「おい、ナウシカ、殿下がお呼びだ」  
ギョロリとした油断ならない目を持つ、それでいてどこか憎めない男が部屋に来て告げる。  
「クシャナさんが?なんだろう・・・」  
「用件までは聞いちゃいねぇがとっとと行くんだな。  
殿下も次の作戦の準備で色々とお忙しいんだ。」  
粘り付き糸でも引きそうな目付きで身体の隅々まで嘗めるように眺め回し  
それだけを告げるといかにも名残り惜しそうな態度で肩を揺らすと立ち去っていく。  
(クシャナさんの用ってなんだろう・・  
・・まさか捕虜の人達のこと?  
でもあの人達はもう自由の身になったはずなのに・・・。)  
 
クシャナが起居する部屋の手前、廊下の入り口には若い装甲兵が2人佇立していた。  
同じ戦場で闘い、自らの命を的に敵中を駆け抜け、  
そして多くの戦友の命を救い、引替えに愛馬を喪失ったナウシカに対する彼等の眼差しは  
自分を呼びに来た中年男とは違い、尊敬と思慕、情愛に満ちたものであった。  
「殿下は奥の突き辺りの部屋でお待ちです。」  
戦場で幾度と無く吠え叫び、掠れて野太くなってしまった声帯で  
彼等の尊崇して止まない第3皇女の貴重な静謐を破らぬよう、労りに満ちた声でナウシカにそう告げる。  
「ありがとう。」  
10m程もある廊下の半ばで振り返ってみると彼等は彫像のように微動だにせず、  
その後ろ姿には先程までの柔和だった表情の片鱗すら漂っていなかった。  
(あの人達にとってはそれほどクシャナさんが大切な存在なんだ・・)  
ナウシカが彼等の視界に入った瞬間に消し去られた、緊張感に満ちた厳めしい表情。  
(あれじゃクロトワさんが来ても追い返してしまうかも・・)  
ふっとその様子を思い描くと微笑ましく、どこか満ち足りた気持ちで部屋のドアをノックした。  
 
「何だ」  
クシャナの鋭い声が凛と響く。  
「ナウシカです。クロトワさんから用があると聞いて・・」  
「入れ」  
声と同時に重そうなドアが内側に開かれる。  
そのドアを開けた人物の姿を見て先程までの快い気持ちは瞬時に消え去る。  
「そなたを呼んだのは・・」  
「土鬼の捕虜は解放する約束だったはずです!!」  
クシャナの言葉を待つ事無く言葉が迸る。  
「解放したではないか。そなたも立ち合っていたのだろう?」  
「でもこの人は・・」  
「私が約束と違うと思うてか。  
この女は捕虜ではない、むしろ自ら望んでここにいるのだ。」  
「そんな・・そんなはずはありません。  
この人にも帰らねばならない場所が在る、それはここでは無いはずです。」  
しばしの沈黙の後、クシャナは女に尋ねる。  
「もしそうならば今すぐここを立ち去っても良いのだぞ。  
立ち去って土鬼の下へ行くのも良いだろう、通行許可書を望むならば書いてやろう。  
お前はそれを望むか?」  
「いいえ、どうぞ殿下の御許に・・。」  
「そんな・・そんなはずはありません。」  
「どうやらナウシカは私が言っても信ぜぬようだ。  
そなたが直接説得してみてはどうだ。」  
「しかし・・。」  
「そなたにはそなたなりのやり方が在ろう。」  
「・・ハイ、殿下・・。」  
 
部屋の入り口で固く拳を握り締め、燃える瞳でクシャナを睨み付けるナウシカに  
褐色がかった肌に美しい黒い髪を持つ女がゆっくりと近付いてゆく。  
今にも怒りを爆発させんと身を固くするナウシカにつっと近付くと  
まるで舞を踊っているかのように軽やかに、それでいて素早い動きでナウシカの身体を抱き締める。  
「なっ・・」  
叫びかけた口を優しく塞ぐと考える間を与えずに壁際に詰まれたクッションの上へとナウシカを連れ行く。  
「やめ・・」  
女は身を起こそうとする刹那を捉えると片手でその動きをいなす様に逸らし  
ナウシカの身体は再びクッションへと深く埋まってしまう。  
そしてその上へ覆い被さり腕と豊かな胸でナウシカの頭を優しく包み込む。  
 
