診療所兼私塾兼居宅のある瓦町は、川沿いを近道として歩けばもう少し、というところであった。  
春先の陽が川面に反射して、人気のない川端の道の周りに光を振りまいている。  
遊学から帰ってきてから、医所の開業、開塾とに奔走していたが、この頃は、やっと落ち着いてきたところだった。  
洪庵は立ち止まり、気持ちのよい夕空を仰ぎ見た。  
その時である。  
 
後ろから数人の走り寄ってくる足音と、男たちの怒号が聞こえてきた。  
一人の侍が脇をすり抜けて、前のめりに倒れ込んだ。  
洪庵は驚きながらも、瞬時に侍が手傷を負っているのを見て取った。  
すぐさま駆け寄り、その体を抱き起こした。  
「!」  
洪庵の腕の中で仰向けにされた顔は、血の気の失せ蒼白となった、左近であった。  
「左近どの? 左近どの!」  
すぐに数人の足音が、背後でばたばたと音をたて止まった。  
 
「どけぇ! そいつを斬るから、そこから離れてろっ」  
はあはあと息を切らした浪人が、吠えるように洪庵に怒鳴ってくる。  
その激しい殺気を押し返すように、洪庵はその男を睨んだまま、動かずにいた。  
「どけといっているだろう!」  
「かまわん。こいつも一緒にやっちまおう」  
それを聞いて、ぐったりとしていたはずの左近が洪庵の腕から跳ね起きた。  
再び体制を整えると、相手を威嚇するように刀を上段につけた。  
左近は凄まじい殺気を放ち、見ている洪庵も総毛立つほどだ。  
 
止める間もなかった。  
洪庵もただちに柔のかまえをとり、左近と共に浪人どもに対峙した。  
かつて左近に言われたとおり、洪庵は今は帯刀していない。  
その丸腰の自分より、左近が危ないと思った。疲労が極限に達しているはずだ。  
左近の肩が上下しているのが離れた場所でもよくわかる。  
一太刀振るのが限界だろう、そう思った。  
 
一人の浪人が、声を上げながら飛び出してきた。  
左近は一人を袈裟に斬り、返す刀で迫ってきたもう一人を横に薙ぐ。  
その間に、脇から左近を突こうとした最後の浪人を、洪庵は柔の技をかけて組み伏せた。  
多少乱れた息を吐きながら顔をあげると、左近の視線にぶつかった。  
洪庵は、言葉の代わりに、泣きそうな顔で笑い返すのが精いっぱいだ。  
驚いたのか大きく目を見開いている左近が、がくりと膝をついた。  
「あき、ら?」  
と洪庵の名をつぶやいて、そのまま倒れ込んでしまった。  
 
***  
 
「先生、今から往診を頼む、ってこの坊が……」  
助手の声に顔をあげた。  
「なんや」  
診療を終え、洪庵が道具を片付けていると、診療所の戸口から十歳くらいの男の子が顔をのぞかせた。  
「人から頼まれたんです。緒方せんせを呼んできてほしい、て」  
     
「頼んだのは、坊の知らん人か?」  
「はい。知らん人やけど、きれいな女の人でした」  
「ハハハッ、きれいな女の人か。よっしゃ、今出るさかいに道案内頼むぞ、坊」  
手際よく片づけながら、同時に往診箱も整え終え、洪庵は男の子について診療所を出た。  
外はあの再会の日と同じく暖かだったが、曇天で、外気にかすかに雨のにおいがした。  
 
あの日左近が倒れた後、どこからか現れたうどん屋「赤穂屋」のおやじと、左近を近くの家に運び込んだ。  
斬られた浪人の始末や、在天別流一族への知らせも赤穂屋がつけてくれたようだ。  
洪庵はその夜は左近のそばにつききりとなって看ていたが、翌朝は診療があるため一度自宅へ戻った。  
左近の傷は深くはなく、縫合の必要もなかったが、左近自身が疲労しきっており、容体は芳しくなかった。  
回復するための十分な薬と金子は、赤穂屋のおやじに預けてきたが、二日目に左近の元に行ってみると、左近の姿は消えていた。  
すまなそうに赤穂屋が話した顛末は、在天の者が安全な場所に左近の身柄を運んで行ったのだ、と洪庵の推測どおりの話だった。  
 
