登場人物
高町なのは:海鳴市に住む小学3年生の少女。元気で素直、汚しがいのある女の子です。
ひょんなことから魔法のデバイス「レイジングハート」を手に入れ
街に散らばったジュエルシードを回収すべく、日夜駆け回ります。
母親譲りのブラウンの髪を両後ろ頭でぴょこんと束にしたミニツインテールがトレードマーク。
レイジングハート:なのはの持つインテリジェント・デバイス(魔法の杖)。自ら意志を持っており、会話もできる。
危ないときは自動的に魔法を発動してくれる優れもの。
フェイト・テスタロッサ:ジュエルシード回収を巡って、かつてはなのはと対決。
今は良き友人として平和(?)に暮らしていたのだが・・・
無口で優しい女の子で、長いブロンドヘアーを左右で束ねている。
バルディシュ:フェイトの持つインテリジェント・デバイス。死に神の大鎌のような形状で
レイジングハートと同様、自らの意志を持ちフェイトを護る。
アリサ・バニングス:金髪で勝ち気な女の子。なのはの親友の一人。外見的にフェイトに似ている気が・・・
鮫島:アリサに仕える老執事。
そこは、何かの『巣』だった。
いたるところから垂れ下がる粘質の糸。
臓腑のように脈打つ肉色の壁。
高町なのははその生きた壁の真ん中で、オブジェか何かのように磔けられていた。
カリカリ・・・・
キー コリコリコリ・・・・
・・・クチャクチャクチャクチャ
ゴソゴソ・・カリカリカリ・・・・・・・・キー、キー
音がする。
何か、硬いものをかじる音。
柔らかなものを噛みちぎり、咀嚼する音。
鳴き声。
その何がしかの嫌な音に、沈んでいた少女の意識が浮上する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・
カリカリ、コリコリコリ・・・・
ガリッ・・・クチャクチャ
キー
クチャクチャクチャ・・キー キー
「―――――っ!! ダメ〜〜〜〜〜っ! お願いだから、食べないで――!!」
突然の大きな声に驚き、十数匹のネズミが逃げて行く。
蜘蛛の子を散らすように群れがいなくなり、後には食べさしの肉塊だけが残される。
それは人間の死体。
あちらこちらの肉を食べられ、骨をかじられ目玉を抉られた、なのはの友人のなれの果てであった。
「・・・・ぅぅ・・・・ぅっ・・・・うっく・・・・・えぐ・・・」
自分が守ることのできなかった、大切な大切な友達。
いくら死んでしまったとはいえ、その骸が目の前で腐り落ち小動物や蛆がたかる光景は見ていて辛いものがある。
食べられ、腐蝕が進みどんどん小さくなり行く物言わぬ少女の亡骸。
そんなものを目の前で見せつけられていると、気がおかしくなりそうだった。
でも見ていることしかできない。
ただ涙を流すことしかできない。
なぜなら手も足も肉の壁に取り込まれてしまい、彫像のように身動きが取れないから。
悲しくて悔しくて、頬を伝う滴を拭うことさえもできなくて。
しばらくすると、またネズミやゴキブリなんかが死体へと集まりだす。
その度に大声で叫び、追い散らした。
今のなのはには、それぐらいしかできないから。
見ていることと、叫ぶことと、涙を流すこと。
それだけ。
そしてあともう一つ・・・
「・・・・・・ぃぎっ!?」
少女の腹の中で、何かが動いた。
ソレは少女の子宮を内側から小突き、早く外に出たい出たいと暴れる回る。
「ひぎぃっ!! うあ゙・・っ! あ゙あ゙あ゙〜〜〜〜〜っ!」
脈打つ肉の壁に貼り付けられた少女は苦しみに喘ぎ、唯一自由になる頭を激しく左右に振りたくる。
重ねて言うが、今なのはに出来ることはたったの4つだけ。
見ていること、叫ぶこと、涙を流すこと。
そして、バケモノの子供を産むことだった。
ボロボロに破かれ、異様な膨らみを見せるバリアジャケットの腹部。
この中で、何かが暴れている。
痛くて、苦しくて、怖くて、何が起きているのかわからなくて。
死にたい・・・・
いっそのこと死んでしまえば楽になれるのだろうか。
そうすれば、またみんなに会えるのかもしれない。
緑屋で忙しそうに立ち働く父と母。
剣術の稽古に励む兄と姉。
教室では、すずかやアリサたちとたわいのない話で笑い合う。
そんな日常という名の、ごくあたりまえの日々。
あたりまえ、だった日々。
でももう二度と、退屈で平凡な日々は戻ってこなくて。
そんなに前のことでもなかったはずなのに、なんだか無性に懐かしく思えて。
少女は幸せだった日々の終わりを思い出す。
魔法少女リリカルなのはSS『リリカルマジカル なのは敗北』 前編
200×年某月某日 神奈川県 海鳴市(モデルは横浜の鳴海埠頭周辺です)
小学校からの帰り道。
「Stand by Ready -Set up Barrier Jacket」
レイジングハートが自動的に発動し、少女の制服がバリアジャケットに換装される。
「な・・・!? なに? なんなの・・?」
制服とあまり大差のない服なので、そのまま着て帰っても違和感はないのだろうが
意図せずいきなりのことだったので、思わず戸惑ってしまう。
そして突然の変身に驚いているところへ、再び魔法が発動された。
「Protection」
半円形の結界に包まれる。
直後。
カッ!!
