持ちよく晴れた秋の土曜日、新たな絆を紡いだばかりの楓と忍はデートに出かけていった。  
 
 ふたりの服装は、楓は半袖パーカーとキュロット、忍はジャンパースカートだった。楓は  
忍の私服姿を見る機会は多くはないとはいえ、見慣れてはいた。しかし、今日の忍の何の  
変哲もないジャンパースカート姿にこれまで感じたことのないときめきを感じていた。その  
理由が何なのかはもはや言うまでもない。  
(普段あまり見ないからじゃないわ……。ちょっと違う格好をしただけでも忍ちゃんがすごく  
かわいく見える……。たった一晩でわたしが忍ちゃんを見る目がすっかり変わっちゃって  
るんだ……)  
「ん?どうしたんです?楓さん」  
 忍は楓にぼーっと見つめられて恥ずかしさに赤くなって思わず問いかけた。  
「え?ああ!いやっ、その……。忍ちゃんの髪型も服もすっごい似合っててかわいいなーっ  
て……」  
 楓も赤くなった。忍はそんな楓を見るのは初めてだった。  
(か、かわいい〜〜っ、楓さん!)  
 思わず忍は楓の片腕に自分の片腕をぎゅっとからめた。楓も快く応じた。  
(うふっ、忍ちゃんったら……。なんだかこうしてるとデートしてるみたい……。ううん、  
『みたい』じゃないよね、もう……)  
 そう思ったとき、楓はハッとした。  
(忍ちゃん……これまでもわたしとこうやって外に出かけているとき、ずっとそう思って  
たんだわ……。わたしがそう思ってなかっただけで……。ごめんね……)  
 申し訳なさそうに楓の表情が一瞬くもった。しかし、忍にそんな顔を見られたくないので  
すぐに楽しそうに微笑んだ。  
    
 これまでそうしてきたように、ふたりは一緒にゴハンを食べたり、映画を観たり、楽しい  
休日を過ごした。これまでとただ違っていたのは、ふたりの関係が完全に恋人同士になって  
いたことだった。  
 
 楽しい時間はいつもあっという間に過ぎてしまうものだ。そのうえ、秋の夕暮れは早い。  
ひととおり遊び回って、お茶を飲んで休んでいたらみるみるうちに陽が暮れ始めてきた。  
「もうこんな時間ね……」  
「楓さん、わたし、もうそろそろ帰らなきゃ……。晩ゴハンの支度をしなくっちゃ……」  
 忍が名残惜しそうに楓を見つめる。  
「うん……。今日はとっても楽しかったよ、忍ちゃん」  
 いつにない改まったことを言う楓であったが、その気持ちを忍もよく察していた。  
「わたしもです……。わたし、昨日の嬉しさと今日の楽しさは……ずっと忘れません」  
「忍ちゃん……」  
 初々しく頬を赤らめ、ストローで空になったグラスの底の氷をもてあそぶ忍の姿が、楓は  
涙が出そうなくらいに愛しくてならなかった。  
 店を出ると、きれいな夕陽で赤く染まった空気が別れの寂しさを際立たせた。  
「……ゆうべからなんだか、遊び疲れちゃったね。明日はお互いゆっくり休んで疲れ取ろうね。  
で、今度……今度、忍ちゃんがうちに泊まりに…来る…ときは………その……」  
 そこまで言って楓は言葉を濁したが、忍には痛いほど楓の気持ちが伝わっていた。  
「楓さん…わたし、あせったりしませんから……。楓さんの心の準備ができるのをちゃんと  
待ってますから……」  
「うん……ありがと……」  
 そう言うと不意に楓は忍のほっぺにチュッ♥とキスをした。  
「あ……♥」  
「ホラ、わたしにも。お別れの、あ・い・さ・つ♥」  
 そう言うと楓は忍にほっぺを向けてキスをせがんだ。  
 