指や掌だけでなく、腕や太股、胸、頬・・・  
身体中のありとあらゆる部位を使って施される女の的確で、  
奔放な愛撫に昂ぶらされるナウシカの耳にクシャナの声が響く。  
その声はいつもの覇気と威厳に満ちアフレたものではなく  
どこか哀しげな、そしてそれを自嘲するかのような、誰に語るでもなく  
ただ胸の内に浮かぶ言葉を押し出している、そんな感じの声だった。  
 
「そなたは女であることを疎ましく感じたことはないか。  
何をするにつけても女であると言うだけで拒み、阻まれ、その度に闘わねばならぬ。  
だがそれに勝利したところで何が得られよう。  
好奇、蔑視、あるいは自らの欲望の発露の対象。  
成功すればやっかみ、妬み、それも男共だけではない。  
むしろ女の方が余計なことをしてくれるなと言わんばかりに陰湿な態度に出る。  
だが私は多くのものと闘い、血を流し、ここに立つ場所を勝ち取ったのだ。  
多くの忠実な部下を得る為に闘い、さらに多くの敵を打ち倒す為にその部下達の血を流し喪い、  
それでも飽かずに闘い続け、彼等を救い出す為にまた同胞の血を流すのだ。  
 
・・・だが憎悪の炎をたぎらせ続け勝利を勝ち取り、多くの部下を喪失った夜にふと思うことが有る。  
自分はいつまで闘い続けるのか、そしてそれは実は無益なことではないのか、とな。  
私の憎悪に私以外の多くの者を巻き込み、彼等の地を流すことに一体どんな意味があろう。  
女であるということは私に何ものをももたらさなかった。  
 
だがな、もうすぐそなたにも訪れる。  
私が女として生まれて得られた唯一の歓びの瞬間が。  
今の私にはその瞬間だけが、何時果てるとも知れぬ闘いのことも忘れ、  
数多くの我が忠実な部下達の生命の重圧からも逃れられる  
女として生まれて得られた唯一の歓喜の瞬間なのだ・・。」  
 
女の手によって翻弄され昂ぶらされ果てしないような高みへと昇り詰めながら  
ナウシカには血に染まった甲冑の下に隠されたクシャナの本当の姿を垣間見たように感じられた。  
そして朧げな意識の中で思った。  
彼女の原風景はどんなに冷たいものだったのだろうか、  
そしてクシャナの目に映った光景は、世界は一体どんな物だったのだろうかと・・。  
 
「マラテア、服を脱げ。」  
「えっ・・・殿下、それは・・・」  
昇り詰め、全身を朱に染め、焦点の定まらない目で荒い息をつくナウシカの紅潮した頬を撫でていた女は  
クシャナの突然の言葉に狼狽え、ちらっとナウシカの顔を見やる。  
「何を躊躇することがある、脱げ。これは命令だ。  
ナウシカ、しかと見ておけ。」  
女は少し強張った表情で服の裾に手を伸ばすと思い切り良く捲り上げ脱ぎ去った。  
その下には何も着けず、仄暗い部屋の中に褐色がかった肌が美しく輝く。  
(・・・えっ?!・・・この人・・・)  
ナウシカの目がハッと見開かれ視線が吸い寄せられる。  
腹部に存在する、あってはならぬ、もの。  
一瞬の凝視の後に視線を上に向ける。  
だが、胸の膨らみを越えたさらに上、固く食い縛られた口元が目に入ると  
彼女と目を合わせるのを避けるかのように視線を伏せてしまう。  
 
