父の私室のドアを勢いよく開けたナウシカの目に飛び込んできたのは,  
床に横たわる父と,それを取り囲む数人の兵士の姿だった。  
 
ジルを殺害したこのトルメキアの兵士たちは,  
これまでにいくつもの辺境の国々を急襲し,  
族長を殺害する作戦に従事していた。  
だから,族長の家族がその死を知った時,  
どんな反応を示すかもよく知っていた。  
族長の死を知ったのが男だった場合,  
大抵仇を打たんと無謀につかみかかってきた。  
そしてそんな男たちを彼らはことごとく返り討ちにしてきた。  
族長の死を知ったのが女だった場合,  
その場に崩れるように激しく泣き出したり,  
族長に覆いかぶさって自分たちのことを口汚く罵ったり,  
泣き続けたりするのだ。  
族長の家族を含め,その国に自分たちの好みの女がいれば,  
嫌がる女たちを無理やり船内に引きずり込んだ。  
女を助けようと闘いを挑む男がいれば容赦なく殺し,  
後は連れ込んだ女に陵辱の限りを尽くす−それが彼らのパターンであった。  
 
だから今回も,私室に飛び込んできた栗色の髪の少女が  
悲しみと怒りの感情を示すところまではいつも見慣れたリアクションだった。  
だが後に続くこの少女の反応は,  
これまで彼らが遭遇したどの状況とも異なっていた。  
驚愕,悲しみを浮かべたナウシカの瞳は,  
瞬く間に激しい憤激に満たされていく。  
髪は逆立ち,全身が怒りに満たされる。  
「おのれえ!!」部屋全体が震えるほどの叫び声をあげると,  
ナウシカは風使いの杖1本で  
トルメキア兵に向かって突進していった。  
 
トルメキア兵たちにしてみれば,  
まさか5人いる自分たちの姿を見て恐れることもなく,  
少女がたった1人で,しかもただの杖を持って向かって来るとは  
まったく予想外の出来事であった。  
完全に不意をつかれた形になったが,  
彼らとて辺境の地を転戦しているトルメキアのコマンド兵である。  
直ちに心身を迎撃モードに切り替える。  
(こんな小娘1人に何ができる,すぐにひん剥いてヒイヒイ言わせてやる)  
全員がそう思った。  
いや,まだ16才の少女を「ひん剥いてヒイヒイ言わせてやる」  
と兵士全員が考えるというのは,倫理的にどうかはともかくとして,  
センス的にも嗜好的にもどうかと思うが,  
とにかく全員がそう思った。  
ところが・・・。  
 
兵士たちは自分の目を疑った。  
彼らがこれまでに遭遇したどんな敵より素早いのだ。  
実際に間近で少女と相対している兵士の目には,  
ほとんど青い残像しか残っていない。  
その素早い動きを目で追い,  
打ち込まれる激しい杖の一撃から身を守ろうとするのが精一杯だった。  
 
「ええっ!!」ナウシカの鋭い叫び声と共に振り下ろされる一撃は,  
確実に敵の急所に叩き込まれる。  
瞬く間に3人の兵士が床にたたきつけられ,動かなくなる。  
それまで一歩引いたところで戦闘を傍観していたクロトワだったが,  
剣を抜き,ナウシカに打ちかかろうとする。  
が,あっという間にその剣を根元からたたき折られ,  
その勢いで壁に頭をしたたか打ちつけ,気絶してしまう。  
 
最後に残る5人目の兵士は,  
それまでのどの兵よりも腕の立つ,歴戦の猛者中の猛者だった。  
彼はナウシカの素早い動きについていき,  
しかもたたみ掛けるように攻撃をしかけていく。  
しかし何合目かの後,  
ついにナウシカの振り下ろす強烈な杖がこの兵士に打ち込まれた。  
こうして,瞬く間にクロトワを含む5人の兵が打ち倒され,  
動かなくなってしまった。  
なんと,その斬撃は屈強の兵士らをほとんど一撃で撲殺していたのだ  
−ただ1人,気絶させられた参謀クロトワを除いては。  
 
後に,よりによってこのクロトワという人間が生き延びてしまったことで  
自分の身体にどれほどのことが臨むのか,  
この時のナウシカには未だ知る由もなかった。  
 
私室にいたコマンド兵を全員倒したのもつかの間,  
すぐに新たな敵兵が大挙して部屋に進入して来た。  
ナウシカが撲殺した,軍服に身を包んだ者たちとは異なり,  
新たな敵はクシャナ殿下の親衛隊,  
セラミック装甲に身を包んだ精鋭部隊だった。  
 
