ななついろ★Days
秋が深まり、冬の訪れを感じさせる風が吹く十一月。俺は朝の寒さに手をズボンのポケットに入れて、星城学園への通学路を歩く。
唐突だが、今の俺はかなり混乱している。どうしてかと言うと、ここ半年ほどの記憶がはっきりしないからだ。俺の最近の記憶は今年の五月で止まっている。
十一月の冷たい風を肌に感じながらも、頭は急激な変化に戸惑っていた。だって、新緑が鮮やかだった街路樹が、ことごとく色あせて落ち葉を舞わせているんだぜ? 慣れた通学路の景色でも一瞬で変わりすぎだろ。
でも、はっきりしないのは半年の記憶だけだ。他はしっかり覚えている。確認してみるか。俺の名前は石蕗正晴。星城学園二年男子。寮住まい。うん、大丈夫だ。
記憶喪失になった原因は分からない。学校の保健室のベッドで目が覚めた時には、俺以外の時間が半年も進んでいた。昨日のことだ。
俺が目を覚ました時、なぜか俺の周りにクラスメイトの秋姫と八重野と、生物教師の如月先生がいた。あと、知らないメガネの女の子と男の人もいた。
後から聞いたら、メガネの子も俺のクラスメイトだった。名前は結城ノナ。俺が忘れてしまった夏休み前の時期に転校してきたそうだ。男の人は結城の保護者みたいなものらしい。
保健室のベッドで目が覚めたら、大勢に囲まれていたんだ。それだけでもビックリするのに、その後の話には驚きを通り越して正直参った。
如月先生は、俺は体育の授業中に頭を打って倒れたと言った。その診断で記憶の混乱がないか確かめてみたところ、記憶喪失が発覚した。
如月先生が「今は何月ですか」と俺に聞いたから、「五月だけど」と答えた。その時のみんなの顔は忘れられない。俺を心から心配したような、とても落胆したような顔だった。秋姫は涙をこぼしていた。
失くした記憶は思い出せばいい。そう考えるのが普通だろう。俺もそう思ったんだが、如月先生になぜか先に釘を刺された。俺は記憶を取り戻そうとしないほうがいいらしい。
空白の半年間を無理に埋めようとすることは、俺の脳に多大な負担をかけることになると、如月先生は言っていた。無理をした場合、最悪、記憶障害が悪化することもありえるとも言っていた。
まあ、失ったのは半年分だけだ。俺のことだから、変わり映えのない半年間を過ごしていたに違いない。俺はそう思うことにした。
昨日のことを思い出していたら、校門が見えてきた。
もう学校か。退屈な通学時間は考え事をして歩くに限るな。などと前向きに考えて、今の大変な状況を乗り切ろう。記憶障害は、やっぱり怖い。
門の方を見ると、秋姫と八重野が俺を見て立ち止まっていた。心配してくれているのかな? そんなに親しくはなかったと思うけど。
「石蕗、おはよう」
「おはよう」
八重野が挨拶をしてきたので無難に応えた。俺に身に覚えがなくても無視するわけにもいかないからな。
秋姫は俺の様子を窺っているのか口ごもっていた。俺って無愛想だから、やっぱ怖く見えるのかな。
二人と特に話すこともないので、俺は教室に向かい足を速めた。
「――つ、石蕗君、おはよう」
背後から秋姫の挨拶が聞こえた。なんか、がんばって言ったような声だった。俺ってそんなに怖いのか?
なぜだか無視するのもかわいそうだと思えてきたので、ちらっと後ろを見て「おはよう」と言ってあげた。何がそんなに嬉しかったのか、秋姫は笑顔を浮かべた。
教室に入った俺は、腫れ物をさわるような扱いを受けた。記憶喪失のことは知れ渡っているらしく、クラスメイトは俺の方をチラチラと見てはヒソヒソと話していた。
例外は圭介くらいだ。こいつはいつでも気軽に話しかけてくる。ほんと、変わり者だと思うよ。そこがいい奴だとも思うけど。
「おい、ハル。具合は大丈夫か」
「ああ、今のところ。その様子だと話は聞いてるのか」
「記憶喪失だろ? もうクラスみんな知ってるよ。五月からのことを教えられないってことも」
「そっか」
「ごめんな」
圭介が急に謝りだした。俺にはなにがなんだか分からない。もしかして、俺がこうなった原因が圭介とかか? 体育で倒れたとしか聞かされてないから、直接的な原因は分からない。
「何が?」
「ハルに何もできなくてさ」
圭介は自身の力のなさに肩を落とした。圭介は優しいから謝っただけだった。ちょっとでも疑った俺は、少なからず罪悪感を覚えた。
「そんなに気を使うなよ。たった半年のことを忘れただけだ。特に不都合もないから」
「ハル……」
俺はそう言って笑って見せたが、圭介はさらに気落ちして黙ってしまった。もしかして、逆効果だった?