洪庵と初めて会った当時、左近は娘ながら、影の存在としてこの大坂の商人世界を守っている身。  
併せて、在天別流の楽人として龍天王寺で舞を舞う表の顔があった。  
今もそれは、変わらないのだろう。  
――いまだ在天別流は、大坂の商人のために闘いに明け暮れているのだな……。  
そう思うと、やりきれない気持ちになってくる。  
――なぜ、左近どのが傷つけられなければならないのか。  
あの頃と同じ、苛立たしさが胸によみがえった。  
 
回復するまで、せめて意識を取り戻すまで看ていてやりたいと思った。  
再び左近と会えた喜びを素直に言葉にして伝えたかった。  
せめてもの救いは、左近と共に回復を見込んだ日数分の薬も消えていたことだった。  
左近がちゃんと薬を携えてくれていると思えば、気持もいくらか落ち着いた。  
 
「ここです。この家の人が病気だから、って」  
踵を返し走り出した男の子に、慌てて礼を言ったが、上の空だった。  
――こうらいや。  
呟くと、あの頃が鮮やかに目の前に浮かんでくるようだった。  
――場所は違うが、同じ屋号だ。  
胸が早鐘を打ち、戸がかりに掛けた手のひらが汗ばんでくる。  
――若狭どのも一緒か……?  
「医者の緒方だ。病人がおられると聞いて来たが……」  
戸を開け、訪ないを入れると奥から人が出てきた。  
「洪庵先生、ですね。ご足労でございました」  
「……さ、左近どの!」  
颯爽とした男装の左近は、八年前と変わらないと思われた。  
ただ、年相応の落ち着いた雰囲気が、娘ではなく、女であることを感じさせた。  
「ようこそおいでくださいました。さ、おあがりください」  
「もう起きても大丈夫なのか……?」  
「ええ。薬が無くなる頃にはちゃんと回復するとは、さすがは緒方先生」  
左近は、にっこりと笑って、奥の間へ、と洪庵を促した。  
      
*  
 
「こうして向かい合い座っていると、あの頃に戻ったような気がする」  
洪庵は、素直に言った。  
茶をすすめた左近はクスリと笑って、  
「そうして座っていると、あの頃の緒方どのとはどうしても思えんな」  
と屈託のない男の言葉で返した。  
「わたしは……まあ、歳もそれなりにとった。仕方あるまい」  
洪庵は拗ねたように、上目づかいに左近を見返した。  
左近はぷっと噴き出して、  
「そう、それだ。中身は変わっておらぬようだ……」  
そう言いながら、声を上げて笑った。  
「左近どのも、外見も中身も変わってはいないぞ」  
「……そうか。ほんとにそう思うか……?」  
「ああ、あの時のまま。歳はおれとそうは変わらないだろうに、左近どのはくたびれておらん」  
「なにも、緒方どのをくたびれたとは言っていない。その反対だ。見違えるほどにな……」  
急に左近は黙って、洪庵をじっと見つめた。  
 
あの時も、美しかったが、目の前の左近は地味ないでたちながら、色香さえ漂わせている。  
ざわっと肌が粟立つような気がして、慌てて本題に移った。  
「それはそうと、左近どの。顔色は良いようだが、傷の具合はどうなんだ?」  
「あ、ああ。塞がったようだ……」  
「右肩と左上腕だったな……」  
洪庵は着衣をずらさせて、傷口をあらためた。  
すっきりと伸びたうなじから続く肩の滑らかさに、めまいを覚える。  
「良いとは思うが……腕の筋のことを考えるともう少し養生してから徐々に、だな」  
数日前の浪人を斬ったことにはあえてふれなかった。  
それを話してしまうと、冷静ではいられなくなる気がしたからだ。  
「化膿していないし、体も回復したようだな。塗り薬と煎じ薬。それをもう少し続けてくれ」  
襟を元に戻してやると、どくん、と何かが洪庵の中で跳ねた気がした。  
 