しかしナウシカは少しも臆することなく,  
部屋に入り込んで来た兵士に向かって突進していった。  
「えやああ!!」鋭い叫び声と共に,敵に向かって杖を打ちつける。  
しかしその攻撃は敵の固い装甲には無意味であった。  
ナウシカの杖は折れてしまう。  
 
しかしナウシカは,倒した敵兵の剣を素早く拾い上げると,  
再び兵士らに切りかかっていった。  
と,その瞬間,ユパが両者の間に飛び込んで割って入った。  
ナウシカが敵を刺し貫こうと突き出した剣をユパは自分の左腕で受け止め,  
先頭にいたトルメキア兵の装甲の隙間から瞬時に剣を突き入れ,  
その動きをくい止める。  
 
後から部屋に入って来たクシャナとユパとの交渉により,  
その場は収められた。  
ユパが装甲兵の首から剣を抜くと,兵はその場にくずれ落ちそうになり,  
後ろにいた兵はあわて彼を抱きかかえ,  
ユパの目にふれない所に連れて行った。  
 
事態が収拾して後倒れ込みそうになったのはトルメキア兵だけではなかった。  
ナウシカもまた同様であった。  
 
父を殺された怒りに我を忘れて新たな敵に向かって突進し,  
憎い相手に向かって突き立てるはずのその切っ先が,あろうことか  
「先生」と尊敬し慕っているユパの腕に刺さってしまったのだ。  
剣の切っ先がユパの腕に進入していく嫌な感触は,  
ナウシカの手の中にはっきりと残っていた。  
 
ナウシカは自分のしでかしてしまったことに驚愕し,  
戦慄を覚えたが,自分が刺したユパの腕の部分から,そして剣の刃を伝って  
自分の足元に雫となって落ちていくユパの真っ赤な血を目の当たりにし,  
罪悪感と後悔の念に押しつぶされる。  
(自分が,自分がユパ様の腕を刺してしまった・・・)  
その現実がナウシカの体と心を硬直させる。  
ナウシカは,ユパの腕から剣を抜こうともせず,  
ただ呆然と震えながら立ち尽くしていた。  
 
そしてユパとクシャナの交渉が終わり,  
ユパが自ら刺さっている剣を抜いた時,  
ナウシカは糸が切れたようにその場で気を失ってしまう。  
崩れ落ちそうになるナウシカをユパは抱きかかえるのであった。  
その様子を見やりながら,クシャナはユパに「話がしたい」と言った。  
 
ユパは気絶したままのナウシカを抱きかかえ,  
クシャナに促されるままジルの私室の隣にある応接の間に入った。  
クシャナは一緒に入って来た兵士らに部屋から出るよう命じ,  
部屋にはクシャナとユパ,ナウシカの3人だけになった。  
クシャナはユパに,「取り引きがしたい」と切り出した。  
クシャナが語った「取り引き」とは以下の内容であった。  
 
・トルメキア側は,これ以上風の谷の人,物,いかなるものにも  
  一切危害を加えない  
・外敵がこの地に攻めて来た場合,  
 トルメキアは風の谷を守るためにこれを全力で阻止する  
 
そしてトルメキアが風の谷の安全を約束するのと引き換えに,  
・もはや運ぶことのできない巨神兵をこの地で復活させる。  
風の谷はそのために必要なあらゆる協力をすること  
・巨神兵復活作業が終了するまでの間,  
ナウシカはトルメキアの船内に留まること  
 
 
最後の条項を耳にして,ユパは「やはり」と思い,その心臓は高鳴った。  
ユパは各地を旅して,  
戦地におけるトルメキア兵の性的暴行がいかに酷いものであるか  
伝え聞いていた。  
ユパは動揺を悟られぬよう感情を押し殺し,言った。  
「ナウシカ1人じゃ,寂しかろう。ワシも一緒に人質として船に入ろう」  
ユパには,この申し出が聞き入れられるという勝算があった。  
先ほどの戦闘の際,1人の兵がクシャナに,「この男,ユパです」と耳打ちし,  
クシャナも自分のことを,「辺境一の剣士」かと聞いてきた。  
ならば,自分も船内に閉じ込めておいた方が  
トルメキア側にとって有利なはずだ。  
クシャナは,「ほう,そなた自ら進んで我が船に乗りたいのか」  
と言ってニヤリと笑い,「よかろう」と言った。  
 