圭介が心配そうに見る先には、秋姫の姿があった。
学校で圭介にはああ言ったけど、本当は記憶障害で俺は毎晩苦しんでいた。
どうしても思い出さなくてはいけないことがある気がしてならなかった。でも、それを思い出そうとするたびに激しい頭痛に悩まされた。まるで、思い出そうとするのを何かに邪魔されている感じだ。
頭痛を繰り返すたびに、俺の頭はどんどん意識を低下させているらしく、知らないうちに気を失って目が覚めたら朝というのが、ここ一週間の夜だった。
無理に思い出すことは体に悪いと、如月先生は言っていた。
でも、俺は記憶を取り戻す努力をやめようとは思わなかった。
忘れた記憶の中に、とても大切な何かがある。そんな予感――いや、実感があった。理屈ではなく、俺の心が記憶を求めていた。
そんな無茶をしたせいか、俺は夜になると夢遊病のように歩き回るようになってしまった。
最初は自室をうろうろとするだけだった。それが次第にひどくなり、寮内を歩くようになった。そして、外に出歩くようになるまで、それほどの時間はかからなかった。
夜中に出歩いている間、俺の意識は残っているようだった。どうしてそれが分かるのかと言うと簡単だ。歩き回っている間のことを、朝になっても覚えていたからだ。靴をはかない足の裏も汚れていた。
意識はあっても体が自由に動かない。まるで金縛りのようだが、体は動く。体は、何者かに操られているように動く。動かしているのは、忘れてしまった半年間の記憶の俺なのかもしれない。
危険を感じながらも夢遊病を悪化させていった俺は、ついにとんでもない奇行に走った。
ある晩、俺のコントロールを失った体は、国語辞典を持って寮を出た。その時の俺は、国語辞典に何の意味があるのか知らなかった。
辞書を片手に外に出た俺が向かったのは星城学園だった。いつも使う通学路だったからはっきり覚えている。
学校に到着した俺は、どうしてか開いていた職員用出入り口から校舎に侵入し、階段を上った。
階段がなくなるまで上った俺は、当たり前だけど、屋上に出ていた。月がきれいだった。
そして、ここからが本当の奇行だった。
危なっかしい動きでフェンスを乗り越えた俺は、狭い足場に手にあった国語辞典を置いた。その国語辞典の上に両足で乗った俺は、翼を広げるように両腕を広げた。本当に飛べそうな気がした。
夢遊病状態の俺は、飛べそうな気持ちに逆らおうとしなかった。ひざを曲げて力を蓄えた俺は、真っ暗な校庭へとダイブした。
「アラ・ディウム・メイッ!!」
気持ちいい風を受けて飛んでいる時、どこからか聞き覚えがある声が聞こえたような気がした。
そのすぐ後、俺は本当に空を飛んでいた。重力に逆らい、ぐんぐんと高度を上げていく。落ちていくときよりも気持ちのいい風だ。
風が弱まった時、俺は初めて誰かに抱えられていることに気づいた。月明かりで、顔がはっきりと見える。空を飛んでいるその少女はメガネをかけていた。結城ノナだった。
「結城だったんだ」
「バカ……ッ!!」
結城は泣いていた。俺には彼女がどうして泣いているのか分かった。彼女も俺と同じなんだ。嬉しくて泣いているんだ。
俺は嬉しかった。やっと、心のもやもやが晴れたんだ。俺は彼女を知っていた。俺は魔法を知っていた。まだほとんど思い出せないけど、大切なことは思い出せた。
俺は結城が好きだったんだ。
夜遅く、ノナは学校の生物準備室を訪れていた。そこは、如月ナツメの城でもある。
「如月先生……」
「あれ? 今帰ったところじゃなかったですか?」
ノナは如月とともに、石蕗の記憶喪失を治す魔法の研究をしていた。如月はレードル職人であり、魔法の知識に長けている。この生物準備室にも、魔法関係の道具がいくつも隠されていた。
ノナは石蕗が記憶を失くしたことに責任を感じていた。石蕗が誤って飲んだ魔法薬は彼女が作ったものだった。レードルの暴走を起こしてユキちゃんの正体を明かさせてしまったのも彼女だ。真面目な彼女が責任を感じないはずがなかった。
それで、今晩も如月と治療法の研究をしていたノナだが、帰ってすぐにまた来ていた。トラブルに巻き込まれたからだ。
ノナは自分が犯したミスの大きさに気づいていたので、如月の顔を見れなかった。
「……石蕗君に魔法を見られました。私の正体も」
話を聞いた如月は「あちゃー」としかめた顔を手で隠した。それくらいまずかった。
如月はどうにか気持ちを落ち着かせ、ノナに対応を伺った。
「それで、まさかレードルで記憶を消してないでしょうね」
「はい」
「よかった……。これ以上フィグラーレの力で記憶を操作したら、どうなるか分かりませんからね」
安心したのもつかの間、この後すぐ、如月は魔法を見られた顛末を聞いて、いつになく深刻な顔つきになった。
今朝は久々にすがすがしい目覚めだった。問題が解決した翌朝は最高だ。体が軽く感じる。昨晩、どうやって学校から寮に戻ってきたのか覚えてないけど、結城が送ってくれたんだろう。俺の半年間は取り戻せた!