いつの間にか雨が降りだしていた。  
春先の夕闇が部屋の中に忍んで来ている。  
「少し、冷えてきたな」  
これ以上ここに留まるべきでない気がした。  
体が健康を取り戻せば、それが別れの時。  
――これが今生の別れとなるかもしれない?  
胸の苦しさを覚え、洪庵は深く息を吸いゆっくりと吐き出した。  
そろそろ帰りの支度を、と荷物に手を伸ばした。  
「洪庵どの」  
「今夜はゆっくりと休むんだ。明日からはまた元の生活に戻るのだろう?」  
支度の手を止めて、左近の澄んだ大きな目を見つめた。  
「……ああ。まだまだこの街は我ら在天を必要としているようだからな」  
あの頃と変わらない、まっすぐな瞳。  
 
洪庵は「なぜ……」と呟き、やるせなく頭を振った。  
八年前のあの思いがよみがえってくる。  
再び左近に向き直ると、ぐい、とその体を引き寄せた。  
     
「なぜ、なんだ? なんで左近どのなんだ? 左近どのはなぜこんな……」  
「……言っただろう、この街を守りたいと」  
あの時と同じ思いが突き上げてき、言葉にならなず、呻いた。  
この街が好きだ、と言った左近。  
その左近のいる大坂が同じように好きになった。  
だから、戻ってきた。  
ふっ、と女の身で、勇ましく敵前に躍り出ていく姿がよみがえる。  
――それは、今までもこれからもずっと続くというのか?  
そう思うと左近の存在が一層、儚く愛おしく思えた。  
「章……」  
 
薄闇にくっきり浮かぶ、左近の顔の輪郭にそっと手を添わせた。  
左近は身じろぎもせず、まっすぐに洪庵を見つめ返している。  
洪庵も左近を見つめたまま、ゆっくり顔を近づけていった。  
聞こえているはずの雨音さえ、耳に届かなくなっていた。  
若狭のことや、診療所へ帰ることも頭から離れていった。  
 
唇にやわらかな感触が触れる。  
それがわずかに震えたように思えて、たまらず洪庵はやわらかな左近の唇を食んだ。  
左近も洪庵のするままに、目を閉じて応じた。  
 
襟を開いて、まっ白い肌に唇を添わせると、左近の体が震えた。  
そのまま首に唇を移しながら、帯を解いてしまうと、左近がしがみついてきた。  
「あ、ま……て、待っ……」  
それを押しとどめて、着物をはぐ。  
すっきりと締まった体のわりには、意外にも豊かな胸、女性らしい丸い腰だ。  
洪庵の肩に寄りかかるようにして座る左近の体が、うっすら色づいて艶めかしく揺れた。  
 
羞恥からか、左近から唇を合わせてきた。  
左近の唇を捉えて、味わうように食んでいると、左近からも遠慮がちに舌が伸びてくる。  
絡ませ合いながら、手で乳房を包み込むように揉みしだく。  
「ん……っう…ん」  
塞がった口から、鼻にかかった声が漏れた。  
舌が絡むのにあわせて、唾液の滴る音がすると、手の中にある乳房の先が起ちあがってきた。  
摘まんだ指で擦りあわせ、さらに硬く尖った蕾を口に含む。  
舌で転がし、時々弾いた。  
「あっ………んん……」  
離した唇を、左の肩へ滑らせていく。  
 
左肩のあたりには、くっきりと残る古い傷痕があった。  
傷は、かつて短筒で撃たれたものである。  
まだ手術の経験のない洪庵が、初めて人の体に刃を立てたものだ。  
鉛玉を除去した後は、師である中天遊が縫合をしているから、  
あの時にできる最善の手当だったといえる。  
 