ユパは言った。  
「こちらから1つだけ要求がある。  
いついかなる時もこの子とワシを一緒にして,  
決して引き離さないと約束してくれ。  
それさえ約束してくれれば,ワシもおとなしく人質になろう」  
 
表面的な言葉のやり取りはともかく,ユパという人物を労せずして  
ナウシカと共に船内にとじこめておくことができる。  
クシャナは船内でナウシカを完全に自分たちのいいなりにさせるために,  
さらに別の人間を船内に連れ込むつもりだった。  
人選と,どうやって言いくるめるかを算段していたクシャナにとって  
これは願ってもないことであった。  
 
「よかろう,約束する。お前とこの娘は決して引き離さない。  
巨神兵が復活し,2人そろって船を下りる日まで一緒にいさせてやる」  
クシャナの言葉を聞き,ユパは安堵する。  
(ナウシカの身はワシが命に代えても必ず守る)  
ユパは心に誓った。  
 
谷に展開するトルメキアの兵力だけを考えても,  
要求を呑む以外選択の余地はなかった。  
クシャナが部屋から出て行き,2人きりになった後,  
目を覚ましたナウシカに,ユパはクシャナと交わした取り引きの説明をした。  
 
するとナウシカも,  
「谷とここに住むみんなのために・・・」と言って納得し,  
「谷のみんなには私から説明します。  
大丈夫,きっとみんな分かってくれます」  
―谷とみんなを守るためなら,私はどんな犠牲もいとわない―  
ナウシカの瞳は強い意思と決意に満ちていた。  
 
武装解除させられて城の前に集められた風の谷の人々の前で,  
黄金の鎧と白いマントに身を包んだクシャナが戦車の上に立ち,  
族長の娘であるナウシカがその装甲車の下に連れてこられる。  
それは,この地がトルメキアによって屈服させられてしまったことを  
はっきり象徴する光景であった。  
 
クシャナは「我に従え」と言い,  
族長である父を殺された傷心のナウシカは,  
それでも民の身を思い,  
「この人たちに従いましょう」と谷の人々に訴えた。  
 
 
谷の全員が見守る中,  
ユパとナウシカはトルメキアの船の中に連れて行かれる。  
谷の人々は皆心からナウシカとユパの身を案じ,  
一様に悲しみに沈んでおり,声をあげて泣く者,嗚咽を漏らす者がおり,  
すすり泣く声はそこここで聞こえる。  
ガックリと膝をつき,男泣きに泣く者もいた。  
子供たちも泣きながらナウシカを呼び続ける。  
それは,ナウシカと谷の人々がこれまでどんな関係にあり続けたかを  
よく物語っていた。  
 
(巨神兵が復活したらトルメキア軍は必ずユパ様と姫様を解放し,  
巨神兵共々この地を離れてくれる。  
それまでの辛抱だ。  
今はお2人の1日も早い開放のために  
最大限の協力をしよう)  
谷の人々は,そう考えていた。  
 
不本意この上ないことだが,自分たちがトルメキア兵に協力していれば,  
船内に人質になっている間もお2人はきっと無事だ,  
谷の人々はそう信じていた。  
ところが−  
 
谷の人々の希望を裏切る卑劣な蛮行は早々とその日から始まったのである。  
 
 
船内に入ったユパとナウシカは,  
先導する兵士に促されるまま牢屋の中に入った。  
2人が中に入ると,扉のカギが掛けられる。  
 
谷の人々もナウシカも,悲しみと不安でいっぱいだったが,  
牢に入ったユパはそうではなかった。  
実は,ユパは外套の下にいつも使っている剣を  
2本とも持ったままだったのだ。  
 
剣をもったまま船内に入り,今こうして牢の中にも入ることができた。  
「辺境一の剣士」と周辺国に轟くユパの武勇伝は挙げればキリがないが,  
単身敵船に乗り込み,その船を掌握したことがこれまでに2度あった。  
ユパは兵に見つからないように,そっと外套の下の剣をナウシカにも見せた。  
(剣さえあれば・・・ナウシカは必ずワシが守る!)  
ユパは決意を新たにする。  
 
牢の内部は,これが船内に設けられたものとは思えないほど  
広々としており,隅にベッドが2つ並んでいた。  
ユパはゆっくりとベッドに腰を下ろし,じっとうつむいているフリをして  
素早く自分の置かれている状況を把握する。  
 