 忍は小さくうなずくと楓のほっぺにお返しのキスをした。  
「えへへ……。楓さん、それじゃ、また……。さようなら……」  
 ペコリと一礼すると忍はポーンと高くジャンプし、三角跳びの要領で建物の壁を蹴って  
さらに高く舞い上がり、懐から素早く取り出した大きな布の端をつま先の間と広げた両手で  
つかんで風を受け、ムササビの術のようにスイーッと軽やかに舞い上がって空の彼方へと  
飛び去っていった。  
「気をつけてねー!忍ちゃーん、またねーっ!」  
 楓も手を振って見送った。  
 暮れなずむ街の中、たたずむ楓の胸に去来するのはしばしの別れの寂しさと、これからの  
忍との親友としての一線を越えた関係への甘酸っぱい期待感だった。  
 
「ただいまー!」  
「おかえり、楓。晩ゴハンできたところよ」  
 楓はさっそくテーブルについた。今日は休日だったのでパパもいっしょだ。  
「忍ちゃんが帰っちゃった日のゴハンはなんだかちょっとさびしいわねー、楓」  
「えっ!?ええ……。そ、そだね」  
「ん?どうしたの?」  
「う、ううん、別に、なんでも……。あはは……」  
 とりとめのない食事時の話題に忍の名が出ただけで不自然に狼狽する楓を見て首をかしげる  
香ママ。  
「そうそう、楓。今のうちに伝えておこう。今度の週末、お父さんとお母さん用事ができ  
ちゃってね。九州の親戚の結婚式に出席することになったんだ。遠いし、泊りがけで土日を  
丸まる使うことになりそうなんだ」  
 
「えっ?じゃあ、土日は留守にするの?」  
 楓はピクンと過剰に反応しそうになるのをかろうじてこらえ、何くわぬ顔をして箸を進めた。  
「ああ。それでな、すまないんだが……」  
「あのね、楓には悪いけどお留守番を頼もうと思って。何か特に出かける用事とかあった?」  
 香ママは楓の予定を先に聞かずに丸2日間もの留守番を頼もうとしたため、多少申し訳  
なさそうに楓の顔を見た。  
「ううん、だ、大丈夫だよ、わたし。ほとんど週末は遊び回ってるんだし、たまには用事も  
頼まれないとねっ」  
「よかった♥ じゃあ、お願いね!お留守番と言っても、何も一日中おうちの中に  
いなくてもいいから。お外に食べに行くくらいなら大丈夫よ。お金も渡しておくわね。……  
そうだわ!忍ちゃんに遊びに来てもらってもいいじゃない。忍ちゃんさえよかったらだけど、  
また泊まってもらったら?」  
 楓に留守番を快諾してもらった嬉しさに香ママはいつにない早口でまくしたてた。しかし、  
図らずも最後の一言が楓の気持ちを大きく揺さぶったことには気づかなかった。  
「そ!そうね!そ……それ、いい考えね!うんっ!」  
 もう楓は平静を装うことができず、箸を持つ手の動きも止まりっぱなしで硬直したまま  
顔は真っ赤になっていた。そんな変な様子を悟られまいと焦る気持ちがさらに顔の赤みを  
深めていく。  
「どうしたの?顔、真っ赤よ?」  
「え?あは!いや、え?そう?ううん、なんでもないよ!あはは……は……」  
 あわててゴハンを食べだす楓。味どころか、もはや何を食べているのかもわかっていない  
ようだ。  
 
 楓の頭の中はもう来週の週末のことでいっぱいだった。気がつけばいつの間にかおフロ  
から上がって自分の部屋のドアを開けていた。  
「あぁ、昨日今日と、いろいろなことがあったなぁ……」  
 天井を仰いで大きくため息をつくと、楓は遊び疲れた自分の体をどさりとベッドに横たわ  
らせた。  
(……………忍ちゃん………)  
 楓の心は決まっていた。来週の土日。家族が出払って誰もいないこの土日。正確には、楓の  
両親は土曜日の早朝に出発し、日曜日の夕方に帰ってくるという予定だが、土曜日の夜、忍を  
この部屋に招き入れれば、誰にもはばかることなく乱れ狂うことができる………。そのことを  
想像しては生唾を飲む楓。  
(ゆうべはゴメンね忍ちゃん……。わたし、決めたわ……。来週の土曜……この日にする。  
この日しかないと思うの。ね、ちゃんと約束どおり、わたしをあげるよ……)  
 昨晩、布団の中で自分を求めてきた忍を心ならずも拒んでしまったことを楓はひどく悔いて  
いた。そんな楓にとって、来週末の2日間のお留守番は突如降ってわいた千載一遇のチャンス  
だった。  
 心地良い疲労と眠気を感じつつ、楓は昨夜の忍のかわいらしさを反芻し始めた。  
(忍ちゃん……。忍ちゃんがあんなにかわいかったなんて……ホント、『好き』だって面と  
向かって言われるまで気づかなかったよ……。忍ちゃん……大好き……)  
 一緒におフロに入ったときの忍の裸体。今思い返せば、これまで何度もそうやって目の  
当たりにしてきたのに、あのムチムチした肉体に何も感じなかったなんて……。今の楓には  
それが不思議でならなかった。   
 