――――――――――ズズズゥゥゥゥゥン!!!
空で何かが光り、追い討ちをかけるように振動が起こった。
遥か上空で炸裂した大きな光は、大地を射抜く無数のつぶてとなって降り注ぎ
人を、車を、建物を刺し貫いた。
巻き起こる悲鳴と怒号。
何かが崩れる音。
その後も光の雨と直下型の地震のような振動は断続的に起こり、なのはは衝撃波の煽りをくらって気を失ってしまった。
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
全てを破壊する光のシャワーと地響きが収まった頃、少女はようやく目を覚ます。
小さな身体を起こし、辺りを見回した。
そこは見知らぬ場所だった。
見渡す限りの瓦礫の山。
煙と炎が立ちこめ、なのはの頭上を黒々と覆っていた。
何が起きたのか頭を振って思い出そうとする。
(お稽古ごとがあるって言ってたすずかちゃんとアリサちゃんと校門で別れた後・・・)
いつもの通い慣れた道を歩き、今日のおやつは何だろうかと考えている最中にレイジングハートが起動して・・・
記憶はそこで途切れていた。
気が付くと、今いる変な場所に一人で投げ出されていたのだ。
(ここ、どこだろう・・・・・・・・・・・っ!!)
キョロキョロと見渡していると、見覚えのある看板が地面に落ちていた。
それはいつも、通学路の途中で見かけるものだ。
よく見ると、他にも見覚えのあるものが、形は変わっているものの
そこかしこに落ちていたり、地面に突き刺さったり埋まったりしていた。
ここでようやく、なのはは自分が今いる場所はいつもの通学路なのだということに思い至る。
よく見ると、マネキンも転がっていた。
それもいっぱい。
辺りには色とりどりのズタ袋に身を包んだ人型のものが転がっていて
真っ黒に炭化していたり、どこかの部位が欠落しているものが多かった。
人型のそれから垂れ流される紅い汁。
なのはのすぐそばにもズボンを履いたマネキンの下半身だけが転がっていて
側で散らかっているそれらが、ついぞ今しがたまで人間だったものだと気づくのに、そう時間は掛からなかった。
「ぁ・・・・・ぁ・・・・・」
わけがわからなかった。
わけがわからないうちに、震えが来た。
2歩、3歩後ずさる。
「・・・・・ヒ・・・・ぃ・・・・・っ」
声が出ない。
恐怖が頂点へと達し、それに身体を突き動かされて、なのははその場を逃げ出した。
走る。
ひたすら走る。
どこへ向かっているのか自分でもわからない。
走っている間に、グチャグチャになった頭で考える。
(ここから一番近いのは碧屋、 そこまで行けば・・・)
炎の赤で照らされる、かつては街だった場所を駆け抜ける。
いくつもの角を曲がり大通りを越え、光が消えて沈黙した信号を見ながら横断歩道を横切る。
街にはたくさんのマネキンがそこら中に転がっていて
それが怖くて、心細くて、息が切れても走った。
(あの角を曲がれば・・・・・・!)