まず牢屋の壁三面はすべて鉄で完全に仕切られていて,窓もない。  
扉のある側は,一面全体が鉄格子になっていて,  
鉄格子の前はかなり広い通路になっている。  
幅は約2メートルというところか。  
通路に立ち,体の正面を牢屋に向けたとすると,  
背中側は一面ねずみ色の壁だ。  
この壁にぴったりとつけるようにしてベンチが1つ置いてあり,  
正面の牢屋の方を向いている。  
 
牢屋の天井に設置されている照明のおかげで中はかなり明るい。  
通路には番兵が2人,長い剣を携えて立っている。  
さらにくまなく視線を走らせ,室内を見回す。  
拷問用の道具や,鎖,手錠といった拘束具の類がないのを確認し,  
ひとまず安堵する。  
 
そしてさらにユパを大いに安堵させたことがあった。  
それは,かなり広いスペースがあるにもかかわらず,  
この牢の中にトイレがないということである。  
 
(仮にここにトイレが設置されていたとしたら,自分はともかく  
年頃のナウシカはこんな処で用を足すなど,恥ずかしかろう・・・)  
もしもここにトイレがあれば,きっと番兵どもは  
ナウシカの排泄行為の一部始終を  
ニヤニヤしながら観賞するに決まっているのだ。  
 
捕虜にはトイレの使用など認めず,  
牢の中でタレ流しにさせるケースもあるが,この牢屋は船体のかなり内部だ。  
そして決定的なことに,この占領軍の最高指揮官はまがりなりにも女だ。  
船体に表示されているマークや掲げられている旗,兵の配置の仕方からして,  
恐らくこの船がクシャナの乗る一番艦だろう。  
巨神兵の復活まではまだかなりの日数があるはず。  
いくらなんでも何日も床にタレ流させ,  
船内に悪臭が漂うままになるのを彼女が許すはずがない。  
考え合わせると,専用のトイレを使用できると考えるのが自然だ。  
 
もっとも後から簡易トイレを運んでくるかもしれないが,  
その時は自分が人質になっていることを主張し,  
なんとかナウシカだけでも艦のトイレを使用できるように掛け合おう,  
ユパはそう考えた。  
 
ナウシカが牢屋以外のトイレを使える可能性が高いという結論に達して  
ひとまず安心したユパは次に,  
何とか外部と連絡を取る手段はないかと考え始める。  
 
ユパは牢屋に導かれた際,自分がどちらの方向に何回曲がり,  
どれくらい上方向に移動したか,  
そして何歩歩いたかを記憶し,  
船体のどの辺りに牢屋が位置するかの把握に努めていた。  
結果,ここは船体のかなり後方で,  
艦の入り口からかなり奥に入った場所のはずだ。  
 
つまり,剣以外にめぼしいものを何も持っていない今の状況では,  
この牢屋に居ながらにして敵に気付かれないように  
船外との連絡をとることはまず不可能ということだ。  
 
そしてユパは,先ほどのトイレ考を思い出す。  
そして,トイレに行くために見張り付きでこの牢屋から出られる可能性が  
高く,その場合,トイレに行く機会が日に数回はあるということに気がつく。  
 
換気,採光の都合上,艦内のトイレには窓をつけることが多い。  
さらに給排水,汚物処理の都合を考え,  
できるだけ後方下部に設計されていることが多い。  
もしもこの艦のトイレがセオリー通りの配置であれば,  
トイレに入った時が外部の仲間と連絡を取り合える可能性が最も高いわけだ。  
さすがにトイレの中まで毎回必ず見張りが入って来ることはないだろう。  
(特にユパの大便時)  
 
「さてどうする・・・」ユパが今後の作戦を考えていると,  
通路の向こう側が騒がしくなってきた。  
上官と部下のやりとりに耳をすますと,どうやら谷の者たちが,  
船内の2人に食事を届けさせるよう頼んでいるらしい。  
伝令役の兵士が伝声管でどこかに指示を仰ぎ,  
命令を受けて牢屋の前を走って行った。  
ユパは伝令の声に耳をそばだてる。  
 
「よかろう,乗艦を許可する。  
ただし食事を運ぶために乗艦できるのは,5才以下の子供だけだ。  
それ以外は認めん!」  
ハッチ越しに谷の者に伝える声がかすかに聞こえた。  
その後も何度か伝令が走り,  
しばらくしていくつもの軍靴が響き,牢屋に近づいてくる。  
 