しかし、傷痕はしっかりと残っていた。  
生なましい傷痕が、白い陶器のような肌に別の生き物のように張り付いて見える。  
「……お前が、私を救ってくれた……証だな」  
「すまん……おれの所為で、痕が……」  
        
「なにを…醜い傷なら、体中にある……気味…悪いだろう?」  
左近の声がか細く聞こえる。  
「……いいや」  
洪庵は指でその傷をそっと撫でた後、舌先でもゆっくり辿っていく。  
洪庵にとってその傷は、左近とともに駆け回った日々の証のような気がして、とても愛しく思えた。  
傷痕に何度も舌を這わせていると、洪庵の肩に回された左近の腕に力がこもった。  
 
洪庵の手は遠慮がちに乳房から脇を撫で、下腹部に滑っていった。  
閉じた内股の繁みに掌をあてがって、動きを止めた。  
「……いいか?」  
「や……ばか。聞かなくていいっ」  
怒ったような声とは裏腹に左近の眼は潤み、頬が上気して、掌が動き出すのを待っているようだ。  
「すまん……」  
慌てて洪庵がそう言うと、左近は自ら膝を立て、足をゆるめて洪庵の掌をいざなった。  
「あ…あきら……」  
そこはもうたっぷりと蜜を湛えて、洪庵を待ち構えていた。  
 
くちゅ、と湿った音がする。  
「こんなに……左近どの…」  
洪庵は左近を見つめながら、ゆっくり指を襞に沿って上下させた。  
「あっ」  
白い喉が仰け反る。  
次第に大胆になる動きとともに、淫猥な水音が大きくなった。  
左近の敏感な突起を探り出し、指で突く。  
「はっあん!」  
左近が弾むように体を震わせる。  
思わず洪庵は左近の唇に噛みつくように唇を重ねた。  
指の動きに合わせ、押し入れた舌を左近の口内で蠢かせる。  
硬くなった花芽に蜜をぬりつけ撫でまわし、押しつぶすように転がすと、左近は高い声を上げた。  
息を弾ませながら、やめろ、と切れ切れに叫ぶが、もっと、というように腰をすりつけて  
くる。  
 
洪庵は中指と人差指を蜜のあふれ出す襞の中心へもぐらせていった。  
「っあ……ふ………」  
あたたかな肉壁は柔らかく蠢き、もっと深くへと引き込もうとする。  
軽くえぐるように指を動かすと、左近の体が跳ねた。  
「それ……やめ……ああっ………」  
「……やめない」  
ぬちぬちという粘性のある音が聞こえてくる。  
いやいやと左近が首を振るが、熱い体の中心が悦んでいるのがわかる。  
「や……おかしく…な……る……あぁっ」  
空いた手で、乳房を弄り始める。  
水音はぬちゃぬちゃと大きくなり、左近の喘ぎも大きくなった。  
手指の動きは止めずに、左近を覗き込んだ。  
眼尻に涙が溜まり、眉根を寄せた左近は、洪庵を見つめ返すのがやっとのようだ。  
     
やがて目をきつく閉じて、左近が頭を洪庵の肩に預けてきた。  
唇をかみしめ、押し寄せる快感に耐えているようだ。  
「やめるか……?」  
左近の耳にそっと囁く。  
「あっあっ……や…めるな……」  
「じゃあ、いいのか? このままもっと……」  
くっと指を曲げて、強めにこする。  
「はあっ」  
指の動きに合わせて左近がびくびくと震える。  
「やあ! あっああっ……あ…あき……ら、あきらぁっ」  
同時に親指で花芽を弾くと、左近の体は弓なりにしなり、足先が丸まった。  
「っあ――――――」  
 