なのはのよく知っている場所。
父と母が働く大切なお店。
しかし、その目的地であるケーキ屋である『碧屋』は炎に包まれていた。
そして偶然か必然か、なのはが到着するのを待っていたかのように目の前で焼け崩れていった。
火の粉が爆ぜ、炎を纏った建材が転がる。
立ちつくした。
立ちつくすことしか出来なかった。
―――――これは夢。
きっと夢だ。
火事の夢は縁起がいいと母から聞いたことがある。
夢だと思いたかった。
だけど燃えさかる炎が、チリチリと肌を焦げ付かせるような熱気が
目の前に広がる光景は現実のものなのだと、9歳の少女に教えてくれた。
駆けだした。
碧屋には今、きっと誰もいなかったんだ。
ひょっとすると、臨時でお休みしていたのかもしれない。
だとすると、みんな家にいる。
なのはは高町家へ向けて走った。
街がこんなことになってしまって、きっとみんな心配しているだろう。
帰ったらお父さんとお母さんに力一杯抱きついて、思いっきり泣こう。
もの凄く怖かったのだから。
いっぱいいっぱい甘えよう。
お兄ちゃんとお姉ちゃんにもギュッてしてもらおう。
よく帰ってきたなって、よく無事だったなって、頭を撫でてもらおう。
お兄ちゃんの撫で方は少し乱暴なので髪の毛がクシャクシャになるかもしれないけれど、今は気にしない。
みんなの無事を確かめたら、この後どうするかを考えよう。
そうだ、アリサちゃんとすずかちゃんは?
二人とも無事なのかな・・・・
ううん、きっと無事だよ。
逆にこっちが心配されてるかもしれない。
そんなことを考えながら、ひたすら走る。
碧屋から家まではそう離れてはいない。
歩いても遠くはなく、走るのならばすぐに着く。
昔遊んだ小さな川。
掛かる橋。
それを渡って・・・・・・・
渡ったところから、何もなかった。
家屋や電柱どころか、アスファルトすらなかった。
ただえぐれた地面が彼方まで広がっていて、それを見たなのはは
前にテレビで見たアリゾナだかどこだったかの大きなクレーターを思い出す。
「ぁ・・・・・ぁぁ・・・」
ヘナヘナとその場にへたり込んだ。
全てが失われたショックのあまり、呆然とクレーターを見つめることしかできなかった。
―――――――――――――――
しばらくの間その場でへたり込んでいたが、だんだんと炎が押し寄せてきて
追い立てられるかのようにして歩き出した。
宛はない。
どこに行けばいいのか、何をすればいいのかわからなかった。
そうして歩いているうちに、声がすることに気がついた。
声に惹かれるようにその場所へ向けてフラフラと歩き出す。
するとどこかで見たような車が横転して炎上しているすぐそばで、どこかで見たような女の子が泣いていた。
声にも聞き覚えがある。
「・・・・・・・・・アリサちゃん!!」
驚きと、こんな場所にいきなり一人で放り出された心細さ。
そんな境遇で知人に出会えた嬉しさに、大声を上げて駆け寄った。
「しっかりしてっ! 鮫島ぁっ!!」
そこには炎に包まれるリムジンの傍らで、グッタリ横たわる老執事を懸命に揺るアリサの姿。
「・・・・!? ・・・・ぅぅ〜〜・・なのはぁ」
なのはの呼びかけに気づき、顔を上げる。
親友の姿を認めると、アリサは涙でクシャクシャになった顔をさらに歪ませた。
「・・・・・・ぅ・・・・・・ぅぅ・・・っ」
膝の上の鮫島から苦しそうな声が漏れる。
「鮫島っ!? ちょっと、しっかりしなさいよっ、ねぇってばぁ・・・・っ」
涙と煤でボロボロの顔をさらに歪めながら必死に呼びかける。
その切なる思いが通じたのか、小さな身体に抱えられた老執事がゆっくりと目を開ける。
「・・・ぉ・・じょ・・・さま、ご無事で・・・・により・・・・です」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
アリサと同じく煤だらけの泥だらけで。
身体がうまく動かせないのか、顔だけを護るべき少女へと動かし安否を確かめる。
汚れてはいるが、アリサは無事なようだった。
「鮫島!! ・・・・・・よかった・・・・・・でも、どうして・・・」
少女に抱き起こされた身体には、無数のガラスと何かの破片。
そして一番深いキズを与えていたのは、見るも恐ろしい切っ先を持つ2本の鉄パイプ。
それが背中に深々と刺さっていた。
横転した車から脱出し、至近距離で何かが爆発した際に負ったケガだった。
とっさに彼女を抱きしめて庇わなければ、鉄パイプが刺さっていたのはアリサの方だったのかもしれない。
考えるヒマなんてなかった。
ただ危ないと思った瞬間、鮫島の身体は勝手に動いていて