先頭の兵士が牢屋の入り口まで来ると,  
「オイ,子供たちが食べ物を持ってきたぞ」と言った。  
ユパとナウシカが見ると,兵士らに連れられて,  
それぞれ食事を手にした3人の子供たちが顔を見せる。  
いずれもナウシカのことを「ひめねえさま」といつも慕っている子供たちだ。  
最初不安そうな表情をしていた子供たちも,  
ナウシカを見つけるとパッと表情が晴れ,笑顔になる。  
 
しかしトルメキア兵たちは非常に用心深く,少しの隙も作らない。  
牢屋の扉を開き,食事を中の2人に渡したのは兵士たちで,しかもその間  
ナウシカ,ユパと子供たちは,鉄格子を挟んで十分の距離をとらされる。  
牢の中にいた兵士らが全員退去し,再び扉の鍵が掛けられた後,  
ようやくナウシカと子供たちは鉄格子越しに近づくことを許される。  
 
ついさっき別れたばかりなのに,久しぶりに再開するかのように  
ナウシカと子供たちは手と手を取り合った。  
ユパもニコニコしながら手を伸ばし,子供たちの頭をなでてやる。  
 
ひとしきり子供たちとの再会を楽しんだ後,  
そろそろお母さんの処に戻るようナウシカが子供たちを促す。  
「お姉さんの言う通りだよ,さあ行こう」  
1人の兵士がいとも優しく子供たちに声をかけ,  
名残惜しそうにしている子供たちの手をそっと握り,ナウシカから引き離す。  
 
(この分なら,最後までおとなしくしていれば,  
ナウシカもワシも無事に下船できるかもしれない)  
兵士の子供たちの扱い方を見てそう考えたユパは,次の瞬間自分の目を疑う。  
 
ナウシカから子供たちを引き離した兵士は出口に向かうのではなく,  
鉄格子の向かい側の壁に設置されているベンチに子供たちを座らせ,  
そして慣れた手つきで子供たちを鎖で拘束し始めたのだ。  
 
子供たちは,優しい物腰の兵士がにこやかな表情のまま  
自分たちにしていることの意味が分からず,きょとんとしている。  
状況がよく飲み込めていないのはナウシカも同様だった。  
子供たちが少しも痛がったり怖がったりする素振りをみせていないのは  
せめてもの救いだったが,子供たちを鎖で縛るなど,  
尋常なことではない。  
 
「あなたたち何をしているの!今すぐ子供たちを放−」  
ナウシカが言い終わらないうちに,兵士らの意図を悟ったユパが叫ぶ。  
「貴様ら約束が違うぞ!ワシを殺して気が済むならこのワシを殺せ!」  
ナウシカは驚いて言葉を引っ込め,ユパの顔を覗き込む。  
こんな表情のユパを見たのは生まれて初めてだった。  
 
そんなユパの言葉を気に留めることもなく,  
子供たちを固定した兵士が優しく言う。  
「痛いところはないかい?お姉さんのことをよく見ているんだよ,いいね。」  
子供たちはわけも分からずうなずく。  
ついに兵士たちがその正体を見せ始めたのだ。  
 
「ユパ様,これは一体・・・」  
未だに状況がつかめないナウシカは,  
鉄格子を握りしめ,荒い息をしているユパに問う。  
ユパはガックリとうなだれ,しぼりだすような声で言う。  
「すまんナウシカ,まさかこんな形で人質をとられるとは!  
・・・このユパ・ミラルダ,一生の不覚だ。」  
 
やがてユパは気を取り直し,  
鉄格子から手を離し,その手をナウシカの両肩に置いた。  
そしてナウシカの目をしっかり見つめながら言った。  
「よいか,ナウシカ。ジル亡き今,そなたがこの風の谷の長だ。  
それを忘れるな。」  
そう言うと,ナウシカをしっかりと抱きしめる。  
 
ナウシカはトルメキア兵の意図を未だ分かりかねていた。  
だが,先ほどからのユパの言動から,  
自分自身の身に何か悪いことが起こるのだということを知る。  
 
 
ナウシカも女だ。  
少女から成熟した女性へと身体の方も変化を遂げつつあった。  
特に,ほんの数年前に始まった月ごとの営みと体の急激な変化は,  
自分が女であることを強烈に意識させた。  
だから,(犯されるかもしれない)という懸念は  
船に乗る前から既に持っていた。  
 