俺は柄にもなく鼻歌を歌いながら登校の準備を済ませると、上機嫌で寮を出た。
教室に入った俺は、とにもかくにも結城を探した。秋姫と八重野が俺を見つけて挨拶してたみたいだけど、今はそれどころじゃない。
いた! 結城は自分の席で本を読んでいた。
「ゆ、結城、おはよう」
どもってしまった。慣れないことは簡単じゃないな。
声をかけたら、結城は少し驚いたように俺を見ていたけど、すぐに本に目を戻して「おはよう」と言ってくれた。照れてるのかな。
驚いているのは結城だけじゃなかった。クラスの大半が唖然としてこっちを見ていた。無口な俺が気難しそうな結城に話しかけてるんだから、驚くのも当然かな。それにしても、みんな驚きすぎな気もするけど。
「昼休み、如月先生が来るようにって」
「わかった」
会話はこれで終わっちゃったけど、今は充分だ。放課後になればいくらでも話せる。なんたって、俺は結城と同じ園芸部だったんだ。
記憶を失くしてから、やけに俺に親切にしてくれた人は、みんな園芸部だった。今日の昼休みに呼び出された如月先生は園芸部顧問だ。呼ばれたついでに園芸部への復帰を言えば、今日からでも園芸部の活動に参加できるだろう。
俺は園芸部に所属していた。失くした半年の間に起こった数少ない情報の一つだ。
午前の授業が終わって昼休み。俺は生物準備室に向かった。
「失礼します」
「石蕗君、来たね」
生物準備室の中には、如月先生と結城がいた。結城も呼ばれてたんだ。だったら、一緒に来ればよかったのに。
如月先生はなにやら真剣な顔で俺を見ていた。
「石蕗君、記憶喪失の症状に変化はないかい」
「あ、ありません」
いきなり嫌な質問だ。うまくごまかせたか? 無理をして夢遊病になったなんて言えない。
「嘘だね」
げっ、見抜かれたのか? とにかく、黙って白を切ろう。如月先生の俺をまっすぐ見る目が痛い。
「昨晩、学校の屋上から飛び降りたそうじゃないか。結城さんに聞いたよ」
話したのかよ! 魔法のことがバレてもいいのか? 結城を見ても――動じた様子はない。
と、とにかくごまかさないと。
「ただの気の迷いですよ」
「それも違う。飛び降りの際、辞典に乗ろうとしていたそうじゃないか。あれは魔法のレシピに乗ったつもりだったんだね」
もう魔法バレてる! ――っていうか、如月先生も魔法使い?
ここまでだな。もうおとなしく話そう。患者が黙っていては治療もできないし。
「そう……だと思います。それより、如月先生も魔法を使えるんですか」
「まあ、魔法薬を作ることくらいなら。それで、他に話すことは?」
怒ってる。先生怒ってるよ。いつも笑っているのに、今は全然笑わないから、これは怖い。
俺は自分がやったことをできるだけ詳細に話した。もちろん、夢遊病のことも。
「まったく……、あれほど無理はしないようにと言ったのに」
如月先生は呆れ果てて首を左右に振った。それとも、諦めたのか?
「いいじゃないですか。それで少し記憶が戻ったんですから」
「全然よくない。むしろ悪い。最悪だ。先生は石蕗君の強さを甘く見てたよ」
怒ってたと思ったら、今度は褒められた。でも、如月先生の顔は怒っているようにしか見えない。
如月先生は少し考え込んでから、唐突に話し始めた。それは真実に近づくものだった。
「石蕗君は記憶を取り戻したいだろう。でも、その中には思い出さないほうがいいものだってあるんだ」
「如月先生は何か知っているんですか」
「それは言えない」
「どうしてですか!」
「詳しくは言えないが、魔法に関するもの、とだけ言っておこう」
強く問いただしたら、魔法関係とだけ教えてくれた。多分、俺の記憶喪失の原因は魔法なのだろう。
だから、魔法使いの結城のことを忘れていたんだ。そう考えるとつじつまが合う。やっぱり、俺の大切な人は結城だった。
「こうなったからには、最後の手段を試させてもらうよ。結城さんもいいと言ってくれたからね」
如月先生は何をしようと言うんだ? 結城も頷いている。
――まさか、また記憶を消すつもりなのか!
