水面に落ちた雫が、 リングを描いて 深〈ひろ〉く ひろがった
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「俺の聖妻になってくれるのか」
そう言われたあの時、俺は何も返事が出来なかった。
あれから一年余りが過ぎ、九竜組の誰もが、俺を聖妻として扱っていて、
先月の、東西麻薬戦争の一周忌も竜二と並んで執り行った。
…鴨さんの、一周忌。
誰も、反対すること無く当然のように竜二と並ぶ。
そう当然に 皆が認めてくれたのは、ほんと、ここ1年なのにな。
だけど…
あの時以来、竜二は聖妻についてふれない。
なれとも言わない。
あの時の…
俺は返事をしていない。竜二は、
何も言わない。
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右手の小指をぎゅっとさわる。
一周忌、鴨さんに逢えるのを期待した。あの葬儀のあとのように。
でも。
鴨さんは、この癖を俺に残して、やっぱりもう逢えない。
…こうすると、とても安心するのに、
本当は悲しくもあった。気付かない振りをした。
女々しいと思うけど、俺は俺だけど、
周は俺を聖妻と見ている、だけど竜二はなんにも言わない そのはざまにいること
竜二を、その心ごといつも救いたい、そんな風に思うこと
それは何もかわらない どころか戸惑うくらいに強くて
…俺は オンナとかオトコとか、なんなのか、と
それが これまでの自分をこれからの自分が壊すように、不安定になってしまう。
「…泣きそうな顔してるな」
お前が俺にそれを見せまいとしているのがわかっていて、と、
竜二の手が そっと俺の頬にふれる。
俺の右手をとって、
「俺も言えなかったことがある。」
「?」
司は組に相応しい女で、俺の傍にいると言ってくれている。
何があったときも、今も。
「お前だから言う。」
「お前に、いつまでも俺の傍に居て欲しい。俺と生きて欲しい。だが…」
「今更で、何度振り切っても ―――それでも怖くなった。俺の傍で、
お前が巻き込まれる世界で お前が生きる事が」
そんなことにはさせない。でも、逝く時は一緒。
だがもしそうして失ってしまった時…
「怖くてたまらない。」
でも
「お前…、俺の聖妻に、なってくれるのか?」
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俺は、やっぱり何も言えなかった。
涙が止まらなくて、でも竜二を見つめることしか出来ない。
ポンポン と頭を撫でて、自分の小指を絡めながら
俺の小指にくちづける。
「…お前は 俺の聖妻〈もの〉になれ」
あつい…。小指がひどくあつくて。
「どうした、耳まで真っ赤だぞ」
手を広げ、そこにもくちづける。
「り、りうじくん!?」
だって、どうして普通のキスより熱い…
「傷が 残らなくて良かった」
―――消えてなんかいない。
だれも見せないだけだ、
俺も竜二も。
受入れてる振りをして、大丈夫な振りをして、
心の底に脆く隠れている
傷を
こうして触れて確かになりたいから
鴨さん、逃げないよ。
――― 「うん」
水面に届いた雫がすこしずつひろがるよう、
いつしかその輪に包みこんで、
こんな風に、深く思いあえるなんて
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「…は…」
竜二がふれるところがあつい。
唇に、首筋に。
指がなぞり くちづけを落とす。
啄ばむように胸にふれて、
口にふくんで、執拗にからめる。
「…っはぁ り、竜二…」
軽く歯をたてると背を反らす。
ただあつくて、
竜二のふれたところから痺れて、頭がぼぉっとする。
あついよ…
「!! 竜二、…やぁっ!!」
下腹に届いた指が、探って入ろうとする。
「大丈夫だ」
何がだよ、というか…
「やっ、やだやだやだ、りゅうじっ」
異物感と痛みで抵抗すると一瞬動きか止まったものの、すぐに再開される。
今度は一層、強く指を動かし
くちゃくちゃと、音を立てて掻きみだす。
肌よりも、あつくて 甘い。
