軽くて暖かい毛布を跳ね除け、オレはベッドの上で身を起こした。  
 きちんと毎日干してあり、シーツも清潔で快眠を保障してくれそうな寝具なのに、  
そこに身を横たえても変に目が醒めて仕方ない。普段オレが使っている煎餅布団と  
違うのも原因の一つだろう。オレは枕が替わると眠れない性質なのだ。  
 だがどちらも些細な理由に過ぎなかった。オレは部屋の中を見渡して思う。  
 持ち主の性格よろしくきっちり片付いた部屋、教科書やノートをコーナーに揃えた机。  
内装の趣味、枕元に置かれた縫い包みの数々、それから――  
 頭を掻こうとして、オレは自分の右手が使えない事を思い出した。自分の肩から  
腕へと視線を移して行き、やがて右手の先へと辿り着く。  
 少し骨張った俺の右手の中に、細くて柔らかい左手が収まっている。  
 これがオレが眠れない最大の理由だった。  
 
 別に好きでこうやって手を繋いでいた訳じゃない。  
 話せば長くなるが、事の発端は彼女が叔父である毒田博士の所に行ったのが始まりだった。  
博士の所から接着剤を持って帰った彼女と街で偶然出会い、ちょっと貸してくれと彼女が  
持っていた接着剤入りのチューブを握り込んで中身が飛び出して、何とかしようとした  
彼女がオレの手を掴んで――  
 結果的に手を繋いだまま、今日一日を過ごす羽目になったのだ。お蔭で散々な目に遭って  
疲れているというのに、彼女がオレの傍で不用意な寝姿を晒しているかと思うと妙に興奮する。  
 こんな事別に初めてでもないのに何故だろう。彼女の家という特殊な状況のせいなのか。  
「そあら――」  
 呼びかけるでもなく、オレは不眠の原因となったこの女の名前を呟いた。  
 彼女の寝顔は無邪気そのもので、本当にコイツがあの凶暴なそあらなのかとつい疑ってしまう。  
 パジャマの襟から覗かせている鎖骨に、オレの目が引き寄せられた。白い喉元がびくりと  
動いて、同時に彼女の寝息が一層大きくなる。  
 誘惑されているのだろうか、などとあらぬ妄想を思い浮かべた。そあらは痩せて胸も尻も  
薄い癖に、こういう所だけ妙に女らしいのだ。  
 言ったらそあらに付け込まれるので、彼女の前では言わないのだが。  
 
 いっそ襲い掛かってしまうか、とオレは考えた。  
 寝る前にくれぐれも襲わないようにと釘を刺されたのだが、オレを差し置いて  
自分だけ気持ち良さそうに眠っているコイツを見ていると何だか無性に腹立たしい。  
それにオレも健全な男である。好きな女とベッドを共にしているというのに、  
手を出さないなんて事があって堪るか。  
 こういうのを日本語で何と言ったっけ。そうそう、『据え膳食わぬは男の恥』だった。  
 そあらを起こさないよう、オレは手を引っ張らないように注意しながらシーツの上を  
こっそり這った。彼女の脇にぴったりと寄り添う形になる。  
 高級なボディーソープの匂いがオレの鼻をくすぐる。普段のポニーテールを下ろしただけで、  
彼女の雰囲気がまるで違って見えた。  
 そっと彼女の頬っぺたに横から顔を近付けて――  
 
 握られたオレの手に力が篭り、そあらの寝息の不自然さにオレはようやく気付いた。  
 
「そあら――起きてたのか」  
 月斗が私の耳元で甘く囁いた。くすぐったさに私はぎゅっと目を瞑る。  
 ――ええ起きてましたとも、ベッドに入った時からずっと  
 私は目を開けずに、心の中で月斗に返事した。だって仕方ないじゃない。  
 家族が留守にした家で、彼氏と手を繋いで眠るなんて新婚夫婦の寝室みたいな状況なんだもの。  
がさつな月斗には、私がどれだけ嬉しかったか解らないだろう。そんな事を言うと付け上がるので  
彼の前では絶対に口にしなかったのだが。  
 私はそんな甘々な気分を思う存分味わっていたかった。もう少しで幸せな気分に包まれて  
眠りに落ちて行けたのに、彼の誘うような声がそれを妨げる。  
「寝た振りするなよ。それとも本当に寝てるのか――」  
 
