「・・・若桜、お前惚れた男はおらへんのか」
・・・ここまでは俺もいつもの質問だった。
いや、割といつも、誰にでも聞かれる質問だろう。お前にとっては。
一瞬の戸惑いを瞬時に打ち消し、若桜の返事もいつも通り。
「ウチはあの娘を守らなならん女や。
だから、誰のものにもなれェへん」
中学の時、若桜はあれの父親に恩義を負った。
それから同じ学校に通うあれをずっと守ってきた。
女だてらに段位を修め戦う事を厭わない若桜と
内気ではにかみ屋の、でも誰よりも優しいあれは
正反対故か元々気が合い仲良くしていて、
若桜は自分の選んだ道に脇目を振ることがない。だから・・・
「そうか。じゃあ、お前俺と寝てみぃ」
「・・・はぁ??!!?」
「草・・・いや組長?アンタ何トチ狂ってはんの?!
ウチにあの娘を裏切れって言ってのやで?!!」
きっと若桜が俺を睨む。
それを見据えて、俺は若桜を視線で射抜いた。
気持ちには何の曇りのない・・・でも今言っている内容は。
・・・いきなり聞けばアホな話だ・・・
「あれに頼まれたんや。」
「そんな訳・・・ありえへんやろ・・・」
「・・・時折、あれが泣く。
ほんまにこれでいいんやろか、って」
あれは目を潤ませて俺に言ったのだ。
戦えない聖妻なんて本当はありえない。
でも、私は若桜のおかげで
反対はあっても草と結ばれる事が出来た。
若桜は恩があるから、親友だからと
私を守って戦ってくれるけど、
それは私も同じ気持なのに・・・
私は若桜から人並みの幸せを何もかも奪ったままで・・・
草の子供を生んで、ますますその気持は強くなったの。
でも今のままだと、若桜はずっと血まみれのまま、
私を守ることだけで人生を終えてしまう。
でも私は、自分自身の幸せにも目を向けて欲しいの。
だから、草から若桜に言ってあげて欲しい。
男と付き合う事も考えてみろって。
それを聞いた俺の顔は強張っていたと思う。
・・・お前、自分が何言ってるか分っているのか。
若桜の事は、俺以上にお前がよく知ってるだろう?
若桜はお前を守る以外は、俺の命令しか聞かん。
若桜に今惚れた男がいればいいが・・・
というか、素直に認めてくれればいいんだが・・・
ん?、いやそりゃこっちの話だ。
いなければ、今までと同じ堂々巡りだ。
それでは駄目だというなら・・・
お前は俺に『命令しろ』と言ってるんだぞ。
若桜と・・・若桜の相手に。
それでは俺は自分以外の男に対して『命令』する事なんざ出来ない。
俺がやるしかないんだが・・・お前それを分って言っているのか?
覚悟は出来てる、って・・・お前なぁ。
確かに俺は若桜は大事だが・・・
今までお前と『家族』として見ていた女を・・・
俺のやることだ。処女だからだの避妊だの・・・
手加減なぞしてやれんぞ?
『それでも、きっと今のまま他の何も見ようとしないよりは、
若桜の為だと思うの。貴方でなければ、若桜でなければ
こんなこと頼もうなんて思わない。だけど・・・』
脳裏にぽろぽろと涙を零すあれの顔が過ぎる。
目の前の若桜は真っ赤になって目を白黒させていた。
・・・無理もない。
今まで俺が若桜を抱くことの出来る女としてなぞ見なかった以上に、
コイツは俺を男として見たことなんてない。
若桜と同等以上の腕を持つのは俺位だし、
大事なあれが愛する男、という感情以上のものを
若桜が俺に持ったことはない。
腕がほぼ同等、というならもう一人いるがな・・・
若桜がもし男を作るなら、おそらくあいつしかありえないんだが。
それを素直に認めてくれると手間が省けていいんだが、
どちらも絶対に認めそうにない・・・
あれの望みを叶えるなら、俺が手を下すしかない。そんな建前と。
心の隅に過ぎる、男なら誰でも美しい女に対して持つ劣情と。
これは背徳なのか?役得なのか?