幼少の頃から大切に世話をしてきたこの少女の盾となっていたのだった。
おかげで彼女自身はかすり傷程度ですんだのだが・・・
「お怪我は・・・・・さそぅ・・ですね・・・・・・・・よ・・った・・・」
ヒューヒューと喉から漏れ出る空気の音が苦しそうだった。
「申し・・け・・・・ありません。 すずか・・ぉ嬢さま・・・は・・・・・・」
炎上する車から救えなかったもう一人の少女のことを詫びる。
彼女はねじくれ曲がった車体の隙間に挟まれ、鉄の檻と化したリムジンの中で炎にあぶられ息絶えた。
「救急車っ・・・救急車いま、呼ぶからっ」
ポケットから携帯を取り出し震える手でボタンを押そうとするが、なかなか上手く行かない。
「119」
たった3つのボタンのはずなのに、指の位置が定まらなくて。
ようやく番号を押し終え、耳に携帯を痛い程押し当てた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コール音が続く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ひたすら続く。
1コールはものの2秒であるはずなのに、それがとても長く思えて。
幾度と無く鳴り続けるコールが無限に続くような錯覚にとらわれはじめた頃、ようやく繋がった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・ッ
出た。
「もしもしっ!! あ、・・あの・・・・・・・・ぁ」
出た、と思ったら話し中だった。
現在この海鳴市は混乱のただ中にあり、電話なんて繋がるわけがなかった。
皆が皆、情報を求め助けを求め、電話を掛ける。
結果、許容量を超えてしまって中継局はパンク。
まるでコミケが開催されているときのビッグサイト周辺のように、一向に繋がらなかった。
なんで繋がらないのよ!! と悲鳴を上げながら携帯電話と格闘する少女の頬に、皺がれた手が添えられた。
「鮫島・・・? まっててね、すぐに・・・」
だが、パニックに陥り早口でまくし立てるアリサに向かって、鮫島はゆっくりと首を振る。
いつもの優しい老執事の目が、まっすぐに少女を見つめていた。
嗄れた声で言葉が紡がれる。
自分はもう助からない、だから早くここから離れたほうが良い、と。
炎がはぜ割れ建物が崩れる喧騒の中、聞き取れるか聞き取れないかぐらいの小さな声でそう言った。
「な・・・・! なに言ってんのよっ、そんなことできるわけないでしょ!?」
涙を飛び散らせ、唇を噛み締める。
「鮫島は・・・・・・あたしにとって、もう一人のパパなんだからっ! 絶対に助けるんだからぁっっ!!!」
燃え盛る炎の赤に照らされて、目尻の端から光の滴が流れ落ちた。
それを聞いた老執事は驚き、やがて嬉しそうな表情を浮かべて言葉を紡ぐ。
「嬉しゅうございます・・・」
鮫島の口から漏れたその言葉は、炎の爆ぜ割れる音のただ中にあっても、何故だかハッキリと聞き取ることができた。
そして老執事は笑顔のままゆっくりと、ゆっくりと目を閉じた。
安らかな顔だった。
それはアリサが大好きな、いつもの笑顔。
まるで、ただ眠っているだけのように見えて。
だけどもう二度と目覚めることはなくて。
鮫島は、長い間仕えてきた老執事は、アリサの大好きな笑顔のままで静かに息を引き取った。
「・・・・・・・・鮫島・・・?」
呼びかける。
しかし産まれてこの方ずっと側にいて、いついかなる時も味方で、どんな我が侭も必ず聞いてくれて。
夜中に訪ねても嫌な顔一つせずに起きてくれたのに、今はもう少女の呼びかけに応えてはくれなくて。
なおもアリサは呼び続けるが、その目が開くことはもう二度となかった。
目の前で泣き崩れる親友。
どうすることも出来なくて。
掛ける言葉さえも見つからなくて、ただ立ちつくす。
なのはは号泣するアリサを見つめ続けることしかできなかった。
「・・・・・ぅ・・・ぅぅ・・・・・・・ぅっく・・・・・っ」
血だらけの鮫島の胸に顔を埋め、アリサは嗚咽を漏らす。
かつて泣きじゃくる自分が母親にそうしてもらったように
背中でもさすろうかとアリサの側にしゃがみ込むと、いきなりしがみつかれた。
アリサは親友に膝に縋り付き、恥も外聞もなく大声で泣いた。
そんな彼女の頭を、なのはは優しく撫でる。
涙は後から後から溢れてきて。
バリアジャケットの膝の部分が、少しばかり冷たかった。
どのぐらいの間そうしていただろうか。
アリサはようやく落ち着きを取り戻した。
これからどうしようかと考え始めた矢先、それは起こった。
突如なのはの目の前が光り・・・・
ゴウンッ!!