 私の左隣でシーツの擦れる音が聞こえ、私は胸を揉み回される前に目を開けて横を見る。  
 絆創膏が目立つ彼の顔が間近に迫っていて、胸の動悸を悟られまいと私は努めて自然に応じた。  
「起きてるわよ月斗。それより寝てる間に私の胸を触ろうとしてたでしょ」  
「してねーよ」  
「してました。そのヤラしい手付きが何よりの証拠よ」  
 言い返せなくなった月斗が拗ねた顔になり、左手で鼻の頭を掻いた。中々愛い奴じゃ。  
そう思えば心に余裕が生まれて来る。私は肘をシーツに突き、彼と身体が軽く触れる程度に近付いた。  
「月斗でも眠れない事があるんだ、知らなかった」  
 オレはナイーブだからな――目線を私の元いた場所に落として月斗が呟く。  
「オ○ニーだってオマエが見てたら出来ない位だぞ」  
 私の前で下ネタ話するぐらいなら目をちゃんと見ろ。全くこのバカ男は小心なんだから。  
「女の子の前でオナ○ーの話は禁物です。だからアンタ女の子にモテないのよ」  
 私以外にアンタと付き合う女なんて誰もいないんだからね――口に出さずにそう付け足す。  
「うるせぇよそあら。大体そんなオレをベッドに誘ったのは何処の何奴だって言うつもりだ?」  
「人聞きの悪い事言うわねアンタ。こうなったのも不可抗力でしょ?」  
 そうだよ不可抗力だよ――月斗が腹立たしげに声を荒げた。  
「お蔭で今日は一日振り回されて大変だったよ。キャプテン達に追い回されるわ、ゲーセンで  
対戦ばっかりやって時間は潰すわ、カラオケではデュエットばっかり歌ってしまうわ――」  
 
 いつの間にか彼は私と顔を突き合わせて喋っていた。どうせお話するのなら、お互いの目を  
見ながらした方が遥かに楽しい。  
「ホントだね。よく考えたら手と繋いだままでも別々に歌えたのに、それをからかわれたもんね」  
「マイコちゃんが一番酷かったな。彼女絶対仲人とかやりたがるタイプだよな」  
「あはははは、確かにそうよね。マイコってあれで結構おせっかいだし。ねえ月斗知ってる?  
 彼女キャプテンと付き合っているんだって」  
「だろうとは思ってたけど、しかしあのキャプテンのどこがいいんだか。あいつ重症のマニアだろ?」  
「好きになったら仕方ないわよ。ねぇ」  
 最後の方は身を起こしながら、月斗の顔をじっと見つめて言った。コイツ鈍いから私の目が  
何を訴えているか察する事は出来ないだろう。それに口に出して言えるほど私は可愛い女じゃない。  
 月斗がぷい、と顔を背ける。さっき愛い奴と言ったの訂正、可愛くない奴。でも――  
「――楽しかったね」  
 月斗がぴたっと固まったのが見て取れた。そっぽを向いた彼の横顔が見る見る真っ赤になる。  
 私はそんな彼の様子を面白がって眺めていたけれど、彼がだんまりを決めた事で私の口数も  
自動的に減ってしまう。  
 無意識の内に、私の自由な右手が彼のシャツを掴んでいた。気付いたけれども手を離したくない。  
気恥ずかしさというのは心細さと連動しているのかも知れないな、などと私は思った。  
 
 あれほど熱心にオレをからかっていたそあらが、唐突に黙り込んでしまった。同時に手が力強く  
握られ、シャツの襟を引っ張られる形で彼女と向かい合う。  
 無意識の内に、オレの自由な左手が彼女の肩をそっと抱く。そあらはオレの胸に顔を埋め、  
それまでの饒舌が嘘のように訥々とか細い声で呟いた。  
「ご飯――美味しかった?」  
「ああ。ピーマンとかシイタケとか、自分の嫌いな物ばっか食わそうとしたのはアレだけど」  
 とは言え食卓にぴったりと並んで座り、右手の使えないオレの口へと箸を運んでくれたのには  
一瞬ドキッとときめいた物だった。もしオレ達が本当に結婚などしたらそんな風になるのだろうか。  
メチャクチャ恥ずかしい気もする。しかしオレとそあらが人目に触れる恐れがない所でどれほど  
恥ずかしく振る舞うのかと考えると、羞恥心を振り切って本当にやりかねないだろう。  
 ゴメンね――そあらがオレの襟を引き寄せながら言う。シャンプーの匂いが心地よい。  
「私好き嫌い多いから――お子ちゃまだよね」  
 学校とか街中でそあらのそんなセリフを聞いたら、間違いなくからかっていただろう。  
そして調子に乗ってそあらの鉄拳制裁、というのがお約束だ。  
 もっともそあらはこんな可愛いセリフ、人前で吐く事は絶対に有り得ない。  
 オレと二人きりの時だけ、そあらは妙に可愛くなる。  
 誰も知らないそあらの姿を知っているのは堪らなく嬉しい気分だ。もっとも口に出して言えば  
そあらが付け上がるので、絶対にそんな心境を告白する事はないのだが――  
 