それでも,  
「ユパ様が側にいる限り大丈夫」  
というユパへの絶対的な信頼感がそんな不安を打ち消してくれた。  
そして今も,こうしてユパに抱きしめられていることが  
ナウシカに安心を与える。  
取り引きの際,「自分とユパは決して離れ離れにしない」と  
クシャナに約束させたということをナウシカは聞かされていた。  
 
(じゃあ,一体何をされるんだろう?  
・・・まさかユパ様の見ている前で兵士たちが自分を犯すことなど  
絶対にあり得ない,そんなことをしてユパ様が黙ってるはずない。  
・・・きっと何か拷問にかけられるんだ)  
 
ナウシカはしっかりと落ち着いた口調で言った。  
「分かりました。どんな試練に遭っても,谷の誇りは決して忘れません」  
 
そこへ10人ほどの兵士がやって来て扉の鍵を開けると,  
ぞろぞろと無造作に中に入って来た。  
ナウシカを守るようにしっかりと抱きかかえ,  
扉に背を向けてじっと立つユパに,この場の指揮官である将校が言った。  
「ユパ,お前が少しでもおかしなマネをしたらどうなるか,  
あの子供たちを見ろ」  
ユパはゆっくりと振り返った。  
ユパにとっては改めて見るまでもなく分かりきったことであったが,  
鉄格子の向こうに座っている子供たちの両脇には,  
抜き身の剣を携えた兵士たちが立っている。  
 
子供たちを人質にとったのは,  
ユパとナウシカの恐るべき戦闘能力を警戒してのことだった。  
しかし,本当は安全を担保する方法は他にいくらでもあり,  
わざわざ子供を人質にとる必要はなかったのだ。  
将校が子供を人質とする方法を選択したのは,このやり方ならナウシカは  
より自分たちの言いなりになるだろう,という程度のことでしかなかった。  
しかしこの子供たちを人質にとるという方法は,  
この後将校の想像を超えた効果を発揮することになる。  
 
一方この時ナウシカは,  
ずっとユパに抱きしめられたまま牢の入り口の方を向いていた。  
だから10人ほどの兵士が入って来る一部始終を見ていた。  
そしてナウシカの鋭い感覚は,その中の1人だけが他の兵士らとは  
なんとなく異質の雰囲気を放っていることを敏感に感じ取っていた。  
 
ユパは未だ剣を2本隠し持っている。  
しかし,いかに辺境一の剣士とはいえ,  
そしてナウシカが  
外見からは想像もできないような戦闘力を持っているとはいえ,  
子供たちの側にいる兵士らが子供たちに危害を加える前に  
ナウシカと共同して牢屋の内部を制圧し,  
それから牢屋を出て子供たちの側にいる兵士を無力化させることは  
不可能だ。  
 
否,牢の中の兵士はユパが1人で引き受け,  
ナウシカは子供を人質にとっている兵士を倒すことに専念させたとしても,  
子供たちを無事に救い出すのは無理だ。  
こうして鉄格子の向こう側で子供たちに刃が向けられている限り,  
どうすることもできない。  
「貴様ら・・・クシャナはこのことを知っているのか?」  
「もちろんだ」  
 
将校が返答しようとする前に鉄格子の向こうから声がした。  
そこにいた全員が声の主に対して直立不動の姿勢をとる。  
クシャナ本人であった。  
 
「貴様!約束が違うぞ!先ほどの取り引きはどうした!  
巨神兵復活の協力をする変わりに,  
風の谷の者に一切危害を加えないという取り引きを  
持ちかけたのは貴様ではないか!」  
 
「クシャナ殿下と呼べ!」そう怒鳴る将校を制し,  
激しく詰問するユパにクシャナは平然と言った。  
「はて,私はそんな約束をした覚えはない。  
お前たち,誰かそんなことをこの私が言うのを聞いた者がいるか?」  
兵士らはニヤニヤしながら互いに顔を見合わせ,  
口々に「聞いてません」と言うのであった。  
 
確かに戦闘の後,応接の間に移動して“取り引き”を行った際,  
そこにいたのはクシャナとユパ,  
それに未だ気絶していたナウシカの3人だけだった。  
「貴様,最初からそのつもりであの時人払いを!」  
「落ち着け。命まではとらん。それは約束しよう。  
すぐにお前の動きさえ封じれば済むようになるから,  
子供たちもすぐ解放してやる。  
その娘はじきに足腰立たなくなるわけだからな。」  
 
