不条理系の舞台なら、幾度か踏んだことはある。  
けど、カフカを読んで芋虫になる人間がいないように、  
不条理な劇を演じて不条理な状況に陥る役者はいないだろう。  
 
まぁ、現実世界ってもんがそもそも不条理なもんだから、  
今さら文句を言ったって仕方ないのかもしれないがね。  
 
とにかく重要なのは、俺が目隠しをされて拘束されてるって現状だ。  
昏倒から目覚めたら、見事に目隠しプレイ真っ最中。  
ベットにあおむけで転がされているらしく、背中にやわらかな布のかたまりを感じる。  
手首の冷たい感触から鑑みるに、はめられているのは鉄製の手錠。  
鎖の部分をベットの柱にも通してでもいるのか、  
バンザイしながらで手首をくっつけているというなんとも不自然な状態になっている。  
手錠はちゃっちいもんではないらしく、渾身の力で暴れてもびくともしやがらない。  
寝起きとはいえ、結構な修羅場をくぐった男の力だ。ちょっとやっかいかもしれねぇなぁ、  
と他人事のように思う。  
 
「たしか、刑事さんと飲んでたんだっけ?」  
 
とりあえず現状把握に勤しんでみる。  
彼女が記憶を取り戻して、そこから色々とあって、俺と親父が和解して、  
俺は役者として素顔で駆けだしたばかり。  
おイタはやらかしていないから、誰かからつけ狙われる理由なんてないはずだ。  
 
昏倒したのは酒のせいだろうか。  
ここのところ忙しくて、刑事さんと会えたのは久々だったから  
ついつい酒が進んでしまったようだ。  
倦怠感が全身に覆いかぶさっている。飲みすぎたようには思わなかったのだが。  
いや、むしろ、意識を手放すのはやけに唐突だったような気がする。  
刑事さんがハンカチを取り出して、俺が  
「珍しいね、あんたがそんな乙女なもん持ってるなんて」  
とからかったのが最後のセリフだったはず。  
 
「刑事さん!」  
 
はっと、棒で殴られたようなショックに襲われる。  
俺がこんな状況なんだ。刑事さんはどうなっているんだ。  
声を限りに叫んで彼女を呼ぶ。ああ、彼女にもしものことがあったら!  
警察庁一優秀な女刑事とはいえ、カテゴリとしては女性の内に入るのだ。  
最悪のイメージが浮かんでは消えていくのを、高速でくりかえす。  
再度、手錠と取っ組み合いを始めるが、得られた成果は耳障りな金属音だけだった。  
もどかしい。  
ぎりぎりと奥歯を噛みしめて、己の無力にじれる。  
できることと言えば、彼女を呼び求めるだけ。  
 
「刑事さんっ……!」  
 
喉は枯れかけて、声はかすれていた。  
必死の祈りが天に届いたのか、ガチャリとドアノブが回る音がした。  
 
「あぁ〜! いんこ、おきたんだぁ〜」  
 
脳味噌がとろけそうな、能天気な声。  
人の煩悶もしらず、彼女はへらへらと笑っているようだった。  
もう一度ノブが回る音が聞こえたのは、扉を閉めたからなんだろう。  
酔っているくせに、そういうところへ気が回るのは、男谷の教育の賜物なのだろうか。  
いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。  
 
「なぁ、これはどういうことなんだ? 刑事さん」  
「んー? なにが?」  
 
彼女もまた酒に浮かされているのだろうか?  
普段の様子からは考えられないぐらいふわふわとした声をしている。  
平和そうな様子にほっとしながら、俺は彼女に助けを求めた。  
 
「あのさ、これ、どーにかしてくんない?」  
 
両腕でガチャガチャやりながら情けない声を出す。  
彼女が無事なら、状況把握はもう少し後でいい。  
ともかく身の自由を取り戻したい。  
そうでなければ、彼女を抱きしめることだって出来やしない。  
けれど  
 
「や・だ」  
 
返ってきたのは予想外の言葉だった。  
 
「はぁぁぁあ!? なに言ってんだ刑事さん。  
 あんたは俺が手足の自由を奪われていようが、視界の自由を奪われていようが、  
 どうでもいいってことですかい!? 驚いた。そんな薄情な人だとは思いもしなかった」  
 
同情を誘うのと挑発するのとを同時にやってのける自分は、やはり天才役者だなぁと思う。  
が、その演技も観客の心を動かさなければ意味がない。  
むしろ、心を動揺させられているのは、一方的に俺だけのようだった。  
 
「とゆ〜かね、それ、やったのアタシだもん」  
 
酒が入ってるせいか、ツンデレ刑事殿はデレ部分をいかんなく発揮してくださってるようだ。  
えへへ、とかいう笑い声がとてつもなく可愛くて、思わず内容をスルーしそうになってしまった。  
いやいやいやいや、騙されまい。………………騙されたいけど。  
 