 そあらの身体を引き寄せる。密着して彼女の肉感と体温をパジャマ越しに味わう。  
肩から背筋にかけて優しく撫でていると、目を瞑るそあらの赤い唇が迫った。  
 
 上唇を吸い、次は下唇。攻めるのは月斗よりも寧ろ私の方だった。  
手を繋いでいた事で、私は妙に積極的になっていたようだ。彼の右手は封印されていたから、  
その分私にはアドバンテージが与えられていたように思えた。  
 いつもいつも月斗にばっかり主導権を握られるのは癪に障る。だから私から求めるのだ。  
ムキになった月斗が、反撃とばかりに私の前歯を突付く。彼の舌が進入するより早く、  
私は彼の上顎の凹凸を嘗め回した。  
「んー、んんー」  
 月斗が目を剥いて何やら苦しげに呻く。その拍子に舌の裏側を舐められた。  
「……んっ!」  
 今のは月斗じゃない。胸を触られて急に息苦しくなったのだ。服越しでも感じ過ぎて  
頭の中が飛んでしまうから、人目があったら絶対胸は触らせない。  
   
 けれど今は月斗とのキスに酔っていたかった。パジャマの襟元のボタンが一つ一つ外され、  
彼がブラの中に手を入れて来る。お互いの舌を絡めて舐める度に、月斗の手が私の手を  
強く握り返す。彼も興奮しているのだ、とハッキリ判るのが嬉しい。  
 だから私は彼を受け入れてしまったんだろう。  
 蕩けた頭の芯が、胸の先に生まれた痛い痺れでがんがんと揺れる。  
 彼が私をパジャマもブラも半脱ぎの状態にして、貪るように胸を吸っていた。  
 少し高価なレースのブラだったんだけど、彼は気付いているかどうか。彼の興味は  
私の下着より、専らその中身に向いているようだった。  
 彼はパンツの上から潤みを触り、私が腰を浮かせている間に染みの出来たそれを脱がせて  
中に指を突っ込んだ。  
 普段はもっと荒々しい手付きで中を弄るのだけれど、今日の彼はどうしちゃったのだろう。  
入り口と突起をねちっこく愛撫して来る。おまけに突き出した舌の先同士で軽く触れ合って  
いたので、脚を大開きにしてそこへ顔を埋めるような真似もしない。  
 そして二人はずっと手を繋いだままだ。時がこのまま過ぎてしまえばいいとさえ思った。  
 だが今日は――  
 絶頂が普段よりも早く訪れる予感を覚えた。  
 
「そあら――」  
 月斗の声が切なく響く。私の中に早く入りたがっているのだ。  
 私が無言で返事する。彼は私から離れ、ベッド下に脱いだジーパンに左手を伸ばす。  
財布から包みを取り出して彼が戻り、私たちは協力して包みを開けた。  
 避妊具は私が付けてあげる。利き手が塞がっていたんだもの、仕方ない。  
それにしても月斗のアレ、つくづく大きくなる物だと思う。彼は小さいと気にして  
いたけど、する時気持ちいいから私には充分なのに。  
 何で男ってアレの大きさを気にするのか私には判らない。私たちが胸の大きさを  
気にするのと同じ心理なんだろうか――  
「何ジロジロ見てるんだよ」  
 ゴメン、と謝りながら月斗に抱き付いた。キスをしている間に仰向けに寝かされる。  
パジャマの下とパンツを抜かれ、私はいつもの受け入れ態勢を取る。今日は股間よりも  
私の顔を見つめていたので、脚を開く事への抵抗は少なかった。というか早くして欲しい。  
 ずっと繋ぎっ放しの左手だけじゃなく、もう片方の手も彼と繋ぐ。  
 熱い視線で見詰め合い、固くなった彼のアレがゆっくりと打ち込まれる感覚に身を委ねた。  
 