「しかと見てやらぬか、ナウシカ。  
この者とて好き好んでこのような身体に生まれた訳ではないのだぞ。  
そして、このような身体に生まれついたというだけで母親の温もりも知らず捨てられたのだ。  
この身体では嫁にも行けず、人に知れたらと思うと外にも出られぬ。  
そんな女をまともな人間が拾うと思うか。  
そなたも味わったであろう、この女はな、生まれ素性の所為だけで幼い頃から男女の肉欲に尽くす、  
ただそれをのみ教え込まれ、人々から虐げられ、生きてきたのだ。  
土鬼の許へ行こうにも僧会の人間に見つかれば裁判に掛けられて死刑にされるのが落ちだ。  
それをうまく逃れたとて帰る場所はどこにも無いのだ。」  
「・・・もう・・・止めて・・・もう・・・」  
膝を抱き背を丸め震わせるナウシカの両肩にそっと手が置かれる。  
「・・・いつもの事・・最初は皆様そうです・・  
・・慣れていますから気になさらないで。」  
ハッと顔を上げた面前にはどこか寂し気な、翳のある微笑みを浮かべる女の顔があった。  
「ごめんなさ、わたし・・・いきなりで・・ごめんなさい・・そんなつもりじゃ・・。」  
伏せた顔を掌で押さえるナウシカに覆い被さるようにすると女は耳許で囁く。  
「ありがとう、私のような人間の為に泣いてくれたのはあなたで2人目です。」  
「・・・2人目?」  
「・・殿下はお優しい方です。  
殿下にお仕えする前、私は土鬼軍に捕らえられ『尋問の為』として彼等の慰み者になっていました。  
日夜を分かたず嬲られ、犯され、嘲られていました。  
でもそれは彼等に捕まる前も同じ事、ただの日常の繰り返しでした・・・。  
トルメキアの軍隊の攻撃に彼等が何もかも置き捨て逃げ去った後も同じ事の繰り返しだと思ったのです。  
けれども殿下は・・・。」  
 
「もうよい、黙れ。」  
静寂を破るようにクシャナの声が響く。  
「これ以上我が恥辱を晒け出すつもりか。」  
「けれども殿下、殿下は私を、汚辱にまみれたこの忌まわしい身体を兵士の慰み者になさろうとはされませんでした。  
殿方に仕える為、ただそれだけの為に育てられ、子を宿す事すら出来ぬ私をただ優しく抱き締められ  
慰み者への睦言ではなく・・人として、同じ女として胸の内を明かして下されました。  
それを恥辱と仰るならば・・私の・・私は・・・。」  
弾かれたように立ち上がり、甲高く叫ぶように訴えていた女の声は  
途中から喉の奥から絞り出すようにして途切れ、両目から溢れる涙を拭おうともせず呆然と立ち尽くす。  
呆気に取られたように見ていたクシャナはそっと目を臥せると立ち上がり、  
女に近付くと手にした毛布を女の両肩に掛けるとそのまま強く抱き締める。  
「・・すまぬ、私を許してくれ、マラテア。  
私にとってもそなたは、そなたの温もりは失い難いのだ。  
そなたに出会って初めて私は安らぎと言うものを手に入れたのかも知れぬ・・。」  
「・・・殿下・・。」  
 
(人はそれぞれの過去を背負い、縛られて生きているのかもしれない。  
そして何人もの人の過去が絡み合い、大きな・・・何かを形作るのだろうか・・。  
私は多くのことを知らなければならない、もっと、もっと多くの事をそれぞれの立場から。  
同じ景色も場所が違えば大きく形を変えるように、季節の移り変わりにしたがって実るものが違うように。  
そして・・・そうすれば人間たちの残された僅かな大地で生き残る術が見つけられるかもしれない・・・。  
・・・哀しみに心を囚われずに前へ進まなければ・・・。)  
 
「そう言えば何か用があると言っていたな、ナウシカ?」  
「ええ、気がかりな事があったのだけど・・それも無くなりました。  
わたし、ここを離れて調べなくてはいけない事があるの・・。」  
「そう、か。それも良いだろう。  
私もこの忌まわしいサパタの地を脱するためにせねばならん事がある。  
そなたが居なくなれば寂しがる者がさぞや多いだろうな。」  
「マラテア、わたし・・。」  
「あなたに会えて良かった・・。ナウシカ、元気で・・。」  
「マラテア、あなたも・・。」  
 
「行った、か・・。私にもせねばならぬ事がある。  
生きてこの地より脱せねばならぬ・・・もちろん、そなたと共に。」  
「・・殿下。」  
「私が発った後の事は全てセネイに任せてある。  
セネイならばそなたに不愉快な思いをさせる事もあるまい。」  
「御武運を・・。」  
「私は必ず生きて戻ってくる。  
私の為に死んでいった多くの部下達の為に、そして○○、そなたと再び見える為に。」  
「お待ちしております、いつまでも・・。」  
 
 
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「すまぬ・・・あまりに戻るのが遅すぎた」  
 

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