あれから二ヶ月、街は変わらず人にあふれていた。
人ごみの中をすり抜けるように、キースは家路を辿っていた。
帰るところ、と言っていいのだろうか。
キースは家にいない時間のほうが多いくらいだった。
貴族の暮らしが何より嫌いだったし、それにつかって生きている人間をも嫌っていた。
そんな人間たちが住む家へと帰る気になったことは、
キース自身でも不思議なくらいだった。
ほとぼりが冷めて同じような毎日の中、ふとあの家が浮かんだのだ。
そして帰ろう、と。
大きな屋敷を前に、キースは立ち尽くしていた。
(今さら受け入れてもらえるだろうか…?さんざん勝手なことをして、みんなに迷惑もかけた俺が)
しばらく考え、やっぱり帰ろうと門を背に歩き出そうとしたその時、
「キース様…、キース様ではないですか!」
外を掃いていたメイドが、ほうきを持ったままキースのもとへ駆け寄ってきた。
メイドは嬉しそうに目を輝かせている。
「お久しぶりです、キース様。やっと帰ってきてくださる気になったのですね!」
「あ…、いや……」
「鞄をお持ちします」
そう言って、メイドはすばやくキースの手から鞄を離した。
「先に行って皆さんに知らせてきます!」
ニコッと笑ったかと思うと、メイドは勢いよく屋敷へ走り出した。
「はぁ、まいったな…」
面倒なことになってしまったと、キースはうなだれため息をついた。
「キース様〜!」
顔を上げると、すでに屋敷の扉のところまで走りきったメイドが肩を上下させながら、
十分すぎるほどの大きな声で叫んでいた。
「いま〜、ナージャ様もいらっしゃってるんですよ〜!」
胸が高鳴る。
ナージャと会うのは久しぶりだった。
ナージャの元気な笑顔を思い描くと、自然とキースの表情は和らいだ。
しかし、なぜナージャがここにいるのか。
確か旅芸人の一座に戻ったのではなかったか。
フランシスに会いに…?
いや、フランシスは家を出て一人で暮らしていると聞いている。
では、なぜ……。
理由が思いつかないまま、キースは屋敷の扉の前に立った。
訪問者に威圧感を与えるきらびやかに飾られた重い扉。
大嫌いだったこの扉も、今のキースには少し懐かしく思える。
いいじゃないか、どんな理由でも。
ナージャがここにいる。
ナージャに会える。
それだけだ。
屋敷に入ると、先ほどとは違うメイドがキースを迎えた。
キースが生まれた時からこの屋敷で仕えているメイドだった。
深く刻まれた皺がゆっくりと動き出す。
「お久しぶりでございます、キースお坊ちゃま」
「まだここで働いているとは思わなかったよ。もうそろそろ引退する歳なんじゃないのか?」
「ほっほっほっ、相変わらず口の減らない坊やですねぇ」
「ナージャが来てるんだろう、どこにいる?客室か?」
キースは二階の客室へ向かおうとしたが、メイドが前に立ち塞がった。
腕の中には若いメイドに持っていかれた鞄があった。
「ナージャ様は今朝早くに出て行かれました」
「しかしさっき……」
「今この屋敷にいるのは私どもだけでございます」
メイドがキースの言葉をさえぎる。