(わたしのバカ……。どうしてあのときおとなしく忍ちゃんに抱かれてあげなかったの?)  
 今まで感じたことのなかった怪しいうずきがおなかの奥から湧き上がり、それが胸の辺りで  
心臓の鼓動を速めさせた。楓の息も次第に荒くなっていく。  
(なんだか苦しい……。忍ちゃん……抱いて……。わたしを好きにして……)  
 楓はベッドの上でのたうつように寝返りを打つが、全身をかきむしりたくなるようなうずきは  
消えそうにない。  
 そしていつの間にか無意識に、楓の両手は胸と、そして下腹部にそれぞれ伸びていった。  
 生まれて初めて、楓は肉欲に悶える自分の肉体を自分自身の手で慰めるという行為に及んだ。  
(あ……。わたし、何してるんだろ……。こんな…ことって……)  
 パジャマの上からだが、女の子のふたつの大事なところを自分の指先や手のひらが撫でさすり  
始めたことに気づいて、楓は自分にこんな淫らな一面が潜んでいたことにチクリと嫌悪感を  
覚えた。  
(んんっ……。だめ……。手……止まらない………。嫌っ……わたし、そんないやらしい子  
じゃ……な…い……)  
 しかし、両手は言うことを聞こうとせず、己の意思に逆らってなまめかしい動きで、まだ  
誰の愛撫も受けたことのない青い果肉をもみほぐしにかかった。  
「んあっ……。忍ちゃ…ん……」  
 初めて楓の口から思わず言葉が漏れた。もしこの両手が忍のだったら……そう想像をかき  
たてると否応なく興奮は昂ぶってゆく。  
 パジャマの上からの刺激に物足りなさを感じ始めた楓は、胸のふくらみと、両脚の付け根の  
真ん中の秘所に直に触りたくなって、パジャマのみならず下着の下にまで両手をそれぞれ  
潜り込ませた。   
 
 パンティの中に進入した楓の右手の指先がふわりと淡く萌える茂みに触れると、そのまま  
ためらいなく中指の先がその茂みの奥の、ぴっちりと閉ざされていた未開の肉裂にこじ入れ  
られていった。初めての異物の来訪にもかかわらず、その部分は忍を欲するゆえににじみ  
出た愛液によって潤んでおり、容易に指先を受け入れ、さらにその奥には包皮に包まれた  
肉芽のぷっくりとした感触が確かめられた。  
(ぬるぬるしてる……。やだ……)  
 楓は初めて体感する自らの肉体の変化にとまどった。  
(んん……でも……………きもち…いい……かも…)  
 愛液にまみれるクリトリスを中指の先っちょでくにゅくにゅとこね回し始めると、今まで  
感じたことのない種類の快感が腰骨から脳天まで突き抜けていった。  
「あっ!はぁ……ん……。なに…これ……?こんなのって……。と、止まんないよぅ……」  
 初めて味わうオナニーの快感に楓は己を見失い、ブラジャーの中でたどたどしく胸の  
ふくらみを愛撫していた左手の動きも右手同様にエスカレートさせ始めた。  
(あん……。かたくなってる……)  
 楓は乳房をもみしだく左手の指の腹が感じた、いつの間にかしこった先端部分の確かな  
感触……もうひとつの新たな肉体の変化に驚く。  
「あっ……くぅ……んんっ……」  
 切なく身をよじらせながらも、楓は徐々にオナニーの要領をつかんでいく。ただ自分の  
肉体をこね回すだけではなく、頭の中ではひたすら忍と肉体を絡めあうさまを想像する。  
当初はおそるおそるとしていた右手の動きも潤滑液にまみれることで次第に激しさを増し、  
ぐいぐいと楓自身を快楽の頂点へと導いていった。  
「んあっ……いいっ!きもちいいっ!ああんっ!忍ちゃんっ、抱いてぇ!おねがい……。  
あ……あっ!あっあっ!だめぇっ!んんっ……くぅっ!……あああぁんっ!!」  
 