額に汗を浮かせて、息を弾ませる左近を夜具に寝かせる。  
「左近どの………障りないか……?」  
左近を気遣いながらも、余裕ない自分に気付いた。  
若狭のことや、医者である自分、左近の体のことが頭をよぎっていく。  
ふっ、と笑いがこぼれた。  
――この期に及んで、躊躇もないだろうに。  
洪庵を唇を甘んじて受けとめた時から、左近も同じ想いに違いない――。  
そう思えたから、左近への思いを遂げようとしているのだ。  
「……左近どの、もう……」  
洪庵は体をずらし、左近の膝裏を持ち上げ左右に開かせた。  
洪庵をゆっくり見上げた左近が、うなずいたのがわかった。  
一度達した後の気だるい表情ながら、眼だけは情欲の色を帯びて、洪庵を昂ぶらせた。  
――たぶん、今夜限り……。  
次第に鈍くなる思考の端で、そんなことを思った。  
 
自分のものを左近の秘所にあてがうが、ひどくぬめって、滑ってしまう。  
そうしていると、左近の手が硬くなったものに伸びてきた。  
左近がそっと掴むと、洪庵の背をぞくぞくと何かが走っていく。  
恥ずかしいのか洪庵から眼をそらすが、しかし手の動きは止まらず、洪庵をいざなっていく。  
堪らず洪庵は、細く華奢な手指もろとも己を掴んだ。  
「あっ……あきら! は…あっ」  
ぐっと腰を進め、熱い蜜の中へ沈んでいく。  
悲鳴にも似た声をあげて、左近が背中を浮かせた。  
「さこ……ん……」  
視界に紅い蕾が二つ、高々と突き上げられるのが視界に入った。  
せまくきつい肉襞が何重にも洪庵を包み込む。  
 
押し戻されるような感覚の中に、さらに、ぐいっと沈める。  
そのまま深く突くと、柔らかく熱いものに当たった。  
「やあぁ! あ…あきらっ」   
洪庵の腕に左近の爪が食い込んだ。  
恐ろしいまでの快感に自分を見失いそうになる。  
左近の体を気遣いつつ、ゆっくりと腰を引く。  
浅い場所でしばらく馴染ませると、乳房に手を伸ばした。  
紅い蕾を指で弾くと、喘ぎ声が増し、その体が大きくしなる。  
すぐに左近の中がきゅっと締まった。  
洪庵のものがどくんと波打つ。  
おもわず左近を抱きしめて、ぐっと腰を進めた。  
 
「ああぁっ」  
ぐちゅっという音とともに蜜があふれだす。そのまま、緩慢な腰の動きで中をかき回した。  
「やっ、いや……んやぁ……」  
逃れようとする左近をさらにきつく腕の中に抱き、今度は夢中で打ちつけた。  
肌と肌がぶつかる乾いた音が、一定の調子で部屋に響いていく。  
抗うようにもがいていた左近は、いつの間にか洪庵の名を呼びながら、一緒に腰を揺らしていた。  
 
「さ……こん……どの……」  
「あきら……あはっ…は……あ…章、あきらぁ……」  
左近の腕が背中にまわされる。  
「もっと……つよ…く」  
最奥に突き込むと、熱く締め付ける柔肉の中に引き込まれた。  
「左近…っ」  
何も考えられなくなる中、泣き声のような女の声が耳に届く。  
――左近の声――。  
自分の名を呼んでいる、そう思った時、洪庵は弾けるように精を放っていた。  
 
***  
 
空が白んでくる頃、洪庵はそっと高麗屋を出た。  
雨はあがっており、晴天の一日を予感させた。  
 
歩きだしてまもなく、ふと天遊の言葉が頭に浮かんできた。  
――世の中を変えていくのは、人のおもいだけだ。  
それは左近の言葉と重なっている気がした。  
未だ左近の思いに追いつかないが、これから一歩一歩この街のために、自分のできることをしていこう。  
たとえ二度と会うことが叶わなくても、そう思うことで左近を感じられる気がする。  
この先も、この大坂の街で同じ空気を吸って、生きていく。  
それだけでもいいと思えた。  
左近が生きていてくれれば。  
 
陽の光がそこ此処を照らし始め、連なった屋根が茜色に染まっていく。  
川沿いに降りると、水面が朝の光を反射していて、洪庵は、目を細めて立ち止まった。  
 
終  
 

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