「月斗、月斗ぉ……!!」  
 オレが動く度、そあらは切羽詰った大声を上げた。家の者に聞こえないという状況が、  
彼女から遠慮を取り去っていたのだろう。  
 実際オレの部屋でする時も、ソアラは声を押し殺してオレの愛撫にじっと耐え続けている。  
普段の気の強いそあらも、いじらしいそあらも良いのだが、しかしこうやって快楽に溺れる  
そあらもオレは好きだ。  
 などと口に出して言ったら付け上がる性格だから、絶対そあらには言わないけど。  
 正直パジャマの上下と下着を半脱ぎ、というのは裸よりもかなりエロい格好じゃないか。  
女の子に恥ずかしくて動きの不自由な格好を強いる事で、何物にも替え難い興奮と征服感を  
得られるからだろう。  
 中が妖しくオレを締め付けた。多分無意識だろう、彼女は腰を前後に激しく振る。  
 そあらが熱に潤んだ目をオレに向けた。キスの合図だ。  
 お互いの唇に食らい付き口を塞ぐ。酸欠になりそうだったので離れたが、そあらの唇は  
それでも離すまいと最後まで未練がましく吸い付いた。  
「もっと……もっと!」  
 せがまれたのでツンと勃った乳首を口に含んだ。舐めて吸って舌で転がして、その度に  
そあらの身体でも一番セクシーな白い喉が仰け反る。  
 限界は意外と早く迫ってきた。オレはとっさに体位を変える事を思い付き、左手を解いて  
息も絶え絶えになったそあらの片足を持ち上げて繋がったまま横に寝かせる。  
 オレのが中で捩れ、そあらは苦しげに顔を顰めた。こうして右手を繋いだまま交われば――  
 思った通り、亀頭がそあらの一番奥に当たった。しかも膣の絡み方がいつもとは違う。  
「月斗――それ、いいの……ああ、ああぁ……」  
 ポニテを解いたそあらが、オレの動きに合わせて髪を振り乱していた。  
 繋いだ手を引いて、深く深く腰を打ち付ける。余った手をパジャマの前に運び、ブラから  
こぼれた彼女の乳房を弄りながら最後に大きく奥に擦りつける。  
 絶叫が途切れ、がくがくとそあらの肩が揺れる。  
 彼女の細い手が力一杯オレの手を握った所で、オレもそあらの奥深くで達した。  
 
 
 翌朝二人並んで家の玄関を出た所で、私たちはその場に立ち尽くした。  
 キャプテンにスズキくん、それにマイコ――昨日私たちを散々からかった面子が、  
冷やかすような顔付きで出迎えてくれたのだ。  
「おはようそあら、仲良く並んで登校だなんて羨ましいわね。それより昨夜はどうだった?  
 月斗くんスケベだから、かなり激しいんじゃないかと思うんだけど――」  
「違うわよマイコ、彼と手が繋がったままだから仕方なくよ。それに昨日は別に  
 何も無かったんだから」  
 自分がここまで白々しい嘘が言えたのは、ちょっとした発見だった。私たちの関係を  
隠す為には嘘も方便、って奴ですか。  
「ふーん、そうなんだぁ」  
 マイコはヤラしい事考えてますよ、と言わんばかりにニヤニヤしている。私の事全然  
信じてない。一方キャプテンとスズキくんは月斗に駆け寄り、わざとらしく彼を祝福した。  
「おおついに月斗も大人になったんだなぁ」  
 嘘泣きなんかして、キャプテンも中々いい性格をしている。それに比べたら  
スズキくんは軽いジェラシーを見せていた分、キャプテンよりは素直だろう。  
「チクショー、オレも女とよろしくヤリてぇよ」  
「その前にオマエはインキン治さないとダメだろう」  
 ああダメだな――月斗がキャプテンに相槌を打つ。知ったな、と凄い剣幕で睨むスズキくんを  
華麗に躱し、彼は私に目で合図を送った。  
 ――気にすんなそあら。コイツら冗談半分で言ってるだけだから  
 私が首を横に小さく振る。  
 ――けど昨日一緒に家に入るトコと、今朝出て来る所の両方見られてるのよ  
 月斗の目はあくまで自信に満ちていた。  
 ――大丈夫だって。いざとなったらキャプテンとマイコちゃんの話で反撃すりゃいいだろ  
「あんた達――」  
 マイコの呆れたような感心したような声で、私たちはアイコンタクトを中止する。  
再び何事も無かったように取り繕い、私はマイコに向かって逆に問い返した。  
「何か?」  
「いや、あんた達今目で会話してたような」  
 私が反論しようと一歩踏み出す前に、月斗が気のせいだろ、と誤魔化してくれた。  
「それなら別にいいけど――手は?」  
 スズキくんがそれ以上突っ込む前に、私は素早く月斗の手を取って握った。  
 