兵士たちは下卑た笑みを浮かべながらナウシカを見ている。  
 
「それに・・・」クシャナは牢の中に入り,ユパに顔を近づけると,  
意図的にナウシカにも聞こえる声でこう囁いた。  
「長いこと故郷に戻れずに辺境周りをさせられると,  
男どもはアッチの処理ができずに,作戦に支障をきたしてしまうのだ。  
兵士たちが十分作戦に従事できるようこの娘に奉仕させるのは,  
巨神兵を復活させるために風の谷がするべき  
“必要なあらゆる協力”の1つではないか?」  
 
「取り引き」という言葉は,  
こちらの行為に対して相手にもある種の義務を負わせる。  
だから自分が約束を守れば,  
相手も必ずそれに応えるはずだという期待感を持ってしまうのだ。  
すべては風の谷との交渉を自分の思惑通りの方向にサッサとまとめ,  
ナウシカをスムーズに船内におびき寄せるためのクシャナの策略だった。  
 
ナウシカは,それまでずっとユパに抱きかかえられたまま  
やりとりを聞いていた。  
そして,自分たちがまんまと罠にはめられてしまい,  
事前に考えていた最悪の状況になってしまっていることを  
はっきりと自覚する。  
 
ナウシカはユパの腕からそっと離れ,静かに鉄格子に近づいた。  
そして子供たちの目線に合わせてしゃがみ,  
それから精一杯の笑顔でこう言った。  
「みんな心配しないで。もう少しだけ我慢していてね。  
私が必ずみんなをこの船から出してあげるから」  
 
そう言うとナウシカは立ち上がり,子供たちに背を向け,  
毅然とした態度でクシャナの目をじっと見ながら言った。  
「何でも言われる通りにします。  
だから子供たちとユパ様には絶対に手を出さないと約束してください」  
 
「よかろう」そう言うとクシャナは将校に命じる。  
「後は任せる。この娘以外には手を出すな。  
子供たちは必要がなくなったらすぐに開放してやれ」  
そう言うと,クシャナは牢から出て行った。  
 
「殿下はご覧にならないので?」  
兵士の1人が尋ねるとクシャナは,  
「貴様らの趣味に付き合っているヒマはない」  
そう言い残し,通路の向こうに消えていった。  
こうしてこの場にいる女性はナウシカただ独りとなった。  
 
10人ほどの男たちが,性の対象としてナウシカを取り囲んでいる。  
それでもナウシカは王の娘として育てられた尊厳を保ちつつ,言った。  
「どうすればいいのです?」  
 
段取りは最初から決まっていたようで,  
将校の命令で隅に並んでいたベッドの1つが  
牢屋の真ん中に移される。  
照明は,ちょうどベッドの真上にあり,  
ベッドにかけられたシーツの白が反射して,  
少しまぶしく感じるほど明るい。  
 
そして将校が冷たく言い放つ。  
「素っ裸になってベッドに寝ろ」  
 
ほんの数秒の沈黙の後,ナウシカは意を決して  
まるでこれから1人で入浴でもするかのように黙々と服を脱ぎ始めた。  
兵士たちは予想外の展開にあっけにとられ,ポカンとしている。  
兵士らが女を取り囲み,自ら服を脱ぐよう強要したことは  
これまで何度もあったが,年齢が低ければ低いほど,  
服を脱ぐまでには時間がかかるものなのだ。  
といってもこれは,  
お子ちゃまは自分でボタンがはずせないとかそういう意味では決してない。  
脱衣がこんなにスムーズに進むとは,見たことも聞いたこともない。  
 
(一体どうなってんだ??)  
兵士らには理解の及ばないことだったが,  
ナウシカの行動は強い意思と明確な理由に拠っていた。  
先ず何よりも,子供たちを早く解放してあげたいということ。  
そしてもう1つは−  
話は数年前にさかのぼる。  
 
 
ナウシカが初潮を迎える頃,  
彼女が実の母親のように慕っていた谷のある女性は,城オジたちに請われ  
ナウシカに基本的な性教育を施した。  
さらに,世の中には女性を性の対象としか見ない男たちがいることなど,  
闇の部分についても時間をかけて丁寧に教えた。  
 
(自分が恥ずかしがる姿を見せれば見せるほど,  
苦しみに喘げば喘ぐほど,  
まして声など上げれば上げるほど,  
それは単にこの兵士たちを悦ばせ,  
余計に長い時間酷いことをされてしまうだけだ)  
ナウシカは自分が数年前に“かあさま”から受けたレクチャーを  
思い出しつつ,自分に言い聞かせた。  
 