「――…ぁはっ やぁ… おか…し…ぃ… りゅう…じ…」
初めてせり上がる感情が、得体が知れなくて、怖いよ。
「………はっ …ぃや… やだっ やめてっ…!!」
抗い難い、おしよせて、おかしくなりそうで、
必死で竜二を睨む。
ちゃんと睨めたかわからないけど。
「!!」
くちゅくちゅと水っぽい音が聞こえる。
もう1本、と指を入れられた。
―――竜二の目が、
これが最後までとまらないと思い知った。
舌も指もあつさを増して、
「やぁっ…っは… あっ……っ もぉ… 」
クラクラと甘くて、よく考えられない。
怖い。
この感情が…でも、
抵抗できなくて、きっともうすぐのみ込まれいく
―――…止めないで…
ふと、竜二がからだを離した
刹那。
「 」
ぬるりとした気がした
直ぐ、ひどい痛みと、堪えきれない圧迫感が襲った。指と、違う…
「うああっ――!!」
「…っ少し我慢してくれ」
すぐにラクにしてやるから、と少し苦しげに言う。
それでも、奥へ奥へと入ろうとする、
司の抵抗が、きつく、更に煽った。
思わずに零れた涙の粒を、掬って、竜二が口にした。
もっと、
芯まで触れたい…。
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「…つかさ…」
少し辛そうだが、そのまま腰をひきあげて深く沈める。
宥めるようにゆっくりと動かし、確かめながら、徐々に速める。
「…ぁ…」
結んだ眉が少しずつ綻び、深く絡みつくキスをすると、熱の篭った吐息が漏れた。
円を描くよう動くと、司は大きく背を仰け反らす。
「あっ…はあぁ……ん…はぁ …はっ… 」
きつさは消えないが、押し返すより、誘いこんで来て、
奥へ突き上げる。
「やあぁ!!」
吐息が動きに絡まり、次第に司の動きも重なりだす。
それがあまりに熱く甘いので、意地悪してやりたくなった。
俺は動きを止めた。
「…りゅ…じ…?」
そんな声で俺を呼んだの聞いたこと無い。
覆い被さるようにしていた竜二が、起き上がった。
「ふーん…」
「?」
「お前、すごい格好してるぞ」
「!!! ってっめえ!!」
一瞬、いつもの司の表情に戻り少し血の気が引いたところに(とはいってもまだ赤いが)
もう一度動いてせめる。
「やあぁ!!」
「も…っ… やっ――ああ……」
大きく体ごと仰け反らせながらも、俺に応える。
何か言おうとした、口に舌を挿し込んで塞ぐ。
これ以上俺を煽るな。
――赤く潤んだ瞳の光を
とらわれて止められないのは、俺だ。
「りゅうじ… も…いっかい て…にぎって…」
果てがちかい。
キスをしながらきつくだきしめて手を絡める。
呼吸まで重なって、どちらのかわからない
全て一つに流れ込んで溶けて、溢れて、
意識とともに 白く零れた。
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手を繋いだまま、目が覚めた。
「!」
竜二が俺を見ていた。
やわらくてくすぐったい、あたたかな眼差し。
俺の中に、大きくひろがった気持ち
…水面にふれた雫は、消えないで、大きな波紋(リング)を描くような。
そうして、満たす―――
「約束だ。」
ふいに竜二が俺の右手を取り、小指にくちづける。
「俺の、聖妻。」
嬉しいけど、
「あのー、りうじくん、そこは、」
そこ、鴨さんとの約束が…
俺、その話お前にしたよな、全然わかってなかったけど。
「ああ、違うな。こっちだな。間違った間違った」
飄々と言う。
ウソだ、その言い方と顔は!!何か企んでるだろう!!
そうして、
「わかっている。」
と、俺の左手をとり、
薬指に
くちづけと、
―――リング。
組の式のしきたりでは、これは遣れないから、と。
その時までの…
「さっきのは、鴨島に報告だ」
囁いて、
誓いのキスをした。
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「なあ、なんか俺、うまくまるめこまれてないか?」
「気のせいだろう」
揃いのリングに 雫がおちて、
確かに、
…小さな輝きに昇華する。