「なんでこんなこと」  
 
戸惑いながら問うと、答えは衣ずれとともに返ってきた。  
 
「だって、いんこってば、最近かまってくれなかったじゃない」  
「そんなことはな……」  
「ある!」  
 
「そりゃあたしだって、仕事が忙しいのは知ってるし、やってるのはまともな仕事だから、  
 忙しいのはうれしいけど、でも、こんなにおざなりにするのはひどい。  
 いんこはいつもそう。あたしの気持ちなんか全然知らずに、勝手にどっかいっちゃうんだから」  
 
と、ぐだぐだくだをまきながら、ハラハラと布が落ちる音を奏でていた。  
目にしたわけじゃないからわからないが、まさかカーテンをいじっているわけではあるまい。  
脳内にむくむくとわきあがる空想は、徐々にあらわになってゆく、極上の女体。  
愚痴とも甘えとも取れぬ言葉がだんだん近づいてくる。  
彼女が俺のほうに近づいているのだろう、と憶測していたら、今度は金属音。  
――というか、股間に熱い肉がからみついた。  
やわらかな繊手は、ベルトとの格闘を望んだらしい。  
あー、はいはい、わかりました。ええ、もう、ものすごく納得しました。  
 
「構ってほしいのは、性的な意味で?」  
 
問うてみると、きっと彼女は顔を真っ赤にしたのだろう。  
 
「ばか」  
 
消え入りそうな声でそう言って、戯言を紡ぐ俺の口に、自身の唇を重ねた。  
 
 …………………………………………  
 
「んぁっ! ちょっ……と、刑事さん、じらすのはっ……ぅくっ」  
 
両腕を拘束されている俺が、彼女を愛撫できるはずもなく、  
結果的に100パーセント受け身になってしまった。  
靴下からなにから、下半身を覆っていたものを全部剥いちまった彼女は、  
寝起きのソレを優しく起こしている。  
ちなみに、上半身のワイシャツが残ってるのは刑事さんの趣味ではなく、  
手錠のせいで外せなかっただけだとのこと。  
けれど、ボタンは全部外されていて、素肌の上に彼女がまたがっている。  
彼女の秘所は相当前から準備を始めていたのだろう。  
声を張りあげるために鍛えた筋肉に、ねとっとした愛液が塗られている。  
ボディペイントの材料には事欠かない。  
でも、染料としては白か透明しかないから、不便だよな。  
なんて、馬鹿馬鹿しいことを考えてしまうのも、すべて刑事さんのせいだ。  
刑事さんの舌づかいは、俺が今まで受けてきた愛撫のどれよりも愛がこもっていた。  
女の尖った舌の先端が、ちろちろと俺の亀頭を刺激する。  
爪の先で竿をつぅ、とたどったかと思えば、急に全体を咥えてにじみ出た液を啜りあげる。  
この際、巧拙なんて関係ない。ただ、彼女が俺の秘部をいじくりまわしているって時点で、  
どうしようもなく感じてしまうのだ。  
冷静ぶっている俺の仮面を、刑事さんがはがすのもあとわずか。けど、こちらとしても  
プライドというか、男の沽券ってものがあるわけで、快楽に屈伏しないよう必死になっていた。  
もっとも、またがられて、性器をいいようになじられて、ひぃひぃ喘いでる時点でそんなもの無いようなもんだが。  
 
「ってか、さ、なんで目隠しなんかしたんだい?」  
 
喘ぎと一緒に、疑問を投げかけてみる。  
これで、「>>131の電波を受信したから」なんてオチだったら、俺はもうダメになってしまうかもしれない。  
ソレから口を放し――けれど、片手でくにくにと玉をいじりながら――彼女は唇を開いた。  
 
「だっ、だって! だって、いんこがいんこだった頃、同じことやったじゃない!」  
 
先ほどまでとは違って、やけに声の芯がしっかりしていた。  
酔っているにしては変だが、それだけ主張したいのだろう。  
いんこがいんこだった頃ってのは、まだ刑事さんが記憶を取り戻してなかったころの話だ。  
あの頃はまだ素顔が見せられやしなかったっていうのに、刑事さんってば  
「エッチするときぐらい、マスクはずしなさい! でなきゃしない!」  
だなんてワガママを言うから、ご要望にお応えしてマスクをはずしてイタしたわけだが  
前述のとおり素顔は見せられないので、目隠しをお願いしたわけだ。  
そういやあの時は、エッチは合意だったけど、目隠しはだいぶ強引にやってしまったような気がする。  
結果的に刑事さんも興奮していたから、良しと思ったのだが、もしかして怒ってたんだろうか。  
 
「あたりまえよ! エロいんこ!」  
 
尋ねてみたら、棒を甘噛みされた。ああ! 敏感になってる時になんてことを!  
 
「ひぃあぁんっ!!」  
 
女の子みたいな悲鳴が飛び出る。  
それを聞いた刑事さんの唇に、女豹のような笑みが浮かぶのを、布越しに見た気がした。  
 

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