衝撃に襲われ、たまらず後ろに吹き飛ばされた。
アリサと一緒にゴロゴロと地面を転がり、痛む全身に顔を顰めながら上半身を起こす。
なのはの身体はバリアジャケットが護ってくれた。
しかし、彼女の代わりに光弾に直撃されたアリサは・・・
「ぁ・・・・・・」
少女の体を抱きしめると、ヌルリとした嫌な感触。
下半身がなかった。
胴の辺りから綺麗サッパリなくなっていて、少し離れたところに片足が落ちているのが見えた。
なのはが身じろきをすると、抱きしめた少女の服の下から内蔵がてろでろと地面に流れ出る。
「・・・・ぁ・・・・・・ぅわ・・・ぁあっ!」
アリサの口が、何事かをつぶやくように動いた。
光が失われつつある瞳で、空へと登り行く灰色の煙を見つめながら僅かに微笑む。
もしかすると、彼女には先に逝ったすずかや鮫島の姿が見えたのかもしれない。
どこか安心したような表情のまま、瞳に宿る光は失われて行き、やがてはそのまま動かなくなった。
なのはは自分の腕の中で色褪せて行く命をどこか他人事のように見つめていた。
碧屋が燃えていて、実家は跡形もなく消し飛んでいて、二人の親友がいなくなって・・・
色々なことがありすぎて、どこか感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。
半分になってしまった親友の躯をそっと横に置き、なのはは光弾の飛び来た方向を見る。
少し離れた場所に、そいつはいた。
全身を覆う真っ黒な毛。
体格は人間よりも2回り程は大きいだろうか。
四つ足動物のそいつはジッとなのはを見つめていた。
――――――――あなたか、やったの・・・?
なのはは殺意を込めた目で問うた。
すると、それに応えるかのように黒い獣の口が開き、中から光が溢れ始める。
光弾。
今しがたなのはを吹き飛ばし、その親友を無残な姿で葬り去ったものだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・レイジングハート」
低く、抑揚のない声で魔法のデバイスの名を呼ぶ。
すると足元に光の魔方陣が生まれ、それは主の呼びかけに応じ、馳せ参じた。
『All right. My master.』
そして同時に。
『Round Shield.』
レイジングハートが呪文を唱えると円形状の光の盾が現れ、獣から放たれた光弾を弾く。
『Evasion. Flier fin.』
続いてなのはの靴に羽が生え、飛来した二発目の光弾を避けると共に
黒煙の立ちこめる空へと舞い上がった。
次々と地上から放たれる光の弾。
なのははその全てを避けようともせずに、真正面から魔法の盾ではじき返す。
―――弱い。
相手の攻撃はワンパターンで、バカの一つ覚えのように光弾を放つのみ。
こんなやつに、みんなが・・・
そう思うと、なんだか無性に悲しくて、悔しくて。
『Starlight Breaker――Stand by.』
杖の形が変化する。
(今、終わらせるから)
「スターライト・・」
目を閉じ、心の中で皆の冥福を祈りながら、力ある言葉を発する。
「ブレーカー!!」
レイジングハートの先端部に収束された魔力が目標へと放たれる。
ジュワッ!!