 楓の胸がピンと反り返り、張りつめた全身がけいれんしたようにピクン、ピクンと震え、   
その肉体は初めての絶頂を迎えて果てた。楓は頭の中が真っ白になったみたいで、何も考え  
られないまま息を荒げてしばらくぐったりとしていた。  
(はぁっ、はぁっ……。これって……もしかして、わたし……イっちゃったの?)  
 ゆっくりと息を整えつつ、冷静さを取り戻し、初めてのオナニーで得たエクスタシーの  
余韻にひたる楓。気がつけば、指とパンティが愛液でグッショリと濡れていた。  
(やだ……。こんなになっちゃうなんて……はき替えなきゃ……。でも、きもちよくなると  
こんなに濡れちゃうんだ……)  
 楓はもそもそと起き上がって、パンティをはき替えた。さっぱりとした気分になって再び  
ベッドに横たわると、またも忍のことが思い浮かんできた。もう、寝ても覚めても忍のことが  
頭から消えないようだ。  
(忍ちゃん……。もしかしたら、忍ちゃんもこんなコト、してるのかな……!? ううん、  
そんなまさか……)  
 楓にとってはあどけない天使のような愛しい忍がそんな淫らな行為を……。楓はふと脳裏を  
よぎったそんな疑念をあわてて打ち消そうとした。しかし、同時に、忍も今の自分と同様の  
行為にふけっていたのだろうと信じようともしていた。今の自分が忍愛しさのあまり自慰行為に  
走ってしまったように、忍にもそうしてしまうほどに自分を想い焦がれていてほしいと望んだ  
からだ。  
(わたしって……イヤな子……)  
 ほろ苦い自己嫌悪を感じつつ、疲労もあいまって楓はようやくまどろみに落ちていった。  
 
 週が明け、もうすでに月曜、火曜と過ぎてしまった。  
 楓はまだ、忍を再び週末に招くことをまだ忍に言い出せないでいた。  
 
(もう水曜か……。早く言わなきゃ……。もしかしたらわたし、まだ心の底で忍ちゃんを  
怖がっているのかも……。ううん、そんなこと……)  
「楓、楓ったら!」  
「え!?な、なに!?」  
「んもう、どうしたの楓、ボーっとしちゃって。さっきから呼んでるのに。英語の宿題、  
ちゃんとできたの?って訊いてたの」  
 楓は教室にいて席についていることさえも忘れて朝から忍のことばかり考えていた。  
「あ、あぁ、ゴメン、緑。宿題?うん、一応はやったけど……」  
 適当な受け答えをしてさっきから上の空の楓を訝る緑。彼女はポニーテールのよく似合う、  
楓の友達のひとりだ。  
「最近なんだかヘンだよー、楓。あ、もしかして、好きなひととかできたのかな〜?」  
「えっ!?な、なに言ってるのよ!あ、いや………」  
 突っつかれて顔を赤らめて取り乱すという、あまりにもわかりやすすぎるリアクションに、  
冗談を言ってみただけのつもりだった緑は内心では驚いたが、しかし、授業が始まる直前  
だったのと、冷やかすには気が引けるほど楓の性格が純だと知っていたので、何も気づかぬ  
フリをして席に戻った。  
(誰なのかは知らないけど、がんばってね、楓……)  
 