「な、何するつもりだよ。また記憶を消すのか? 俺が魔法を思い出したから」
「そんなに構えなくてもいい。その逆。忘れなくてもいいようにするの」
「結城、本当なのか?」
「そうよ。だから、そんなに怖がらないで」
結城もこう言ってくれたので、俺は信じることにした。結城の言葉なら信じられる。
「結城さん、許される者の印を石蕗君に」
「はい――スピリオ・シャルルズウェイン!」
呪文を唱えた結城は、瞬く間に魔法使いに変身した。髪まで輝く金色に変わっている。
結城は杖を俺の胸に当て、また呪文を唱えた。
「この者に聖なる力の許しを与えよ――トゥ・アーロウナ」
呪文が唱えられ、何かが起こった……と思う。どうしてこんな曖昧な言い方なのかというと、俺は何も起こってないようにしか思えないからだ。魔法の光も何も見えないし、何も感じない。
何秒か沈黙が続いた後、胸に当てられていた杖が震えだした。よく見たら、結城の手が震えていた。もしかして、失敗した?
「これ――」
「どうして? 私は石蕗を信じてるはずなのに……」
声をかけようとしたら、結城がひざから崩れ落ちた。失敗したようだ。
おっと、こんな悠長に考えてる場合じゃない。結城を元気付けてやらないと。
「結城、ありがとう。なんだか頭がすっきりしたような気がするよ。魔法成功だ」
「バカ……」
また「バカ」って言われたな。結城になら言われても悪い気はしないけど。
手を差し伸べると、結城は俺の手を取って立ち上がった。本当は素直でいいやつなんだ。
やはりというか、最後の手段は失敗していた。これがうまくいっていれば、全てが丸く収まった可能性があったんだそうだ。
如月先生の話だと、失敗の原因は俺らしい。失くした記憶が邪魔をしているのかもしれない。今の俺は結城を信じてるから。
最後の手段が失敗したことで、俺の治療は絶望的になった、と如月先生は言っていた。夢遊病も魔法が影響しているらしい。俺が再び魔法を知ってしまったことで、記憶の混乱は止められないところまで来てしまったようだ。
でも、俺は後悔していない。大切なものを思い出せて、今はとても幸せだから。短い幸せかもしれないけど、目の前の結城を見ればこれでいいと思えた。
夢遊病が発覚した俺は要介護の身になってしまった。また夜中にうろついて飛び降りでもしたら迷惑だもんな。
普通なら病院なりに閉じ込められるんだろうけど、俺はついていた。
病気になったのが魔法のせいってこともあり、俺の面倒は魔法使いの結城が看てくれることになったのだ。結城は広い屋敷に使用人と二人で暮らしているらしく、俺の一人くらいなら平気なんだと。如月先生も認めてくれた。
でも、初めに聞いた時には信じられなかった。だって、使用人がいるといっても、若い男女が同じ屋根の下だぞ?
「結城、本当にいいのか」
「では、石蕗はどこに行くつもりなのかしら」
「まあ、病院とか……」
「絶対にダメ! そんなことになったら、学校にも来られなくなるのよ」
当たり前だった日常生活が送れなくなる。結城の言葉で聞いて初めて、その恐ろしさを実感した。つまり、結城にも自由に会えなくなるのだ。それは記憶が不安定になった俺には耐えられない。今は結城が心の支えなんだ。選択肢はなかった。
放課後、俺は園芸部の活動で裏庭に来ていた。昼休み、如月先生に部への復帰をお願いしたら、即了解してくれた。
部員数は四人で、俺のほかは秋姫と八重野と結城だ。みんなクラスメイトだから、教室から四人で裏庭に来ることも珍しくない。今日もそうだった。
「お嬢様ぁぁぁぁああああああああああああ」
部活動が始まる頃、松田が裏庭に走ってきた。彼が言う「お嬢様」とは結城のことで、彼は結城の使用人をしている。
「はーい、みんな揃ってますね。では、大事な話があるので、集まってください」
如月先生が裏庭に来るなり、みんなを集めた。話とは多分、俺が園芸部の活動に参加することを改めて紹介するのだろう、と思っていたら、突拍子のない話が始まって驚いた。
「すももちゃん、八重野さん、驚かないで聞いてください。どうやら、石蕗君は魔法の存在を少しだけ覚えていたようです」
「先生、それって!」
「ハ……ハル君が!?」
いきなり何を言い出すかと思ったら、魔法のことかよ。秋姫と八重野が驚いているが、俺も驚いたよ。二人に話したってことは、秋姫と八重野も関係者ってことだろ?