俺に今はっきり分っているのは、全員が了解しているなら
俺はこの役目が嫌じゃない、ということだけだった。
若桜ににやっと笑ってみせると、若桜は一瞬だけ身じろいだ。
めったに見せない、微かにだが不安に揺らぐ目。
「と言う訳で、あれの希望でもある。
他に惚れた男がおるならそっちへ行きぃ。
・・・おらんのなら、今夜俺の部屋に来い。」
若桜が浮かべた感情が嫌悪ではないことだけを確かめて、
俺は背を向けて部屋を出た。
若桜は俺の命令をごまかす女じゃない。
ああ言えば必ず、どちらかを選ぶ。
・・・シバを選んでもいいんだぞ?
それを直接若桜に言わないのは、
言っても絶対に今は認めないからか、
それとも俺の狡さか。
おそらく若桜は・・・
「草、ほんまに本気なんか」
その夜、俺の予想通りに
真っ赤な顔をして部屋に入ってきた若桜は、
俯きながら俺を見ずにつぶやいた。
その、今まで見たことのない所作に俺は唐突に悟ったんだ。
ああ、コイツは『女』だったんだな、と。
俺は今まであれとの事でばかりコイツを見ていて、
コイツが女だって事に目を瞑っていたんだ。
・・・今現にどうしようもなく恥らっている、初心な美しい女なんだと。
「本気や。一度でいい、やらせぇ」
「・・・なんでや・・・アンタなら望めば他に幾らでも・・・
それはそれで嫌やけど・・・」
「お前じゃなきゃ意味があらへん。
一度でええ・・・お前が欲しい。後は何も言わんから」
「・・・ほんまに一度でええんやな?」
俯いたまま気配で了承する若桜の手を・・・俺は頷いて引き寄せた。
おそらく初めてであろうキスだけは
優しくするつもりだったんだが。
ベッドにしなやかな体を押し倒して、
額に瞼に、髪の生え際や頬に労る様にキスを落とす。
そして、目を硬く瞑ったまま
初めての感触に戸惑って下唇を噛んでいる
若桜の顎を鷲掴みにして口付けた。
唇を暖め、舐めてみても若桜の唇はまだ強張っていた。
どうしても力が入ってしまう頤を掴んで
頬の筋肉に上から力を込めると、ほんの少し歯列が開く。
その隙間に強引に舌を差込んだ。
追い掛け追い回し、吸出している内に
若桜の身体から力が抜けていった・・・
首筋から胸元に唇を移しながら服を徐々に脱がせる。
空いた手で胸を不意に持ち上げると
若桜はシーツをぎゅっと握り締めた。
何もかもが初めてなんだろう・・・?
必要に応じて誰よりも猛々しくなる美しい豹が
ただ顔を赤らめて俺の手と唇が与える刺激に反応している。
それは思っていたよりもずっと扇情的な眺めだった。
上はすべて脱がし桜色の乳首を口に含む。
ゆっくりと甘噛みし、硬くなったそれを舌で転がすと
我慢できずに白い身体が跳ね返る・・・
胸元に赤い華を散らしながら下半身に手を伸ばすと、
そこは布越しからですら湿り気を帯びていた。
「濡れてんで」
わざと耳元で囁けば、いやいやと身をよじる。
強くて綺麗な獣が自分の下で溜息で喘いでいる。
・・・正直、そそられる。煽られる・・・
最後の下着を剥いで潤んだそこに顔を寄せると
初めて若桜はあっ・・・と声を上げた。
気にせず溝の雫を舐め取り膨れた突起に吸い付くと
もう我慢できなくなったように喘ぎ声が漏れた。
「・・・っいや、そんな・・・ああ・・・っ草・・・」
若桜の全身が桜色に染め上がった。
俺の髪を掴み押し退けようとしても、腕に力が入っていない。
いつもは冷たい能面か、
あれの前で無邪気に微笑んでるだけの表情が
艶を帯びて色をなして・・・とめどない声を上げる。
指を1本・・・2本と順に差し込むと、一際声が高く上がった・・・
俺はそろそろ自分の限界を感じて
張り詰めた切っ先をあてがった。
指とは違う圧迫感に、若桜の目が一瞬開く。
あれだけの獣の、初めてを貪っている。
・・・自分もアツくなっている・・・
「少し、我慢しぃ」
腰を進めて入り口にめり込ませると若桜の背が跳ねた。
かまわずゆっくりと腰を進め、
キツイ中にすべて収めたときには
思わず同時に溜息を付いていた。
「・・・どぉや?」
若桜にわざと耳元で問うと、勢いよく顔をそらされた。
まだ理性が少しでも残っているのか?・・・なら・・・
入れる前に充分にそこを解していた為か、
動き始めても若桜の表情は『痛い』だけではなかった。
引き裂かれる苦痛と、奥から湧き上がる甘さが声に混ざる。
抑えていた喘ぎ声がどんどん高く、大きくなる・・・
自分が獲物を引き裂くことはあっても。
・・・こんな風に引き裂かれることがあるなんて、
想像したこともなかったんだろう・・・?