(絶対に恥ずかしがってる素振りなんか見せちゃ駄目だ。  
子供たちだって心配するもの)  
ナウシカは服を脱ぎながら何度も何度も自分にそう言い聞かせる。  
(何をされても無反応なのをはっきり見せれば,きっと早く止めてくれる)  
そんな淡い期待に望みをつなぐ。  
 
やがて,外衣の上からでも目立つその胸が兵士たちの前に露わになる。  
そして最後に残されたショーツを一気に下ろす。  
ナウシカが簡単にたたんでそっと足元に置いた衣類は,  
たちまち数人の衣類系フェチたちの格好の餌食になってしまう。  
 
ナウシカは言われた通りベッドに横になるため,ベッドに膝をつく。  
ベッドにはグルリと兵士らの好奇の視線が注がれ,死角などない。  
それでも,大切な部分を少しでも隠したいという強烈な感情が  
無意識のうちに体の動きを支配している。  
そのしぐさが痛々しい。  
 
そしてナウシカは,ついに一糸纏わぬ姿を敵の兵士らの前に晒して横たわる。  
兵士たちが欲望丸出しの表情で,  
覆いかぶさるようにして裸体のナウシカの全身を舐めるように観賞する。  
絶えず海風が吹き続ける気候ゆえ,  
常に厚手の服に包まれた体は白くてきめ細やかで,絹のようだ。  
真上にある強い照明のせいで,  
肌そのものが僅かに光っているのではないかと錯覚するほど白い。  
そしてその強烈な光は,横たわって尚豊かなその胸にコントラストを作り,  
その膨らみの輪郭を強調している。  
 
もう十分に成熟したかに見えるのは2つの大きな乳房だけで,  
その体つきはまだ成熟した女性に移行する過渡期の状態だった。  
先ほどの戦闘の際に見せた,超人的な動きを裏打ちする  
少年のように引き締まった肢体を,ふっくらとした柔肉が覆い始めている。  
少しふっくらとして柔らかそうな恥丘には,  
髪の毛と同じ栗色の細い恥毛がうっすらと生えている。  
兵士らの視線が集中してしまう恥丘の下側の部分は,  
ナウシカが太股をぴったりと閉じているため,割れ目はほとんど見えない。  
そしてそこから白く健康的な足が伸びている。  
 
兵士らは女の裸体を見る機会は数あれど,  
成熟した女への変化の最終段階に近づきつつある微妙なバランスの裸体を  
まじまじと拝める機会はそうそうない。  
特にこの時期までは体の変化が速く,今日見たこの体は,  
もう明日にはほんの僅かだが,形を変えて別の体になっており,  
2度と昨日の体に戻ることはない。  
そんな過渡期の絶妙な体型の隅々に  
兵士たちは舐めるように視線を這わせていく。  
 
だが,入り口を入る時に違和感を感じた1人の兵士だけは,  
やはり違っていた。  
一歩引いたところに立ち,  
他の兵士らとは違う目で自分を見ていることにナウシカは気付いていた。  
 
必死に平然を装おうとするが,  
ナウシカは兵士たちの視線に囲まれ,  
内心恥ずかしさのあまり気が遠くなりそうだった。  
自然と手が胸と股間を隠すように伸びる。  
しかしすぐに兵士らから腕をつかまれ,気をつけの姿勢にされてしまう。  
ナウシカはたまらず目をギュッとつぶる。  
(自分はこれから一体どんなことをされるんだろう)  
そんな恐怖感がナウシカの心を徐々に支配してゆく。  
 
「ナウシカ!」兵に呼ばれ,ナウシカは目を開ける。  
自分の足の位置に立っている将校が話し始める。  
それは身構えているナウシカにとっては非常に意外な内容だった。  
 
「君は我々をケダモノか何かのように思っているかもしれないが,  
それはとんでもない誤解だ。  
我々はなにもこういうことが嫌いな女性に  
無理強いをするつもりはないんだよ。  
こういうことが嫌いなら,我々は何もしないし−」  
 
「それなら!」ナウシカが言葉をはさむ。  
「それなら私はこのようなことは嫌いですっ!  
こんなこと,して欲しくありません!今すぐやめなさい!」  
そう言うとナウシカは身を起こしかける。  
 
 

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