「まあ、覚えていたというか、思い出させてしまったというか」
「私が見られてしまったの。ごめんなさい」
結城が秋姫と八重野を見て、心底すまなさそうに謝っていた。やっぱ、魔法は秘密の存在だったんだ。でも、結城が謝ることはない。悪いのはバカをやらかしたこの俺なんだから。
「結城は悪くないんだ。なんて言ったらいいかな、ちょっと学校の屋上から飛び降りたところを、ちょうど通りかかった結城に助けられたんだ。あはは」
できるだけマイルドに言ったつもりだったけど、まったく意味がなかったようだ。秋姫と八重野がドン引きしてるよ。引いてるっていうか、秋姫泣き始めちゃったよ。
「ハ、ハル君どうしてそんなこと。何かあったの? ねえ、そうなら私に言って」
あわわ、秋姫が怒ってるのか泣いてるのかわかんない顔で錯乱してるよ。呼び方も俺の名前になってるし。とにかく、説明しないと。
「飛び降りたって言っても自殺じゃないから。自分でもよくわからないうちにそうなったんだ。俺、夢遊病なんだよ」
「石蕗君の言うとおり、記憶の混乱が元で、彼は夢遊病みたいになっています。石蕗君は本気で屋上から空を飛ぼうとしたんですよ。国語辞典に乗ってね」
如月先生がフォローしてくれたおかげで、秋姫はどうにか納得してくれたようだ。
しかし、他人の口から改めて聞くと、俺って本当に危ない人だな。薬物中毒者に匹敵してるぞ。それで納得してしまう秋姫も普通じゃないよな。彼女も魔法使いなら当然か。
「あはは、どうして国語辞典で飛べるなんて思ったんだろう」
「ユキちゃん……」
恥ずかしいので笑いごとで済まそうと思ったら、秋姫が誰かの名前を呼んで悲しそうに俺を見た。「ユキちゃん」って俺じゃないよね? 「石蕗正晴」をどうやっても「ユキちゃん」にはならないし。でも、ちょっと俺かもしれないって思ったのはなんでだろう。
「というわけで、石蕗君は今、大変危険な状態にあります。夜、彼を一人にすることはとてもじゃないですけどできません。それで、今夜から彼を結城さんに預かってもらうことにしました。大事な話はこれです」
俺が病人なのは確かだけど、こうやってみんなの前で言われると、これまた恥ずかしいな。申し訳なくて結城の顔も見れないよ。
「すもも、いいの?」
八重野が秋姫と何やら相談している。まずいことでもあるのか?
「あ、あの、私の家じゃだめですか? 石蕗君の看病、私がしたい、です」
秋姫が俺の世話をしてくれると言ってくれた。ありがたいけど、夢遊病の看病ってすごく大変だと思うぞ。本当に一晩中歩き回っていた日もあったから。もしかして、俺に気がある? でも、俺は結城一筋だけど。
「すももちゃんの家は無理だと思うな。正史郎さんは仕事で忙しいでしょ。一人だと寝ずの看病になってしまうよ」
如月先生が俺の思っていたことを話してくれた。秋姫の家族に迷惑をかけるのも気が引けるしな。その点、なぜか松田さんにはあまり遠慮をしなくてもいい気がするんだよな。松田さんの人柄の良さのせいか?