 今の楓にとって気だるいばかりの授業の続く学校が終わり、その日の夜、就寝直前になって  
楓はようやく意を決した。  
 楓は携帯電話を手に取った。意外だが、楓は忍と携帯電話で話すことは他の友達と比べて  
かなり少なかった。急な用事ならともかく、それ以外なら直接会って話をするという間柄で  
あったからだ。  
 
「はいっ!! 忍ですっ!」  
 わずかコール1回で忍が電話に出た。もっとも、いつも忍は楓からの電話は速攻で出るの  
だが、今回の反応速度と返事の声の大きさはいつも以上のものがあった。  
「あ……忍ちゃん…。夜遅くにごめんね。今……ひとり? 忍ちゃんの部屋にいるの?」  
 楓の言葉はいつになく歯切れが悪い。無論、その理由を忍はわかっていたが、あえていつも  
通りの朗らかな口調で返事をする。  
「はいっ。今、おふとんを敷いたところです!」  
「……そ、そう……。あの……あのね、忍ちゃん。今週の土日ね、お父さんもお母さんも  
おうちを留守にするの。遠くの親戚の結婚式に出席するんだって。……ね………。もう……  
わかるよね……。土曜の夜……わたしの部屋で……ね。……いい?」  
 待ちに待った、楓からのいざないの言葉。忍は一日千秋の思いでこの週を過ごしていた。  
そしてついに水曜日の夜、忍のケータイが鳴ったのだ。  
「は、はいっ!! 楓さんっ!! 喜んでっ!! ………よ…よろしいんですね!? 本当に…」  
「うん。待たせて……ごめんね。あの夜のときの約束……やっと果たせそう……。土日は  
お留守番ってことだから外で遊ぶってわけにはいかないけど、外でゴハン食べるくらいは  
いいって。夕方6時にピーチガーデンでってことでいい?……で、あとは、うちでいつも  
通りいっしょにおフロに入って……そして……ね♥」  
 忍の大きな声の返事を聞いて、楓もつられるようにその日の段取りをすらすらと口にした。  
「はい! ……はいっ! わかりました! 楓さん! 今週土曜夕方6時にピーチガーデン  
ですね! 了解しましたですっ!」  
 携帯電話を持ちながら直立不動の姿勢で頬を紅潮させて待ち合わせ時間と行きつけのファミレスの  
名を復唱する忍。  
「……うん、それじゃ……おやすみ、忍ちゃん」  
「おやすみなさい、楓さん!」  
 
 電話を切ると、忍はコロンと布団の上に転がった。  
「うふっ、うふふっ♥ やった……ついに……。楓さんと! あした、あさって……  
しあさって! あぁ〜ん! 待ちきれませんですぅ〜〜♥」  
 ようやく楓の方から自分を求めてきた。そんな楓の媚態を想像すると忍の手はいつもの  
ようにするすると寝間着の衿の中に潜り込んでいく。忍の寝間着は筒袖の浴衣で、色も  
シックな紫色だ。長い黒髪の忍がおフロあがりにまとったその姿は、うら若いその年齢には  
似つかわしくないほどの色っぽさを醸し出していた。  
(あん……だめ! がまん、がまん。せっかく楓さんとできる日が決まったんだもの……。  
それもしあさってじゃない……。)  
 これまで何度、夜、床に就く際に楓を想っては欲望に焦がされるおのが肉体をその指で  
慰めてきたのだろう……。しかし、悲願成就はわずか3日後に達せられることがハッキリ  
したのだ。その喜びが忍の肉体をかろうじて静めた。  
(おやすみなさい……。楓さん……)  
 
 ふたりにとってこれまでにないような長さに感じられた2日間がやっとのことで過ぎて  
くれた。  
 そして運命の土曜日。その日の夕方6時。  
 約束の時間の10分前に楓は待ち合わせ場所のファミレスにやってきた。やはりと言うか、  
忍は先に来て待っていた。  
「忍ちゃん、待った?」  
「楓さん! ……わ、わたしもついさっき来たばかりです!」  
 そういう忍の前に置かれているグラスは空になっていて、氷も半分融けていた。ありがちな  
やりとりだなぁと楓は苦笑する。  
 
                                                   (つづく)  
 
 

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