一瞬だった。
巨大な光の帯が目標へと一直線に伸び、それに触れた黒い獣は塵へと還る。
体毛の一本すらも残りはしなかった。
後には数十メートルに渡って伸びるえぐれた地面。
放たれた熱線の温度の高さと穿たれた穴の深さが、なのはの怒りを現していた。
やがて、ゆっくりと降下を始める。
なのはが大地に降り立ったときには、まだ高熱で融かされた地面から熱気が立ち登っていて
遮蔽物の少なくなった地平を駆け抜ける風が徐々に冷ましてゆく。
吹き抜ける風は怒りに熱くなっていた少女の心も冷まして行き、後には虚しさだけが残される。
終わったのだ。
何もかも。
戦いも、幸せだった日々も。
これから自分はどうすればいいのだろうか。
佇み、瓦礫の山と化した街を眺める。
住む場所も家族も失いどうすればいいのか、何をすればいいのか見当さえも付かない。
なのははまだ小学3年生。
親の庇護なしに生きて行くことは難しい。
しかしなのはが途方に暮れていると、またもやレイジングハートが魔法を発動させる。
『Wide area Protection.』
半円形の魔法のバリアが広範囲に渡って張られる。
直後。
キュドッ、キュドドドドゴゥンッッ!!!
四方八方から無数の光弾が飛来し、なのはへと襲いかかった。
ついぞ今し方倒した黒い獣と同じような生き物が11匹。
倒壊した建物の影や瓦礫の山から身を乗り出すようにして光の弾を放ってきた。
20発以上も打ち込まれ、爆発時の煙が少女の姿を覆い隠す。
こんな生き物でも知性はあるのか、目標の状態を確認するために一時攻撃の手を止めた。
だが、その一瞬の隙が彼らの命取りに繋がる。
立ちこめる煙の中から8発の光球が躍り出て、一つ一つが別々の相手へと向かって飛んだ。
ゴッ!! ズゴゥ! ゴウンッッ!
油断していたのか、4匹がまともに喰らって命を落とし2匹が手追いとなる。
残りの5匹は無傷。
集中砲火を浴びせた相手からの思わぬ反撃に獣たちは警戒し、煙が晴れて目標の姿を確認したと同時に次弾を放とうと
口の中で光の弾を作り出す。
風が吹き、煙が流される。
ようやく視界が晴れたとき、しかしそこには誰もいなかった。
――――!?
獣たちが慌てて辺りを見渡すが、もう遅い。
少女の姿は空の上にあり、その周囲には30発近い光の球。
(まだ、いたんだ・・・・・・みんなの仇、取らなくちゃ!)
奥歯をギリリと噛みしめ、魔法のデバイスを握り直す。
眼下の敵は残り7匹。
それぞれに狙いを定める。
「シュ――トッ!!」
言葉を合図に周囲に浮かぶ光球が、黒い獣へと一斉に降り注いだ。
逃げるもの、迎え撃つもの。
各々なんらかの行動をとるが、数が違いすぎる。
口から吐いた光弾で1発は相殺できても、連続して撃てないため2発目3発目は防げない。
逃げても1発が退路を制限し、他の光の球が襲いかかる。
残っていた黒い獣もあっという間に掃討されてしまう。
これが今の彼女の実力。
レイジングハートを使い始めた頃はまだまだ素人同然だったけれど
フェイトとのジュエルシード争奪を経て、もはや完全に魔法の力を使いこなしていた。
『Area Search.』
範囲内の魔力を放つものの探索。
ひょっとすると、まだいるかもしれない。
そう思ったなのはは探査魔法で敵の位置を探り始める。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・いた。
すると、出るわ出るわ。
70以上もの魔力反応。
しかもこちらへと向かっていた。
『Divine Buster――Stand by.』
―――――今度こそ。
60程の光球を周りの空間へと出現させる。
父と母、兄と姉、アリサやすずか、そしてこの街に住まう多くの人たち。
彼らの仇を全て討ち取るべく、なのはは魔法を解き放った。
つづく