これで秋姫は諦めると思ったら、意外にやる気だった。
「私、どんなに大変でもがんばります」
「秋姫さんがそう言うなら……」
おいおい、結城が看病を譲りそうになってるぞ。俺的には結城のトコがベストなんだよ。俺の意思を早く伝えなければ。
「俺は結城にお願いするよ。秋姫一人だと負担が大きいから。それに正直なところ、結城と松田さんならそんなに気を使わなくてもよさそうだし」
「気を使いなさい」
「あ、ありがとうございますッッ!!」
結城は怒ったけど、松田さんは涙目で感謝していた。やっぱり、松田さんはすごくいい人だ。
俺が結城に頼んだので、秋姫も折れたようだ。悲しそうな顔で俺を見ている。なんだかやけに胸が痛む……。礼だけは言っておこう。
「秋姫、ありがとう。そう言ってくれただけで充分だよ。自分で言うのもあれだけど、本当に大変な看病になると思うから」
「そんなにひどいの?」
「最近は毎晩歩き回ってる」
聞かれたので素直に症状を話したら、秋姫は目尻にじんわりと涙を浮かべてしまった。元気付けようとしてこれだ。嫌になるほど俺は口下手だな。
「歩き回るだけだから。そんなに深刻なものじゃないから」
「でも、ハル君……」
また「ハル君」って呼んだ。俺の記憶に残っている今年五月の時点では、秋姫と俺は名前で呼ぶような関係にはなってなかった。気になるし、話題をそらすためにも聞いてみるか。
「あ、秋姫」
「な、なに?」
「もしかして、俺の記憶にない間に、秋姫と俺は友達になってた? 俺を名前で呼ぶから」
そう言ったら、秋姫は慌てて口を手でふさいだ。秋姫の失言だとしたら、俺の勘違いだったのかな。
秋姫は口から手を離し、何かを言おうか迷っているようだった。半年間のことを教えてはいけないことになってるから、迷っているのだろう。
そして、秋姫が口を開いた。
「そう……だよ。私、石蕗君と友達になれたんだよ」
そう言って笑った秋姫の笑顔は、どこかつらそうだった。呼び方も戻っていた。俺が忘れてしまったせいだろう。
「だったら、また友達になってくれないか。その……秋姫さえよければ」
「い、いいよっ! 私も石蕗君と友達になりたいから」
「ハル君でいいよ」
「うんっ、ハル君」
大きな声で俺の名前を呼んだ秋姫の笑顔から、影は消えてた。見てるだけでこっちも嬉しくなるようないい笑顔だ。
その笑顔につられるように、みんなも笑っていた。でも、秋姫以外の笑顔には、まだ影が残っているようだった。気のせいだと思うけど……。
園芸部全員を集めての話が終わった後、如月はすももとノナだけ残して話を続けていた。このめんつでするのは魔法の話である。
「実はもう一つ、すももちゃんと結城さんにお願いがあるんだ」
如月はそう言って話を切り出した。二人はお願いを聞く気十分という様子で耳を傾ける。如月は二人を見て口元を緩めた。
「石蕗君の病気だけど、あれはフィグラーレの力の影響が原因なんだ。魔法の病気を治すなら魔法の薬が一番だ。それに最も適した材料は――」
「星のしずくだわ」
ノナが如月の言葉に続いた。フィグラーレでは、星のしずくは最高の薬とされている。薬職人の手にかかれば、どんな薬にも調合できるからだ。万能薬と言ってもいい。
ノナの答えに満足した如月は、にっこりと目を細めた。
「そのとおり。それで、また二人に星のしずくを集めて欲しくってね」
「星のしずくなら私が集めたものがいくつかありますけど」
ノナはすももと競い合って集めた星のしずくを今も大切に保管していた。石蕗の記憶喪失を治す薬を作れるかもしれなかったからだ。病状の悪化した今では、ノナの手に負えるものではなくなっていたので、星のしずくは使われないまま残されていた。
「それも喜んで使わせてもらいます。でも、数が全然足りない。それだけ厄介な病気ってことかな」
石蕗の病状を知ったすももは、なんとかして治してあげたいと思っていた。なので、この話を断る理由はない。すももは右手の赤い指輪を見つめて、星のしずくを集める決意をした。
「ハル君に元気になってほしいから、いくつでも集めます」
「私も手伝うわ」
ノナも青い指輪を握り締めて、しずく集めへの協力を約束した。
日が暮れる頃に園芸部の活動が終わり、俺は結城と一緒に帰宅することになった。車なので運転手の松田さんも一緒だ。
このまま結城の家まで行こうと思ったところで、俺は着替えも何も用意していないことに気づいた。
松田さんに頼んで途中で寮に寄ってもらい、俺は急いで着替えや歯ブラシなどを旅行用のカバンに詰め込んだ。車の結城を待たせるのも悪い。後日、少しずつ荷物を運べばいいので、今日は必要最低限の物だけにした。
宿泊の用意に時間にして五分くらいかかったけど、その間、俺は楽しくてしかたがなかった。だって、結城の家にお泊りできるんだぞ。夢見心地とはこのことだ。
そんなことを意識したせいか、車に戻った俺は結城の顔を見れなかった。