最初は異物に反応してただ締めているだけだったが、
すこしずつ若桜のそこはやわやわと俺を奥に誘い込んだ。
女なんだ・・・男が導けば幾らでも色艶を現す、特上の女・・・
普段は戦いの姿で皆忘れていることでも・・・
いや、あいつはいつだって若桜を女と扱っていたが・・・
ふとした拍子に若桜を見る眼差しが熱を持って。
若桜も、あいつに対してだけは対等の顔をして。
あれはあいつとさほどは関わらないから気づいてなくても、
俺は・・・たぶん俺だけは、シバと若桜の想いに気が付いていた。
気が付いていながら・・・
逃げ道は用意したと言い訳しながら。
俺は多分、この特上の『女』にどこかで反応していたんだ。
だから・・・あれから泣かれた時に抱こうと決めた。
・・・自分が抱きたかったからだ。
キツイ締め付けに我を忘れているうちに限界が近づく。
若桜の顔もこれ以上ないくらいに紅潮していた。
抑えても抑え切れない喘ぎ声がだんだん切迫してくる。
「・・・草、草・・・うちっ・・・もうだめ・・・っいや・・・!!」
「・・・いくで・・・」
背中に手を回して抱きしめながら
乳首に吸い付くと、若桜はびくびくと痙攣した。
その最後の締め付けで、俺も自分を解き放った・・・
美しい豹を屈服させた男の征服欲。
それは最高の快楽だった。
絶対に口には出来ないが・・・
結果から言えば、俺は間違っていた。
シバの病気を、その時点では誰も知らなかったのだ。
お袋が病院からシバの事で連絡をもらったとき。
荒くれるシバを組織の不穏分子になると見なしていたお袋は、
自分の手元でシバの病気の情報を握りつぶしていた。
若桜の気持に気が付かなかったあれと。
知っていても自分の欲で見過ごした俺と。
シバへの思慕を隠し通した若桜と。
若桜の建前を愚直に信じてしまったシバと。
誰が一番間違っていたかなんて、今更言う価値はない。
牙流会との全面抗争の前夜、
若桜は真っ直ぐな目で「カタを付けてくる」と言い放った。
司は剣道の先輩に預けたらしい。
詳しいことは、俺達は知らない方が安全だろう。
・・・イイ目をしている・・・
以前の若桜なら、抗争中にあれのそばを離れるなんて
考えもしなかったろう。
男を知り、我が子を愛し・・・愛を知り。
自分の義務よりも何よりも
愛する男と向き合うことを選んだ若桜は
今までのどんな姿よりも美しかった。
一瞬あれと目を見交わして、同じ様に微笑んだ。
あれも想いは同じだ・・・義務よりも自分の想いを選べと。
「ああ、行ってこい。宝豪の事は心配せんでええで。
・・・お前が帰るまでにはなんとかするわ」
・・・無論、誰もそんな言葉は信じていない。
明日はここは死地になる。
だが・・・後悔はしていない。
おそらく、後悔するべき事柄などないのだ。
あの時、誰もバランスを崩さなかった。
崩さないまま、事態を動かそうとした。
その結果何もかもが壊れたとしても、全てはそれぞれ己の責任なのだ。
シバの病気を握りつぶしてあいつを追い詰めたお袋は
一人であいつに立ち向かって返り討ちにあった。
あいつはもとより命を・・・全てを掛けている。
ならば俺も全てを掛ける。
全てを失っても・・・それは俺の自業自得。
宿敵との抗争に、組員は全て俺についてくる。
ただ・・・若桜だけはあいつに残そう。
お互いにきちんとカタぁ付けろ・・・
そして志輝、司。お前たちは生き延びろ。
たとえ一緒にいられなくなっても、
あれと共に・・・幸せを祈っている。
〜Fin〜