 実は私たちの手を繋いでいた接着剤は、とっくの昔に効き目が切れていた。  
その事に気付いたのは、家族の留守をこれ幸いにと散々愛し合った末に、彼の腕枕で  
まったりと快感を思い出していた最中だった。  
 不自由なはずの右腕に、私は頭を預けていたのだ。お蔭で折角の後戯が台無しになった。  
 一度気付いてしまえば、それまで気にも留めなかった些細な矛盾点が幾つも出てくる。  
最初は月斗の手の甲を持っていた筈なのに、掌同士で握り合っていた事。そこから更に  
手を組んで繋ぎ直した事。  
 だいいちお風呂に入った後、私はどうやって手がくっ付いたままでパジャマに袖を  
通す事が出来たのだろう。トポロジカルに考えても不可能じゃないの、だとすれば――  
 接着剤が切れたのは少なくともその時、いやお風呂に入る前という事になる。  
 それでも。  
 手が繋がったままのエッチは本当に幸せな物だったし、それに――  
 自由になったが故に、かえって手持ち無沙汰になった私の左手を、月斗は眠っている間中  
ずっと握っていてくれた。お蔭で私は心細さを感じる事もなく、幸せな気分で眠りに就いた。  
 寝ている間に私に振り回されても、ベッドの床に身体を叩き付けられても、それでも  
彼は私が目覚めるまで手を離さなかったようだ。  
 寝相の悪い私のせいで、月斗は翌朝までにボロボロになっていた。この時ばかりは私も  
素直に謝ったし、彼も気持ち悪い位あっさりと許してくれた。  
 
 いきなり手を握られたので何事かと少し驚いた。が、そあらの行動でその理由を察する。  
「ほらこの通り、生憎と全然取れなくて困ってるの」  
 そあらはオレと繋いだ手をスズキに見せ付けていた。そう言えばそあらの家を出る時、  
オレは手を繋ぐのを忘れていた。まさか三人が迎えに来る事もあるまい、と楽観的に考えて  
いたので、気恥ずかしさからそうしなかったのだが。  
 スズキは一応納得した様子で腕時計に目を落とした。  
「そろそろ学校行かないとヤバいぞ」  
 あっホントだ――マイコちゃんも自分の時計で確かめるや、キャプテンの手を取る。  
 先行する三人衆の後に続き、オレ達も手を繋いで登校した。公園の前を通り過ぎて、  
先週もこの面々でお花見に行ったなと回想した。あの酔っ払いサラリーマンは、多分  
マイコちゃんの親父さんじゃなかったかと思うんだが――  
 今や公園の桜もすっかり散ってしまった。最近特に時間の流れが速くなった気がする。  
オレの左手を歩くそあらの横顔を覗き見て、オレはそのまま首を動かせなくなった。  
嬉しさを噛み締めるようで、本当に幸せそうな顔だ。  
 左手に少し力をかけるとそあらがこちらを見た。オレは彼女に目で会話を送る。  
 ――今偶然接着剤が切れたとか言って手を離すか?  
 ――学校に着くまでまだ時間あるよ。もう少しこのままでいて  
 そあらは自分の意志を確かめるように小さく頷くと、微笑みながらキュッと握り返す。  
オレはそんな彼女の冷たい指先を擦ったり、手の甲の肌を撫でたりするのが心地良かった。  
キャプテン達に気付かれぬよう注意しながら、オレ達は手でじゃれ合う。  
 三人の真ん中を歩く、キャプテンの後頭部が傾く。唸り声に続いてキャプテンが  
漏らした言葉に、オレ達は致命的なミスを思い知らされた。  
 その場に固まったオレとそあらの心に、キャプテンの軽い口調が重く圧し掛かる。  
気付いてないのか、それとも単にとぼけているのか、オレには何とも判断の下しようがなかった。  
 
「なんか違うんだよなぁ――月斗の奴昨日は右側だったっけ、それとも左だったかな?」  
 
<<終>>  
 

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