結城の家は立派な屋敷だった。門と玄関の間には噴水もある。二人で暮らすには広すぎるくらいだ。俺が加わって三人になっても広すぎるのは変わらないけど。
屋敷内に通された俺は、さっそく部屋に案内された。客間の一室を俺の部屋にしてくれたのだ。手入れは行き届いていて、机にホコリは見えなかった。ベッドもすぐにでも体を休めそうだ。おそらく、松田さんの仕事だろう。
夕食の時間まで、新しい部屋でくつろぐように松田さんに言われたので、そうすることにした。暖炉のある風格漂う部屋は、最初落ち着かなかった。でも、自分の部屋と思えばなんとかなるもので、一時間もしないうちに俺はベッドで大の字になっていた。
しばらく板張りの天井を眺めていたら、ドアがノックされた。そろそろ夕飯かな。ベッドが気持ちいいので少し起きずにいたら、ドアを開けて結城が入ってきた。
「な、何勝手に寝てるの!」
怒られたので俺は急いで体を起こした。しまった、夢遊病でここへ来たことを忘れてた。浮かれすぎだ。
「ね、寝てないから。ちょっと横になってただけで……」
「それを寝てたと言うの!」
「ごめん……」
「休みたくなったら私に言って。そのためにここへ移ったんだから」
悪いのは俺なので謝ったら、眉を吊り上げていた結城が一変して困った顔で溜め息を吐いた。本当に俺を心配してくれているようだ。怒られている時にあれだけど、ちょっと嬉しかった。
結城と食べた夕食は楽しかった。松田さんの料理は絶品で、そのことを褒めたら結城も喜んでいた。松田さんなんかはすごい喜びようで、俺がおいしいと言うたびに食べきれないほどの料理を追加して結城に叱られていた。
食事の後は、一服してから風呂を借りた。結城の後だったので、湯に浸かっている間は心臓がバクバク鳴っていた。ちょっと変態チックだけど、同じ湯に結城が入ってたかと思うと興奮した。俺も男だからしょうがないだろ。
やることのなくなった俺は、結城の所へ行って寝ることを伝えることにした。毎晩のように夢遊病で出歩いているから、最近の睡眠の質は悪い。だから、いつも早く眠たくなるのだ。
結城はリビングのソファーでくつろいでいた。
「俺、もう寝るから」
「そう」
結城が返事をして立ち上がる。俺は気にせず自分の部屋に向かったが、結城は俺の後をついてきた。たまたま同じ方向に用があるだけだろうと思っていたら、自室に入って驚かされた。結城も一緒に入ってきたのだ。
「もう寝るんだけど」
「さっき聞いたわ」
「いや、だから寝るんだって」
結城は俺が言ったことが分かってないようだったので、もう一度言ってやった。好きな女と二人きりで寝れるかって言うの。結城は分かってくれないみたいだけど。
「だから、あなたが寝ている間、様子を見ててあげるって言ってるの。分からない人ね」
分からないのはおまえだろ、と言ってやりたかったが我慢した。結城も言い方は乱暴だけど、親切で言ってくれているのだ。
というか、もしかして、意識してるのは俺だけ? それとも、寝室に夜二人きりになってもそれが普通なくらい、俺と結城は深い関係にあったわけ?
……ありえるな。結城は表面的には少し冷たく見えるけど、しっかり俺のことを考えてくれている。俺をこの屋敷に呼んでくれたのも、そういうことなら納得がいく。これは聞いてみる価値あるかも。
「なあ」
「なに」
「俺と結城って付き合ってた?」
「は?」
結城が呆けたようにポカーンとしていた。ちゃんと聞き取れなかったのかな。今度は分かりやすいように聞いてみよう。
「恋人じゃなかったかって聞いたんだ。俺と結城が……」
「――なに言ってるの!!」
結城が突然大声を出すからびっくりした。この過剰なまでの反応は、正解だったか。俺の結城に対する感情も尋常じゃない。それなりの付き合いをしていたのだろう。
結城は取り乱したことを首を振って反省し、心を落ち着かせてから俺を見た。
「どうしてそう思ったの」
「俺に親切にしてくれるし」
「それは……」
結城は何かを言おうとして言葉を呑み込んだ。俺の失くした半年間に関係あることだろう。でも、そんなのはどうでもいい。俺のこの気持ちは確かなのだから。
「俺、結城が好きだから」
そのまま告白したら、結城は言葉を失っていた。よほど嬉しかったんだな。
しばらく唖然としていた結城が、我に返って叫んだ。
「――あなたが付き合っていたのは秋姫さん。秋姫すももよ!」
「俺と秋姫……が?」
何を言ってるのか訳が分からない。俺は結城が好きなんだ。俺とすももが――すもも? 俺ってこんなに自然に秋姫を名前で呼んだか?
そこまで考えた時、俺は頭が割れるような痛みに襲われた。
「うぐあ……あああ、あああああっ!!」
「ちょっと石蕗っ、どうしたの!?」
結城が慌てた様子で俺の心配をしていたが、頭の中の俺は冷静で、どこか他人事のように見ていた。この感覚には覚えがある。毎晩体験しているものだ。もしかして、今度は起きたまま体の自由を奪われたのか?
俺じゃない俺は、おろおろとしている結城の腕を掴んだ。何をするつもりだ? いや、俺は俺がすることを分かっている。今までもそうだったじゃないか。分かっていて、止められなかったのだから。
「石蕗?」
俺の突然の行動にやや驚いた結城が、子供みたいなポカンとした顔で俺を見た。その無垢な表情に我慢できなかった。俺は強引に結城を引き寄せて抱きしめた。
「好きだ」
結城は何か言おうとしていたけど、反論は聞きたくない。何も言えないように唇を奪った。
結城は必死に抵抗した。身をよじらせ、腕を引き抜こうともがいた。でも、俺は絶対に離さなかった。抵抗をやめるまで力を緩めるものか。
そんなに時間が経たないうちに結城は大人しくなった。多分、力尽きたのだろう。全力で体を動かすことなんて、何分も維持できない。俺は唇を離すと、小さな体を抱きしめたままベッドへと向かい、そのまま押し倒した。
「くふぅっ……」
俺に押しつぶされ、結城は小さな声を漏らす。こうなってしまうと女は非力だ。俺は力任せに結城の下半身の着衣を剥ぎ取る。
「いやぁ」
結城は消え入りそうな声で抵抗するのがやっとだった。俺は結城を逃がさないように俺の下半身を解放し、俺の肉棒で女の割れ目を探した。
初めてでちょっと苦労したが、肉棒が入り口を探し当てて固定された。あとはこのまま突き挿すだけだ。
「お願い、それだけはやめてえ」
懇願する結城の声は、俺をいきり立たせるだけだった。ますます固くなった肉棒を、ゆっくりと挿れ始める。
「あうあっ、んぐああああ……ッ!!」
結城が悲鳴を上げて顔をゆがませる。前準備が無かったので膣が充分に濡れてない上に、中はめちゃくちゃ狭い。俺のモノが痛いくらいだから、結城のアソコは激痛に襲われているはずだ。だが、俺はおかまいなしに突き進んだ。
「ぎぃぃああああああああッッ」
結城の内壁を突き破るように強引に貫いたら、やばいくらいに叫び声を上げた。玉になっている涙も見える。松田さんに気づかれたらまずい。俺はとっさにキスで唇を塞いだ。
「ふぐうッ、んんむむむむッ、んうゥッ……!!」
結城は口を塞がれても声を上げ続けた。その声の振動が唇から直接伝わり、俺の脳髄がしびれた。これは格別に気持ちいい。俺は肉棒を可能な限り結城の奥へと押し込んだ。
「ンンンンンッッ!!」
結城は俺の期待していたとおりの叫び声を上げようとした。だが、その声は俺の唇へと吸い込まれるだけだった。結城の声は脳がとろけるほど甘くておいしいな。
声を味わった俺は、結城の口の味も知りたくなった。俺は肉棒を最奥に入れたたまま、舌を彼女の口に忍び込ませた。
「んひッ」
舌の感触に驚いた結城が、声を上げるのをやめた。俺は口を大きく開けて下を伸ばし、結城の舌をなめ回した。あったかくてつるつるしててかわいい舌べらだな。舌と一緒に唾液を吸い上げたら、本当に結城の舌べらも食べられそうに思えた。
でも、舌は食べられない。噛み千切ったりしたら死んでしまう。物足りなくなった俺は、代わりに結城の声を食べることにした。彼女に声を出させるために、俺は腰をゆっくり引いて、また一気に突き挿した。
「うむあああぁ――んぐあッ!」
俺が動くたびに反応してくれる結城がかわいくてたまらない。エンジンがかかってきた俺は、腰をリズミカルに動かした。
「んおおっ、んぐっ、ぶほッ、おごおッ」
俺の腰が打ち付けられるたびに、結城の声にならない叫びが聞けた。結城は痛みに耐えられず、涙の通り道を作っていた。そして、結城の中も徐々にぬめりが増し、肉棒の通りがよくなった。
もっと大きな声が聞きたくなった俺は、腰の動きをどんどん激しくしていった。子宮口をこじ開けるイメージで突いた。
「んあっ、ほがあああああああッッ!!」
結城の声が大きくなるのと同じように、俺の肉棒も先端を大きくしていった。今にもはちきれそうだ。そして、腰振りのスピードが最高速に達した時、俺も限界を迎えた。
「うくっ」
「やっ、あああああああ……ッッ!!」
深く挿された俺の先端から精子が大量に吐き出された。俺の頭は快楽で真っ白になり、ただただ結城の穴に腰を押し当てていた。とてつもない開放感だ。
ありったけの精子を送り込んだ俺は、満足感とともに唐突な睡魔に襲われた。最後に見た結城の顔は、泣いていた。